人身御供の日
フェルミを巡視に突き出すと、また殺されるんとちゃうんか?
という疑念があったため、突き出さずに手なずけるという方向に舵を切ってみたわけだが、良かったのかは疑問が残る。
まぁ、余計な殺生を避けることが出来たってことで、変なプレッシャーを感じずに済むのだからヨシとしよう。
同年代の可愛い娘を殺しました・・・というか、見殺しにしたってのも気分が悪い。
巡視に突き出す=教会によって殺されると単純に考えているが、そうならない可能性もあるにはあるのだが・・・
まぁ、吸血による被害を減らしたのだ。
それだけでも十二分に世の中に貢献した結果とも言える。
その後、フェルミから、ウルマンを国へ帰したと報告があった。
さすがに、自分の正体を知っているかも知れない人間を、学院に復帰させる気は無かったようだ。
まぁ、本当に生きて帰したのかと疑えばキリが無いが、そこは信用することにしよう。
心力の総量を把握するためと称して、魔法を使って枯渇に近い状態になって貰ったりもした。
・・・悪魔だ何だと、ののしられたりもしたが・・・
その結果、解ったのは、心力のキャパがかなり少ないと言うこと。
チノの半分程度しかない。
まぁ、チノが常人と比べてどうなのか?
という疑問がないでもないが、なんせ、ミレイやラルと比べるのは可哀相になる量だ。
恐らく、心力が尽きる危険があるため、心力を鍛える・・・と言うか、心力を極力無駄に使わないという生活をしてきたのだろう。
使ってこそ鍛えられる・・・それが全てとは言わないが、そういう側面もある。
使わなかったからこそ、その量なんだろう。
そんな量では、それこそ毎日どころか、毎時トランスファーをしたところで、痛くも痒くも無いというのが正直なところだ。
そんな訳で、フェルミがウチらのパーティーに加わった。
他の人たちの前では、相変わらずお嬢様然とした態度を取っているのだが、ウチらの前ではぶっきらぼうな感じで話す。
彼女の地が後者なのだから仕方が無いと言えば仕方が無いのだが、可憐なフェルミを取られたかに見える状況に、男子諸君から憤懣やるせない視線が痛い。
まぁ、パーティーに加わったと言っても、べったりという訳では無く、どちらかと言えば一匹狼。
ウチらと行動することが増えた程度で、彼女なりの距離感を持って満遍なく付き合っている。
そんな1年も終わりに近づき、冬の寒さが身に堪える・・・そんな日。
教室の扉が開かれ、冷気が流れ込み、付近の生徒が怪訝な顔を向ける。
結構、がたいの良い・・・どうやら先輩のようだ。
入口できょろきょろと見回していたかと思うと、何かを見つけたように、こっちに向かってきた。
はて?
そんな知り合いはいなかったと思うのだが・・・が、完全に知らない人と言い切るだけの自信は無かった。
「ウィル、久しぶりだな」
どうやら、完全に知り合いのようだ。
「えっと・・・すみません。
どちら様でしょうか?」
「おいおい、久しぶりだからって酷いな。
アルフだよ」
ああ、アルフだったのか。
・・・いやいや、確かに、顔に面影があるというか、言われれば確かにアルフだが、がたいが違いすぎる。
前はもっとこう・・・優男というか、ひょろい感じだったのに、今は筋肉隆々とまでは言わないが、しっかりとした体つきをしている。
しゃべり方もヘンだ。
前からこんなにがさつな感じだったか?
「おいおい、さも意外そうな顔をするなよ」
「いえ・・・実際、意外なんですが。
何と言いますか・・・だいぶ変わりましたよね」
「そうかぁ?
まぁ、剣を専攻してると、
身体は鍛えられるからな。
多少、筋肉が付いたかもしれん」
多少ってレベルでは無いような・・・
脳筋になったんじゃないかと心配するレベル。
これでガハハ笑いとかされたら、どん引きだな。
「それで・・・どういったご用でしょうか?」
「なんだ、どうにも他人行儀だな。
同じ出身地のよしみじゃ無いか」
「前から、こんなんですよ」
「そうか?
