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5 出掛けるようです。


 日曜日。休日の過ごし方というのは個人の自由だと思う。

 誰と過ごすか、何をして過ごすか。その人が一番心休まる様にあるべきだろう。


(だけど……)


 日光が射し込むけど何処か薄暗い部屋。

 本棚には漫画や攻略本、アニメの設定資料集などが隙間無く詰まっている。

 床には本棚に入りきらなかった本が気休め程度に纏まって放置されていた。

 そんな空間で光っているのは32インチ薄型テレビの画面。そこに映る『1P Win!』の字とガッツポーズをしている女の子キャラ。露出度が高いのは慣れてしまった。

 今日此処に来てから一体この画面を何回見ただろうと、私は思わず大きく溜息を吐いた。


「……ねえ、もう充分でしょ? 外行こうよ」

「充分も何も行かねえって言ってんだろ」

「絶対に体に悪いってば! キノコ生えるって!」

「生えねえよ! お前、俺の部屋何だと思ってんだ!?」


 そう言って、この部屋の主である悠太はコントローラーを手放す事無く再び画面に向き直る。

 もうすぐお昼だっていうのに寝癖が付いたままの髪、中学校指定の紺に白ラインのジャージは悠太の休日スタイルだ。

 普段なら私もここでゲームに参加させて貰うんだけど、今回はそうはいかない。


(とにかくまず、悠太の出不精を直さなきゃ……!)


「どうしたら悠太が攻略対象らしくなるか」を私なりに考えた結果、まずはコミュニケーション能力を上げるのが必要だと判断した。

 今のままの彼では真奈美ちゃんに接する事はおろか、今の新クラスで友達が出来るかも危うい。


 ーーだってコイツ、昼休みは食べて寝る、で済ませてるんだもん!


 私は有り難い事に何人か女友達が出来たからその子達と過ごしているけど、賑やかな教室で一人机に突っ伏している幼なじみの姿というのは、かなり心にキツいものがある。かといって女子グループに誘うわけにもいかない、

 私から男子達に「コイツ、根は良い子だから!」なんて紹介する(私としてはやっても良いんだけど)のも、意地っ張りの悠太の事だから怒るだろうし。

 そうなるともう、悠太本人に動くようになってもらうしかない。なので私は、一緒に外出して人に慣れてもらおうと思ったのだ。

 因みに何故学校ではなく、わざわざ休日に外出する方法を選んだのかというと、接客スキルのある店員さんなら多少の不躾もスルーしてくれるだろうという、迷惑極まりない期待による。全国の接客業の方、ごめんなさい。


「そもそも、何だよ急に」

「……え?」

「お前が俺と外出したがるなんて、珍しすぎるだろ。何かあんのか?」


 眼鏡の奥の猫目が不審そうに見つめてくる。

 確かに今までは悠太の人見知りを気にして、休日は悠太の部屋で過ごしていた。

 私と趣味が合うのか、はたまた悠太の守備範囲が広いのか、行く度に私が気になっていた漫画やゲームが置いてあったから楽しかったし。

 でも今回は、いや今後はそこに甘えるわけにはいかない。

 私は『菊川悠太』を変えると決めたのだから。


「んーと、その、ね。ちょっとプレゼントをあげたい人が居て……」

「……プレゼント」

「そう。で、その人は悠太と歳が同じくらいだから、一緒に行って考えて欲しいなって」


 ここに来る前に考えておいた事をそのまま言う。

 単に「私の買い物に付き合って!」だと確実に「面倒臭い」で一蹴されると思ったので、こうして頼み事にすれば断りづらくなると思ったのだ。

 さてどうだ、と反応を窺うと、悠太は何故か凄く険しい顔をしていた。え、何でこんな顔してんの。そんなに面倒臭いのか。


「……その相手って、男?」

「え? あ……う、うん」


 不機嫌そうな低い声で問いかけられたものだから、思わず反射的に頷いてしまう。

 でも、女の子相手にしたら「じゃあお前一人で良いだろ」って言われてただろうから、結果オーライかな、うん。


「……何で俺なんだよ。男の意見欲しいなら親父さんと行けよ。序でに金出して貰えるかもしんないし」


 そう言うと悠太は再びコントローラーを握って、画面の方を向いてしまった。

 金云々の下りで思わず「そうだね!」と言ってしまいそうになったけど、そうじゃないんだよ。アンタを外に連れ出せなきゃ意味が無いんだってば。

 このままじゃ駄目だと思った私は咄嗟に悠太の肩を掴み、グイッと引っ張って此方を向かせた。

 少し汚れた眼鏡の奥、見開かれた猫目と目が合う。


「悠太じゃなきゃ駄目なの! 悠太と行かなきゃ意味ないの!」


 何が楽しくて一人で架空の人物にプレゼントを買いに行かなきゃならないのか。アンタが一緒に来てくれないと何も意味が無いんだと。だから面倒がらずに付き合え!

