研修旅行の日、物見遊山の時間
月日が経つのは早いモノで、我々も16歳となり、来年は最高学年になる。
いよいよ自分の進路を心配しなければならない歳となる。
ミレイ、ラル、チノは一緒についてくる・・・という考えを未だに変えてはいないようだ。
まぁ、コレに関しては、既に諦めの境地に到達しているのだが・・・
卒業資格に関しては、無事にアシュタオリル先生を満足させ、皆で悠々自適な一年が送れそうなので安心している。
ラルの水魔法と、ミレイの氷魔法を組み合わせ、大魔法陣を展開するってのは、研究と言うよりは体育祭の組体操に感覚が近かった。
どう見ても大道芸の練習にしか見えないのが欠点だが、何気に細かいコントロールが必要で繊細な芸術なのだ。
あまりのバカバカしさに大受けだった。
心力を伝達するというアシェアの枝から、伝達物質を抽出するのは骨が折れた。
もうひたすら化学の実験を繰り返すだけだった。
あれは2度とやりたいとは思わない。
その伝達物質を用いて伝導率の高い糸を作り、凧の魔法陣を発動させるという技術は、紙鳥(紙飛行機)と同じように王技研(王国立技術研究院)へ登録する事となった。
これでめでたく4つの卒業資格を得た。
フェルミの分は無いわけだが・・・彼女は遊学生(留学生)だし、別枠なんだろうなぁ。
・・・しっかり話し合ったわけではないので、知らないが。
満たしたとは言え、チノの方は、条件が1個残っている。
弓術大会の優勝という難物だ。
当初は上位入賞だったはずなのだが・・・なまじ、上位に入れてしまったモノだから、ハードルを上げられてしまった。
まぁ、優勝しなくとも、卒業はさせてくれるだろうが、目標は高く・・・と言う奴だろう。
さて、卒業の心配はともかく、普通であれば進路の心配もしなければならない時期だ。
学院を卒業出来た人間は、優秀ということになるので、引く手あまた・・・とまでは言わないが、就職で困る事は無い。
就職で困る事は無いとは言え、学院としても、それなりのフォローをしておかないと今後に響く。
学院からしてみれば、別段、就職浪人が増えようが構わないのだが、あまり増えられ、学院に通っても就職できないんじゃなぁと噂されても困る。
そんな訳で、就職斡旋の一環として、昔から研修旅行というモノが設けられている。
が、どうも当初の理念は薄まってしまい、思い出作りのおもむきが強い。
一応、研修旅行と名は付いているが・・・冬の温泉宿場とか言われると、どう考えても娯楽要素の方が強い。
北の要害、アルバ・イェル・クリオール。
北方に広がる原生生物の森と西の大国アルシェ・バイラ王国に接する、我が国の要塞都市だ。
特に、北の森からの原生生物群を防ぐ要塞壁とその大門は、難攻不落としてこの国における防衛の要だ。
北の山々から吹き下ろしてくる寒波で、冬は真っ白に彩られる。
また、温泉地として、湯気が街中を漂い、その白さに拍車を掛ける。
そんなクリオールの街まで、大所帯がゆえにゆっくりとはいえ、馬車で4日。
さすがに4日は長すぎる。
この寒い季節、ロクな暖房設備のない馬車の中ってのは、吹きさらしでないだけマシと言える程度。
馬車の周囲は常に冷気が熱を奪っていく状態のため、非常に寒いモノとなっている。
さすがに長時間ともなると、何らかの工夫が必要だ。
若さと情熱でカバー出来るのは、1日が精一杯だ。
さすがにカイロは難しいので、湯たんぽからスタートだろうか。
休憩所に着く度に、水筒に魔法で作り出した熱湯を注ぎ込んでいたら、気がつくと同じ馬車どころか、この一行全体に広まっていた。
そんな寒い思いをしつつ、到着したクリオールの要塞都市・・・
その名に恥じぬ、立派な壁で国境部分を形成し、噂に高い大門は、30メートルはあろうかという大きな物だった。
到着して、すぐにチェックインし、温泉に浸かって寒さで縮こまった身体をほぐす。
