吸血騒ぎの日のフェルミ(友人)
ウィルから心力を貰うようになって、3つ目の季節に入った。
既に、数回のトランスファーを受けている。
当初は、血が欲しくなることがあるんじゃ無いかと思っていたのだが、あれから一度も吸血を行ってはいない。
ウィルの予想が当たったということだ。
数回のトランスファーの内、大多数はウィルによる「ちょっとした確認」と称する、まさに人体実験だった。
私に心力を使わせ、疲弊させ、その上で確認するようにトランスファーをする。
悪魔を見た事は無いが、恐らくウィルのような姿をしているに違いない。
レイナンセには、ウィルにバレたことも、心力を分けて貰うことも伝えてある。
逆に、レイナンセの事をウィルに伝えるかは、相談した上で秘密にすることにした。
秘密にしているのだから、レイナンセは年に数回、吸血を行っていくことになる。
レイナンセの仕事柄、心力の消費が激しいわけでは無いので、事件となって発覚する危険も少ないだろう。
ウィルにレイナンセの事も伝えた上で、心力を分けてくれと言えば、分けてくれそうな気はするのだが、いずれ卒業することを考えると隠しておくことが無難と思えた。
まぁ、それを言うと、私もいずれはウィルと別れることになるわけで・・・取り敢えず、先送りにすることで問題を溜め池に沈めた。
そんなある日、ウィルから、近くに他のブロブソーブ(ブラウサラ)がいるのかと問われ、ドキリとしたが、レイナンセの事では無かった。
詳しく話を聞くと、時折、ブロブソーブによる吸血事件が発生しているらしい。
これが、どうにも胡散臭い。
レイナンセの把握している限りでは、3人ほど、首都に潜伏している。
人数に対して、事件の数が多い。
気になったので調べてみると、一カ所で連続して事件が発生してる。
潜伏している連中も、吸血事件が発覚することによる不都合は理解しているはずだ。
自分たちの身元が割れることを防ぐために、余所の土地で吸血を行うのが通例だ。
しかしながら、この噂になっている事件というのが、首都や、その周辺都市での事件なのだ。
確かに、人間が大勢住んでいるため、隠れやすいと言えば隠れやすい。
それでも、何を切っ掛けに発覚するか解らないのだ。
そんな危険は極力避けるのが、普通の感覚だ。
胡散臭いと考える理由は、他にもある。
吸血相手を殺しているのだ。
まぁ、確かに・・・身元が割れる可能性を防ぐために殺すこともあるだろうが、殺しすぎている。
しかも、刃物による殺害と言うでは無いか。
かなり不自然だ。
吸血行為により、相手の身体は麻痺している場合がほとんどだ。
そんな相手に対して、わざわざ刃物を使う理由が無い。
我々が力を込めて首をひねれば、ほぼ確実に葬り去ることが出来る。
殺してから吸血行為をする・・・という可能性があるにはあるが、死体からの吸血行為は一族の中でも忌み嫌われており、普通ならば、そんなことはしない。
・・・吸血行為の頻度から、すでに普通では無くなっている可能性もあるのだが。
何ごとも、限度と言う物がある。
あまり、やりすぎても困るのだ。
ブロブソーブ狩りとして、潜伏している同胞がいぶり出されるのも困るし、討伐隊を組まれ、一族の里に乗り込まれても困る。
個々の能力では、恐れるところは何も無い・・・まぁ、たまに例外はいるが・・・
人間の集団・・・単純に種族の数で言えば、圧倒的に負けている。
