10.0~20.0
†††10.0
「ね、たいへんでしょ?」
アリスはへやをほうきではきながらいいます
「ええ、ほんとに」
おんなのこもぞうきんでせっせとゆかをみがきながらこたえます
「でもさぼったらだめよ。魔女にかえるにされちゃうから」
「ほんとに?」
「ほんとよ」
そんなことをおしゃべりしながら二人はそうじをしていきます
このへやがおわれば、つぎのへや。そのへやもおわればそのまたつぎのへや、と。
三つ目のへやをおえたところでろうかにえんえんとつづくへやの数々をみておんなのこはためいきをつきました
「ねえ、きょうはどこまでやるの?」
アリスはおんなのこがつかれているのがわかってにがわらいしました
「つかれたのね。でもざんねん。このろうかのへやぜんぶと、あと二階もいくつかやるのよ」
おんなのこはきがとおくなりました
†††11.0
「ふう、そろそろ朝食をつくりましょう」
アリスはぞうきんを持った手であせをぬぐいながらいいました
「だれの?」
「魔女のぶんにきまってるじゃない」
「わたしたちのぶんは?」
「あるわ。とってもすくないけど」
そこでアリスは声を低くしました
「それについてはまたあとでね」
アリスはおんなのこをやはりひろい台所へとつれてきました
「ひろいわね」
「まあね」
「食材はとなりのへやにあるし、やしきのうらの畑にもはえてるわ。・・・・・・畑の管理もしごとのひとつよ。おぼえておいて」
「わかった」
「火打ち石と薪はここにあるわ。包丁はこっち。肉とあぶらはそっちのへや。水はやっぱりうらにみずがめがあるからすこしくんでくるといいわ」
「わかったわ」
「しつもんはない?」
「どうしてわたしにそんなことおしえるの?」
「朝食はあなたにまかせるわ」
「え?」
おんなのこはびっくりしました
「ど、どうして?」
アリスはもうしわけなさそうにいいます
「魔女にとめられてるのよ。・・・・・・まえにしっぱいしたから」
「どんな?」
おんなのこはふしぎに思って聞きました。
するとアリスは困ったようなへんなかおをして
「まあ、とにかくしっぱいしたのよ」
といって台所から出ていこうとします
「ほんとにいっちゃうの?」
「うん。あとでまたもどってくるから、なにか作っておいてね」
そういいのこしてアリスは いってしまいました
†††12.0
二人は森を抜け王様のいる町に向けて野原を進んでいます
もう王様の住む大きな城が見えてきたところでオオカミが口を開きました
「王都に着いたな。もうすぐお別れだ」
「ありがとう。君の案内のおかげだよ」
「いや・・・・・・」
オオカミは首を振ります
「どうしたんだい?」
男の子はオオカミが何かを言おうか迷っていることに気づきました
オオカミはじっと男の子の顔を見つめた後言いました
「君は肉を食べたことがあるかい?」
男の子はオオカミの目を見て答えました
「あるよ。年に何度かあるお祭りのときに食べる」
「祈りは捧げるか?」
「うん。命をいただくわけだからね。まず村長が祈りを捧げるんだ」
「そうか」
オオカミはそう返事をしてしばらく黙ってからぽつりぽつりと話し始めました
「私も祈るわけではないが食べる相手には敬意を払う」
「うん」
「食べた相手の顔やにおいは生涯忘れないことにしている。だから今まで食べた者達のことは皆覚えている。けれど・・・・・・」
そこでオオカミは考えるように少し言葉を止め
「彼は誰とも違ったな」
と言った
「彼っていうのはシカの長のこと?」
「長だったのか?なるほど・・・・・・」
オオカミは耳を力なく垂らしてこう続けました
「私は自分がオオカミであることがあらためて嫌になったよ」
「どうして?」
「私が生きていくためには他の誰かが死ななければならない。そのことはわかっていた。・・・・・・わかっていたはずなんだが、割り切れてはいなかったようだ。今回のことでそれがよくわかったよ」
オオカミはそこで一度息を整えて言います
「私は誰かを殺さなければならない。そうしなければ生きていけない。罪のない誰かを私が、この手で、この爪で、この牙で、捕らえ、殺し、肉を裂き、食べねばならない。私は、それが、たまらなく」