 そんな思いを込めて大声をぶつけたら、悠太は何回か瞬きした後に首を傾げた。


「……俺じゃなきゃ?」

「そう! 悠太じゃないと駄目なの、お願い!」


 両手を合わせて拝む様に強請る。

 ここまで言っても駄目なら別の手段を考えるしかない。

 そう思ってちらりと悠太を見れば、口元に指節を添えて「……そうか」とか「俺じゃなきゃ、か……」とか呟いて何やら考えているようだった。

 そして、コントローラーを置くと、大きな溜息を吐いた。


「……仕方ないな。行ってやるよ」

「えっ!? 嘘、どうしたの! 具合悪い!?」

「行くの止めんぞ」

「ごめんなさい」


 何が切っ掛けになったのかは分からないけど、せっかくやる気になってくれたのなら引かせるわけにはいかない。

 こうして私は悠太を外に連れ出す事に成功したのだった。


 ***


 私達が住む住宅街から繁華街に行くには、バスに乗るのが一番早い。というわけで、私と悠太は繁華街行きのバスをバス停で待っていた。

 因みに悠太にはジャージから着替えてもらったーーけど、大分年季の入った黒のパーカーとジーンズという、季節感も何も無い服装だ。……うーん、この「着られて楽なら良い」というファッションセンスも追々改善していかなきゃなぁ。


「……で?」

「えっ?」


 不意に声を掛けられて、私は首を傾げる。

 悠太は携帯を片手に眉間を寄せた。


「え? じゃねえよ。プレゼント何にするか、少しくらいは候補考えてんだろ?」

「あ、ああ……えっと……」


 しまった、その質問は予想外だった。

 内心慌てながらも取り敢えず言葉を探す。


「えっと、ふ、服とか?」

「服ぅ? ……それこそ本人と買いに行くのが一番良いんじゃないのか?」

「うっ……」


 割と正論を返されてしまった。

 ファッションの事を考えていたから咄嗟に服と答えてしまったけど、これは失敗だったかもしれない。

 悠太も変に思ったのか、私をじとーっと不信感丸出しで見つめている。これはどうにか誤魔化さないと……!


「そ、それが服にはあまり興味ない人でね! だから今回のプレゼントで好みとかも知れたらなーって……」

「……、……ふーん」


 納得したんだかしていないんだか、微妙な反応を返された。まあ、これはセーフなのだろうか。

 取り敢えず危機は乗り越えたと思って良いのだろう。

 私が安堵からの溜息を吐くと同時、向こうの方からバスが走ってくるのが見えた。

 私達の姿を見つけたバスは目の前で停まる。

 開いたドアを潜って乗り込んだ。

 行き先までの料金を払いながらバス内を見渡してみるけど、日曜日の昼間だからか席は満員で、立っている人が何人かいる。


「うーん……座れないね」

「マジかよ、お爺ちゃんには辛いな」

「誰がお爺ちゃんよ。ぴっちぴちの16歳が」


 真顔で馬鹿な事をぼやく悠太の足を軽く蹴る。

 すると、悠太はすかさず私の頭にチョップを落としてきた。


「わっ!?」


 全然痛くないけど、驚いて大きな声を上げてしまった。

 その所為でバス内の視線が一斉に此方に向いた。


「す、すみません……!」


 恥ずかしさと申し訳なさで咄嗟に頭を下げる。公共の場で何かやらかした時は非常に恥ずかしい。

 運転手のアナウンスが鳴ってバスが発車すると、乗客達は興味が失せたように私達から視線を外した。

 熱くなった顔を隠すように俯きつつ、転ばないようにと傍の手摺りを掴む。

 そして、隣には悠太が釣り革に掴まって立った。まるで「今のは自分は関係ないですよ」と言うような表情で立つ悠太を睨みつける。


「……馬鹿」

「あ? 何の事やら」

「アンタの所為で恥かいたじゃん」

「お前が勝手に大声上げたんだろ? 俺は悪くなーい」

「……っ」


 そう言ってそっぽを向く悠太に歯軋りをする。

 ああ言えばこう言う! コミュ症で話下手なくせに、こうやって揚げ足取ったりからかうのは得意なんだから!


