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自分の気持ち

連日うだるような暑さが続いている。

9月に入ったというのに太陽は容赦してくれない。


あれから主任とは特に何かがあるでもなく、日々の業務も滞りなく進んでいた。

ただ。

相変わらず、他の女性と、特に総務の新人ちゃん、こと、立花さんと話をする姿を見かけるたびに、もやもやする自分が嫌でたまらなかった。

と言うか・・。

その度合いが日々、増してきているように感じられた。

今までに感じた事がないぐらいに、まるでどす黒い感情にまみれてくるのだ。

そんな自分が嫌でたまらず、自己嫌悪を繰り返していた。







「浅野。これさっき配られた資料だ。今渡しとく」


外出から戻ると主任に声を掛けられた。


「すみません。ありがとうございます」


右手にはバッグを抱えていた為、左手で掴もうとした。

少し手元が狂い、思わず主任の右手ごと資料を掴んでしまった。

(?!)

動揺した私は全ての荷物と資料を落としてしまった。


「す、すみません!」

(何やってんの私は!)


恥ずかしさと、焦りと、今までに感じたことのない気持ちに襲われた。

バッグを拾い上げ、落とした資料も同時に手に取る。


「すみません主任・・」


「・・・・・・・」


「・・・・主任?」


「あ、ああ。・・・・・・浅野、あのな・・・」


顔を上げると、そこには今まで見た事のない辛そうな顔をした主任がいた。

途端、私の心臓が跳ね上がった。

(・・・やだ。え、何?!)


「勝村、ちょっと悪いんだけど、こっちに来てくんない?」


気がつくと部長が傍に立っていた。


「あ、悪い。取り込み中かなんかだった?」


「・・・いえっ!大丈夫です」


「そう?悪いね、浅野。で、勝村こっちいい?」


「・・・はい」


先程までの辛い顔は消え、いつもの主任の顔に戻っていた。

(・・何だったんだろ。今の・・・)

胸を、締めつけられたような気分だった。

と、同時に、主任の事が心配でたまらなくなってしまった。




◆◆◆


あれから数日。

普段と変わりない、と思う主任の姿を見てホっとした。

あれは、たまたま、偶然か何かだったんだろう、そう自分に言い聞かせ始めていた。


「主任。この前、発注してたやつ、一階の倉庫に納入されてますよ」


「お、そうか、分かった」


背中越しに伊集院と主任のやり取りが聞こえてきた。


「浅野、悪いけど、手伝ってくれないか?」


(・・・・はっ?!)


「あ、主任、自分が手伝いますけど・・・」


「伊集院は自分の仕事を優先してくれ」


(あ、あたしの仕事の優先順位はどうでもいいんかい!)


「俺、全然急ぎでもないですけど・・・」


「人手が足りない時は声掛けるよ。じゃ、浅野頼むな」


「・・・・・・・はい・・」


「俺は用足ししてから行くから先に行っててくれ。あ、これと照らし合わせながらチェック頼むな」


強引に資料を押し付けられた。



別に嫌だと言ってるわけではない。

主任がああいう風に頼んでくる、というめったにない状況に驚いたのだ。

いつもより強引に、私の有無を尋ねない、その行為が主任らしからぬ態度で少し困惑した・・・。


倉庫の鍵を開け、中へ入ると少しヒンヤリした。

(ああ、暑くなくて助かった・・)

狭くはないが、決して広くもない倉庫内を、リストと照らし合わせながら探し始めた。

(似たような箱ばっかりで分かんないんですけど・・・)


「あ、これか・・」


箱を探し当てた、その時だった。


「あさのー、見つけたかー?」


主任が声を掛けながら中へ入ろうとしていた。

そして、何故か扉がバタンと音を立てて閉められていった。


「・・・?・・・あ、別に扉閉め、なくてもいいんじゃないんですか?」


「閉めたら何か問題でもあるのか?」

(・・・う、そういう切り返しできますか・・・)


