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事故

「うっま・・」


「だろ?」


主任お薦めのこの店は、見た目こそはお世辞にも綺麗とは言い難いが、とにかく最高に美味だった。

和食メインだが、何しろ酒の種類が豊富。

しかも飲み放題ときたもんだ。


「何ていう奇跡の店。来て良かったです」


「はは。金曜でも人が少ないから混んでなくて助かる」


「よく見つけましたね」


「こればっかりは自分で自分を褒めてやりたいよ、本当」

(めずらしいな。主任もう酔い始めてるのかな?)


「まぁさ、いろいろあるだろうけど、とりあえず美味いもの食って乗り切れよ」


やっぱり励ます為に連れて来られたのか・・・・。

美味い店に連れて来るっていうのは、いかにも主任らしい。

最近、食事が喉を通らなかっただけに、素朴だがここの食事は心に染みた。


「ふっ。演歌みたい・・」


「・・・は?」


「・・・いえ。あ、こっちの煮物も頼んでいいですか?」


「じゃんじゃん食えよ」






「だーかーらー!あのミスはー、私の不注意からきたんですってば。なのに部長達のフォローに何ていうかすっごい助けられて感謝してるんですよおー」


「・・お前、こんなに酒弱かったか?」


「主任が強過ぎるんです!」


感謝してると呟きながらも子供扱いしてくる主任の態度にムっとしてしまった。


「それにしても、らしくないミスだな。何かあったのか?」


「・・・・・・・」


「あ、まぁ。人間言いたくないこともあるわな・・」


「自分の浅はかさに絶望したんです」


グラスをギュッと握り締めた。


「何ていうか自分の思い込みで勝手にこうだ!って決め付けて、そうじゃないって思い知らされたんです。あ、もちろんそんなことは最初から分かってたんですけど、何でか気づけなかったんですよ。だから自分もまだまだ修行が足りないなーって猛省してます・・」


「あのさ・・」


無言で聞いていた主任が口を開いた。


「全部が分かるわけじゃないから偉そうなことは言えんけど・・」


そう言うと主任は腕を組み始めた。


「人間は何もかもが最初から分からないから色々考えて、色々尋ねて、確認し合うんじゃないのか?」


「・・・・・・・」


「浅野の言う、その浅はかさっていうのは、相手に確認した上での結果なのか?」


「・・・・それは・・・」


「まぁ、相手を責めないとこがお前らしいっちゃらしいけどな。一方的に自分だけで考えてると息詰まるぞ」


「はい・・・・」


「何もかも周りに頼りっぱなしなのも困ったもんだが、何もかも自分一人で抱え込まなくてもいい時もあるし、逆に言わなきゃどうしようもない事もあるんだって頭の片隅に少しでも入れておけよ、な?」


「はい・・・・」


(ヤバイ・・・)

何だか胸の奥がくすぐったくてたまらない。

しかも目頭も熱い、ときたもんだ。

まさかミスをカバーしてもらった上に、ここまで励ましてもらえるとは思ってもいなかった。

(酒のせいだな、うん・・)


