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6 反論するようです。


 バスに三十分ほど揺られて着いた先は、私達が住んでいる花ヶ丘市で最大級のショッピングモール。

 私は悠太が面倒臭がる前にと、さっさと建物内へと足を踏み入れた。

 近所のスーパーよりも明るく広い店内。此処は確か一階は食品、二階三階がファッションや雑貨、四階がレストランフロアになっていた筈。今日は中間階がメインかな。

 

「なあ、千紗」

「……何?」


 まさか、もう面倒になったとか言うんじゃなかろうか。店内に入ってまだ三分くらいしか経ってないのに。


「買い物終わったら四階行こうぜ。パフェ的な物が食いたい。多分あるだろ?」


 よし、ただの甘味欲求の主張だった。

 安心した私はこっそりと溜息をついて頷く。

 

「うん、良いよ。奢ってあげる」

「マジで!?」

「マジマジ、超マジで」


 乗り気じゃないところを連れ出したのと、連れ出す為に嘘をついてしまったから、そのお詫びを込めてパフェくらいは奢ろう。

 私が罪悪感に苛まれている事なんて知る由も無い悠太は無邪気に「じゃあ一番高そうなの頼もうかね」なんて言っている。というか待て、遠慮というものを一応覚えてほしい。

 

「……とにかく服を探すのが先! パフェはそのあと! 良いね!?」

「はいはーい、って、うおっ!」

「さあ! さっさと行くよ!」


 こうなったら、絶対に悠太に似合うイイ感じの服を絶対に見つけてやる!

 そう強く決意した私は悠太の片腕をガシッと掴んで、メンズファッション店が固まっている三階へと足早に向かった──のだが、

 

「……俺、やっぱりかえ、」

「らせません。ここまで来たんだから最後まで付き合ってよね」


 エスカレーターを乗り継いで三階に到着した途端、回れ右して逃げようとした悠太の腕を掴み直して引き止める。

 ──まあ、逃げたくなる気持ちは分からなくもないなぁ……。

 三階、メンズファッションフロア。目の前の空間はこう、男性向けのお洒落な雰囲気で満ちていた。これは半引き籠もりの悠太にはキツいだろう。

 

「だってよ、これ、絶対俺がいるような空間じゃないもん。無理無理、帰る!」

「だからって私一人じゃアウェイ感半端ないでしょ! ほら、良いから来る!」


 言いながら腕を引けば、文句を零しつつも悠太はついて来た。本当に嫌なら振り払えば良いのに、それをしてこない辺りが悠太なんだよね。

 

「いらっしゃいませー!」

「「!!」」


 適当な店に足を踏み入れた私達を迎えたのは、意外にも女性(しかも所謂中年)の店員さんだった。

 メンズという言葉の所為で、てっきり男性店員ばかりだと思っていたので、不意を突かれた私は驚いてしまった。

 悠太に至ってはまさかの女性+突然の声掛けに驚き過ぎたのだろう、大きな音に反応した猫のように硬直している。


「今日はどんな服をお探しですか?」


 そんな私達にも店員さんは笑顔で接してきた。いや、接客業なんだから当たり前なんだけど。

 まだ驚きが抜けきらない様子の悠太を置いて、私は店員さんに聞いてみる事にする。

 

「あの、この人に似合う服ってどんなですかね?」

「……は? いやお前、プレゼントって」

「せ、背丈も雰囲気も悠太くらいだから良いの!」


 怪訝そうにした悠太に咄嗟の言い訳をする。我ながら苦しいとは思ったけど、他に思い付かないんだから仕方ない。押し通す。

 私の心境など知る由も無い店員さんは「そうですか! では……」と悠太を見て何やら考えた後、楽しそうに(接客テンションかもしれないが)服を選び始めた。

 

「お客様は細いですから、ワイシャツで爽やかな感じがお似合いになるかと──」

「え、あ、ああ、そうデスカ」

「此方のワイシャツはこの襟の部分からこっちに掛けてこう、ラインが走っているのでシンプル過ぎず──」

「あの、えっと、俺は」

「これでしたら下はジーパンで上にはこのパーカーを羽織れば、これからの季節もきっと地味すぎずに──」

「いや、あの、その」


 店員さんのマシンガントークに怯みまくっている悠太が、私に助けを求める視線を送ってくる。今すぐこの場から連れ出してくれと語っている。うん、そうだよね、コミュ力ゼロの悠太にはキツイよね。──だけどごめんね、悠太。

 

「じゃあそれ、試着させてもらっても良いですか?」

「うぇ、っ、ちょ、千紗」

「かしこまりました! ではではお客様、此方の試着室へどうぞー!」

「あ、あの、うわあぁっ……!」


 地獄に引きずり込まれるような声を上げながら試着室に連れ込まれる悠太を、私は心の中で白いハンカチを振って見送る。

 これも悠太の対人スキル、序でにファッションスキルを上げる為だ。店員さんと話す事で他人に慣れ、あとは自分に似合う服を見つけて、更には少しでもファッションに興味を持ってくれたら嬉しいんだけど──。

 

(……流石にそこまでは欲張りかな?)


