留学生の日のフェルミ(留学生)
授業が終わり、街を案内してくれるという人間たちの誘いを断って、図書室に出向く。
別に、読書をしたいわけでは無かったのだが、思っていた以上に大きな図書室なので、興味が出てくる。
図書室に誰かが居る気配は無い。
出入口はここしか無いようだし、約束の相手が来れば解ると思うので、書架の間を見て回ることにする。
本の背中を眺めて、時に立ち止まり、時にその中身をパラパラとめくる。
やはり、家の書架とは違い、人間の手による様々な物語が置いてある。
それは作られた物語であったり、言い伝えと思われる物語であったり・・・
また、別の棚には百科の書、千科の書が並ぶ。
そこに並ぶは、人間の英知・・・
ふと、空気の流れ・・・臭いが鼻腔をくすぐった気がしたので入口へ向かう。
入口付近の受付に、1人の男が背を向けて何か作業をしている。
この男が、私の待ち人なのだろうか?
心力を額に集中するようにして・・・声を発する。
『お前が私の協力者か?』
男がビックリしたようにして、こちらへと振り返る。
『もう、おいででしたか。
ええ、私が協力者です』
その返事を待って集中を解く。
この話し方は、秘密の会話にはもってこいなのだが、心力を消費し続けるのが難点だ。
「心力をあまり消費したくない。
普通の会話でも構わないか?」
「ええ、構いませんよ。
それでは、改めて・・・
図書室の管理を任されています。
レイナンセ・クナピアと申します。
あまり表だっては協力できる立場にありませんが、
出来うる限り、お嬢様の御力になりたいと思っております」
レイナンセと名乗った若者・・・当然、私よりは年上なのだが・・・が、うやうやしくお辞儀をする。
「名乗るまでもないとは思うが、
フェルミ・トラヴィスだ。
遊学生として、この学院にやってきた」
はい。とレイナンセがお辞儀をする。
「なんだかんだと学院も広い。
協力者はお主だけか?」
「はい。
今は、私だけとなっております」
「そうか・・・
と、なると、あまり無茶も出来ぬな」
「そうですね・・・
ご遠慮頂けると助かります。
私としましても、
やっとココでの生活が落ち着いてまいりましたので」
自由に手足となって動いてくれる協力者がいてくれると、何かと助かるのだが・・・
1人いるだけでもマシと考え、贅沢は言うまい。
「それにしても・・・
よく怪しまれずに遊学生になれましたね」
「ああ、それは、向こうの協力者がよろしくやってくれてな」
「確か遊学生は2人とのことですが・・・
お嬢様と一緒に来られた方には怪しまれなかったので?」
「ファーンヘルム学院も大きな学院だからな。
多少いぶかしんではいるかも知れないが、
付き合いが無くても不思議の無い立場を用意してもらった」
「なるほど・・・」
今のところ、怪しまれている様子は無い・・・と思う。
確認しようにも、直接聞くわけにもいかないしな・・・
今しばらく、観察するしか無いだろう。
「それで、フェルミお嬢様は、
どういったいきさつで、こんな所まで?」
「うむ・・・
ハインヒル義兄さんが殺された件で、
やっと犯人の足取りが解ったと聞いてな」
「ハインヒル様ですか・・・」
レイナンセが眉をしかめる。
まぁ、気持ちは解らないでも無い。
一族の中でも、血の気の多さと手の付けられ無さで、煙たがれていたのだから。
「そんな顔をするな・・・
仲間・・・それも義兄が殺されたのだ。
一矢報いなければな」
「それはもちろんです」
「うむ。なんでも、その犯人・・・
もしくはその関係者が、この学院にいるらしくてな」
「または関係者ですか・・・
なんとも微妙な情報ですね」
「事件からの年数もあるしな。
事件が事件だけに、
はっきりとした情報も出てこない有様だ」
とは言え、それでもここまで来たのだ。
知らず知らずに、こぶしを握りしめていた。
はっと気づき、手を緩める。
昔は優しかったのだが・・・いつからか一族でも手の付けられない暴れ者になってしまった。
最後に会ったころは、すっかり私とは考えが合わなくなってしまっていたが・・・
そんな優しかった義兄が殺されたという事実は、どこかしら重しになっているようだ。
「それで、その人物の手がかりとは・・・」
レイナンセからツバを飲み込む音が聞こえた。
緊張しているのか、声が強張っている。
「うむ・・・この学院に、ランカスター家の者がいるであろう?」
「ランカスター家ですか・・・
確かに、いるにはいますが・・・」
その反応に思わず眉をひそめる。
意外ですと言わんばかりの顔をしている。
「どうした?
