11.おもちゃの運命
街に来てからもう一時間ほど経とうとしているが、ロッタもロボも未だ興奮状態から抜け出せずにいた。ずっとテンションが高い二人に付き合ってきたアンディは、かなりげんなりした顔をしていた。
最初の方はアンディも、それなりに楽しんでいた。だけどいつまでも同じ高さにいることはできずに、だんだん沈んできていた。
「なぁ、いつまで元気なんだよ…」
「えーそんなに元気じゃないよ?」
にこにこと笑うロッタに、アンディは何か諦めたようだった。仕方ない連れて行くって言ったのは自分なんだし。そうつぶやいたが、ロッタとロボには聞こえなかったようだ。
ロボは初めて見る世界に感動しているようだった。他の二人の呼びかけにも答えてはいるものの、会話は成立していない。視線は常にせわしなく動いていた。
「すごいねぇ、ここにたくさんの人間が来るんだ!」
「いろんな人がいるな!」
はしゃぐ二人に、見慣れているアンディは微笑ましく思っていた。それでも昔を思い出してみると、自分もこんな風になっていたような。
行く方向も全て気分次第で進んでいると、小さな子に抱きかかえられているおもちゃを見つけた。くたっとしたサルのぬいぐるみで、目が合ったとたんに何故か笑いだした。
「野良おもちゃか!どんまい!残念だったな、捨てられて!」
楽しそうに笑うサルに、嫌悪感を抱く。さっきまでの元気はどこへ行ったのか、これ以上ないほどの目つきで三人が睨んでいると、サルは勝ち誇ったように言った。
「なんにも言い返せないなんて可哀想だなぁ負け組さん達よお!俺はなあ……、うわっ!」
言葉を続けようとしたサルは、小さなその子供に邪魔された。くるんと突然別の方向を向いた子供は、抱えたサルを落としてしまった。
その方向によっぽど興味のあるものがあったのか、こちらに戻ってくる様子もない子供は、サルを呆然とさせていた。サルは状況が読み込めないようで、子供の方を見つめて固まっていた。
ある意味一番辛い別れ方かもしれない、とロッタたちは思った。そう考えると、さっきまでの暴言があったにもかかわらず、サルに仕返しの言葉を吐いてやろうという気にはなりそうになかった。
「戻って…、くるよね?」
あまりにも切なすぎたサルの背中を見つめながら、ぽつんとロッタはつぶやいた。思わず口から溢れ出た声に、最初は誰も言葉を返さなかった。
しかしとうとう、放心状態のサルの変わりに、アンディが悲しそうに言った。
「…、残念だが、多分無理だ。」
何故、とあえて訊ねる必要はないように思えた。
それならば大胆に歩いていた三人組は何故、人間に怪しい目は向けられていない?
「人間はもう、足元なんかみちゃいないんだ。資源はあるから、次々に新しいものを買って、捨てるんだ。おもちゃが転がってたところでなんにも思わないな」
ずばりと言ったアンディに、サルは一瞬睨んだように見えた。だけどそれも無意味だとすぐに思い出し、悲しそうに俯いた。
サルを見ているとロッタの方まで悲しくなってきて、気づけばアンディが信じられないと言ったようなことを口にしていた。
「ねぇおさるさん、まちにきなよ!」
驚いて顔をあげるサルに、ロボもそれはいいな、と返していた。
「行くところがないんなら来いよ。歓迎する」
「いいのか…?お前らにひどいこと言って…」
「気にしなくていいんだよ!」
その様子を見て、アンディは一人固まっていた。自分もまちにいたら。そんな言葉が誰に聞いてもらうでもなく頭の中に流れていった。
まちのことを知っていたらしいサルは、悲しそうにはしていたが雰囲気は明るくなっていた。少し微笑んで見せながら言った。
「とりあえず…、ありがとう!まちに行ってみるからまた会おうな!」
出会ったときのことなんか嘘のように、すくっと立ち上がって手を振るサル。つられてロッタとロボも手を振った。
アンディだけ振っていなかったが、ロッタにほら、と急かされて遠慮がちに振った。サルは笑って去って行こうとしたが、何か思い出した様子で一旦足を止めて振り向いた。
三人に向けて、サルは叫んだ。
「俺の名前、ニックっていうんだ!お前らの名前は今度会ったときに聞くから、また絶対会おうな!」
三人は、ニックの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。