 まあ、何か少しでも良い方向に動いてくれたらいいか。

 そんな事を考えながら、暇潰しに店内を見て回る。普段はこんなメンズファッションの店なんて来ないから結構面白い。うーん、ディスプレイの仕方とかも全然違うんだなぁ。

 

「きゃっ」

「っと……」


 店内に気を取られていた所為で、死角にいたらしいお客さんとぶつかってしまった。

 

「すみません、よそ見して……げっ」


 謝罪の為に下げた頭を上げた私は、そこにあった顔に思わず顔を顰める。

 すると、相手も私を見るなり、まるで虫ケラでも見るような冷たい眼差しを向けてきた。

 

「またお前か。同じことを繰り返す辺り、やっぱり相当な間抜けなんだな」

「百合ヶ崎透也……」


 相変わらずの物言いに苛立ちすぎて、思わず唸るようにフルネームで呼んでしまう。

 しかし、百合ヶ崎はそんな事はどうでもいいらしく、小さく鼻を鳴らすと両腕を組んだ。


「どうしてお前がこんな所にいる? ここは男物の店だぞ。間抜け過ぎるのも程があるな」

「……っ!」


 ああもう、何だコイツ! その綺麗な顔面に鼻フックしてやろうか! それとも向こう脛蹴り飛ばしてやろうか!? 看板攻略対象だからって調子乗ってんじゃないぞ!

 と、内心では女子としてあるまじき暴言を吐き散らかしながらも、表面ではどうにか笑みを浮かべる。ええ、私はコイツと違って簡単に相手を貶したりしませんから。

 

「男友達と来てるの。で、今は試着待ち」


 でも、口調が突き放した感じになるのは許していただきたい。だって本当にムカつくんだもん、この手のタイプは!

 私の返事を聞いた百合ヶ崎は「へえ……」と呟くと、何故か薄笑いを浮かべて私の事をジロジロと見始めた。

 

「……何?」


 品定めされてるみたいで嫌な気分になる。

 嫌悪感を思いっきり顔に出せば、百合ヶ崎は見下すような半笑いのまま言った。

 

「いや? お前みたいなちんちくりんを彼女にするなんて、どんな男かと思ってさ。よっぽど趣味が悪いか、変人なんだな。ろくな奴じゃないだろう」


 嘲笑を交えたその言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かがぷつんと切れた。

 小学生の頃、男子達に泣かされた悠太の代わりに取っ組み合いの大喧嘩をして、担任を「女の子なんだから……」と嘆かせた。

 中学生の頃、当時既にオタクと化していた悠太の悪口を言うどころか、軽い気持ちで根も葉もない悪評を流していた女子達の顔面を真正面から引っ叩いた。

 そんな私が怒ったらどうなるか、悠太を馬鹿にされたらどうなるか。答えは単純だ。

 

 ──スパーンッ!

 

 良い音が鳴った。掌が痛い。

 一瞬だけ、まだ冷静な私の一部分が「やっちゃった……」と嘆いたけど、やってしまった事は仕方ないし、私の大部分は後悔はしていない。この勢いのまま言ってやる。

 

「アンタねぇ! 百合ヶ崎のお坊ちゃまだか何だか知らないけど、人をそこまで馬鹿にして良い理由は無いよ!!」


 怒鳴っている最中も苛立ちと悔しさと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、何故だか涙が滲んでくる。

 叩かれた頬を押さえてぽかんと此方を見ている百合ヶ崎に、私は涙が零れるのを感じながら怒鳴り付けた。

 

「私から見たらアンタの方がずっと根性ひん曲がった変人だよ、バーカッ!!」


 何でなの、何でこんな奴に大切な幼馴染みを馬鹿にされなきゃならないの。

 興奮して熱くなった頬を涙が濡らしていく。きっと今の私は牙をむき出した犬みたいに、それはもう酷い顔をしているだろう。

 

「千紗!」


 聞こえた声にハッとして振り返る。

 そこには悠太がいて、悠太は私の顔を見ると驚いたように目を見開き、すぐに駆け寄って来てくれた。

 