オオカミは消えてしまいたいと願うような小さな声で言います
「嫌なんだ」
その時一陣のさわやかな風が野原を通り抜けていきました。風にそって背の高い草が、目に鮮やかな緑の葉を宿す木々が波を立てていきます。その風を感じながら少年はオオカミに言います
「ぼくは・・・・・・仕方のないことだと思う。神様がそういうふうに決めたんだもの。それに他の誰かを殺さなければならないからといって君が死ぬというのもおかしい」
男の子は少し言葉を切って言いたいことを整理して続けます
「命は尊い。それは正しい。でも、だからといって絶対に守るべきものでもない、と思う」
そこで男の子は首を振ります
「いや、ちがうね。ぼくはあなたに生きていて欲しいんだ。だからあなたが生きることが嫌になったって聞いて、それは嫌だって思った。だから理屈をこねてるんだ」
それを聞いてオオカミは言います
「・・・・・・そうだな。私はお前に命を救われ、あのシカの命をいただいたんだ。そうそう命を捨てるわけにはいかないな」
「そうだよ」
オオカミは悲しげな笑みをうかべました
†††13.0
「それじゃ」
男の子が手を挙げます。オオカミは盲目でもまるで見えているかのように頭を上げました
「それでは、また」
オオカミと男の子は別れました
オオカミは広い野原を目が見えないにも関わらずかなりの速度で走っていき、しばらくすると見えなくなりました
男の子はしばらくそれを眺めていましたが、オオカミの姿が見えなくなると、城に向き直りました。
城まではまだ距離があるもののその迫力は十分ありました。
「大きいなあ・・・・・・」
道なりに進むと城まで小一時間で着くでしょう。そこまで近くに来たのですがその道のすぐそばにはまだ崖がありました。あのオオカミが落ちた崖の続きです。高さは無くとも幅の広い大きな崖だったのです。
男の子たちは道なり、つまり崖の下に沿って歩いてきました。
もう少しです。男の子は十日ほど歩きっぱなしだったので痛む足をこれで最後だと言い聞かせて歩いていきます。
王様のいる町に着けばきっと誰か「北の海の魔女」について知っている人がいるはずです。
そうなればきっと妹を助けることができるでしょう。
†††14.0
男の子が町に着いた後のことを考えていたそのときです。
がらがらがらっ
どんっ!
すさまじい音があたりにひびきわたりました。
男の子が思わず音のしたほうに走っていくと壊れた馬車が一台ありました。
男の子は心臓がばくばくと鳴っている音を聞きながら近寄ると
・・・・・・ぅうッ・・・・・・!!
うめき声がきこえます!
男の子は無我夢中で馬車に駆け寄ると壊れた木やら金具で持てるものは手当たり次第に投げ捨てながら、声の主を掘り出し始めました。
†††15.0
「ありがとう。助かったよ」
馬車の中から男の子が助け出した男は地面に座り込んで言いました。
身なりがよく、服装も男の子が見たこともないほど豪華です。
「何があったんですか?」
男の子はなぜ馬車が崖から落ちたのか尋ねました。
「馬車をとめて休憩していたんだが、留め具が外れたらしい。いきなり動き出して崖下へまっさかさまだよ」
なるほど馬車の残骸はあっても馬はいません。馬を放して休ませていたのでしょう。
「もうすぐ王都に着くから休まず行こうかとも思ったんだがね・・・・・・。今回は間違いだったようだ」
男は苦笑いをして男の子をみました。どこかケガをしているのでしょうか冷や汗をかいています。
「どこかケガを・・・・・・?」
「うむ・・・・・・。おそらく何カ所か骨を折ってしまったみたいだ」
そして崖の上を見上げます。
馬があればなんとかなったかもしれない、と考えているのでしょうか。しばらくして男は首を振って男の子に向き直って言いました。
「すまないが王都へ行って助けを呼んできてもらえないか?ちょっと動けそうもない」
†††16.0
「どうしても動けそうもない?」男の子は聞きました。