まぁ、いいか。
用ってのは簡単だ。
ウィル、お前たち、青金会に入れ」
青金会って、生徒会だったな。
「なんか、前にもこんなやり取りがありましたね」
「ウィルが素直に入ってくれないからな」
「なんで、そんなにも入れたがるんです?」
「ふっふっふ。
なんだかんだと理由を付けて断るつもりだろうが、
そうはいかんからな。
今回は、お前たちが一番優秀だからだ」
「はぁ?」
「対抗戦で優勝しているだろうが」
「いや、まぁ、確かに勝ちましたが・・・
勝ち、イコール、優秀とはならんでしょうに」
「何を言っている。
そう簡単に優勝できると思っているのか?
それは、対戦相手を馬鹿にすることだぞ」
「いえ、そういう意図は無いのですが・・・
1対1では相手になりませんよ。
そういう1人1人が優秀な方を誘った方がいいですよ」
「確かに、争い事を納める際には、1人1人が優秀なことが良い場合もある。
だが、集団としての力を発揮する必要がある場面もある。
ウィル・・・
少なくとも、お前たちの勝ち方は、
この集団としての力を発揮した結果だ」
いかんな・・・どうにも風向きが悪い。
入りたいか、入りたくないかで言えば、入りたくない。
・・・面倒そうだし。
「やる気の無い人を誘うよりも、
やる気のある人を入れた方が有益ですよ」
「なんだ、やる気が無いのか?」
「無いですね」
「はっきりと言うなよ。
そうだ。
少し体験してみればいいんじゃないか?
部会の先輩方もいい人ばっかりだぞ」
そして、そのままズルズルと・・・ってのが目に浮かぶようだ。
ダメだな。
片足を突っ込んだ時点で抜け出せなくなる。
「部会にいる先輩方は優秀な方々だ。
ウィルにとっても、新しい発見があるかもしれないじゃないか」
一瞬、ピクリと反応しそうになってしまった。
くすぐるポイントを解ってやがる。
「なんで、そんなにも引き入れたがるんです?」
「だって、お前、優秀だろ?」
「なんとも、返事に困る言い方ですね。
褒められているのは嬉しいのですが、
優秀じゃありませんよ・・・と言ったところで、
優勝したじゃ無いかって言われると困りますし」
「優秀だろ?」
「それだけが理由ですか?
だったら、他にも優秀な人なんていくらでも」
「あとは、ウィル・・・お前が面白い奴だからだな」
いや、まぁ、言いたいことは何となく解るんだが・・・
「その表現も返事に困りますね」
「ああ、もちろん悪い意味じゃ無いぞ。
ミレイのこともそうだが、
ウィルはちょっと人と違うからな」
そんなことを言いながら、楽しそうに笑う。
「そういう異端を引き込むと、
場を乱されますよ?」
「ウィルが乱すんなら、
きっと乱す必要があったんだろ」
「なんですか、その中途半端な信頼は・・・」
なんか、ぐったりしてきた。
いかんいかん。
疲れたところで、片足を突っ込んだりしたら抜け出せなくなる。
ここは踏ん張って、踏み込まないように気をつけねば。
「それに・・・」
「それに?」
「ウィルが入ってくれると、楽が出来そうだしな」
満面の笑顔だ。
満面の笑顔で人をこき使うことを宣言しやがった。
こ、こいつ・・・
「そんな誘い文句で、付いていくわけ無いじゃ無いですか」
「そうか?
やってみれば、案外天職かもしれんぞ?」
どうにも、のれんに腕押し、ぬかに釘・・・脳筋に説得という感じがしないでも無い。
この手詰まり感・・・困った。
何か、この場を乗り切る切っ掛けが欲しい・・・
入口の扉が、再び開き、男子生徒が数人、入ってくる。
そいつらもまっすぐこちらに向かってきて・・・
「やぁやぁ、ミレイさん。
寒くなってきましたが、お風邪など・・・」
「うん?
おお、なんだ。
ネクリオスじゃないか」
「ア、アルフ先輩!?
