呼び出された日
留学生のウルマンが、のっけから病気になってしまった。
やはり、土地が変わると体調を崩しやすいのだろう。
治療の助けになるかと思い、クラスメートでお見舞いに行こう・・・という話になったのだが、なんでもネクトテリという療養で有名な地に出発してしまったらしい。
アルバ・シャンタから馬車で飛ばしても7日間は掛かる距離で、おいそれと見舞いに行けそうに無い。
とは言え、飛ばして7日・・・病人と言うことを加味すれば、それ以上の日数を掛けて移動と言うことになる。
余計に悪化しなければ良いのだが・・・
そんな訳で、1人になってしまった留学生のフェルミさんは、ただただ注目を集める存在となってしまった。
ま、分散する相手であったウルマンは、いまいち花に欠ける男子であったが・・・
その注目の的たる、フェルミさんだが、人当たりも丁寧で、お嬢様然としている割に、ウチのクラスのお嬢様みたいに高飛車じゃ無い。
ってことで、男子からの人気はうなぎ登りとなっている。
彼女が留学生として転入してきてから数日。
自意識過剰かも知れないのだが・・・どうにも見られている気がする。
ジロジロと見られているわけでは無いのだが、どうにもチラチラと視線を感じる。
その割に、挨拶程度しか話はしたこと無いのだが。
取り敢えず、気にはなるが、人垣の中にまで出向いて何か用かと問い質すのも面倒というか・・・自意識過剰を宣言するみたいなので嫌だ。
ってことで、向こうから接触があるまで放置することに決めた。
あくる日、寮に帰り、扉を開けると、足下に白い物があるのが目に入った。
手に取ってみると、折りたたんでロウで封がしてある。
裏返してみるが、特に宛名も差出人も見当たらない。
取り敢えず、中を見てみることにする。
『明日、授業が終わったら、最奥から三番目の教室に来られたし』
手紙で呼び出すとは古風な・・・
いや・・・
こっちじゃ今風ってことになるのか?
文字の感じからは女子っぽい感じ。
軽く臭いを嗅いでみるが・・・よく解らなかった。
・・・冷静に考えるとちょっと変態っぽくて脱力した。
最奥と言うことは、1階奥にある物置同然の教室から3番目の未使用教室だろう。
あんな所にわざわざ呼び出すってのは、どういった用件だろうか?
まさか告白・・・ってことは文面から無さそうだと判断する。
なんていうか、うきうき感とかは感じず、事務的な感じがする。
寮母のチコおばさんに、誰か尋ねてこなかったか聞いてみたのだが、特に気がつかなかったとのことだった。
まぁ、直接、届けに来たかは怪しいところだしな。
人づてに、この寮の人間にお願いした可能性もあるし・・・
目撃情報は諦めるか。
明日には答えも解ることだしな。
翌日、放課後の静まった学院内を歩く。
夕日で赤く照らされた校内には、既に生徒の姿は無く、実に静かな物だった。
ミレイたちには、ちょっと図書室に寄っていくと嘘を言ってここに来た。
まぁ、嘘を吐く必要は無かったのだが、相手が女子かも・・・ってことを加味したら、ついつい口からするりと嘘が出た。
約束の教室・・・普段は使用していないため、誰もいないはずである。
・・・呼び出した人物以外は。
教室の扉を開け、中に入る。
夕日の差し込む窓を背に、軽くウェーブのかかった髪が特徴の女子が立っていた。
その薄茶色い髪は、赤い夕日を受け、赤く赤く染まっていた。
うっすらと目を開ける。
その目は夕日のように赤く光って見えた。
「ようこそ、ウィル・ランカスター」
「お招きに預かり光栄です。
フェルミ・トラヴィスさん」
「フェルミで結構よ」
「そうですか・・・」
抑揚の無い冷静な声で、彼女が挨拶を述べる。
女子からの呼び出しなんだが、喜び、緊張、焦り・・・そういった告白前にありそうな機微は感じられない。
「それで、どういったご用でしょう?」
「私たちが、こちらにお邪魔するようになってから、
幾日か経ちましたのに、
いまだに大してお話をしたことが無かったから、
親睦を深めようかと思いましたの」
「それで、わざわざこんな所に呼び出したと?」
「ええ、そうなんです。
ウィル・ランカスター・・・
神聖魔法を専攻しているとか」
「ええ、そうですね」
何とも微妙な沈黙が支配する。
どうにも会話が弾まない。
弾ませようという雰囲気が感じられないので、仕方が無いのだが・・・
そんな沈黙を破って、フェルミが口を開く。
「・・・ハインヒル・トラヴィスという名前に心当たりは?」
「ハインヒル・トラヴィスですか・・・
フェルミさんの血縁の方ですよね?
