研修旅行の日、治療の時間
相変わらず、状況は解らないままだ。
人々の噂話程度なら、どんどん集まってくる。
そう・・・集まってくるんだ。
宿に逃げて、先生方と合流することを決めてから、移動をしていたのだが、飲食店の前でケガ人の治療をしている人がいた。
治療と言っても、布で包帯を作り、簡単な止血をしているだけだったのだ。
ヒーラーとしては見捨ててもおけない。
飲食店ってことで、水やお湯の調達が容易だ。
傷口を洗ってヒールをしていたところ、それを見た他の人が集まってきて、即席の救護所の様相を呈してきた。
こうなってくると簡単に動くわけにも行かず、チノ、フェルミは偵察というか周囲の状況確認、ラルは水魔法で周囲の消火、ミレイは治療の手伝いという役割分担が自然と出来上がった。
そんな訳で、正しい状況ってのは解らないままなのだが、人が集まってくるため、噂話だけは事欠かない。
曰く、白い騎士を見た。
曰く、白い怪物だった。
曰く、白いラルゴ(巨人)だった。
曰く、白装束の忌み人を見た。
さすがに忌み人の噂にはドキリとしたが、ミレイは白装束じゃ無いし、一緒に行動していたのだから当てはまらない。
どれもこれも確証が無いのだが、白いという事だけは共通している。
さすがに巨人族に関しては胡散臭いと眉唾物なのだが・・・
ヒールをしたからと言って、すぐに全快し、走り回っていいほどに回復する・・・という訳では無い。
癒した組織の部分は、治りかけの状態であり、切り傷であれば結合力が弱かったりと、健康な部分に比べると一段階弱い状態にある。
つまり、ヒールをしたからと言って、追い出して良い状態では無く、安静にしていることが重要なのだ。
と、言うことはだ・・・救護所の様相を呈しているこの場は、人が増える一方であり、どんどんと規模が大きく成長している状態にあると言える。
なるべく移動して貰うようお願いはしているのだが・・・不安なのか、寄り添うことを望むようだ。
「リサーチ」
頭をケガしている子供の治療に当たる。
逃げるときに切ってしまったのか、出血がひどい。
ひどいが、特に問題は無さそうだ。
「ヒール」
その傷口が見る間に塞がっていく。
「うぇ~ん、うぁ」
「ほら、もう大丈夫だぞ」
「マーくん、大丈夫なのね!?」
「ええ、もう大丈夫です。
とは言え、しばらくは安静にしていてくださいね。
ミレイ~、この子の血を拭き取ってあげてください」
「解った・・・」
ミレイに後処置を頼む。
濡れた布で、その血を拭き取っていく。
「ありがとうございます。ありがとうございます。
ああ、いいんですよ。私がやりますから」
「いい、ボクの仕事。
お母さんは子供を心配するのが仕事」
ミレイも、ああ見えて結構頑固だからな。
お母さんと布の取り合いになっている。
それにしても、これで何人にヒールしただろうか?
さすがにちょっと疲れてきた。
心力的な意味では無く、精神的に・・・
一休みというわけでは無いのだが、腰を伸ばし、大通りを見やる。
騎馬隊が外縁部に向かって駆けていくのが見えた。
その数、10騎程度。
かなりの速度で飛ばしていく。
先ほども10騎程度が駆けていったと思ったが・・・事態の収拾までは時間が掛かりそうだ。
まぁ、そういう事は専門家に任せて、こっちはこっちの専門を粛々と実行しますかね。
「ウィルはここに居るんだな?」
「うん、ウチの子はココだって言ってるよ」
「そうか。
済まない、ちょっと通してくれないか」
名前を呼ばれたので、そちらを見やる。
人を掻き分けるようにして、ネクリオスが顔を覗かせる。
「ネクリオス。どうしたんです?」
「ああ、ウィル、済まない。
ちょっと通してくれないか。
ああ、ありがとう」
ネクリオスとルムハスが、ヨルマナを抱えて現れる。
見れば、右足に大ケガ・・・すっかり潰れてぐしゃぐしゃになっている・・・を負っている。
テーブルを簡易ベッド代わりにしているのだが、その上に横たわらせる。
「済まないが、ヨルマナを治療してくれ。頼む」
「ええ、了解です。
スライヒール」
まずは軽くヒールで止血程度の治療を行う。
リサーチを唱え、状況を確認するが・・・右足に石ころというか砂利が大量に付着しているようだ。
リリーブで取り除くよりも洗浄だな。
「ミレイ、お湯を持ってきてください」
「解った・・・」
「ああ、ミレイさん、俺が持ちましょう」
ミレイとネクリオスが、奥から瓶に入ったお湯を持ってくる。
太腿の所で止血をしていた布を取り除く。
新たな出血を呼び起こしてしまうが、あまり止血しっぱなしというのもよろしくない。
いくらヒールで治るとは言え、完全に死滅されても手遅れになりかねない。
軽く止血をしてあるおかげで、足先に血行が戻ってくる。