「あ、そうだ。前から聞こう聞こうと思ってたことあったんだわ」


「何ですか?」


奥歯を噛んで目頭の熱さは何とかこらえることが出来た。


「木下と付き合ってんのか?」


「はぁ?!」


「・・・違うのか?」


「違いますよ!何でいまだにそんなこと聞いてくる人がいるんですか?」


あまりの冷えた空気に胸の奥の疼きは、すざましい勢いで消えてなくなった。


「悪い悪い。まさかそんなに浅野が怒り狂うとは思ってなかったなー」


「喧嘩売ってます?」


「だから悪かったって。・・ってことは社外の人間なのか?」


「・・・何がです?」


「ミスさせる程に困らせた男!」


「主任の仰ってる意味が全くよく分かんないんですが?」


「あー、悪かったって。本当に謝るよ!これ、別にセクハラでも何でもないからな?」


どうやら本気で怒りモードな私の顔を見て、本気で謝罪の言葉を述べたようだった。

こういうところが主任の不思議なところ。

部下思いな一面を見せたかと思うと、こういうどうしようもない一言を放ったりする。

おそらく悪気はないんだと思うが、私のように本気で怒って注意しないと本人は気づかないから困った部分ではある。


「・・以後、気をつけてくだされば結構です」


「スミマセン・・・。てっきり恋愛絡みなのかと思ってしまったものですから、つい・・」


身を小さくして謝罪の言葉を口にする主任を見ていたら何だか怒りも静まってくる。


「・・・・別に今、付き合ってる人いないんで。それともうこの件はいいですよ。忘れます」


「そうなのか・・。浅野イイ奴なのになー。理想が高い、とかなのか?」


「そういう主任はどうなんですか?付き合い長い彼女いるって聞きましたけど!」


今は主任に自分の恋愛話をするような気分でない。

思わず話の中心を主任へ持っていくようにしてしまった。


「あー・・・。それ誰から聞いたんだ?もうとっくに別れたんだけど・・」


「・・・えっ?!」


予想外な展開に思わず大声を出してしまった。


「す、すみません。私ってば・・」


「ははは。いいよ。事実事実」


そうか。

つまり、旅行はその彼女と別れたから、キャンセルしたって事なのね・・・。

(うわー・・・・)

マズイ事を聞いてしまった。

そう思ったら必然的に顔を背けてしまった。


「おーい、浅野、頼むよー。そのヤバイじゃんって空気」


「の、飲みましょう!」


「誤魔化したな?」


「すみませーん!生中2杯~」



◆◆◆



「・・うー・・・。調子に乗って飲み過ぎました・・・」


「大丈夫か?帰れそうか?」


ここまで酒弱かったかなー・・・、などとぼんやり考えてしまった。

考えてもみれば、ここのところの貧しい食生活、加えて過度なストレス。

ようやく緊張が少し緩んだところでアルコールだ。

さすがに自重レベルではあった。

・・・・・・けど。

食事は美味いし、酒も美味かったのは事実だ。


「浅野。マジで大丈夫か?」


気がつくと主任に腕を抱えられていた。

至近距離にあるのは主任の顔。


「大丈夫?・・はい、大丈夫です・・・。あれ?主任の顔が近い?あれ?目が膨張?」


「オイ・・」


苦笑いを浮かべた主任の顔をぼんやり眺めた。

自分の顔を主任に向けて近づけたり遠ざけたりした。


「お前、酔うと更におもしろくなるのな?」


「あ、また子供扱い」


ふてくされた子供のように呟いた。


「してねぇよ。お前は優秀だよ。部長だって期待してるからあんなにバックアップに回ったんだ。自信持てよ」


「・・・本当ですか?」


「嘘ついてどうする?」


(・・・やばい・・・)


「うー・・・っ」


「おーい、泣くなって」


無意識に両手で顔を覆った、気がする・・・・。

何しろ行動のほとんどが曖昧で無意識的なのだ。

唯一、受け答えだけが明瞭、な気がする。


「なーんちゃって~」


「オイ・・」


「すみませーん。でも嬉しいです。ありがとうございまーす」


頭を下げると、勢い余ったのか足元がおぼつかず、その場に崩れ落ちてしまった。


「大丈夫かよ!」


「すみませーん。大丈夫れす!」


顔を上げるとそこにはしゃがみこんだ主任がいた。


「・・・・・・・・・」


「浅野?」


「・・・・・・・・・」

(あれ?主任ってこんな顔してたっけ?・・・ってか、座ってるとちょっとラクかも・・・)


どうやら私は主任の顔を両手で押さえ込んでいたようだ。

少しずつ主任の顔が近づいてくる。

次に主任の存在を意識したのは、主任の唇に触れた後だった。


(・・あれ・・なんか・・口、あったかいかも・・)


主任の顔に添えていた両手は、いつのまにか主任の背中に置かれていた。


(・・・・え・・なんかキス・・うまい・・・)


思わず主任の背中を抱き締めた。


(ん・・・ん?・・・キス?・・・主任と?・・・・・・・・・・私・・があ?!)