全面的な闘争に発展され、消耗戦になっては困るのだ。
学院が濃葉の長期休暇に入った。
人間達は、それぞれの家に帰ったりしている。
まぁ、帰らないのもいるようだが。
私は、これを機会に、その胡散臭い事件に関して、しっかりと調べてみることにした。
とは言え、いつどこで起きるのかを予想するのは難しい。
ただ、過去の傾向から、1回発生すると、2回、3回と同じ町で発生する。
アルバ・イデナ・コトナという町で、この1巡り(9日間)に2件の吸血殺人事件が発生しているという話を聞き、コトナの町に入った。
町中をうろついた程度で、事件現場に遭遇出来るとは思っていないが、多少のアテはある。
ウィルから心力を分けて貰えるようになってから、心力の心配をする必要性が減った。
コレに関しては、本当にありがたい。
心力を消費するが、嗅覚を最大限活かし、血の臭いを探りながらうろつくつもりだ。
かなり頼りないアテではあるが、現場を見つけ、何とかしたいと考えている。
暑い日差しが、あらゆるものを熱し、熱気となって宙に漂う。
嗅覚を敏感にしている身としては、ありとあらゆる臭いが漂ってきて、なかなかにつらい。
それは日が傾いてきたところで、その日の熱気が消え去るわけでも無く、臭いとして私の身にまとわりつく。
すでに、明日からは別の手段を執ろうかと、心がくじけかけている時だった。
「いやぁぁぁっ!」
嗅覚を強化すると、それに引きずられるように聴覚も少し強化される。
その強化された耳で、やっとなんとか聞き取れる程度の悲鳴が聞こえてきた。
聞こえてきた方角を向くが、はっきりとは解らない。
しかし、微かとは言え、何らかの事件が起きているようだ・・・それこそ求めている事件かも知れない。
このまま、駆けつけるには、人間どもが邪魔でもどかしい。
肉体強化を駆使し、建物の屋根に上がる。
そこから屋根伝いに、悲鳴の聞こえた方角へ飛ぶようにして走り出した。
少し行ったところで、後ろから悲鳴・・・それこそ死に際の悲鳴が聞こえてきた。
どうやら、少し行きすぎたようだ。
急いで戻り、屋根上から路地裏へ身を躍らせる。
落下中の眼には刃物を持った男、斬られたと思われる女が見えた・・・そして漂い始めた血の臭い。
男は女の首筋で吸血を行っているように見えた。
二人にぶつかる前に、男に対して蹴りを繰り出す。
完全に不意打ちとなった男の頭部に蹴りがめり込む。
そのまま振り抜き、しゃがむようにして勢いを殺し着地する。
男が建物の壁に頭を打ち付け、うめき声を漏らす。
その隙に、女の様子を伺うが、思った以上に斬られた傷が深い。
出血が続いており、周囲に血の臭いが立ちこめる。
しゃがみ込んだまま、片手で傷を押さえるが、傷口を塞ぐには到らない。
両手で塞ぐ必要がある。
いや、塞いだところで、この傷だ・・・助かるのか?
少なくとも、この男が犯人であると証言して貰う。
そこまでは生きていて貰わなければ困る。
血が止まることを願い、両手で傷口を押さえた。
男の方を伺う。
頭を振りながら、顔を上げるところだった。
この暑いのに頭巾を被り、目元を隠している。
隠してはいるが、目は隠していない。
その目を見て確信する。
この男はニセモノだ。
我らの一族では無い。
一族の振りをし、我らの仕業と・・・我らのことをおとしめ、殺人を行う。
男が逃げる。
すぐに追いかけたいところだが、この女性をどうする?
