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過去

私には今年の春、別の支社へと異動していった木下、という男性同期がいる。


コイツとは入社時からずっと同じ部署で働き、趣味や好きなものが似ている、という理由で色々とウマが合う奴だった。

お互いミスをすれば、辞めんな、辞めたらボコボコにすると罵り合い、いくつもの苦い経験を乗り越えてきたいわば戦友のような存在だ。


互いの良い面・悪い面も散々知り尽くした。

こちらの冗談に木下がおもしろおかしく反応すれば、気分も良かったぐらいだ。

まるで中学生みたいな関係だった。

だからそれ以上の事は、それ以上の感情は起きないと信じて疑わなかった。


「お前ら仲良いな。付き合ってんのか?」


ある飲み会で先輩に言われた。

「はあ?何ですかそれー!」


私も木下も揃えた様に返答した。


「単なる同僚ですよ。何でもないですって。な?」


「そうですよ。変に勘ぐらないでください」


木下の肩をバシバシ叩いてその場は何とか終わった。

あの後、何となくだが思った事があったのだ。

・・・アイツと付き合ったりしたら楽でいいな・・、と。

もしアイツに付き合おうか?って言われたら、そうだね・・・と返答してもいいかな・・と。


ただ・・。

じゃアイツが好きだったのか、と言われると答えはノーだ。

その時点で私には彼がいたわけでも他に好きな奴がいたわけでもない。

アイツの事を嫌だと思ってなかったし、それもアリかな、と・・。


この時から少し意識していたのは間違いない。

でも自分からどうこうしようとか、何か言おうとか考えた事は一度もない。

このままの関係でいる事もこれはこれで心地よかった。

このままの関係が・・・。



◆◆◆


「・・・え?異動?」


「うん」


それは3月だと言うのにまだ寒いある日の事だった。


「正式な辞令が出た。今までありがとうな」


平日だというのに、めずらしく夕飯食いに行こうと誘ってきたので何事かと思ったらそういうわけか、などとぼんやり考えてしまっていた。

異動だからといって私自身に何か変化があったと思えないぐらい極めて冷静だった。


「こっちこそ今までありがとう。入社からずっといたかんねー。何か不思議な感じだ」


「俺らも5年目だろ?そろそろ次の段階とか考えなきゃいけねぇだろ?」


「う・・。それはつまり昇進とかそういう話?」


「まぁ、そういうのも含めてだろうな・・。浅野は優秀だと思うぜ?昇進興味ないとか言ってるけど少しぐらい考えてみたらどうだ?」


「うーん・・。昇進出来たとして、それは部下を持つって事じゃん?私には到底あの主任みたいな器の人物にはなれないよ」


「それを言ったら俺だってなれねぇよ。うちは部長だって極めて優秀な人だからな」


いつも木下と飲みに行く、となるとあびるように酒を煽っていたが今日に限ってはさすがに内容が内容なだけに、お互い1・2杯と気を遣うようにしか飲めていなかった。


「お前は気がついてないから言うけど、後輩に結構慕われてるぞ?」


「えー?まさかぁ?」


「浅野は口より手が出るタイプじゃん?うちは男が多いからな。女子じゃそういうのは危ないけど男ならむしろそっちの方が有難いんだよ」


「なんかその言い方、私が暴力人間みたいじゃん」


「ハハハ。口で説明するより実際動いた方が分かり易い典型例だって言ってた。すっげぇ分かり易いって」


「それ褒められてるのかな・・」


恥ずかしさと照れが相まって思わずを酒を煽った。


「俺もそう思ってんだから褒めてんだよ。とにかく今までありがとうな」


「こっちこそ。あっちでも頑張れよ」


「ああ」






「木下の送別会、お前の仕切りで頼むよ」


主任からそう伝達されたのは木下との会話の後、2・3日してから。

部内でも正式に発表され、通常業務と同時に引継ぎやら何やらの予定が発表されていった。


「分かりました。店は・・、いつもの場所でいいんでしょうかね?」


「俺は異論はないが、まぁ仕切りのお前に一任するから構わないだろ?」


「はい。じゃ早速手配しておきます」


それからは怒涛の日々が過ぎていった。

年度末の繁忙・木下の引継ぎ等々。

あと何日・・とか感傷に浸る暇もないぐらいだった。



時折、引継ぎの為に部署にやってくる総務の中村さんが木下と親しげに会話していく姿をチラっと見る事が日々、日課となっていた。


「木下って中村さんと仲良いんだね。知らなかった」


「まぁ一応、同期だし?今回の件で結構喋る機会増えたのは事実だな」


「へー。そうなんだ」


別に木下が誰と仲良くなってようが気にも留めてない。

木下の、私と私以外への女性に対する態度があまりにも露骨で少しイラっとしたのだ。


(クソッ。何イラついてんだろう・・・)