ちょっと聞き覚えないですね」
「そう・・・
ハインヒル義兄さん・・・
そうね、義理の兄に当たるわ。
もう、2、3年前になるのだけれど、
この辺りで行方不明になり・・・
殺されたわ」
「殺された?」
なんでフェルミは、こんな話を俺にするんだ。
おかしいだろ。
フェルミは、こちらを関係者だと疑っている?
2、3年前?
「何か思い当たることはあるかしら?」
フェルミが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
その、えも言われぬ迫力に、思わず一歩下がる。
「いえ・・・特には・・・」
「そう・・・
貴方が関係者だと聞いているのだけれど」
気がつくと、机にぶつかり、それ以上後ろに下がれないところに来ていた。
フェルミが近づき、顔を寄せてくる。
夕日を背景に、その目が赤く光る。
夕日が映り込むなら解るが、背景にしているのに、なんで赤いんだ?
身体をねじるようにして回転し、フェルミの前から逃れる。
「その赤い目・・・」
「あら、何か思い出したかしら?」
どうする?
どう答えるのが正解なんだ?
フェルミの目的はなんだ?
義兄と言っていたか・・・と、なると復讐か?
ちらりと出口の方を見やる。
先ほどの移動で、今ではフェルミが出入口を背にしている状態だ。
脇を駆け抜け、逃げられるだろうか?
いや、逃げてどうなるのか?
しかし、まずは逃げて安全確保だな。
「ええ、そうですねッ」
フェルミの方へ机を蹴り倒し、出口に向かって駆け出す。
だが、あっと言う間に腕をつかまれ、身体が浮遊感を味わう。
「ぅえ?」
気がついた時には空を舞っていた。
片手で放り投げられたと気がつくのと同時に、教室の壁に打ち付けられる。
派手な音と共に、口から、肺から、声にならない空気が漏れる。
床にうずくまるしか出来ない状態のこちらへ、フェルミがゆったりと近づいてくる。
「ふむ・・・何か知っているようだな」
先ほどまでの、お嬢様然とした口調を脱ぎ捨て・・・これが彼女の地なんだろう・・・
それに返事をしようにも、痛みと咳き込んでしまって、声にならない。
「少し元気すぎるようだな。
大人しくして貰うぞ」
さらにフェルミが近づいてくる。
「ゲホッ・・・あなたは・・・」
身体は痛いが、特に骨折している様子も無い。
なんとか声も出るまで回復した。
身体が起こされ、仰向けにされる。
そんな仰向けの身体の上を、フェルミがまたぐ。
彼女が襟元をぐっとつかみ、さらけ出すように引きちぎる。
もう少しだ・・・もう一押し。
痛む身体にむち打ち、必死の抵抗をする。
フェルミの腕が暴れる腕を押さえつける。
非力な後衛職とは言え、これでも男子なのだが、ピクリとも動かない。
「大人しくしていれば、すぐに済むものを・・・」
そう、言うや否や、フェルミが首元・・・鎖骨付近に噛みつく。
血と・・・心力を吸い取られる感覚。
じんわりと痺れるような、鈍い熱さを感じる。
「お義兄さんのことは、すみませんでした。
こちらとしても必死だったんですよ」
「んぁぬぃ?」
前回の反省を踏まえ、やり過ぎないように注意する。
「リサーチ」
「ぬぁいぉ?」
この位置からだと、状態の把握には無理があるな。
まぁ、仕方ない。
こちらも死にたくは無いので・・・
「我、彼の者に気力の源、立ち上がる力を分け与えん。トランスファー」
フェルミが慌てて口を離す。
「何のつもり・・・だ」
最後まではっきりと言い切ることは出来ず、つうと鼻血を流したかと思うと白目を剥いて倒れ込んできた。
なんとか、無事に注ぎ込むことが出来たようだ。
しかしながら、気絶をしている割に、腕の力が抜けていない。
どうにも腕がふりほどけない。
どうにかしようと四苦八苦していると、入口のドアが開く。
助かっ・・・た・・・のか?
