兄からの手紙が来た日
「なぁ、ウィノウ。
今日はどうするんだ?」
「あぁ、うん。
今日も図書室に寄っていくよ」
「ま、そんな気はしてたけどな。
相変わらず、熱心だな」
「そういう訳じゃないけどさ」
「ま、いいさ。また明日な~」
「うん、また明日~」
ウィル兄さんとミレ姉が出て行ってから大分経った。
2人が出て行くって言ったときは、物凄くびっくりした。
今考えると恥ずかしいけど、泣きじゃくった。
でも、今生の別れになるわけじゃ無いって言われ、いつものように頭を撫でられた。
父様は、しばらくして仕事を辞めてしまった。
兄さんが家を出て行くと言ったことが切っ掛けとなって、国の中枢にいるわけにいかない・・・と辞めることにしたと言っていた。
今は、孤児院の運営に精を出している。
当然のことながら、収入という点では厳しくなったけど、もともと、贅沢をするような生活はしてこなかったから、大きな影響は無かった。
・・・それでも少し、質素になったけど。
ある日、ハルトティータさんと名乗る方が訪ねてきた。
父様が腰を抜かさんばかりに驚いて・・・あんなに慌てている父様なんて、滅多に見ることが出来ないってくらい珍しい光景だった。
少し前、兄さんに助けられ、非常に感謝しているとのことで、兄さんにお礼を・・・と思ったところ、孤児院で話でもしてあげて欲しいと・・・
そんな訳で、子供たちに話をしに来たとのことだったので、子供たちと一緒に話を聞いた。
森の話、木々の話、動物の話、兄さんの話。
兄さんの話の部分は、とても面白かったのだけれど、あまりにも褒めるので、自分のことでは無いのに少し照れた。
父様は、子供たちが"やんちゃ"をするんじゃないかと心配していたんだけれども、心配のしすぎで終わった。
なんとも不思議な雰囲気のある人で、子供たちも"やんちゃ"をする気分にはならなかったようだ。
その後も、ふらりとやってきては話を聞かせてくれる。
その度に、父様は、大慌てになっているのだけれど。
僕はと言うと、アルバ・シャンタ学院に編入し、兄さんの通った学舎で勉学に励んでいる。
お金が掛かるからと言ったのだけれど、これは兄さんのお金で、僕が自分で返せと言われた。
兄さんが、新しい物を作り、その対価だと言う。
そんなことまでしていたのかと感心半分、呆れ半分。
悔しさもちょっとはあったけど、誇らしい気持ちが勝った。
父様は、決して手を着けようとはしていないのだけれど、ラソルア商会から定期的に入金がある。
ラソルア商会は、兄さんの仲間のラルタイアさんのご実家だ。
兄さんには儲けさせて貰ったと言っていた。
父様がお金に手を出さないので、途中から孤児院宛の食料に切り替えられた。
さすがに勿体ないので、お金を払い購入するという形で、ありがたく頂戴している。
ただ、市場価格より、大分、安くしか請求してこないらしい。
互いに頑固なんだから・・・と苦笑してしまう。
最近は、兄さんが残した"あいでぃあのーと"ってのを読んでいる。
古い暗号で書かれているので、読めてはいないんだけど、図は文字が無くてもなんとなく解るので、眺めているが正解かも知れない。
兄さんの考えを盗むようで悪い気もするのだけれど、この図が・・・こう、下世話な話をすると、お金を産む木かも知れない。
まぁ、それは本来の目的では無く・・・兄さんの考えの一端でも解ればと思って、眺めている。
文字は、兄さんがどこかの文献で見たと言っていたので、こうして学院の図書室に通っては文献を調べている。
まぁ、今のところ、手掛かりは見付かっていないのだけれども。
「おや、ウィノウくん。
今日も調べ物ですか?」
「ええ、そうですね」
司書のレイナンセさんが、挨拶をしてくれる。
ウィル兄さんも図書室によく通っていたと教えてくれた。
もっとも兄さんの場合は、魔法の調べ物だったみたいだけれど。
兄さんの暗号を、レイナンセさんに見せ、何かしら思い当たることは無いかと聞いてみたところ、司書として勤めて長いが、こんな文字は見たこと無いと言われてしまった。
兄さんは、一体どこから引っ張り出してきたのやら・・・
「そうそう、ウィノウくん宛に、預かり物があるんですよ」
「え、僕宛ですか?」
「ええ、そうです。
あったあった。これです」
レイナンセさんが棚から一通の封筒を取り出す。
僕宛の手紙?
