吸血騒ぎの日のその後
目の前の状況に対して、途方に暮れている。
我ながら、よくもまぁ、こんなにジョーカーを引いてくるな、と・・・運の無さに呆れてしまう。
フェルミから、始末するのは簡単だが、お前に判断を委ねた方がいいと思ってな・・・なんて言われてしまっては、思わず頭を抱えたくなる。
が、抱えたところで状況が改善しないので、方策を考えるか。
「フェルミ・・・
その気絶している男が、
犯人って事でいいんですよね?」
「こんなにも怪しい格好をしていて、
疑う余地でもあるのか?」
「いいえ・・・確認しただけです」
まぁ、この暑い最中、顔を隠すようなマスクをして、血濡れの剣を持っているような男が、まっとうなハズがない。
取り敢えず・・・気がついて暴れられても困る。
手足を縛って転がしておこう。
それはいい。
さて・・・これからどうするのか・・・って事だ。
あまりにもカオスな状況で、どうするのが正解なのか判断がつかん。
「それで・・・
この男、ブロブソーブ・・・
ブラウサラじゃないんですよね?」
「ああ、それは間違いない。
ろくに身体強化も出来ないような奴だ。
更に言うなら、牙がニセモノだしな」
「なるほど・・・」
木の枝を拾って、口をクイっと開ける。
動物の牙を用いたのだろうか・・・
口を少し開けた程度では解らないが、歯茎まで見えるようにするとカバー状に加工した物だと解る。
さて・・・この男をどうするのかが問題だ。
それこそ、始末した結果だけを聞かされた方が、選択肢が少なくて助かった気がする。
なまじ、選択肢が色々あるから困ってしまう。
一番、手っ取り早いのは巡視に突き出すことだ。
が・・・どうにも、昔の一件があってから、巡視に関して不信感がある。
じゃぁ、どうするのか?
それこそ始末してしまうか?
いや、さすがにそれはマズい。
人道的にも問題だし、余罪があった場合、それが闇に消えてしまう。
ここ最近のブロブソーブ事件は、こいつが犯人なんだろう。
急に思い立って事件を起こした?
そんなバカな。
更に言えば、過去に事件を起こしていてもおかしくはない。
いつから?
前々から、ぽつりぽつりと、ブロブソーブによる事件が発生している噂があるが、これは全てニセモノの仕業なのか?
いや、しかし・・・家で襲ってきた・・・フェルミの義兄は、間違いなく本物だった。
「お姉さんが、この人、やっつけたの?」
「ああ、そうだぞ。
ミレイ・・・
このちっこいのは誰だ?」
「・・・ウィノウ。ウィルの弟」
始末してしまっては、そういった事が解らなくなる。
じゃぁ、どこかに連れ去って尋問の真似事をする?
なんで、そんな警察の真似事をしなければならないのか?
リスクを抱え込むだけで、なんらプラスにならない気がするな。
そもそも、どこに連れ込むというのか。
家に連れ込んでも、家族に説明がつかないし・・・
「このお姉さん、ミレ姉の知り合いなの?」
「・・・うん。フェルミ。とっても強い」
「フェルミ・トラヴィスだ。
ウィノウ、お前の兄には色々と世話になっている」
「うん。よろしくね」
父が今日明日にでも帰ってくるのなら、家に連れ帰って閉じ込めておくと言うのも手かも知れないが・・・
確か、予定では4日後にならないと帰ってこなかったはずだ。
さすがに、そこまで犯人と生活を共にするってのは厳しいな。
食事もさることながら、糞尿の処理に困る。
自由にするわけにも行かないし。
と、なると、やはり巡視に突き出すのが一番か。
だが、何と言って突き出すのか・・・
ブロブソーブ事件の真犯人です?
おびただしい血痕と、血で濡れた剣、ニセモノの牙・・・証拠として十分だと思うのだが。
被害者の女性を癒してしまっているのが、微妙にマイナスか。
まぁ、緊急性を要する状態だったし、これは仕方ない。
「ウィノウも神聖魔法の使い手なのか?」
「ううん。僕はだめなんだ」
「そうなのか。それは残念だな」
「でも、兄さんが、僕には僕の得意なことがあるんだから、それを頑張れって」
「・・・ウィノウは計算が得意」
「そうか、頑張れよ。それに、いい兄さんだな」
「うん」
突き出したとして、こいつが否定をしたらどうするか・・・
本物のブロブソーブに襲われた・・・間違ってないだけに困る。
血痕は、その時の戦闘のモノだ。
・・・等と言われたら・・・泥沼か。
被害者の証言が決め手になればいいのだが、犯人との関係が現状で不明なため、証言させるのは危険か?