「いえ。あ、ここにある二つの箱だけでいいんですよね?」


「うん。二つでいいと思う」


そのまま私の隣へやって来て、覗き込んだ。


「浅野」


「はい?」


「台車あるか?」


「え?」


まるで強張る私を見透かすような尋ね方だ。


「あ、台車なら・・・。確かここに・・。あれ?ない、ですね。ちょっとあっちの方まで見てきます」


「いや、いいよ」


あのさ、と何故だか小さな声で喋り始める。


「俺の事が嫌いだったら、はっきりそう言えって言ったよな?」


「・・・主任?・・あの・・」


「俺が言った事で仕事の支障出たり、やりづらいって言うなら謝る。そうならはっきり言ってくれた方がいい。浅野、改めて聞くが、俺の事どう思ってんだ?」


心臓が音を立てて跳ね上がった。

この顔は、今私の前にいる主任の顔は、この前の辛そうな顔をした主任と同じ顔だった。


「・・・どうして、ですか?」


思わず俯いた。


「私の答えは、少し待ってくれるって言ってたじゃない、ですか・・。なのに何でそういう言い方・・」


胸に抱えていた資料を強く握り締めた。


「・・・・・・」


主任は答えない。


「私は・・」


「ここんところ・・・」


私の思いを語りきる前に主任がやっと口を開いた。


「ここんところ、すごい仕事しづらそうだったり、俺の事を意識的に避けてたりしてなかったか?」

(・・・え・・・)


「いつものお前らしくないからさ。だったらそう言って区切ってくれりゃいいのにって正直へこんだよ。そしたら俺自身もそういう構えが出来るからな・・」

(・・・え・・・)


「好きか嫌いしかないから。ここではっきり言ってくんない?」


・・・・・この人、何言ってるの?

何で私は主任が嫌いだという前提で終わらせようとしてんの?

俯きながら聞こえてくる主任の話に沸々と怒りがわいてきた。


「な、何でそういう風に勝手に決め付けて、話を進めちゃってるんですか?!」


「浅野・・?」


「主任に言われて、そりゃ確かに意識してました。だ、だってそういう風に見てくれてるなんて全然思ってなかったし。そ、それに・・・」


今告げている感情がどういうものなのか自分自身よく分かってない。

ただ、どうしても、嫌っていて、こういう態度をとっていたのではないと伝えたかった。


「それに!主任が、他の女性と話してるとイライラしてくるし・・。でも、仕事上そんなのは当たり前の事だし、今までそんな事思った事もないから、凄い自己嫌悪になるっていうか・・」


胸に抱えていた資料を更に強く握り締めた。


「こういう風にイラついてる自分が恥ずかしくて、自分じゃないみたいで、こんな姿を人前でさらしたくなくて。も、勿論・・、主任にも見せたくない、から・・・」


私は・・・、更に呟きかけた時だった。


「アハハハハハ」


いきなり主任が大声で笑い始めた。

(・・・・・・はぁ?こ、ここ笑うところ・・・?)


意味が分からず、ただ呆然と立ちすくんでいる事しか出来ないでいた。


「な、何で笑うんですか?今、私は考えられる精一杯の気持ちを言ってるのに・・」


「ハハ・・・、悪い。・・ふ、だってさ、それってつまり遠回しに俺の事が好きだって言ってるんじゃん」


次に聞こえたのは足元に資料がドサリ、と落ちる音。


「・・・え、あ・・・」


全身が硬直する。

わ、私が。

主任を好き・・・?


