呼び出された日のフェルミ(留学生)
男女の話し声が聞こえる。
頭が揺れるというか、回るような感じがして気持ちが悪い。
なんでこんなにも気持ちが悪いのか・・・
そもそも何をしていたのか・・・
自分が何をしていたのかを思い出そうと振り返る。
そう・・・確か、ウィル・ランカスターを呼び出して・・・
ハインヒル義兄さんの事を問いただしていたハズ・・・
何か知っていそうな素振りを見せたので、更に問いただそうと・・・どうしたっけ?
そうそう・・・暴れるから血を吸って大人しくさせようとして・・・
何か呪文を使われて・・・
「うぅっ」
揺れるような感じがする頭の気持ち悪さに、思わず声が出る。
うっすらと目を開けると、ウィルが目の前に座っていた。
その周囲には、彼の仲間も揃っていた。
彼らの8つの目が、私を見つめる。
身をよじると、両手の親指に痛みが走った。
どうやら、後ろ手にされて、親指を縛られているらしい。
そうか・・・私は・・・彼に負けたのか。
「ご気分はいかがですか?」
「頭が揺れるような感じがして、気持ち悪い」
「まぁ、こちらも死にたくは無いので、
それくらいは勘弁して頂きたいですね」
「同じように、ハインヒル義兄さんも殺したのか」
「同じ手法で倒したことは否定しませんがね。
殺害に関しては否定させて頂きます」
「なに?」
「気絶だけで済んでるじゃないですか」
「それは貴様が手加減したからだろう!」
両手は縛られてるとは言え、立ち上がろうと力を込めた。
ウィルが手を伸ばしてきたかと思うと、私の額を指で押し返す。
「ふわっ」
我ながら、間抜けな声だとは思うが、指で押し返され、立ち上がれずストンと座らされてしまった。
「こちらとしても殺されたくは無いですからね。
あの時は必死だったんですよ」
「それなのに殺してないと言うのか」
「気絶していたので、巡視に引き渡しただけです」
「巡視が殺した・・・と」
「いえ・・・その後、教会に引き渡されたと聞いています」
「教会・・・アシュタリウス聖教会か」
「そうです」
話の流れが一気に変わってしまい、どうにも判断が付かない。
アシュタリウス聖教会が仇だと言うのか。
いや、そもそも・・・その言葉を素直に信じていいのか?
私を騙そうとしているのでは無いのか?
だめだ。
どうにも解らない。
まずは、この場を逃げ切り、レイナンセと相談しなくては・・・
「それで・・・
ウィル、この娘、どうするの?」
それまで、静観していた男子がしゃべり出す。
どうするか・・・か。
私も義兄さんのように巡視に突き出され、ゆくゆくは教会に連れて行かれるのか。
何もせず、殺されてたまるものか。
必ずや一牙報いて・・・
「実は悩んでましてね」
「は?」
あまりにも想定外の言葉に、思わず間抜けに反応してしまった。
「何を悩んでるのよ。
彼女、ブロブソーブなんでしょ?」
「・・・ウィルを襲った」
いつも一緒にいる・・・ラル、ミレイと呼ばれている娘たちが当たり前の反応を示す。
「確かに彼女はブロブソーブですが、
僕には脅威では無い」
「なんだと!
馬鹿にするのかッ」
瞬間、頭にかっと血が上り、勢い勇んで立ち上がろうとした。
ウィルの腕が伸びてきたかと思うと、額をパシッとはじく。
「ぁぅ」
またも格好悪く座らされてしまう。
「どうするのか、判断するためにも、
いくつか質問に答えて貰いますよ」
「嫌だと言ったらどうするんだ」
「はぁぁぁ。
そこは素直に従ってくれると楽なんですが?」
「ふ、フン。
好きにするがいい。
答えないかも知れないがな」
あまりにも簡単に・・・いい様にやられているのだ。
少しくらい反抗したくもなる。
「じゃぁ、まずは基本的なことから・・・
フェルミさんは、ブロブソーブってことでいいんですよね?」
「ああ、お前たちがブロブソーブと呼ぶ種族だ」
「正確には違うと?」
「他の種族は、ブラウサラと呼ぶ」
「じゃぁ、ブラウサラと呼んだ方がいいですかね?」
「好きにしろ」
こいつら・・・いや、こいつは私をどうする気なんだ?
知らず知らずのうちに目付きが厳しくなり、ウィルを睨み付けるように見ていた。
「あまり、回りくどいことも苦手なので、
サクッと聞きますが・・・」
いきなり核心か。
一体何を聞くのか・・・自分の行く末を決めるかも知れない質問という緊張から、ごくりと喉が鳴る。
「あなた方に吸血は必要なんですか?」
「我らに死ねと言うのか?
