4 買い物するようです。
店内に流れる軽快な音楽。
家庭の財布を握る主婦の皆様で溢れる夕方のスーパーにて、明らかに浮いている学生服の男女が一組。というかまあ、私と悠太である。
「えーと、牛乳と醤油と……」
「なあ、菓子売場見てきて良い?」
「子供か!」
「えー」
昼休みにお母さんから届いていたメールを確認しながら歩く私の横で、悠太は退屈そうに買い物カゴをぶらぶらさせている。……子供か!
こうして私が学校帰りにお使いを頼まれた時、荷物持ちとして悠太を連行するのは最早お決まりのパターンだ。
一方の悠太も夕飯をほぼ毎日我が家で食べているからか、面倒がりながらもついて来てくれるので助かる。
「ウルトラ仮面の新しい食玩が出たって言うから見たいんだよ」
「へえ、……悠太はウルトラ仮面が本当に好きだよねぇ」
答えながら私は陳列棚から醤油のボトルを取り、悠太の持つカゴへ入れた。
「ウルトラ仮面」とは、特撮テレビドラマの主人公である。
内容は正義のヒーローであるウルトラ仮面が悪の組織と戦うといった、一見は勧善懲悪だが、所々に人間の弱い部分や社会問題を取り上げる事があって侮れない。私達が生まれる前からシリーズが続いている長寿番組で、小さい子から大人にまで人気がある。
悠太もファンの一人で、小学校低学年くらいまでは「将来の夢はウルトラ仮面だ!」と豪語する程だった。今は流石に言わないけど、好きなのには変わりない様で。
「好きだよねって、お前だって好きだったろ?」
「まあ……確かに前は一緒になって見てたけど。今は見てないし……」
「また見ろよ。見てないシリーズの所はDVD貸してやる」
「えー? 話分かるかな……」
「……じゃあ、俺の部屋に見に来い。横で解説してやるから」
「あ、それ良いかもね。今度行こうかな」
何気なくそう返したら、悠太の顔が一瞬険しいものになった。
だけどそれも一瞬で、次の瞬間には大きく溜息をつかれた。
「な……何、どうしたの?」
「……いや、何でも。良いからさっさと買い物済ませようぜ」
「……?」
納得いかなかったけど、今問い詰めても教えてくれない気がしたので、私は大人しく買い物に戻る事にした。とはいえ、会話の最中にも物は入れていたから殆ど終わっている。
「あとは……小麦粉かな。悠太、カゴ持ってお菓子売場行ってて良いよ」
「マジで!?」
うわあ、凄い喜びよう。犬なら絶対尻尾振ってるね。
「うん、一個だけなら荷物持ちのお駄賃として買ってあげる」
「よっしゃ! じゃあ行ってる!」
普段のだらけっぷりは何処へやら。目を輝かせてお菓子売場に向かう悠太を見送った私は、最後の品である小麦粉を求めて店内を移動する。
此処のスーパーは小さい頃から母親と来ているので、迷うこと無く辿りついた。
「えーと、……うわ、あっぶな」
片栗粉や天ぷら粉が並ぶ中で見つけた小麦粉は、なんと最後の一袋だった。
特売でも無いのに小麦粉が品薄になっている所なんて初めて見るなあ、なんて呑気に思いながら棚から取った、その時だった。
「あっ……」
「え?」
聞こえた声に思わず振り返る。
するとそこには、悠太と同じ制服を着た男子がいた、けど。
(背ぇ高っ!!)
私が目一杯顔を上げて漸く見える顔。百九十センチは軽くあるだろう身長に、しっかりとした肩幅。すっきりと短い黒髪に良く似合う凛々しい顔立ち。
鋭い視線と私の視線がぶつかった瞬間、脳内に衝撃が走った。そう、これは運命的な一目惚れーーではなく。
(この人、攻略対象だ!)