「つまり。俺の事が好きだから、他の女に嫉妬して、そういう自分が嫌だって思ってくれたって事だろ?」

(し、嫉妬?!これが、つまり、よく、恋愛モノで出てくる、嫉妬・・・・)


これまでの自分の行動が走馬灯のように流れ、もやもやしていた謎の行動の全てが、想いが、合点がいった。

それはまるで、ジグゾーパズルの最後の一片が収まったような・・・・。

思わずその場にしゃがみ込んだ。


「浅野が、そういうのに何となく疎い事は承知してたけど、まさか好きとか嫌いとかそういう事にまで分かんないんだなんて知らなかったよ」


「・・わ、悪かったですね!」


いや・・、そう聞こえてきたかと思うと、主任がすぐ隣にしゃがみ込んできた。


「だからだよ。そういうところも含めて俺は浅野が好きなんだ。改めて聞く。俺と付き合ってくれ」


今度は全身の力が抜けた。

今、目の前にいるのは上司としての主任じゃない、一人の男性としての主任だ。

主任のその言葉に心の底から震えて、目頭が熱くなってきた。


「・・・私も主任が好きです」


気がついた時には私の背中に主任の腕が回されていた。

温かい主任の体温と鼓動に、少しずつ気持ちが落ち着いていった。



「・・・・そろそろ戻った方がよくないですか?」


「普通さ、こういう時に、そういう事言うか?」


顔を上げると、そこにはいつもの屈託のない笑顔で笑う主任がいた。


「ってか、何言ってるんですか。ここは会社です!」


「そういう律儀な真面目なところも浅野のいいところだよなぁ」


「しゅ、主任は、そんな風な人でしたか・・・?」


何ていうか、甘い・・。

この人は、こんな人だった・・?


「どれも俺だけど?・・・あ」


そう言うと先程までの笑顔に何だか黒い部分が混じった、気がした・・・。


「まぁ、これから徐々に見せてくから」


「な、何ですか、その黒い言い方・・・」


主任の口の端が意味ありげに上がると、そのまま私に顔を近づけてきた。


ガチャガチャ、という音に現実へ引き戻された。

(!・・やばいっ!)


慌てて起き上がり奥へと身を潜めた。


「・・あれ?あ、手前に引くのか・・・」

(・・・伊集院の、声?)


「あ、主任。大丈夫っすか?あんまり遅いんで来てみたんですけど・・」


「ああ、悪い悪い。奥の方に引っ込んでたから引っ張り出すのに手間取った」


「あれ?浅野先輩は?」

(・・やべ・・)


「あ、ここ、ここ。こっちの方探してたから、ついでに片付けてたの」


埃を払うふりをして軽く手をはたいた。


「これですよねー?じゃ俺運びます」


「悪いな」


主任が話しかけると、いえ、と言い残し、伊集院は外へと出て行った。


「・・・びっくりした・・・」


伊集院の姿が見えなくなり、深いため息とともにホっとした。


「会社でああいうのは金輪際止めてくださいね!」


少し強い口調で主任に話しかけた。

主任はうん、と生返事をしたかと思うと、いきなり私の腰を引き寄せた。


「でもスリリングでいいだろ?」


「!やっ、ちょっ、何してるんですか!」


「ははは。楽しみだなぁ、いろいろ」


そう言うと、私から離れて箱を手にする。

流れるようなその身のこなしに思わず呆然としてしまった・・。

(・・・・な、何いまの・・・)


慌てたり、ドキドキしたり、この短い時間に主任にいいように振り回されているような気がしないでも、ない。

でも、不思議だ。嫌な気持ちは一切ない。

これが好き、って事なんだろうか。

主任の後姿を眺めながら、自分の気持ちを噛み締める。


私はこの人が好き。


そう感じた瞬間、全身が硬直する程の熱さを感じた。

(自覚すると、結構恥ずかしいもんなんだな・・・)


「なぁ・・」


「はい」


「今週末、俺んち来ない?」


「はい」

(・・・ん?あれ・・・)


「良かった~。じゃ楽しみにしてるから」

(あれ・・・)


流れるように、いつものように、返事してしまった・・・。

しかも、さも仕事上の提案をされ、思わず出来ます、と返事してしまったかのように・・・。


「・・・・・・」


気がつくと主任は箱を持って外へといなくなっていた。


「な、何か慣れない・・・」

(い、いかん!今は仕事中だ・・・)


甘い雰囲気に蕩けそうになる自分を奮い立たせるかのように、両手で顔を叩いた。

次回は最終話になります。

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