犯人には、被害者は死亡したと思わせておいた方がいい可能性もある。
そもそも癒してしまっているため、被害者として認められるかどうか・・・
「ミレイよ。これはいつまで放っておいた方がいいんだ?」
「・・・難しいところ。
ここまで悩んでると、苦しんでる、かも」
「ふむ・・・
ウィルよ、そろそろ結論は出たか?」
「え?
ああ、えっと・・・そうですね。
フェルミは、この犯人をどうしたい・・・
と言うようなことはありますか?」
「どうしたい・・・か。
そうだな。
制裁を加えたい気持ちが無いと言えば嘘になるな。
それでいいのかと問われると難しい所だ。
例えば・・・そうだな・・・
ブラウサラの事件は全てこいつの仕業だった。
と言うようなことにでも出来れば、気持ちも晴れるだろうか」
さすがに、それは黒いんじゃないか?
少なくとも、我が家に来たのはホンモノな訳だし。
「じゃぁ、例えば、巡視に突き出して、
罪を償わせると言うのもアリだと?」
「多少なりとも、口惜しい感じはするが、
ウィルに委ねると言った以上、ウィルの判断に委ねるぞ」
「そうですか・・・」
そういう丸投げが一番困るんだが・・・
「取り敢えず、被害者の女性を家に運びましょう。
申し訳ありませんが、フェルミ、お願いします」
「私が運ぶのか?」
「身体強化すれば、僕なんかよりよっぽど強いじゃないですか」
「確かにそうだが・・・」
「おい!
誰かいるのか?」
後ろの方・・・大通りの方から声が聞こえてくる。
まずい・・・いや、まずいのか?
今はともかく、フェルミと被害者の女性を逃がした方がいいか。
「ミレイ、ウィノウを連れて奥から家に向かってください。
フェルミはミレイの案内に従ってください」
「・・・解った」
「ウィルはどうするんだ?」
「僕はここに残って、
状況の説明をしてみますよ」
「いいのか?」
「大丈夫ですよ。
なんとかなると思います」
「兄さん、一緒に帰らないの?」
「ウィノウ、ミレイと一緒に先に帰っててくれ。
なぁに、すぐに兄さんも帰るさ」
「うん。解ったよ」
ウィノウの頭をひと撫でして、送り出す。
「誰か居るのか?」
2人組の巡視が現れる。
どうにも嫌な思い出が蘇るが・・・まぁ、そうそうハズレを引くとも思えないし、まともであることを願おう。
「よかった~。
これから巡視さんを呼びに行こうと思っていたんですよ」
「どういうことかね?」
「おい、大丈夫か」
1人が倒れている犯人に近づこうとする。
「あ、危ないですよ。
そいつ、ブロブソーブみたいです」
「な、なに!?」
2人が腰にある剣に手を伸ばし、抜剣する。
「今、気絶してるみたいなので、
手足を縛ったところなんです」
「気絶・・・」
「それこそ、どういうことかね」
「えっと、争う音と悲鳴が聞こえたので、
こっそり覗きに来てみると、
その男が血に濡れた剣を持って倒れていたんです。
たぶん、壁かなんかにぶつかって気絶したんだと思うんですけど。
口元にも血が付いてたので、見たら牙があるんですよ。
きっと、ここんとこのブロブソーブ騒ぎはそいつが犯人ですよ」
「牙ぁ?」
警戒したまま、1人が口元を持ち上げる。
「確かに牙だな」
「ふむ・・・
それで、相手はどこかね?」
「それが、僕が来た時には、もうこの男しかいなくて」
1人が抜剣したまま、犯人を警戒し、もう1人が周囲を調べる。
地面の血溜まりにも触れ、固まり具合を確認する。
「この出血量・・・かなりの負傷だな」
「それで姿を消すって・・・
相手も化け物ってことか」
「坊主は見てないんだな?」
「ええ、僕は、そんな化け物は、見ていません」
「先輩、まずはコイツを牢に放り込みましょうよ」
「そうだな・・・気絶している今を逃すとまずい。
よし、俺が見張っているから、お前は応援呼んでこい」
「は、ハイ」
「待て・・・
坊主、名前は?」
「え?