わき出した源泉を、外気で冷やしながら適温にして大きめの露天風呂に溜めている。
源泉はかなりの高温なのだろう。
もうもうと湯気を立てながら、湯船に流れ込んでいる。
どんよりとした曇り空の中、白い雪と白い湯気が際立っていた。
外気で冷やされつつ、のぼせない程度に浸かっていることが出来る。
このまま温泉に浸かって生きていければいいのにと、自堕落なことを考えてしまう。
そんな休息のひととき。
残念ながら、女湯とくっついていて鉢合わせ・・・なんていうお約束は無かった。
まぁ、あっても困るのでいいっちゃいいんだが。
今回の研修旅行、このクリオールの街で2泊3日を過ごす。
2日目は各所を見て回り、実際の仕事ぶりを見て回ると称した自由行動日となっている。
自由行動日と言ったところで、要塞都市に見所なんか沢山ある訳も無く・・・あまり面白味はないのだが。
職員の人に迷惑を掛けるわけにもいかないので、話を聞くのはまとまって聞くという形なので、バラバラに行動するという感じからはほど遠い。
それでも、それなりに自由時間という物は与えられる。
「まぁ、要塞都市ですから、
そんなに見所がある訳では無いと解っていたのですが、
思った以上に面白味がないですね」
「いや、それでも、ほら・・・大門とかさ」
チノがこちらの独り言に反応し、フォローしてくれる。
「ぶっちゃけ、大きいだけですよね」
「ぶっちゃけたね」
チノが反応に困って苦笑する。
だって、でかい門だぜ?
大艦巨砲主義に準ずる物があるな。
でかけりゃいい・・・みたいな。
でかすぎて簡単に動かせず、結局、門としての役目を果たしていない。
この大門がしっかりと開かれる事態なんてあるんだろうか?
そもそも、どういう想定で大きな門にしたんだ?
威圧感を与えるくらいしか役目無い気がするんだが。
「・・・ぉぉ」
ミレイの、目深に被った防寒着兼マントの奥から、そんな声が聞こえてくる。
何か意外な反応を示している?
えっと・・・たまに、この娘が解りません。
「ミレイは、この大門に興味ありですか?」
「ううん。別に・・・」
いや・・・今さっき、感嘆してたじゃん。
あれは何だったというのか・・・
まぁ、いいか。
「次は要塞壁でも見に行きますか」
「中に入れるらしいね」
「ふむ。この寒さから逃れられると言うことだな」
フェルミがそんなことを言う。
態度はいつも通り堂々としていたので解らなかったが、人並みに寒がりって事なんだろうか。
「それは助かるわ~。
さっさと行きましょ~。
もう寒くて寒くて」
ラルがいそいそこそこそと要塞壁入口へと向かう。
ま、確かに、気持ちは解らないでも無い。
空を見上げるとどんよりと暗い灰色の雲が空を覆っており、その灰色を背景にして白い雪がちらちらと舞い降りてきていた。
周囲に要塞壁があるおかげか、風が街中を通り抜けることがないため、まだマシとも言える。
そんな要塞壁も街の数少ない観光名所であり、見学コースが設けられている。
その根元は、厚さ20メートルはあろうかという分厚さをしており、少しずつではあるが、上に向かって細くなっている。
中心を人がやっと通れる程度の階段と通路で構成されており、所々に設けられた狭間から外の様子をうかがい知ることが出来る。
「真っ白、だね・・・」
「まぁ、思った以上に真っ白ですね」
今も雪がちらちらと舞ってるような状態だし・・・当たり前と言えば当たり前なんだが、この季節、ここからの景色は真っ白だな。
こう言ってはなんだが、実に面白味のない景色だと思う。
「大通りの商店でも見て回りますか」
「そうね。風が来ないってだけで、特に面白くもなかったし」
自分も無遠慮な所があるが、ラルもぶっちゃけるな。
大通りにも要塞都市としての特徴がある。
街の四方から入ってくると、階段状にぐるぐると回らないと中心地にはたどり着けない。