貰ったお湯を使い、傷口を洗浄するが・・・細かい石が取り除きにくいな。
リリーブを織り交ぜつつ、浮かせて洗い流すような感じにしたら、だいぶマシになった。
テーブルの周りが、血の溶け込んだお湯で水浸しになるが、その甲斐あって、ほぼ洗浄することが出来た。
「我、彼の者を癒すことを願いたてまつらん。ヒール」
ヨルマナの右足がじゅくじゅくと治っていく。
こういう酷いケガの場合、中々にエグイ絵面になるのが厳しいところ。
とは言え、ひとまず治療は終了。
ヨルマナは、まだ気絶したままだが、そのうち気がつくだろう。
「ウィル、終わりか?」
「ええ、もう大丈夫ですよ」
「そうか・・・ありがとう」
ネクリオスが手を握ってまでお礼を言ってくれる。
まぁ、気持ちはありがたいのだが・・・男に握られてもなぁ・・・とか失礼なことを考えていた。
「さすがに、すぐには気がつかないか」
ルムハスが、ヨルマナの顔を覗き込みながらつぶやく。
「そうですね・・・
ヨルマナが起きてくれると、こちらとしても助かるのですが」
ネクリオス、ルムハスと共に、周囲を見回す。
ヨルマナの足が緊急を要するケガと判断したから、先に治療をしたのだが、まだ治療を待つ人たちがいる。
「ウィル、ちょっといいか」
フェルミが声をひそませつつ話しかけてくる。
なんでひそひそ声なんだ・・・嫌な予感しかしない。
「なんです?」
「ちょっと奥まで来てくれ」
フェルミに連れられ、ネクリオス、ルムハスと奥へ移動する。
ミレイ、ニクル、ホルルにはケガ人の簡単な治療をお願いした。
「どうしました?」
「ラルゴ(巨人)を見たという話だが、どうやら事実だ」
「嫌な予感しかしませんが・・・どういうことです?」
「ギーテスラルゴを見かけた」
「ギーテスラルゴ?」
「ああ・・・建物の向こう側、頭1つ飛び抜けているところを見かけた。
あの剃った頭と紋様はギーテス特有の物だ。
奴ら、頭は悪いが、力だけは注意が必要だ」
「そのギーテスラルゴが街中にいると?」
「ああ、そういう事だ。
今、チノが見張っている。
知らせた方がいいと思ってな」
確かに、知っていた方がいいとは思う情報だが・・・なぜこんなに深刻な表情なのかが理解出来なかった。
いまいち意図が解らない。
「つまり、まずい事態なんだな?」
「ああ、そう言う事だ」
ネクリオスとフェルミが解ったような会話をする。
まずい事態?
どうにも意図が伝わっていないことを察したのだろう・・・フェルミがフォローを入れてくれる。
「ギーテスラルゴは、ほんと頭が悪いからな。
操っている奴がいる」
「操っている?」
「ああ。恐らくはバンシールだと思う」
バンシール・・・肌の色が黒く、その逆に髪は銀から白髪に近い。
主に精霊魔法を得意としており、人間社会とは敵対関係にある・・・だったか。
まぁ、要するにダークエルフの様な存在だな。
実際のバンシールを見た事は無いが。
「目撃された忌み人は、そのバンシールだと?」
「あぁ・・・そういう可能性もあるな。
が、今はそういう時じゃ無い」
「どういうことです?」
「解らない奴だな。
ギーテスラルゴが、こっちに向かってきているんだ」
「は?」
こっちに向かってきている?
「その飛び抜けた膂力で、
建物を破壊しながら、一直線に中心地に向かっている」
「その進路に、この建物があると?
まずいじゃないですか!」
「ああ、まずいんだよ」
まず、集まっている人を逃がさねばならない。
しかも、パニックを起こさせずに・・・だ。
逃がすにしても、安全な場所・・・方向が解らない事には余計なパニックを招くだけだ。
「その巨人族の目的が解りませんが、
中心を目指しているのなら、人々を南門の方へ逃がしましょう」
「中央の兵舎じゃ危険か?」
ネクリオスが言いたいことも解る。
兵舎・・・簡単な砦になっているのだから、そこに逃げ込んだ方がいいのかも知れない。
それはもちろん考えたが・・・
「兵隊さんの邪魔はしたくないですし、
中心を目指しているのなら、そこは避けた方がいいでしょう」
「まぁ、それもそうだな」
「フェルミは、南門の方へひとっ走り偵察に行ってください」
「解った。大急ぎだな?」
「ええ、大急ぎです」
フェルミを見送った後、北と西から敵が来ているのだから南に逃げた方がいいと説明をして回る。
なんでわざわざ、危険な外に行かねばならないのかとごねる人もいたが、敵が攻めるなら当然中央だろうと説明し移動をお願いする。
そんな形で移動をお願いしているのだが、個別にお願いしている関係で、中々人が減っていかない。
大声で注意喚起して、パニックが起こっても面倒だしな・・・
「ウィル、ちょっといい?」
見張りをしていたチノが戻ってきた。
戻ってきたって事は、いよいよのっぴきならない状態になったか?