ウィル・ランカスターです」
「そうか。ウィル、よくやったな。
後で詳しいことを聞くかも知れん。
今日の所は、そこのおっさんと一緒に帰れ」
「お、おっさんは無いっすよ。先輩~」
「いいから、お前はこの子を家まで送ってけ」
「へいへ~い。了解でありま~す」
「え、いえ。大丈夫です。
1人で帰れますから」
「いいから遠慮すんな。
しっかり送っていくんだぞ」
「ほら、坊主。行くぞ」
本当は裏道を行ったミレイ達を追いかけたかったが、ここであまりゴネても仕方ないか。
・・・ここは言葉に従っておくとしよう。
途中までは一緒に帰っていたのだが、急いだ方がいいですよと急かして、無事に別れることに成功した。
大急ぎで家に帰ると、ミレイ達は既に到着しており、被害者の女性は客室に寝かされていた。
服は血だらけ、しかも切られているような女性を連れ込んで、母に全く説明をしないという訳にもいかない。
取り敢えず、通り魔が女性を襲っていたため、ヒールをして連れ帰ったと説明した。
まぁ、色々と不自然な点があるのは致し方がない。
フェルミの正体を隠しているためと言うのもあるが、またブロブソーブ絡みでの事件と言うことを母に知らせるのを躊躇ったというのもある。
ウィノウが何か言いそうになっていたのだが、ミレイがうまいこと・・・とは言い難く下策なのだが、タイミングはどんぴしゃだった・・・ダイレクトにウィノウの口を塞いでいた。
一通り、母に説明し終えたので、仲間内でのコンセンサスを得るため、部屋に集まって貰った。
「あの説明じゃ、訳が解らないんじゃないか?」
フェルミが口火を切る。
「まぁ、そうなんですがね・・・
あまり正直に話して、心配事を増やすのもどうかと思いましてね」
「兄さん、ブロブソーブのニセモノを退治したんだよ?
母様に言ってもよかったんじゃないの?」
「前にブロブソーブの件で、心配させてるから、
言うのをやめたんだよ」
「え~、折角、兄さんが退治したのに」
いやいや、実際に退治したのはフェルミですから・・・
ってのは今はどうでもいいので、引っかき回すのは止めておく。
「母様を心配させたくないだろ?」
「うん・・・それはそうなんだけど」
「ウィノウは優しいな」
そう言いながら、少し強めに頭を撫でる。
「うわ。やめて~」
「内緒に出来るよな?」
「え・・・うん」
「よし。兄さんと約束だ」
「うん」
「それで、あいつはどうなったんだ?」
フェルミが改めて聞いてくる。
ここにいる仲間には隠すつもりは無いため、簡単に状況を説明する。
「つまり、奴は本物のブロブソーブと思われているんだな?」
「まぁ、今のところは・・・ですがね。
詳しく調べれば、すぐにニセモノだと知れますしね」
「被害者の女性についてはどうするんだ?」
「犯人との関係が解らないため、秘密にするつもりですが」
「どういうことだ?」
「仮に、彼女を殺すことが目的で、
ブロブソーブは、その瓶の上澄みだとしたら?」
「瓶の上澄みだと?」
「世間から見たら、ブロブソーブ事件の被害者が1人増えただけです。
彼女を殺すことが目的だった・・・と言う真の目的は隠せます」
「全てを我ッ・・・ブロブソーブになすり付けるつもりか!」
「可能性の話です。
そうじゃない可能性の方が高いかとは思いますが、
念のため・・・と言ったところです」
ブロブソーブが隠れ蓑で、本当の目的は彼女を殺すこと・・・
そういう目的では無いと思うが・・・そういう危険もあるという話だ。
本当は、死んだと思わせたい所なのだが、そこまでは無理だろう。
彼女には町を離れて貰わないといけなくなる。
さすがに無理だ。
「死体の無い殺人犯か・・・ちゃんと罰せられると思うか?」
「確かに少し難しいかも知れません。
うまく余罪を追及してくれると助かるのですが」
「そんなにうまく行くかな?」
「行かないかも知れませんね・・・」
「ふむ・・・」
「まぁ、そこは巡視たちに期待するしか無いですね」
どうにも昔の一件を引きずっていて、色眼鏡をかけて見てしまうのが困ったところだ。
「なんせ、ウィルには助けられた」
「え?」
「あのままでは、我ら一族の汚名となっていたってことだ」
「いや、結局、フェルミの力じゃないですか」
「そう言うな。
お前には助けられたと思っているのだ」
「そうですか・・・
じゃぁ、素直にお礼の言葉は受け取っておきますよ」
「いまいち、素直じゃ無いな」
フェルミが苦笑しながら、こぶしを突き出してくる。
それに対して、こちらも苦笑しながら突き返した。
ウィノウが僕も僕もと言うので、ウィノウともこぶしを付き合わせ、ミレイもそっと突き出してくる。
トラブルも無く、みんなが無事に戻ってこられたからこその笑顔だった。
次回「吸血騒ぎの日のその後のアサセス(巡視官)」
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