一直線にはなっておらず、中央の施設にまっすぐ到達出来ない仕組みとなっている。
細々とした道を辿れば、迂回せずに到達は可能・・・可能だが、細い道のため、軍勢には不可能だ。
また、階段状になっているため、速度を出して駆け抜けることも難しい作りとなっている。
簡単には攻め出せない構造とも言えるのだが、防御を中心に考えた設計思想なんだろう。
そんな階段状の大通り、中央の施設には堀が走っており、街の南を流れる川の水を引いている。
「さすがに温泉の街だよね。
大通りだと寒くないし」
「まぁ、それでも風が吹くと寒いですけどね」
地熱の影響か、川の水が温かいらしく、堀を流れる水はこの季節でもぬるい程度には暖かい。
そのため、周囲が冷えると、湯気が立ちこめ、堀から白い煙を立ち上らせる。
そんな水路が張り巡らされているためか、水路周辺はそこまで寒さが厳しくない。
「ほ~ら、チノ、ウィル。
次のお店行くよ~」
さっきまで、木工細工の店を見ていたと思ったのだが、ラルはすでに別の店の前に移動していた。
「ラルは元気ですね」
「買い物を楽しまない女の子は居ないそうだよ」
「ラルが言ってたんですか?」
「うん、言ってた」
「なるほど。
ラルを見ていると妙な説得力がありますね」
「ふふ、だよね」
「取り敢えず、追いかけますか」
「そうだね」
どうやら、漬け物のお店のようだ。
野菜や肉の塩漬けってのは解るんだが、フルーツの塩漬けってどうなんだ?
量り売りという形で売られている。
からっからに乾くまで漬けてあるため、葉っぱにくるんで持ち帰るらしい。
その店に入ろうかと言うとき、ドンという爆発音が寒空に響いた。
それに続いて複数の腹に響くような爆発音。
近いと言えば近いのだが、すぐ側ではない・・・多少の距離を置いたような位置での爆発。
表に出て、爆発音がした方を見やる。
他の店からも人がぞろぞろと出てきていた。
ざっと見るが、音の発生源が解らなかった。
「ウィル、あれ!」
チノの指差す先を見る。
西の大門、"内側"にある蝶番の部分で黒煙が上がっていた。
建物の影でよく見えないが、下の方からも立ちのぼっている。
どうやら蝶番が破壊されたらしい・・・と言うのは解る。
解るのだが、なぜ"内側"に向かってゆっくりと倒れてきているのか?
爆発があったのは内側ではないのか?
内側のエネルギーで外側に倒れるのがすじでは無いか。
次第に加速していくのが見て取れる。
30メートルはあろうかという大門だ。
いくら門の前に広場があるとは言え、一番近い建物にぶつかったのだろう。
破壊音が鳴り響く。
それに続くかのように雪煙とも土煙とも判別のつかない煙が立ちこめる。
「何が・・・」
北からも破壊音が響いてきた。
慌てて北を見やると、西と同じような煙が立ちこめていた。
そして、その煙の向こう・・・大門があるべき所には、灰色の空が見えた。
「門が、門が無いよ!なんで!?」
「チノ、少し落ち着いて・・・」
「うぐ」
落ち着いてと偉そうに言ったはいいが、慌てる気持ちも解る。
こっちも慌てたい気分だ。
「ウィル、どうするの?」
ラルが不安そうに問いかけてくる。
どうすると言われても・・・こちらも困る。
一体何が起きているのやら・・・
「まずは、宿に戻って先生方と合流しましょう」
「解った・・・」
まず、やるべきは安全確保。
情報の収集はその後でいい。
宿へ向かうべく、皆して移動を開始しようとしたその時、店の裏手で火の手が上がった。
パニックになった人々が、次々と通りに出てくる。
本当に、一体何が起きているって言うんだ・・・
次回「研修旅行の日、物見遊山の時間のネクリオス(友人)」
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