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動揺

「せんぱーい。心配しましたよー」

「おはよう、伊集院・・。迷惑掛けたね」



あれから二日間、更に熱が上がり寝込んでしまった。

週末だった為、長期で休む自体は避けられた。その点は良かったと安堵する。

改めて他の社員や部長などにお詫び行脚に回った。


「・・・・・・・」


社員の予定表をチェックすると、主任は出張の為、明日まで戻って来ない。

主任の姿が見えなくて良かったような悲しいような・・・。



熱が下がってようやく起き上がれるようになった頃、浮かぶのは主任の顔ばかり。

何と言うか・・・。

あんなに真っ直ぐに気持ちを告げられると、むしろあまりに主任らしくて清々しさを覚えてしまう程だった。

ある意味、ああいう部分は羨ましくもあり、だからこそ尊敬する部分でもある。


主任は待つ、と言ってくれた・・・。

でも嫌いじゃない、という答えは却下されている為、何とも悩ましい。



『じゃ俺の事、好きか?』



好き、って何だろう。

犬が好きだとか、花が好きだとか、そういう理屈で言うのなら主任の事は好きだ、多分。

でもそれじゃ世間も主任も、ましてや私自身も呆れる回答だってのは分かっている。

私は人を好きだとか、愛するだとかの感情がよく分からない。

だからこそ主任に対して回答出来ないのだ。


じゃ付き合いましょう、という適当な回答で逃れたくない。

何より主任に対して失礼だ。

・・・・・・・。

今まではこれでのらりくらりかわせてきた、というのに、どうして主任に対してははっきり出来ないんだろう?



◆◆◆



翌日。

夕方、トイレから戻ると主任が出張先から帰って来ていた。

そして。

傍には総務の立花さんもいる。

相変わらず二人とも笑顔がこぼれる和やかな雰囲気だ。


「・・・・・・・」


何だか、少し複雑・・。


「浅野」


主任に呼び止められた。


「あ、出張お疲れ様でした」


何ともない風を装い二人に近寄る。


「おお。お前さ、同期の森本って覚えてるか?」


「・・・はい。今は本社にいるはずですけど・・」


同期の森本とは、私・木下と入社当初からここの部署で働いていた。

一番最初に異動が決まり本社へと移って行った。

しかもこの森本が「男の中の男」という不名誉な称号を私に与えた張本人だ。


「その森本。結婚が決まったらしいぞ」


「・・・えっ?ほ、本当ですか。わ、わわ。びっくり・・」


あまりにびっくり仰天な事実に面食らってしまう。

森本は木下とは違い日夜、合コンだ何だと散々女話を聞かされ続けた。

しかもそれ以上に、仕事も熱心ゆえに優秀なもんだから早々に本社へ栄転していったのだ。


・・・・その森本が結婚?!


「相手は総務にいる川口さんです」


立花さんが遠慮気味に詳細を伝えてくる。


「・・・・えっ。それ本当?」


更なる事実が私を驚かす。

川口さんは総務のベテラン社員で私より3歳年上だ。

真面目を絵に描いたような人だ。

(何であんなチャラ男と川口さんが・・・・)


「いろんな意味で驚愕だよな」


軽く動揺する私をフォローするように主任が間に入る。


「俺も今、立花さんから聞かされてびっくりしてたんだよ」


「そうだったんですか・・・」


「あの・・その驚かれるような人なんですか?森本さんって方は・・」


場の雰囲気を壊さぬように立花さんは恐る恐る私に話しかけてきた。


「あ、そか。いくら何でも立花さんは知らないよね。・・・森本は・・・。何ていうかさ・・・」

(そうだな、何て言えばいいのか・・)


一瞬の間をあけて考えた。


「仕事は、まぁ結構優秀なんだけど。・・・・うーん・・何ていうか・・その・・女の子に対して積極的というか。ごめんね。これ、ここだけの話にして欲しいんだけど・・」


チラっと立花さんを見る。


「は、はい。もちろん大丈夫です」


「えー、と・・・。つまりチャラいのよ。軽い、というか・・。私が知る限り、尋ねる度に付き合ってるコが違う、そういう奴なの・・」


苦笑いで誤魔化した。が、立花さんは声こそ出さなかったがあ、という顔をした。


「そ、そうだったんですか・・」


「マジか。森本ってそういう感じだったのか・・」


主任もたいそう驚いている。


「主任は途中から異動してきて、あんまり接点なかったんでしたっけ?」


「そうなんだよ。まぁ優秀だってのは当然分かってはいたけど。プライベートの事までは知らなかったからな」


「川口さんと付き合ってるだけでもびっくりなのに、ましてやこの年で結婚ってのもびっくりですよ」


「あー・・・」


主任は頭に手を乗せ少し罰が悪そうな顔をする。


「まぁ、後で分かる事だから言っとく」


「・・・?・・・はい・・・」


「デキ婚らしいぞ」


「・・・・ええっ」


大きな声を出しそうになるのをグっと堪えた。


「・・・・へー・・・、そうなんだー・・・」


「浅野はそういうの何か厳しそうだな」


「・・・・・は?」


「きちんとしろーとかって言いそう」


そう言いながら主任は少し苦笑いを浮かべた。

どういう意味で言っているのか分からず言葉に詰まってしまった。

(・・・・・・なに今の・・・)


「・・・あ、ほらっ、将来もしかしたら子供持つかもしれないわけですから、ちょっと早いだけの問題なわけですし!」


私の反応が予想外だったのか立花さんが慌ててフォローに回った。

・・・・・サイアクだ。

こんな新人ちゃんに気を遣わせるなんて・・・。

何でこんな程度の主任の言葉で動揺するんだろう・・・。


「あ、別に深い意味はないんだよ。森本の事だからさ、多分、浅野はそういう風に言うじゃないと思っただけでさ・・・。悪い・・・」


「あ、やだ、ちょっと待ってくださいよ。何ともないですって。やだなー。はははは」


その場は何とか抑えることが出来た。






腑に落ちない・・・。

いつもはあんな程度の主任の言葉に動揺するなんて考えられないのに、あんな風に言葉に詰まるなんて・・。

しかも、立花さんは、お祝いの贈答をする為に主任に相談しに来ていた、という本来の目的を聞きつけるまでに相当の時間を要してしまったではないか・・。


「・・・・・・」


また、楽しげで和やかな雰囲気な二人を見てモヤっとしてしまった事は言うまでもない・・・・。


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