「ありがとうございます・・・」
宛名は・・・確かに僕宛だ。
差出人は・・・特には書かれていない。
席の1つに座り、封を切る。
中からは数枚の手紙が出てきた。
早速、一枚目に目を通す。
「兄さんからだ!」
僕は夢中になって目を通した。
『ウィノウ、元気でやっているかい?
お前の不肖の兄だ。
こっちは皆、元気にやっているよ。
手紙を書くというのも、中々気恥ずかしい物があって、ついつい先延ばしにしていたら、出さずじまいで時間ばかりが経過してしまった。
何を書いたモノかと、頭を悩ませてしまうのだが、まずは謝っておこうと思う。
あまり詳しく説明もしないまま、家を出てしまって済まなかった。
お前に、色々なモノを押しつける形になってしまったことは申し訳ないと思っている。
父様から聞いているかも知れないが、これでも兄なりに考えての出奔なので、解ってくれると嬉しい。』
うん、父様から理由は聞いたよ。
ちょっと難しいっていうか、はっきりと解ったわけじゃ無いけど、僕や家族のことを考えた結果だって思ってる。
兄さんらしい無茶だとも思ったけど。
『何を書いたらいいのか解らなくて、ついつい頭を悩ませる余り、手が止まってしまうのだが、チノに怒られたよ。
チノが怒るなんてのは珍しい事なので、びっくりしてしまった。
曰く、近況を知らせるだけでも、相手の無事が伝わって嬉しいモノだと。
言われてみれば、そうかも知れないので、近況を綴ることにするよ。
家を出てから、フェルミを頼り、彼女の一族の里へ行った。
お前には秘密にしていたが、フェルミは、実はブロブソーブの一族で、彼女の里と言うことは、ブロブソーブの里ってことだ。
(ブロブソーブってのは、人間の呼び方であって、彼女らはブラウサラと言うんだ)』
え!?
あのお姉さんが、ブロブソーブ!?
しかも、ブロブソーブの里に行く!?
兄さんの事が心配になって、先を急いだ。
『父様から聞いているかも知れないが、兄の目的は、「人間の敵」になることだ。
その拠点として、ブロブソーブの里を支配下に置くことにした。
フェルミにはもちろん告げてある。
「お前の里を支配下に置く」って告げたら、「おもしろい。やってみろ」と焚き付けられた。
友達のことを悪くは言いたくないが、彼女はちょっと変わってるな。』
兄さんたちは、みんな、どこか変わってるよ。
思わず、笑みがこぼれてしまった。
先ほどの心配が何だったのかという苦笑も含んでいたような気がする。
心配することは無いんだ。
無事だから、こうして手紙を書いてくれたのだから。
『実は、彼女が族長の孫で、そんな立場の者が余所者を連れ帰ったかと思えば、里の乗っ取りを企てる者でしたなんていう、里の者からすれば、裏切りに等しいことになった。
当然ながら、猛反発を喰らうのだが、族長、つまりはフェルミのお爺さまを叩きのめしたところ、風向きが変わってきた。
叩きのめしたと言っても、向こうから1対1の決闘を申し込んできたので、返り討ちにしただけだ。
決して、お年寄りをいじめた訳じゃない。
もっとも、お爺さまという言葉からは、想像出来ないくらい頑強なジジイだったが。
族長との信頼関係を構築してからは、すんなりと話し合いで解決出来ることが増えた。
増えただけで、反発してくるやんちゃ坊主とかいたりもしたが、こういうのは実力で解決するに限る。
まぁ、そんなことがあって、なんとかフェルミの里で居場所を築くことに成功したんだ。』
