冬に咲く花
冬。寒い季節だ。
道路のあちこちに雪が残り、引き伸ばしたかのようにひりつく空気。
彼女がこの世を去ったのも、こんな日だった。
ほう、と息を吐く。ゆっくりと淡く消えていく白い息。
「寒いな」
これは彼女との約束だった。
ポケットからスコップを取り出し、軽く地面を掘り返す。
ぱらぱら……と、丁寧に、彼女の墓前を囲む様に種を撒いていく。
間に合ってよかった。研究一筋に打ち込んだ甲斐があったな。
一時は来年にすべきかと思ったが……天国の君は失望するだろう?
今度は声に出さずに語りかけた。
「先生? 何してんのー?」
一年前、園芸部の顧問をしてきた僕に語りかけてきた彼女。
そのころの僕は、余暇を使って花の品種改良を趣味にしていた。
「ん、うむ。……そうだな、君に好きな花はあるかな?」
滅多に人が来ないだけに、ついつい相手をしてしまう。
「え? えっと、コスモスとかかな」
秋の花だね。……うん、コスモスか。それも良いかもしれないな」
花の手入れをしながら呟く僕の袖をつかみ、暴れる彼女。
「だからー、何やってるんですか?」
「ああ、ええと。具体的に言うと、冬に花を咲かせる研究かな」
「……冬に咲く花もあると思うけど」
「いやいや。例えば君の言うコスモスも、何も秋にだけ咲くことはないと思わないか? たまには春に咲いてみろ、とか考えたことないかな?」
ふむ、と腕を組んで考え込む彼女。
「まー確かにそーですね。私の誕生日、二月なんですけど、花とかあんまりないんですよね」
はは、と悲しげに、寂しげに笑う彼女。
「だろう? そりゃ植物園や花屋に行けばあるかもしれないけど。冬の自然は、少し寂しいからね」
「……でも改造して無理に咲かせるなんて、風情ないんじゃないですか?」
「……せめて改良と言ってくれ」
「あははーまーいーや。んじゃ、私の誕生日までにはコスモスの改良、お願いしまーす。楽しみにしてるからね」
「おっ、おい勝手に……!」
少し沈んだ雰囲気を、明るく笑い声を上げて蹴散らして、走り去っていった彼女。
彼女が交通事故にあった、と聞いたのはその三日後の夜だった。
担任として、食事も放り出して駆けつけたが、家族以外の面会は許可されず、病室の外で臨終の知らせを聞いた。
泣き崩れる母親を慰めていると、一通の手紙を差し出してきた。
「これは……?」
「娘の、鞄に入っていたんです」
あて先を見ると、確かに僕宛になっているが、見ても良いのだろうか。
迷う僕に、「最後に、娘が先生に渡してくれ、と」
「そう、なんですか」
僕の隣に座らせ、母親にも見える様に中の便箋を取り出す。
『突然驚いたかもしれないけど、らぶれたーとかじゃないんで。残念?
この前のお願い、あれを本当にお願いしようって思って。
せっかくの誕生日に、外が枯れた木と雪だけっていうの、実は私もう嫌なんです。
家には花壇があるんだけど、冬になるとみんな枯れちゃうし。
だ・か・ら、お願いしますっ。
私の次の誕生日までに、冬に咲くコスモス、作って下さいー。
P.s 作ってくれたらお礼にちゃんと勉強しますんで。よろー。』
声も上げずに泣き崩れる母親。
僕も呆然と天井を仰いだ。冗談じゃ、無かったのか。
「花とかあんまりないんですよね」、と言った彼女の寂しげな笑顔が浮かんで、消える。
翌日、僕は学校に長期休暇を申し出た。
「僕にできるのはこれくらい、だ。君の誕生日には、ここは満開のコスモスで溢れるだろうよ」
後は……住職に話をつけるか。
「じゃあ、な。せめてあの世で自慢してくれ」
うん、ありがとう。
幻聴だろうか。冷や汗を感じながら振り向くが、誰も、いない。
「はっ。……また来るよ」
彼女の死以来、僕の脳裏に浮かぶ悲しげな笑顔は、もう無かった。彼女はコスモス畑の中、平和そうに、優しく笑っていた。