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3 登校するようです。

 入学してから早半月。新しい朝が来た、と言いたいところだけど、残念ながらごく普通の朝が来た。

 朝食も身支度も済ませた私は、玄関でローファーを履き、キッチンで朝食の片付けをしているであろう母に向かって声を掛ける。


「行ってきまーす」

「はーい、行ってらっしゃーい」


 奥の方から返ってきた母の声を背に家を出る。うん、昨日に引き続いていい天気。清々しい青空と爽やかな春の空気を堪能して、私は学校ーーではなく隣の家に向かう。

 そして、何度押したかも分からないインターホンを鳴らすも、誰も出てくる気配は無かった。


「……まあ、予想通りだよね」


 私は玄関のドアを開けて、家の中に堂々と上がり込む。それから階段を上がっていき、一番手前の部屋のドアを迷わず開けた。

 床に散らかった漫画やゲーム。あ、これ前に私が気になるって話したゲームだ。今度やらせてもらおう。

 それらを踏まないようにしながらベッドに近付いていけば、そこには呑気に寝ている幼なじみの姿があった。


「ゆっうたくーん、あっさでっすよー」


 リズミカルに呼び掛けながら体を揺さぶってみるも、まるで死んでいるかのように反応がない。微かに寝息が聞こえるから生きてはいる、はず。布団捲ったら死体とかだったら、この世界は乙女ゲームじゃなくてホラーゲームになってしまうし。


「悠太、ほら起きてってば」

「んー……」


 ぺちぺちと頬を叩けば、悠太は鬱陶しそうに顔を顰めた。張り手を喰らわさないのは私の優しさによるものである。だけど目を覚まそうとはしない。

 壁に掛かる時計を見れば、タイムリミットは迫ってきていた。あと五分以内に起きてもらわないと、遅刻の可能性が一気に高まってしまう。


(こうなったら最後の手段……!)


 一旦、鞄を床に置いてベッドから離れる。それから軽く屈伸やら伸脚をして、最後に深呼吸をしたら準備は完了。椿野千紗、いっきまーす。


「せーのっ」


 床を蹴る。いい感じの助走。タイミングを計って、今度はもっと強く床を蹴る。ふわりと舞い上がるスカート。軽く重力に逆らった私の体は、直ぐに引力に従った。


「いい加減に起きろーっ!!」

「ぐはあっ!?」


 見事な飛び込みが決まって、ベッドが盛大に軋んだ。

 私とベッドの間に挟まれた悠太が呻く。どうやら漸く起きてくれたらしい。

 此方を見上げる涙目に、にっこりと笑ってみせる。


「おはよう、さっさと支度済ませちゃってね」

「おま……っ、この起こし方だけは止めろって……」

「文句は自分で起きれるようになったら言ってよ。ほら、玄関で待ってるから」


 恨みがましく私を睨む悠太の上から退いて、序でに二度寝しないように布団を引っ剥がしておく。

 一階に降りてリビングを覗き込めば、テーブルの上に書き置きと五百円玉が置いてあった。いつものように書き置きを手に取って目を通す。


(『千紗ちゃんへ 今日も悠太の面倒を宜しくお願いします。十和とわちゃんにも宜しくね! 美波みなみ』……か。相変わらず忙しそうだなあ、美波さん……)


 悠太の母親である美波さんは凄腕の弁護士で、私が物心ついた頃から女手一つで悠太を育てている。

 だけど、仕事が立て込んでいる時はこうして夕飯代の五百円を置いて、私の家に悠太を任せてくる事がある。

 因みに美波さんと私の母、十和は高校時代からの親友らしい。

 五百円を財布にしまった私は玄関に向かう。二階から物音が聞こえてくるので、悠太はきちんと起きたようだった。


「よしよし……」


 うん、どうやら遅刻はせずに済みそうである。


 ***


 青空の下、私と悠太は通学路を行く。

 同じ制服を着た子たちが同じ方向に向かっていくのを見ると、小さい頃によく観察した蟻の行列を思い出す。そういえば悠太が巣穴に指を突っ込んでは、蟻に噛まれて泣いてたっけ。


「ひは、ほひほほはふは?」


 幼き日の思い出に浸っていた私を現実に呼び戻したのは、隣を歩く宇宙人の呼びかけーーではなくて、朝食のおにぎりを頬張っている悠太の声だった。

 何とも間抜けな声に脱力しつつ、私は肩に掛けた学生鞄の中からペットボトルの緑茶を出して渡してやる。


「はい、……ていうか一口大きすぎ」


 結構な勢いでお茶を飲む悠太を横目で見る。

 私からの呆れた視線なんて受け慣れている彼は、平然とした顔でペットボトルを此方に返してきた。ていうか三分の一くらい減ってるんだけど。遠慮というものを知らないのか、この男は。


「こういう物は口いっぱいに食べた方が美味いじゃん」

「なら、落ち着いて食べられる様にもっと余裕持って起きなよ……」

「えー……やだ、めんどい」

 

 駄目だコイツ、早く何とかしないと。いや、何とかするのは私の役目なんだけども。

 そんな事を考えつつ適当に話しながら校門を潜った私達は、昇降口へと続くグラウンド横の道を行く。この学校の校庭は結構広く、今は野球部とサッカー部が分かれて朝練をやっているようだった。


「危ない!!」


 不意に飛んできた大声に、私と悠太は揃って其方を向く。

 真っ直ぐ向かってくるサッカーボール。それに気付いたのは私の方が早かったけど、立ち位置的には悠太の方が近かった。だけど当の本人は動く気配が無い。このままだとボールが直撃ストライクコース決定だろう。

 