木下に対するイラつきは奴の異動日が近づくと共に増していったのだ。



◆◆◆


送別会は滞りなく過ぎていった。

円もたけなわだったが、終了時間も迫ってきていた事もあり、私はそろそろ会計の準備にとりかかった。


「主任・・私そろそろ会計へ行ってきます」


「ああ、悪いな。頼む」


出来るだけひっそりと身を屈める様にレジへと歩を進めた。


「えー!木下君、浅野さんと付き合ってるんじゃないの?」


レジへと向かう途中、聞き慣れた声が耳に飛び込んできて思わず足を止めた。

顔だけを壁の向こうへ、そろりと傾けた。


「付き合ってない!付き合ってないよ。・・ったく何回否定してもこれがついて回ってくるんだよ」


そこにいたのは木下と総務の中村さんだった。

(・・・悪かったな。噂の相手が私なんかで。全く姿見かけないと思ったらこんなとこにいたのかよ)


「だってすっごい仲良いじゃない?私達同期の中で最初に付き合ってる人達だと思ってたー」


「まぁ確かに何かと気が合うのは事実だけどさー。っつうかそれだけって言うか」


「えー。何?何?その含んだ言い方」


「中村さん、仲の良い女友達いるでしょー」


「・・・うん。まぁね」


「じゃあさ、同性だけど恋愛対象として見られるー?」


「やだー!あるわけないじゃん!」


「つまり、俺と浅野はそういう事。アイツはなんていうか男友達。最高に気が合う奴なんだよ」


ドクン・・・。

心臓発作でも起こしたんじゃないかと思うぐらい動悸が激しくなった。


「じゃあ木下君、彼女はいるの?」


「今はいないよ」


「本当に?じゃ立候補しちゃおうかなー」


「マジで?本気にしちゃうけどー」


頭が真っ白になった。


以降の二人の会話は全く耳に入ってこなかった。

二人が何やら喋ってる事は分かったが、こちらへ向かってきそうだったので後ずさりした後、慌ててトイレへと駆け込んだ。


(落ち着け!こんなのこの前の失敗に比べたら楽勝でしょ?そう息を吸って吐いて吸って吐いて・・)


1・2分はいただろうか、もっとか?

とりあえずは動悸が治まるまでその場に留まった。

もう一呼吸し、扉を開けて今度こそレジへと向かった。


「浅野すっげぇ遅かったけど。何かあったんか?」


着席するなり主任が話しかけてきた。


「・・・すみません。途中でお手洗いに寄ってまして・・」


恥ずかしそうなフリをして今のどうしようもない現状を誤魔化した。


「・・・大丈夫か?」


「ええ。ちょっと混んでましたが大丈夫です」


「そうじゃなくて。お前、顔色悪いって言ってんだよ」


「え?まさか。あ!多分、化粧がちょっとヤバイのかもしれません。マズイなー」


「・・・・何ともないんなら別にいいんだけどさ」


「平気ですよ。あ、主任は当然二次会行きますよね?ここの人達、移動がスローだから今から施しておきますね」


それからの事は薄ぼんやりとしか覚えてない。

わざとらしい愛想笑いをふりまきながら、幹事の務めを最後まで果たした。

木下ともいつもように冗談を言い合い、馬鹿笑い。

最後の別れでも握手をして去って行った。



別に木下に対して怒りや悲しみなんて沸いたわけじゃない。

私が動悸を覚えるほど動揺してしまったのは自分自身に対してだ。

付き合う可能性が1ミリでもあると思っていた自分が、何と浅ましくて図々しかったか、という事だ。

そのような事に少しでも期待した自分が酷くみっともなくて情けなくてたまらなかったのだ。



そして、自分が考えていた以上にこの想いは自分自身を少しずつ蝕んでいったようだった。

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