その瞬間、力一杯に主任を突き飛ばしていた。


「いってぇー」


尻餅をつきながら倒れた主任は、背中を押さえながら少しずつ起き上がってくる。


「あた、あたし。え?何?!・・あ、あの・・」


「・・・イテテ。浅野、あのな・・俺・・」


「あー、い、言わないでください!い、今のは事故。そう事故ですよ!!」


「は?」


「お互いよ、酔ってたし。私はいわゆる酩酊状態だし。そうですよ、そう!ははははっ」


いや・・・、ほとんど覚えている。

そして、あり得ないほどに私は激しく動揺している。


「今日は奢って頂いてありがとうございます。迷惑もお掛けいたしました。今後もご指導お願いします」


地面に転がっている自分のバッグを拾い上げ、改めて頭を下げた。

この間、主任の顔は見れずじまいだ。

早くこの場から立ち去りたい。

何でこんな事態になってしまったのだ!!


「おい。どうやって帰るつもりだ?」


立ち去ろうとする私の腕をいきなり掴んできた。


「タ、タクシー代がもったいないので駅前のビジネスホテルに泊まります」


私の腕を掴む主任の手は温かかった。

(この人ってこんなに体温高いんだ・・・)

こんな事態にも関わらず一瞬そんな事を考えてしまった。


「・・・じゃ送ってく」


「け、結構です!」


あまりな申し出に思わず声が裏返ってしまった。


「で、では失礼します」


振りほどこうとしたが更に主任に力強く握られてしまった。


「・・・浅野。いくら酔ってたとはいえ、俺は分別ぐらいついてるぞ」


「あーーーーー!だから事故ですってば。じゃ、お休みなさい」


一瞬のつきをついてダッシュし、駅前へ向けて走り出した。



◆◆◆


全然覚えている。

かなり酔ってはいたが、ほぼ覚えている。

・・・。

私は・・。

主任と。

キスをした・・・。


シャワーを全開にして顔から勢いよく浴びせた。


「・・・・・・・ありえない・・・」


ホテルにチェックインした後、ただひたすらに眠りに落ちた。

朝目覚めたら、ゆうべは夢でも見たんだろうと、笑い飛ばせるもんだと思いながら。

だがかえって頭がスッキリし混乱が増しただけだった。


「ごはん、うっ。いらないな・・これじゃ」


加えて二日酔いだ。

まさに踏んだり蹴ったり・・・。

最悪な思いを抱えたまま、昨日のスーツへと袖を通す。

チェックアウトを済ませ、帰宅の途へついた。





(今日明日と土日だからいいようなものを、月曜からどうする・・・?)

気を紛らわす為の掃除や洗濯が全く手につかない。

体を動かしていれば考えなくて済むと思ったがかえって逆効果だった。


『・・浅野。いくら酔ってたとはいえ、俺は分別ぐらいついてるぞ』


「うあああ・・」


この時の主任の顔は上司としての主任じゃない、一人の男性としての顔だった。

あの顔が頭から離れない。

(ってかどういう意味だよーー!!)

思い出すたびに恥ずかしさがこみ上げてくる。

あんな風に男性から言われたのは初めてだった。


・・・事故。

そう事故だ。

あれは酒の上での事故だ。

セクハラでもパワハラでもない。

そういう事で終わりにしよう。

何を血迷っているんだ、私は・・・・。


『・・浅野。いくら酔ってたとはいえ、俺は分別ぐらいついてるぞ』


「ああああああ」


勢いよく両手で顔をはたいた。


「よし。じゃ掃除再開!」

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