「うぐ」
「チッ」
が、すぐに誰かにぶつかったようだ。
「待て!」
待てと言われて、待つ犯人がいる訳が無い。
むしろ、ぶつかったその何者かに、ここに人がいることを教えるべく、声を上げた。
「フェルミ!?」
その何者かの声は、この国に来てよく知っている男の声だった。
そして、今、ここにいるのは実に都合のいい人間だった。
「む、ウィルか。
いいところに来た。
大急ぎで、この女性を癒してくれ」
ウィルが慌ててこちらに駆け寄り状況を確認する。
「ヒール」
かなりまずい状況だったのか、詠唱を省略し、ヒールだけを唱える。
その甲斐あって、傷口がみるみる塞がっていく。
悪魔のような一面を持っているかと思えば、こういう面は実に頼もしい。
「で、どういうことです?」
一通りの治療が終わったのだろう。
こちらを向いて状況の確認を促す。
が、正直なところ、そんな悠長なことを言ってはいられない。
「後で説明する。心力を寄越せ」
「は?」
「今から奴を追いかける」
「もう逃げ切ってますよ?」
「問題無い。今なら臭いで追える。
ただ、全力で追うには心力が心許ない」
今日だけでも、少々心力を消費していることだしな。
念には念を入れ、万全を期して追いかけたいところだ。
「そういう事ですか」
ウィルが、トランスファーを行うべく、私の両手を取る。
「リサーチ」
その呪文により、私の心力の状態が丸裸になる。
「我、彼の者に気力の源、立ち上がる力を分け与えん。トランスファー」
トランスファーにより心力が注ぎ込まれてくるのが解る。
じっくりと味わっていたいところだが、時間が勿体ないので、この間にウィルに説明をすることにした。
「ブラウサラ・・・ブロブソーブの事件があっただろう。
それを調べていて遭遇した。
あのニセモノがその犯人だ」
「なるほど。
・・・心力の充填完了です」
もう何度目になるだろうか。
こうして心力を注ぎ込まれるのは・・・何とも言えない不思議な感じがする。
吸血をして得るのとは違う・・・身体の奥底から染み渡っていくような感覚・・・
「うむ・・・助かる」
身体の隅々に心力を染み込ませる。
実際に染み込んでいるわけではないと思うが、その感覚が身体を強化する。
臭いが解らなくなる前に追いかけるとしよう。
軽く飛び上がり、左右の壁を蹴って屋根の上に出る。
奴の臭いもさることながら、その剣から漂う血の臭いは、思ったより鼻についた。
これなら追いつくのも時間の問題だろう。
いくつかの屋根を飛び越え、眼下に逃走する男を捉えた。
男が首をひねり、こちらの方を伺う様子を見せた。
どうやら物音で気付かれたか。
不意打ちを掛けることが出来なくなってしまい残念だ。
相手の進路を塞ぐようにして着地する。
男は、一言も発せずに上段から斬りかかってきた。
一切の問答をする気は無い・・・という事か。
その一閃を難なく躱す。
切り返しての一閃、さらに一閃。
剣に関しては専門外なので、はっきりとは解らないが、かなりの腕だと思われる。
ソレと同時に、やはりニセモノなのだと実感する。
吸血直後で心力に余裕があると思われるのに、普通なのだ。
目も普通、膂力も普通、速さも・・・速さは少し鋭いか?
その平凡な一撃である剣の腹に、回し蹴りのつま先を叩き込む。
そんな反撃は、予想していなかったのだろう。
手に持つ剣は暴れ、手をはじき、横に飛んでいった。
「っ、こ、この化け物めッ!」
これはこれは・・・
「まさか、ブロブソーブに化け物呼ばわりされるとは思わなかったな」
「ぐっ・・・」
男が剣を拾おうとしたので、その右腕を蹴り上げる。
「ぐあッ!」
腕を押さえつつ、こちらを睨んでくる。
が、迫力も威圧感も感じない。
一気に気が抜けてしまった。
「どうした。
ブロブソーブなんだろう?
吸血でもしたらどうだ。
相手はか弱い女だぞ?」
男が反転し逃げだそうとした。
こんな所で逃がすわけがない。
一気に飛び出し、男の後頭部を掴むと、勢いそのままに身体を追い抜く。
当然、頭は引っ張られ、前のめりに宙に浮く。
その男の頭を下に突き出し、着地する。
地面とこすれ合うジャリとした感触が伝わってくる。
素早く起き上がり、男の方を警戒する。
「・・・おい。どうした」
問いかけるが返事がない。
どうやら気絶してしまったようだ。
・・・さすがに死んではいないと思うが・・・
「・・・やりすぎたか?」
さて・・・この男を、ここで始末するのはたやすい。
が、果たして、それをしていいモノか?
思わずため息が漏れてしまうが・・・まずは、ウィルの所まで戻って、奴に押しつけるか?
そうだな・・・それがよかろう。
私、一人の考えでは、余計な厄介事を招きかねない。
そうと決まれば、行動は早い方が良いだろう。
脚を掴み、引きずって道を戻り始めることにした。
次回「吸血騒ぎの日のその後」
Twitter @nekomihonpo
変更箇所
斬られた思われる→斬られたと思われる(指摘感謝)
出血か→出血が(指摘感謝)