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ホルトゥンが〈幻影〉を発動させた直後に太鼓の音は止み、歓声は悲鳴に変わった。
異変に気づきレイケン将軍が振り返り、城門の兵の様子をうかがう。兵士たちは皆口々に何かを叫んでいたが、レイケンには何が起きているのか聞き取ることができなかった。叫んでいる人間があまりにも多いので何を言っているのかわからなかったのだ。
レイケンが振り返りホルトゥンを探すと、ホルトゥンは走り続けていたためすでに十分に距離を取っていた。離れた場所から自らを見ているホルトゥンをレイケンが睨みつける。
「貴様、何をした?」
「さあね。それよりも答えてほしい。どうしても僕を殺すのか?」
「そうだ。大人しく死ね」
将軍の簡潔な返答を聞いてホルトゥンは目をつぶった。その表情は悲しみとも怒りともつかない感情の色を帯びていた。
再び目を開けたホルトゥンがレイケンに静かに告げる。
「そうか……。僕たちはもう完全に敵同士なんだな。だったら僕も容赦はしない。どんな目に遭っても恨むなよ」
言い終えるとホルトゥンは踵を返して歩き去ろうとした。そんなホルトゥンの後をレイケンが追いかけようとした直後、再び太鼓の音が響き始める。その太鼓は鼓舞のためのものではなかった。
「全員弓を構えろ!」
突然の太鼓の音と号令の声に驚いたレイケンが振り返ったのと、兵士たちが一斉に弓を引き絞ったのはほぼ同時だった。
「放てッ!」
レイケンの目は幾百もの矢が宙を舞う様を捉え、耳は幾千もの矢羽が風を切るヒューッという音を聞いた。
「ぐっ・・・・・・!」
文字通り雨のように降り注ぐ矢を避け切れるわけもなく、レイケンの身体に一瞬で数十の矢が突き刺さる。それでもなお、逃げようとするレイケンに城門の兵士たちが取り憑かれたように弓を引く。
数十秒後、レイケンは夥しい数の矢をその身に受けて力尽き、地に伏していた。
「もう十分だな」
レイケンが倒れたことを確認したホルトゥンはレイケンの元へとゆったりとした足取りで近づいていった。
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次回投稿は来週です。