「どうした? 何があった?」

「あの……っ、わた、私が……」


 悠太の手が私の頭を撫でる。

 優しい声。怒りが萎んでいく。代わりに涙がぼろぼろと零れて上手く話せない。

 と、しゃくり上げている私の背中を撫でていた悠太は、傍で未だ唖然としている百合ヶ崎に気付いた。


「……あの、コイツと、何か?」

「…………」

「コイツ、その、馬鹿だけど……何も理由なく怒ったり、手ぇ出したりしない、から、だから……」


 百合ヶ崎に問い掛ける悠太の声は強張っていた。そうだ、知らない相手にこんな事を言うなんて、怖くて堪らない筈なのに。

 それでも悠太は百合ヶ崎から目を逸らさない。私の肩を支える手はぶるぶると震えているのに、だ。

 

「……何でもない」

「え?」

「騒がしくして悪かったな」


 てっきり何か言い返してくると思っていたのに、百合ヶ崎は店員さんに一言掛けてから店を出て行った。

 その背中を見送った悠太は暫し緊張していたけど、やがて大きな溜息を吐くと、私の頬を袖口でゴシゴシと拭いた。

 

「何してんだよ、お前は」

「あう、だ、だってアイツが悠太を……」

「俺? あんな奴、知らないんだけど」

「だから、その……」」


 怪訝そうにする悠太に、私は一部始終を説明をする。

 そして、話を聞き終えた悠太は数秒間を置いた後、これでもかと大きな溜息を吐いてから私の額にデコピンを放った。

 

「痛っ! 何すん──」

「俺なんかの事でキレて喧嘩すんな。しかも男相手とか、何かあったらどうすんだ」

「でも、だって……」


 確かに悠太は欠点だらけだ。でも、良いところだって沢山ある。百合ヶ崎がそんな事を知る筈も無いのは分かってるけど、どうしても悔しかった。悲しかったんだ。

 だけど、間違った怒り方をしてしまった。百合ヶ崎を叩いた手はまだ痛い。店員さんを困らせてしまったし、悠太にも心配をかけてしまった。 


「……ごめんなさい」


 そう呟くと、悠太は黙って頭を撫でてくれた。

 また少し、涙が零れた。

 

 ***


 翌日、学校にて。

 私は重い足取りで廊下を歩いていた。

 

(昨日は失敗だったなぁ……)

 

 結局あれから私は悠太に連れられて、四階のレストランでパフェを食べた。しかも悠太の奢りだった。

 本人は「偶に貸しを作っとくのも悪くないから」って言ってたけど、要は私を慰めてくれようとしたのだろう。

 百合ヶ崎との騒動で悠太の試着姿は見れなかったし、挙げ句に気を遣わせたし、昨日の買い物は大失敗だ。

 

「あー……」


 肩を落としたまま廊下を行く。

 と、曲がり角で誰かにぶつかりそうになったので足を止めた。

 

「……流石に三回目はぶつからなかったか」

「え? ……あっ」


 見上げると、百合ヶ崎と目が合った。

 途端、昨日の出来事と共に罪悪感が込み上げてきて言葉に詰まる。──でも、手を出したのは私だ。謝らないといけない。

 

「あの、百合ヶ崎、昨日は」

「気にするな」

「……は?」


 謝罪の言葉をすっぱりと切られて。私は思わず間の抜けた声を漏らす。

 てっきり責められると思っていたので反応出来ずにいると、百合ヶ崎はふいと顔を横に逸らして言った。


「俺はお前を泣かせた。両成敗だ」

「……百合ヶ崎」

「分かったら、その間抜け面をどうにかするんだな」


 言うだけ言って、百合ヶ崎は去っていく。

 よく分からないけど、怒ってはいないらしい。

 半ば呆然としながら見送っていると、ふと足を止めた百合ヶ崎が振り返った。

 

「お前、名前は?」

「え、えっと、椿野。椿野千紗だよ」

「そうか、じゃあな、椿野」


 そして、今度こそ百合ヶ崎は去っていった。

前に向き直る一瞬、口元が笑っていたように見えた──けど、それは多分見間違いだろう。

 

「んー……?」


 もしかしたら、思っているよりも嫌な奴じゃないのかな。てっきり真奈美ちゃん以外には気を許さないと思っていたんだけど、メインシナリオ以外の事は分からないから何とも言えない。

 

「……まあ、いっか」


 仲直りは出来たみたいだし、そうそう関わる事は無いだろう。

 安心した私はさっきとは違い、軽くなった足取りで教室へと向かったのだった。


 ただこの後、百合ヶ崎と仲直りした事を悠太に伝えたら、何だか微妙な表情をされたんだけど……何でかな。まあいいか。


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