(あーもう、こういう所も直していかないと!)


 長い間付き合っている私だから良いけど、真奈美ちゃん相手だったらこうもいかない。……いや、彼女が菩薩のように広い心の主だったり、物凄いトーク力の持ち主で上回ったりしたら話は変わるけどね。


「ーーきゃっ!?」


 突然バス内が大きく揺れた。

 驚いた私の手は滑り、手摺りから離れてしまう。


「うお、っ?」


 転ぶのを回避したいが為に咄嗟にしがみついた先は、隣に立っていた悠太だった。

 私が掴まった事で悠太もよろめいたけど、すぐに体勢を戻すと呆れ顔で此方を見下ろす。


「慌ただしいな、お前は……」

「だ、だって……」


 会話を交わす間にもバスはやたらと揺れる。

 窓から見える景色から察するに、どうやら道路工事をしているらしい。

 さて、どのタイミングで離れたら安全なのだろう。そんな事を考えていたら、同じように窓の外を見ていた悠太がぼそりと言った。


「……腕、」

「え?」

「危なっかしいから、そのまま掴まってれば?」

「で、でも……」

「嫌ならいーよ、好きにしろ」


 冷たくも温かくもない声音でそう言うと、悠太は口を閉ざす。その間も視線はずっと窓の外で、表情もよく分からない。

 どうしよう。でも言ってきたって事は、悠太的には私に掴まってほしい気持ちの方が強いのだろう。されたくない事は言わないし、薦めてもこない筈だ。

 

(うーん……)


 もしかして、さっき揚げ足取ったのを反省しているのかな? それなら素直に甘えた方が悠太の気も楽になるか。

 気にするくらいなら最初から揚げ足を取るなとも思うけど……それは根気強く付き合わないと治らないだろうから今は諦めよう。


「じゃ、借りるね」


 一言掛けてから悠太の片腕に抱き付く。

 これで安定しなかったら、また手摺りに掴まれば良いし。


(えっ!?)


 そんな事を思っていた私は内心で驚く。

 悠太の腕は見た目よりもしっかりとしていて、きちんと筋肉の付いた男性の腕だった。

 休日は自宅待機+帰宅部という半引き籠もりなのにどういう事だ。私の知っている悠太はもっとこう、子供っぽくてーー。


(ーー……あ、そっか)


 最後に悠太にこうやって触れたのなんて、小学校の低学年辺りが最後だ。そりゃ今までも傍にはいたけど、……接し方は少しずつ変わっていたんだなぁ。

 ふと、悠太の横顔を盗み見る。

 顔を見る為に少し見上げなきゃいけなくなったのは、いつからだったかな。一緒に昼寝やお風呂に入らなくなったのも。


「悠太は、男の子なんだね」


 思わず呟いたそれは、悠太の耳に届いたらしい。怪訝そうな表情が此方を見る。


「は? 何言ってんだ?」

「ううん、悠太もやっぱり男子なんだなーって」


 そうだ、悠太も一人の男子なんだ。

 それならやっぱりーー可愛い彼女を持って、幸せになってほしいな。

 それで私にからかわれて、赤くなって反論しながらも、彼女の事は大切にする。そんな未来を掴んでほしい。


(私、頑張るからね、悠太!)


 気合が入りすぎて、思わず悠太の腕をぎゅっと抱き締めるようにしてしまう。

 すると、今まで反応が薄かった悠太がビクッと大きく揺れた。それに釣られて私も驚いてしまう。


「な、何、どうし……」

「そんなにしっかり掴まんなくてもいいだろ、馬鹿!」

「はあ!?」


 何でいきなり馬鹿呼ばわりされないといけないのか。確かに強く掴み過ぎたかもしれないけど、そこまで強く言う必要あるか!?

 

「馬鹿って言う方が馬鹿だよ、ばーか」

「じゃあ多く言ってる分、お前の方が馬鹿だな」

「先に言った悠太の方が馬鹿でしょ」

「いーや、お前のが馬鹿だ」


 そう言って悠太は小さく溜息をつく。

 そして、私をチラッと見ると、また窓の外に視線を戻してしまった。


「……?」


 悠太の考えている事がいつも以上に分からない。何が彼の癪に障ったのだろう。

 でも、会話をするって事はそこまで本気で怒っている訳ではないし……うーん、バスを降りるまでには機嫌直してくれるといいなぁ。

 

「……胸当たってんだよ、馬鹿が」


 隣で悠太が何か言った気がしたけど、誰かが押した降車ベルの音で聞こえなかった。


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