・・・いや、お前らは、そう言うのだろうな」
「ああ、いえ・・・そういう事では無くてですね」
「お前は何を言いたいんだ?
お前らだって食い物を食べるだろう?
飲み物を飲むだろう?」
「フェルミさんたちは、吸血さえしていれば、
食事は要らないと?」
「馬鹿な事を・・・
人間と違って、飲食の他に吸血が必要なだけだ」
こいつは何を聞きたいんだ?
何を知りたい?
「質問が悪かったですね。
そうですね・・・
あなた方の吸血という行為・・・
血が目的ですか?
心力が目的ですか?」
その質問を聞いた途端、立ち上がろうとし、三度、ウィルに額を押さえつけられ、立ち上がることに失敗する。
この男・・・我らが一族の弱み・・・弱点に気がついている!?
「ブロブソーブ・・・ブラウサラでしたね。
あなた方は、何らかの理由・・・
例えば、日常生活において心力の消費が激しいか、回復が遅い・・・
まぁ、細かい理由はともかく、
心力が不足している」
完全に気がついている。
舌が喉に張り付くのでは無いかというくらい、喉が渇いている気がする。
先ほど、こいつの血を吸ったばかりだというのにだ・・・
つばを飲み込もうとしたが、うまく飲み込めず、こくりとだけ音が鳴った。
「そ、それで?」
「吸血が必要なのかな・・・と」
「言っている意味が解らないのだが」
「心力を得る手段があるのなら、
血を吸う必要は無いのではないか?
と聞いているんですよ」
何を言っているんだ。
心力を得るために吸血しているのだ。
何が目的で、そんなことを問う?
「フェルミさんも・・・
定期的に吸血が必要な訳ですよね」
「あぁ・・・」
「誰か人を襲って吸血する・・・と」
「そうなるな・・・」
「ああ、そうか。
ウルマンは吸血されたんですね。
口封じも兼ねて」
「えぇ!?」
「ウルマンって、一緒に来た遊学生だよね?」
「・・・そう」
にわかに連中が騒ぎ立てる。
都合の悪い事実に、口をつぐんでしまう。
「殺したんですか?」
「殺してはいない」
私の語気に、ウィルが少し驚いている。
殺してはいない。
殺人ともなると、騒ぎになりやすい。
騒ぎになるのは我々としても困るのだ。
もちろん、それだけが理由では無い。
理由では無いが・・・言葉にしようとすると、そういう理由付けが一番楽だ。
「まぁ・・・ウルマンの話は置いておきましょう」
「ええっ!?
置いといちゃうの?」
「そ、そうだよ。
急いで巡視に知らせないと!」
ラルと・・・確か、チノと言ったか。
2人がある意味、当たり前の反応をする。
「殺してないんでしょ?」
「殺してはいない」
ウィルが、再度、確認をする。
「ま、彼女の言葉を信じれば、生きているそうです」
「それで終わり?」
「正直なところ、身内でも無い限り、必死になる理由がありません。
目の前でケガを・・・っていうなら話は別ですが」
「えぇ!?
それは、ちょっと酷くない?」
「目覚めが悪いのも事実ですし・・・
あとで解放するなり、国に帰すなりしてもらいますか。
そうしてもらえますか?」
「あぁ・・・解った」
身内で無ければ、どうでもいいと言う・・・
じゃぁ、身内だったら・・・
「さて、話を戻して、質問に戻りますが・・・
吸血はどのくらいの頻度で行うんですか?」
「何故そんなことを聞く」
「興味と・・・実験ですかね」
「実験だと?」
「そうですね。
誤解を与える言い方ですね。
いや、まぁ、実験をするのは間違いないのですが」
この男は、私で実験・・・我らが一族の弱点を知り尽くそうと言うのか。
そんなことをされるくらいなら、自らの命を絶ってでも、秘密を守り通さなければ。
自分の不甲斐なさ、これからの境遇、一族の未来・・・そんな物が渦巻くようにして私から落ち着きを奪っていく。
ギリと奥歯を噛みしめる音が響く。
「う~ん・・・何からどう話した物か・・・
そうですね・・・
こちらには、フェルミさんに心力を与える手段があります」
ウィルが、両手を広げるように・・・おどけるように、そんなことを言う。
身構えていた・・・と言うか、心構えをしていた頭では理解が追いつかなかった。
「ウィル、それはそれで省きすぎだよ」
「ふむ・・・それもそうですね」
「というか、心力を分けるんだ」
「心力が満ち足りていれば、吸血の必要が無さそうですしね」
「ああ、なるほど。
そうすれば吸血の被害が出ないって訳だ」
彼らが勝手に話し合い、勝手に完結していく。
1人、私だけが彼らの輪には入れず・・・
いや、それは別にいい。
今、何と言った。
・・・心力を分ける?