ブロブソーブの里で、叩きのめして地位を確立するとか、どんだけ無茶なんですか。
思わず、心の中で突っ込みを入れてしまう。
なんだかんだと言いながらも、実力を認めさせる様が目に浮かぶようで、笑みがこぼれる。
『他の人の近況にも軽く触れておこうと思う。
彼らの家族に知らせる必要は特にないよ。
こんな感じで、彼らも、それぞれの家族に手紙を出しているはずだから。
ミレイは、こっちに来て少し明るくなった気がする。
忌み人だと差別される心配が無いからと言うのが、大きいようだ。
特に髪の毛を隠す必要も無く、それでも母様から貰った帽子はお気に入りで、大事に大事に使っている。
里に着いた当初、フェルミが婿を連れ帰ったと騒然になった。
その時、ミレイとフェルミ、里の者達と一悶着があったりもしたのだが、それも好転し、ミレイが受け入れられた要因なんじゃないかと思っている。
チノも、そう言う点では、こっちにきてのびのびとしているように見える。
里の者達は、混血に対して特に忌避感とかは無いようだ。
種の存続、産まれてきたことに対する感謝、命があることの幸せと言った部分を重視するらしい。
彼らの一族には、一族なりの苦労とか、そういった考えを形成するに到った理由があるのだろう。
ラルは、こちらで商売を始める下準備をしている。
実家とも密に連絡を取りながら、輸送手段とかを画策している。
結構頻繁にあっちこっちに飛び回っている。
まぁ、ラルだけでは心配なので、チノも一緒に付いて回っているのだが。
一人娘を、こんな所まで引っ張り回してしまい、申し訳なく思っていたのだが、こちらが思った以上にたくましかった。
娘も、その家族も。』
ミレ姉をはじめとして、兄さんの仲間が、何ら変わることなく、元気そうで安心した。
ウチの家族は、ミレ姉が忌み人だという意識は無いのだけれど、ミレ姉が気にしていたのを知っているので、自由に・・・肩の荷が下りたように思えるので、本当に良かったと思う。
『これからのことだが、まずは、フェルミの一族、ブロブソーブに吸血行為でもしてもらいつつ、クロとしての存在感を示していくつもりだ。
もちろん、加減はさせる。
人を殺すほどの吸血はさせないと誓おう。
安心できないとは思うが、少しは兄と、その力を信じて欲しい。
ゆくゆくは近隣の他部族も従え、「悪の一大帝国を築いてくれるわ」と、高笑いをしてみたんだが、チノとラルに止められてしまった。
いいと思うんだがなぁ。
悪の一大帝国。
いかにも人間の敵って感じじゃ無いか。
ミレイは、拍手で応援してくれた。
フェルミも、「おもしろい。バンシールにはいささか思うところがあるので、叩きつぶせ」と焚き付けられた。
一大帝国はともかく、人間の敵らしく、着実な一歩を踏み出す予定だ。
止めどなくなってしまうし、自分でも何を書いているのか怪しくなってきたので、今回はこの辺にしたいと思う。
ウィノウや父様、ノイナに孤児院の皆が無事であることを、遠い森の中から祈っている。
病気やケガに気をつけて、無茶をしないように。
もし、お金に困ったら、ラルの実家に泣きつけば、多少は融通してくれるはずだ。
それじゃ、またの機会に。』
無茶をしないようにってのは、こっちの台詞だよ、兄さん。
最後に、兄さんの暗号でこう書かれていた。
『ヒール最高』
終幕
Twitter @nekomihonpo
長らくのご愛顧ありがとうございました。