桃井亮介。
無口で無愛想ながらも面倒見の良い『兄貴分的キャラ』の枠で攻略対象の一人となっている人だ。本編設定ではこの人は三年生なので、今は二年生のはず。それにしても大きい。
「……俺に、何か?」
「……!」
そんな事を考えている内に、つい凝視してしまっていた。
桃井先輩が首を傾げたことで我に返った私は慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい、ジッと見て!」
「いや……、……あの、小麦粉はそれで最後だよ、な?」
「えっ? ああ……はい、そうみたいです、けど」
振り返って棚を確認するけど、小麦粉が置いてあった場所は空いている。その周りにも他の小麦粉は並んでいない。
私が頷くと、桃井先輩は小さく溜息をついて肩を落とした。
「そうか……」
そこで私は気付いた。
桃井先輩の持っているカゴの中には、製菓用のチョコや無塩バターが入っている事に。
(そういえば……桃井先輩ってオトメンでもあったっけ)
可愛い物や甘い物が好きな乙女趣味の男性、通称オトメン。桃井先輩はその設定も持っていた事を思い出す。
しかし、この男らしい見た目でお菓子作りや手芸が趣味って、あれか、この人はギャップ萌えというやつでもあるのか。
だけど、その趣味は周囲には隠していて、それを真奈美ちゃんに知られる事で二人の距離が縮まってーー。
(ーー……って、今はそれは置いといて)
恐らく、というか確実に桃井先輩はお菓子の材料を買いに来たのだろう。そして、今の落ち込みようから分かる。余程お菓子作りが好きなのだと。
そうして考える事数秒、私は持っていた小麦粉を差し出した。
「良かったら、どうぞ」
「……え?」
「私は別に急ぎじゃありませんし」
「し、しかし……」
「……千紗? 何してんだ、お前」
私と桃井先輩が軽い押し問答をしていると、悠太がやって来た。
小麦粉を互いの間で行き来させている光景を見ていたらしく、これでもかと眉間を寄せて怪訝そうな表情をしている。
「あ、いや、小麦粉をね」
「はあ?」
「とにかく、私は大丈夫ですから。ね? これ、受け取って下さい」
「あ……」
少し強引だと思ったけど、このままじゃキリが無さそうだったので、桃井先輩のカゴの中に小麦粉を入れさせてもらう。
そうすると桃井先輩も流石に諦めがついたのか、小さく頷いた。
「……じゃあ、有り難く。すまないな」
「いいえー。それじゃ、失礼します」
笑顔で会釈した私は、未だ怪訝そうにしている悠太の腕を引いてレジへと向かう。
「おい、さっきのって」
「先輩だよ。小麦粉必要だったみたいだから譲っちゃった」
事情を話せば、お母さんだって許してくれるだろう。
そんな事を思ってレジ前の列に並ぶ。
「くそ、もう男の先輩の知り合い作ったのかよ。いつの間に……」
「え?」
「……何でもない」
そんな物凄い苦々しい顔で何でもないと言われても、と思ったけど、こうやって返してくるって事は言う気が無いということだろう。それなら私も追求する気は無い。
「……あ! 悠太ってばお菓子二つ入れた!? 一個にしなさいよ!」
ふとカゴの中を見て気付いた。
「ウルトラ仮面」が印刷されたお菓子(ラムネと一緒にシールが入っている系)が二個も入っている事に。
確かに私は「一個だけ」と言った筈だ。それなのに二個とはどういう事だろうか。
その疑問を込めた眼差しを向ければ、悠太はバツが悪そうに目を逸らした。
「新発売の無かったから、……良いだろ? 割引シール貼ってあるんだし」
「それでも一個分以上の値段にはなるでしょう? 我が儘言うなら、今日の夕飯は悠太だけ野菜炒めにするからね」
「……わーったよ」
少し迷いは見せたものの、そこはやはり食べ盛りの男子高校生。物欲よりも食欲が勝ったらしい。
渋々とお菓子を一個手に取って返しに行こうとする悠太に、私はすかさず待ったを掛けた。
「……何だよ?」
「私が返しに行く。他の見たら欲しくなるでしょ?」
「…………」
「悠太は代わりにお会計済ませておいてね」
そう言って私は返事も聞かず、財布とお菓子を交換して列を離れる。
恨みがましげな視線が突き刺さってきたけど、ここは心を鬼にしないといけない。こういう小さな積み重ねが、きっと悠太を立派な攻略キャラにするんだからーー。
***
「お待たせ」
私がレジ付近に戻ってきた時には、もう既に悠太の姿は無かった。で、品物を入れるサッカー台の辺りにもいなかったので、もしやと思って外に出てみたら大正解。
悠太はふてくされた顔をして、外にあるベンチに荷物と一緒に座っていた。
「……遅い」
「ごめんね、荷物有り難う」
目を合わせず、それでも財布はきちんと返してくれるし、荷物は当たり前のように持ってくれる。
こういう「ちぐはぐ」な部分に、いつか出会う真奈美ちゃんも惹かれていくと良いな、と思いながら、私は後ろ手に隠し持っていたソレを差し出した。
「はい、悠太にあげる」
「は? ……えっ!? お前これ、新製品の!」
私が差し出した物を見て、悠太は驚きながらも漸く目を合わせてくれた。
「ウルトラ仮面」の新作食玩。欲しかった物を受け取った悠太は、まだ混乱気味に私と食玩を交互に見る。
「な、何で? 無かったのに?」
「棚にはね。でも念の為に聞いたら、店長さんが奥から在庫出してきてくれたんだよ」
こういう時、お店の人と顔見知りになっておいて良かったと思う。そもそも、コミュ症の悠太には「店員さんに聞く」という選択肢は無いのだろう。
本当はそういう所も直していかなきゃいけないんだろうけど、ーーまあ、今回くらいは良いよね?
「……っ、しゃあ! すっげー嬉しい! ありがとな、千紗!」
たった数百円で、このとびっきりの笑顔。
これを「安い男」と見るか、それとも「可愛い人」と見るか。出来れば真奈美ちゃんは後者であってほしい。
(ーー私みたいに、ね)
まあ、性格は良い子みたいなので、大して心配はしていない。きっと大丈夫だろう。
あとは悠太本人を攻略対象らしくイメチェンしていくだけだ。見た目に性格、色々問題はあるけれど。
「……頑張ろうね、悠太」
「ん? 何か言った?」
「ううん、お腹空いたねって」
「あー……だな。よし、さっさと帰っかー」
「おーっ」
今は取り敢えず、このままで。
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