冷静に、客観的に、この場面を見てみよう。
密着し、倒れ込んでいる男女。
どう見ても、いかがわしいことをしているとしか思えない。
この状況で助かったと言えるのか?
「・・・ウィル?」
しかも選りに選ってミレイとは・・・
その展開で、ミレイだけってことは、考えにくい・・・よな?
「ミレイ~?
ウィル、いた~?
って・・・うわっ」
「ラル、どうした・・・の・・・」
まぁ、当然、皆で行動してるよな。
思わず黙り込んでしまう・・・
いやいや、黙っていては誤解が広がってしまう。
「ミレイ、ラル、良いところに。
彼女をどかしてください」
「・・・うん」
「え、何?
どういうこと?」
思った以上に強く握られ、引き剥がして貰うと、腕にはしっかりと跡が付いていた。
取り敢えず、暴れられても困るので・・・いや、本気を出したら手が付けられないとは思うのだが・・・後ろ手にして、親指を縛り上げた。
さすがに、鼻血ヅラってのも可哀相なので、拭き取っておく。
さて・・・
「で、何があったのか説明してくれる?」
何をどう言った物か・・・
「有り体に言えばですね・・・
フェルミさんはブロブソーブで、
襲われたので反撃をしたら、ああなった。
・・・ってトコなんですが」
「ブロブソーブぅ?
彼女がぁ?」
「いや、ほら。
首に噛んだ痕があったじゃ無いですか。
もうヒールしちゃいましたけど」
沈黙というか、じと目が痛い。
「・・・ラル、意地悪はよくない」
「ミレイは何とも思わないわけ?」
ミレイがこっちを見る。
その視線が意味するところはいまいち読み取れなかったが。
「・・・ウィルが無事でよかった」
「はぁ、左様ですか」
「本当、無事でよかったよ。
彼女がブロブソーブなんだとしたら、
ブロブソーブを倒したってことでしょ?」
「まぁ、前に似たようなことがあったので、
対処方法は解っていましたからね」
「前にってどういうことよ?」
「・・・前にも撃退してる」
「はぁ?」
思いっきり驚かれたと言うか・・・呆れられた。
まぁ、人生でそうそうある経験じゃ無いだろうしな。
「前からおかしいとは思ってたけどさ。
ブロブソーブを倒せるなんて、とんでもなく規格外よ?」
「まぁ、ウィルだしね」
「チノ・・・そのまとめ方は酷すぎます」
「まあまぁ、無事だったんだし。
良かったじゃない」
「そうね。
それに、どう見ても、ウィルが襲ってたようには見えないしね」
「・・・ラルは、時々、意地悪する」
一気に和やかなムードに切り替わる。
ほっと一安心だ。
やはり、針のムシロってのは居心地が悪い。
「それで、彼女・・・
フェルミさんってブロブソーブなんだよね?」
「まぁ、確認はしてませんが・・・恐らく」
チノが恐る恐るといった様子で、問いかけてくる。
「なんで、ウィルが襲われたの?」
「まぁ、詳細は聞いてみないことには解りませんが・・・
恐らく、前に別のブロブソーブを撃退したことが絡んでいるかと」
「仇討ちってこと?」
「結果的にはそうなんでしょうね。
僕が殺したわけでは無いのですが・・・」
「あぁ、死んじゃったんだ」
「死んでますね・・・」
「そりゃぁ・・・恨むよねぇ?」
「恨まれますかねぇ・・・」
気まずくなって、沈黙が場を支配する。
そんな空気に耐えられないのか、ラルが話を切り出す。
「それで、フェルミさん、どうするの?」
「どうする・・・ふむ。
どうしたモンですかねぇ」
巡視に突き出す。
襲われたとは言え、何というか・・・猫というか、大型犬にじゃれつかれた感覚に近い。
・・・対処法が解っているからこその余裕なんだが。
なんせ、襲われたことに対しての恨みつらみは無い。
下手に突き出すと、結果的に彼女も殺される可能性が高いだろう。
それはそれで、どうにも居心地が悪い。
とは言え、野放しにしておくというのもよろしくない。
さてさて、どうしたモノか・・・
「うぅっ」
どうやら、彼女が意識を取り戻したようだ。
次回「呼び出された日のフェルミ(留学生)」
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