その割には、そんなに焦ってる様子も見て取れないんだが・・・
「どうしました?」
「ここの北の大通りで、ここの兵隊と敵の兵隊、巨人が争ってるんだ」
「三すくみってことですか・・・」
「サンスクミ?」
「ああ、いえ。
お互いが牽制し合ってるってことでいいんですかね?」
「うん。そうなんだ。
取り敢えず、巨人の足が止まったから、
一旦、報告のために戻ってきたんだ」
ふむ・・・三すくみってよりは三つ巴か?
まぁ、そんなことより、撤収のチャンスってことだな。
コレを逃すと、いよいよ本格的にヤバイ気がする。
「その場所は・・・近いんですよね?」
「そうだね。大きな建物で遮られてるけど、
7軒分くらいかな?」
「了解です」
その三すくみの状態・・・ノラとクロの侵攻なのだから、協力して撃退して貰いたいところだが・・・
取り敢えずは時間が稼げそうな状態ではある。
敵が手を組んでいなければ・・・だが。
「まずは人々を南に逃がしましょう」
「そうだな」
「済まないが、この救護所の責任者はどちらかな?」
表の方からそんな声が聞こえてきた。
見やると、兵士が3人・・・1人がかなりのケガをしており、残りの2人もそれぞれケガをしている。
そして、何故か皆がこちらを振り向く。
思わず後ろを振り返るが・・・味気ない壁しか無い。
まぁ、そんなことをしてふざけてる場合でもないか。
・・・とは言え、責任者とか言われると他人になすり付けたくなる。
「責任者と言うわけではありませんが、
まずは、傷を治療しましょう」
「ああ、すまない」
傷口を確認する・・・剣による傷か。
傷は深いが、綺麗な傷だ。
これならヒールだけで問題無いだろう。
「ヒール」
じわじわと傷口が塞がっていく。
他の2人も確認するが、こちらも剣による傷だ。
同じくヒールで傷を治療する。
「見事なモノだな」
「え?
ああ、まぁ、これくらいしか能がありませんから」
「いやいや・・・
それで君が責任者と言うことでいいのかな?」
「いや、そもそも、ここは食堂であって、救護所でも無いから、
責任者なんぞ存在しないわけで・・・」
「え?」
「いえ、そうですね。
責任者です。たぶん」
「まさか、こんなに若いとは思わなかったが、
その腕を見込んで頼みがある。
是非とも一緒に来て欲しい」
「戦場でヒールをしろと?」
「う、うむ・・・後ろの方で隠れていてくれてかまわない。
頼めないだろうか?」
戦場になんか出たくは無いが、後ろでこそこそとヒールをしていればいいのなら平気か?
ここの兵士には耐えて貰い巨人を押さえて貰う必要もあるしな。
「解りました。行きましょう」
「それじゃぁ、ボクらはどうしようか?」
「チノはラルと合流して、先生方と合流してください」
「解った」
「ウィル、ボクも一緒に行く」
「いや、ミレイもチノと一緒に」
「ううん、ボクも一緒に行く」
だめか・・・こうなると頑固だからな、この娘。
「ミレイさんが行くなら、俺も行こう」
「ネクリオス・・・ヨルマナはどうするんです?」
「ルムハスには申し訳ないが、押しつけさせて貰う」
まぁ、ネクリオスが来てくれるなら安心か。
「チノ、ちょっと」
チノを呼び寄せ、ひそひそ話。
「フェルミを見かけたら、状況を知らせて、
そっちに合流ということでお願いします」
「なんでひそひそ話?」
「彼女が能力を使うことに関して注意しておいて欲しいんです」
「ああ、そうだね。
見られるとまずいもんね」
「その辺は彼女の方がよく解ってると思いますがね」
「うん、でも一応気をつけておくよ」
「お願いします」
こっちがないしょ話をしている間に、ネクリオスもルムハスに押しつけ終わったようだ。
ど~れ、ひとつ、バックアップとして癒しに行きますかね。
次回「研修旅行の日のラクスロイ(教会関係者)」
Twitter @nekomihonpo
変更箇所
追加(指摘感謝):ふむ・・・三すくみってよりは三つ巴か?まぁ、そんなことより、