「っ、てやぁっ!」


 そう思った次の瞬間、私の体は勝手に動いていた。

 悠太とボールの間に割り込んで、手に持っていた鞄をフルスイング。バンッと音がして、鞄の持ち手を握っている手に衝撃が伝わる。というか勢いに負けて、鞄は手から離れて地面に落ちた。


(うっわ、手ぇ痺れるー……)


 これ、顔面に当たってたら間違いなく鼻血出てた。危ない危ない。

 そう思って痺れる手を見ていたら、頭頂に何かがストンと落ちてきた。


「わっ、……な、何すんの、悠太」


 思わず振り返ると、手刀を構えて不機嫌そうな悠太が私を見下ろしていた。何だ、どうしてコイツはこんなにむすくれて私を見ているんだ。

 そうして戸惑っていると伝家の宝刀、悠太チョップが再び落ちてきた。痛くは無いけど気にはなる。


「ちょっ、な、何を」

「何を危ない事してんだよ、馬鹿」

「はぁ!? 馬鹿って何? 私は悠太が怪我すると思って」

「だからって千紗が危ない目に遭う必要は無いだろ、馬鹿」

「でもあのままじゃ悠太が、ってか馬鹿って言い過ぎ!」

「うっさい、バーカ」


 言い合う最中にも何度か落ちてくるチョップが気になる。けど、私(153センチ)と悠太(175センチ)の身長差からしてやり返す事は出来ない。

 こうなったら頭じゃなくて顔面に喰らわせてやろうかと思った時、慌ただしい足音が此方に向かってきた。


「ごめん! 怪我してない!?」

「……あ」


 校則違反にならない程度の茶髪にスポーツ少年らしい健康的な色の肌。青いサッカーユニフォームがこれでもかと似合っている。

 心配そうに私達の下へ駆け寄ってきたのは『恋愛アルバム』攻略対象の一人、クラスメイトの梅澤うめざわ健斗けんとだった。

 彼は私達に怪我が無いのを確認してから、地面に落としたままだった私の鞄を拾って差し出してくれた。


「本当にごめん、椿野さん。手は大丈夫?」

「え、あ……あはは、大丈夫だよ!」


 鞄を受け取りながら取り敢えず笑っておく。咄嗟だったから何も考えていなかったけど、女子高生の鞄フルスイングって端から見たら結構凄い光景だっただろう。力んでたから表情も凄かっただろうし。

 少し恥ずかしいなー、とか思っていたら、鞄を受け取った両手を徐に握られた。私の小さな手なんか簡単に包み込んでしまう梅澤君の手。というか、……えっ?


「良かったー……! こんな可愛い手に怪我させてたら、俺、どうしようかと思ったよー……」


「本当に良かった!」と正に太陽の様な笑顔を浮かべる梅澤君。と、恐らく顔が茹で蛸みたいになっているであろう私。いやだって、こんな事をリアルで言われる日が来るとは。しかも梅澤君、攻略対象に相応しい爽やか系イケメンだし。

 そういえば梅澤君は『男女共に人気者の元気キャラで、その素直さ故に天然タラシ』とかいう説明があったっけ。ああでも、分かっていても照れる!


「本当にごめん! もし少しでも違和感あったら保健室に行って? で、病院とかになったら俺、責任持って付き合うから!」

「う、うん、ありが……」

「お前、朝練、途中」


 躊躇い無く割り込んできた無愛想な片言に、私は思わず悠太を見上げる。何だどうした。人見知りの癖に何で口を挟んできたんだ。

 しかし悠太は知らん顔で梅澤君の方を見ていた。というか、何か睨んでないか。前髪と眼鏡の所為で良く分からないけど、友好的な眼差しを向けていないのは確かだ。

 だけど、梅澤君は厭な顔一つせず(もしかしたら気付いてないだけかもしれないけど)に「そうだった!」と、傍らに転がっていたサッカーボールを拾った。


「それじゃ、また教室で!」

「うん、朝練頑張ってねー」


 部活動に戻っていく梅澤君の背中を見送る。

 そうして大分離れたところで、私は悠太を再び見上げた。


「ちょっと悠太、あの態度は良くないよ?」

「何でだよ」

「何でって……確かにボールはびっくりしたけど、梅澤君だってわざとじゃ……」

「うっさい」


 一刀両断。こうなると悠太は聞く耳を持たない。

 理由は分からないけど、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

 だけど私から離れようとしないのは、まだ上手くすれば元に戻る証拠でもあるわけで、こういう時の対処法なら知っている。


「悠太」

「……何?」

「何かしちゃったんだよね、私。ごめんね」


 こういう時の対処法、言い訳しないで謝る。

 理由は分からない。でも悠太は理不尽に怒ったりしない。だから少なからず私にも非がある筈なのだ。だから素直に謝る。ーーそうすれば、ほら。


「……いや、別に。……俺も、ごめん」


 少し目を逸らしながらも言葉を返してくれた。

 それから悠太は私の頭をぽんぽんと叩いて「行くぞ」と歩き始めた。私はすぐにその後を追って隣に並ぶ。

 ーーこんなやり取り、今まで何回繰り返してきたっけ。

 そう思うと同時にふと気付いた。


(悠太が真奈美ちゃんに選ばれたら、こんな風に一緒に歩く事も無くなるんだろうな……。……?)


 胸の奥に感じた違和感に小首を傾げる。何だろう、今の。

 考えたら分かりそうな気がしたけど、その前に響き渡ったチャイムの音に私はハッとする。


「うっそ! 悠太、走るよ!」

「そうか、頑張れ」

「アンタも頑張りなさい! 馬鹿!」

「痛っ、分かった! 分かったから腕引っ張るな!」


 急ぐ気が更々無い悠太の腕を引っ張って走り出す。

 私自身の悩みなんて今は構っていられない。今は一刻も早く、この駄目幼馴染みを立派な攻略対象にしなくてはならないのだから。



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