表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冬に咲く花

作者: バショウ
掲載日:2005/02/13

 冬。寒い季節だ。

 道路のあちこちに雪が残り、引き伸ばしたかのようにひりつく空気。

 彼女がこの世を去ったのも、こんな日だった。

 ほう、と息を吐く。ゆっくりと淡く消えていく白い息。

「寒いな」

 これは彼女との約束だった。

 ポケットからスコップを取り出し、軽く地面を掘り返す。

 ぱらぱら……と、丁寧に、彼女の墓前を囲む様に種を撒いていく。

 間に合ってよかった。研究一筋に打ち込んだ甲斐があったな。

 一時は来年にすべきかと思ったが……天国の君は失望するだろう?

 今度は声に出さずに語りかけた。


「先生? 何してんのー?」

 一年前、園芸部の顧問をしてきた僕に語りかけてきた彼女。

 そのころの僕は、余暇を使って花の品種改良を趣味にしていた。

「ん、うむ。……そうだな、君に好きな花はあるかな?」

滅多に人が来ないだけに、ついつい相手をしてしまう。

「え? えっと、コスモスとかかな」

 秋の花だね。……うん、コスモスか。それも良いかもしれないな」

 花の手入れをしながら呟く僕の袖をつかみ、暴れる彼女。

「だからー、何やってるんですか?」

「ああ、ええと。具体的に言うと、冬に花を咲かせる研究かな」

「……冬に咲く花もあると思うけど」

「いやいや。例えば君の言うコスモスも、何も秋にだけ咲くことはないと思わないか? たまには春に咲いてみろ、とか考えたことないかな?」

 ふむ、と腕を組んで考え込む彼女。

「まー確かにそーですね。私の誕生日、二月なんですけど、花とかあんまりないんですよね」

 はは、と悲しげに、寂しげに笑う彼女。

「だろう? そりゃ植物園や花屋に行けばあるかもしれないけど。冬の自然は、少し寂しいからね」

「……でも改造して無理に咲かせるなんて、風情ないんじゃないですか?」

「……せめて改良と言ってくれ」

「あははーまーいーや。んじゃ、私の誕生日までにはコスモスの改良、お願いしまーす。楽しみにしてるからね」

「おっ、おい勝手に……!」

 少し沈んだ雰囲気を、明るく笑い声を上げて蹴散らして、走り去っていった彼女。


 彼女が交通事故にあった、と聞いたのはその三日後の夜だった。

 担任として、食事も放り出して駆けつけたが、家族以外の面会は許可されず、病室の外で臨終の知らせを聞いた。

 泣き崩れる母親を慰めていると、一通の手紙を差し出してきた。

「これは……?」

「娘の、鞄に入っていたんです」

 あて先を見ると、確かに僕宛になっているが、見ても良いのだろうか。

 迷う僕に、「最後に、娘が先生に渡してくれ、と」

「そう、なんですか」

 僕の隣に座らせ、母親にも見える様に中の便箋を取り出す。


『突然驚いたかもしれないけど、らぶれたーとかじゃないんで。残念?

 この前のお願い、あれを本当にお願いしようって思って。

 せっかくの誕生日に、外が枯れた木と雪だけっていうの、実は私もう嫌なんです。

 家には花壇があるんだけど、冬になるとみんな枯れちゃうし。

 だ・か・ら、お願いしますっ。

 私の次の誕生日までに、冬に咲くコスモス、作って下さいー。

 P.s 作ってくれたらお礼にちゃんと勉強しますんで。よろー。』


 声も上げずに泣き崩れる母親。

 僕も呆然と天井を仰いだ。冗談じゃ、無かったのか。

「花とかあんまりないんですよね」、と言った彼女の寂しげな笑顔が浮かんで、消える。

 翌日、僕は学校に長期休暇を申し出た。


「僕にできるのはこれくらい、だ。君の誕生日には、ここは満開のコスモスで溢れるだろうよ」

 後は……住職に話をつけるか。

「じゃあ、な。せめてあの世で自慢してくれ」

 うん、ありがとう。

 幻聴だろうか。冷や汗を感じながら振り向くが、誰も、いない。

「はっ。……また来るよ」


 彼女の死以来、僕の脳裏に浮かぶ悲しげな笑顔は、もう無かった。彼女はコスモス畑の中、平和そうに、優しく笑っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 全然評価されていないのが不思議。私はとても好きです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