ど、どうしてこちらに」
ルムハスと愉快な仲間達のお出ましだ。
そのルムハスが、ネクリオスとアルフの会話をかたわらに聞きながら、こちらに挨拶をしてくる。
「やぁ、ウィル。
アルフ先輩とお知り合いなのかい?」
「ええ、まぁ・・・馴染みってとこですね。
そういう、そちらは・・・
戦士学科だからってことですかね?」
「うん、まあね。
授業で何回か、手合わせというか・・・
一方的にやられたというか・・・」
ルムハスが苦笑する。
そんなにこっぴどくやられたのか?
アルフと会話をするネクリオスを見て、はたと気付く。
「アルフ、彼ら・・・
ネクリオスは優秀ですよ。
僕なんかより、よっぽど役に立ちます」
「うん?」
「えっ?
なんだ、ウィル・・・急に褒めたりして」
ネクリオスが照れているが・・・そこはどうでもいい。
彼らを人身御供として我が身を守る!
「まぁ、確かに・・・
優秀なのは知っているが」
「ア、アルフ先輩・・・」
じ~ん・・・と感動している。
「・・・うん。彼らは強い。優秀」
それまで黙って見ていたミレイが、そんな事を言う。
チノやラルが、驚愕って文字を顔に貼り付けているのでは・・・と言うくらい驚いている。
いや、この場で驚いていない人なんか居ないんじゃ無いだろうか。
謎の沈黙が場を支配していた。
「ミ、ミレイさん!
自分は・・・自分は・・・
ミレイさんにそこまで想って頂いていたなんて!
か、感激です!」
「・・・ん、そういうのは別にどうでもいい。
今は、ネクリオス達が優秀って事が重要」
さりげなく、ばっさり切り捨てたな。
「ふむ・・・
まぁ、確かに優秀だな。
ネクリオス・・・
お前たち、部会で働いてみないか。
いや、取り敢えず、手伝いで構わないんだが」
「はい、是非、お任せください!
このネクリオス、青金会のお役に立ってみせましょう!」
と、ミレイの方を向きながら宣言する。
・・・暑苦しい。
しかし、今は、その暑苦しさがありがたい。
少しの間、アルフとネクリオス、ルムハスを交え、会話が進む。
取り敢えず、彼らを伴って部会室に行くことになったようだ。
「ウィルは来ないんだな?」
「ええ、折角ですが、遠慮させていただきます」
「じゃぁ、また来るぞ」
「何度来ても変わりませんって」
「まぁ、そう言うな。
また話でもしようじゃないか。
じゃあな」
そう言いながら、一行が教室を立ち去る。
なんとか、撃退に成功した。
そんな気分で、ぐったりだった。
「それにしても、ミレイがあんなこと言うなんてね~」
ラルの一言で思い出す。
ミレイの、あの発言で場の流れが変わったのは間違いない。
「そうですね。
ミレイのお陰で助かりました」
「・・・うん。ウィルが困ってたから」
「えぇ?
あれ、助け船なの?
本心じゃ無いの?」
「・・・ん?戦士学科の事はよく解らない」
「ミレイ・・・あんた、悪女になれるよ」
「・・・そう?」
なんで、そこでちょっと嬉しそうに照れてるんだよ。
「あの様子だと、また来るんじゃない?」
チノが、ぐったりするが、確実に起こりそうな未来を予想する。
まぁ、今日の感じだと、また来るんだろうなぁ。
「来たとしても、断るしかありませんがね」
「断るんだ」
「チノは入ってもいいですよ?
僕は応援していますから」
「え?
ボク1人なんて嫌だよ。
ウィルも入るならいいけど」
「じゃぁ、誰も入らないってことで」
「・・・うん」
「まぁ、でも、ミレイには助けられました」
思わず、手を伸ばし頭を撫でる。
一瞬、ピクっとしたが・・・
「・・・うん」
と、嬉しそうな顔をしているので、しばらくそのままなで続けた。
そんな、冬の一日。
次回「吸血騒ぎの日」
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