「無理だね」
男の子は男の目をのぞきこむようにして言いました。
「・・・・・・この辺りは安全なのですか?」
「・・・・・・・・・・・・いや」
「何が出るのです?」
「オオカミと盗賊。どちらも命取りだ」
「・・・・・・本当は歩くくらいはできるんでしょう?」
男の子は助けたときの男の様子から推測して言いました。すると男は苦々しい顔をして
「ああ」
と言いました。
男は確かにケガをしています。しかしようやく歩くことができる程度で、町まで行こうとすればどうしても男の子の手助けが必要です。もしそうやって進んでいるときにオオカミや盗賊が出たらどうなるでしょう?男はそう考えて男の子だけで行かせようとしました。
もしオオカミや盗賊がこの辺りを通れば何もないこの見通しのよい平野で馬車の残骸などの傍にいればすぐに見つかってしまうでしょう。
「肩を貸します。一緒に行きましょう」
「すまない」
男はうつむいて申し訳なさそうにそう言いました。
†††17.0
何を作ればよいかわからなかったので女の子はとりあえず、ありあわせの食材からベーコン、目玉焼き、サラダ、オレンジのジュースを作りました。
それらを作っている途中で掃除を終えたらしいアリスが戻ってきました。しかし手伝おうとはせず、ただ横で女の子の手元を、
「はあ~」
「へえ~」
「うわ~、すごい!」
などと言って目を輝かせているだけでした。
アリスはなに一つ手を出さなかったのですが、女の子はアリスがあまりに感心しているのでとても気をよくしました。
そうこうしているうちに料理は終わり、お皿に入れようとしたときです。女の子がお皿を三セットずつ取るのを見てアリスは、
「これはあたしたちの分じゃないのよ」
と言いました。
「え、どういうこと?」
女の子は聞き返しました。
「さっき言ったでしょ。これはあたしたちの分じゃないの、魔女の分よ」
「じゃあ、わたしたちの分は?」
「こっちよ」
アリスは女の子を手招きして別の部屋に案内しました。
†††18.0
「あっちの部屋は魔女の食事を作るための部屋なの。あたしたちのは、ここよ」
アリスは隣の部屋のドアを指さしました。
「入りましょうか」
アリスがドアを開けました。
中はパンの貯蔵庫でした。パンを乗せた背の高い棚が部屋の奥までずうっと続いています。
いったいいくつあるのでしょうか。
「これ全部わたしたちがたべていいの?」
女の子は目をかがやかせていいました。彼女は元の村ではお腹いっぱいになるまで食べたことはありませんでした。
しかし女の子のそんな問いかけにアリスは首をふります。
「ううん、だめよ。あたしたちが一日に食べていいのは、」
アリスは近くの棚のパンをナイフで少し切り取りました。
「これだけよ」
女の子はがっかりしました。彼女の小さな手で包めてしまうくらいだったからです。
でも女の子はすぐに笑顔で、
「大丈夫。村ではもっと少ない日もあったわ。大丈夫よ」
と言い切りました。
アリスは近寄ってきて女の子に耳打ちして言いました。
「そう、大丈夫よ。なんとかしてあげるわ」
†††19.0
「魔女に朝食を持っていくわね」
アリスはそう言って女の子の作った料理をお盆にのせました。
「わたしは?」
「もう部屋に戻っても大丈夫よ。休んでて。しばらくしたらまた仕事だから」
と、アリスは少し悲しげに笑って、台所から出ていきました。
†††20.0
なんだかんだと仕事をしているうちに一日が終わろうとしていました。ただし、おなかはぺこぺこです。なんせお昼にパンひとかけらしか食べていないのですから。
「・・・・・・うぅ、おなかすいたなぁ」
女の子はベッドに寝転がって空腹に鳴りやまないお腹をかかえて懸命に眠ろうとしていました。ですがお腹が空きすぎてどうしようもありません。
こんな日はいつもお兄さんがお話を聞かせてくれていたものです。自分は妹よりも少ない量しか食べていなかったのに。
「おにいちゃん、おにいちゃん・・・・・・、会いたいよう・・・・・・」
女の子は無性にお兄さんに会いたくなってしまいました。
†††