・・・吸血の必要が無い?
「お前たちは、何を言っているんだ!」
訳の解らないままに叫んでいた。
彼ら・・・いや、こいつらはおかしい。
8つの目が・・・冷めたように見つめてくる。
いや、実際はそんなことは無いのかも知れないが、私の目には異質に映る彼らの目が、無性に怖かった。
「順番に説明しますよ。
まず、僕には心力を分け与える手段があります」
「そ、そんなモノ、聞いたことも無い!」
立ち上がろうとして・・・もう何度目だろうか・・・ウィルに額を小突かれ邪魔される。
「フェルミさんが気絶したのは、心力が溢れたからです」
「溢れ・・・た?」
「簡単に言えば、喰いすぎですね。
お腹がいっぱいになっている所に、
無理矢理、食べ物を詰め込んだと思ってください」
半ば、呆然としながら、ウィルの説明を聞いていた。
「推測が正しければ・・・
心力が事足りているなら、
吸血の必要は無いはずです。
まぁ、そればっかりは確認してみなければ、解りませんが」
「わ、私が心力を貰う・・・その対価は何だ。
私に心力を与えることで、お前たちは何を得る?」
「そうね。
それは私も気になってたかな~」
どうにも感じていた違和感の正体に辿り着く。
彼らの中で意見の統一がなされていないのだ。
むしろ、ウィル1人による意見であり、提案であり、益なのか。
仲間ですら初耳だと言う・・・
何ともいい知れない不安が、私の心の奥底をしっかと握りしてめいる感じがし、背中に怖気が走った。
「損得ってことで言えば、とんとんってとこですかね」
「とんとん?」
「先ほど、チノが言ったように、
誰かが吸血の被害に遭う可能性が無くなる。
誰かと言わず、身内が被害に遭う可能性が無くなる。
それだけでも十二分なメリット・・・得になります」
「たったソレだけのことで・・・」
「そう。
たったのソレだけです。
そして、心力を分け与えるということは、
ほとんど損にならない」
「損にならない?
ど、どういうことだ」
「心力を分け与えても、大抵は一晩で回復するからです」
「しかし、今まで吸血してきた人間は」
「それは、吸血をしたからです」
「なに?」
「心力は一晩で回復しても、
血はそうはいきません」
ウィルは、極々当たり前のことを述べているに過ぎなかった。
当たり前なのだが、その当たり前のことが霧となって目の前から消え去っていた。
ウィルが言うところの、心力のみを分け与える手段が存在しているのなら・・・
我々の一族が人間を捕らえ、吸血をしてきた歴史は何だったのか・・・
それにより、人間から敵視され、こちらも人間を餌と軽んじる。
殺し、殺され・・・この敵対してきた今までの生き方は何だったのか。
呆然と力なくうなだれ、何も考えることが出来なくなっていた。
「それで・・・
それで、私はどうなる?」
「どうなる・・・とは?」
「これから先の私の処遇だ」
「ああ、なるほど。
心配は要りませんよ。
人間を襲わないことを誓っていただければ、解放しましょう。
心力が必要になったら言ってください」
「えぇっ!?」
「巡視に知らせるんじゃないの!?」
「今のところは、そういうつもりはありませんが」
「だって・・・ウルマンくんとか・・・」
「解放を約束してくれましたし。
ねぇ?」
「ああ、それは約束したな」
「他にも被害者がいるかも知れないのに・・・」
「まぁ、それはそうなんですがね。
取り敢えず、今後、襲わないことを誓ってもらえば、
被害者が増えることは無くなるわけですし」
「そうか・・・
いいだろう。
誓おう。
お前の勝ちだ」
「ふむ・・・勝ち負けとかはどうでもいいんですがね」
ウィルが立ち上がり後ろに回り込む。
親指の拘束を解いてくれているようだ。
「あれ?ぐ・・・チノ、チノ。
ちょっとお願いします」
「え~。もう、格好付かないなぁ」
「いや、格好とかいいので、お願いしますよ」
そんな一幕もあったが、拘束が解かれ自由が戻る。
手首を振りながら立ち上がる。
「それで・・・心力は毎日必要ですか?」
「いや、そんなことは無い。
生活の仕方にもよるが、
大人しくしていれば、年に1、2回だ」
「そんなに少なくていいんですか?」
「大人しくしていれば・・・だ。
授業で魔法を使うこともあるだろうから、
もう少し多いとは思う」
「なるほど」
その後も、いくつか質問を受け・・・それから解散となった。
レイナンセにどう話したモノか、混乱の続いた頭では判断が付かなかった・・・
次回「人身御供の日」
Twitter @nekomihonpo