その者が仇かも知れないのだ。
知っていることを話せ」
「ええ・・・まぁ、知ってはいますが・・・
と、言いますか・・・
フェルミお嬢様と同じ級友のはずです」
「なに?」
「ウィル・ランカスター。
この図書室にちょくちょく顔を出す少年です」
「つまり・・・ハインヒル義兄さんは、
未熟な呪印魔法使いに遅れを取ったと?」
「いえ・・・その・・・
彼は、神聖魔法の使い手です」
レイナンセが申し訳なさそうに・・・小声で訂正してくる。
神聖魔法の使い手・・・と。
「神聖魔法・・・
間違いないのだな?」
「ええ・・・呪印魔法の本をよく見てはいますが、
呪印魔法の素質は持っていないという話だったかと」
どういうことだ・・・
この情報に間違いがあったと言うことか?
いや、直接の犯人では無く、関係者という事か。
「その者の関係する者に強い者はいるのか?」
「ええ、それは間違いなく。
少なくとも、お嬢様の学年では、彼らが一番でしょう。
なんせ、対抗戦で優勝しましたから」
「なるほど・・・
対抗戦とやらの程は知らんが、
強いのだな」
「ええ、それは間違いなく」
まずは、関係者と思しき、その者を締め上げ、事情を聞く必要がありそうだ。
「それで、犯人を突き止めて・・・
どうされます?
やはり、殺しますか?」
「いや・・・
おじいさまには、甘いと怒られるかも知れないが、
殺すことには抵抗を覚える。
一生、食事にでも付き合って貰うか・・・」
「なるほど。
それは、ある意味、
殺すよりも、ずっと残酷かも知れませんな」
やはり甘いのかも知れないが、殺し、殺されを繰り返していては先に進めない。
私は、一族が安心して暮らせる世界が欲しいのだ。
食事と言えば・・・心配事の一つなので、相談することにする。
「時に・・・レイナンセ、食事はどうしているのだ?」
「食事ですか・・・
あまり派手なことをするわけにも行きませんからね。
近隣の街に出向いて、おこなっておりますが」
「ふむ・・・そうか・・・」
近隣の街へ出向くとなると、気楽に食事・・・と言うわけにはいかんな。
レイナンセと同じ街で食事というのも避けた方がいいだろうか。
時期と場所を避けるとしても、頻度が多くなっては我々にとってもよくない。
「食事に関しては、しっかり相談した方がいいと思うのだが」
「ええ、まぁ、それはそうなのですが・・・
来て早々に食事の心配とは・・・
食事時が近いのですか?」
「う、うむ。
実は、今日、いささか派手に魔法を行使してな・・・
少し心許なくなっているのだ」
「なんと!
なんでまた・・・そんな事を」
「ファーンヘルム流の魔法を見せて欲しいと言われてな・・・
少し見栄えのする魔法の方が、
なめられることも無く、
一目置かれるのでは無いかと思ってな・・・」
今にして思えば、もっと大人しめの魔法でも良かった気がする。
ただ、あの場では、なめられてはいけないとか、同行者に怪しまれてはいけないとか・・・そういう思いが頭の中を渦巻いていたのだ。
「なるほど・・・
事情は解りました。
で、実際問題として、
あとどれくらい持ちそうですか?」
「うむ・・・さすがに今日明日という事は無いが、
2つの季節(150日程度)・・・は、さすがに無理だな。
季節をまたぐくらいには食事が必要になると思う」
「なるほど・・・
今日のように、授業で魔法を行使することを考えると、
あまり猶予は無いように思われますね」
「そ、そうだな」
確かに、そうなっては2つの季節どころか、季節をまたぐことすら怪しくなってくる。
思った以上に、早急に食事をとる必要がありそうだ。
「場合によっては、この街での食事も致し方ないですね」
「しかし、それでは、要らぬ波風が立ってしまうぞ」
「それはそうなのですが、
フェルミお嬢様が、動けなくなるのはもっとまずい・・・
いや・・・そうですね。
お嬢様の同行者・・・
その子に犠牲になって貰うのも手かも知れません」
「なんだと」
その考えを聞いて、眉をひそめてしまう。
「さすがにまずいのでは無いか?」
「確かに、あまり良い相手ではないのですが、
考えようによっては、
お嬢様の事を知る人間に退場して貰えるのです。
そうなれば、この地でお嬢様の事を知る人間は居なくなります。
危険性はありますが、
その危険を乗り切ってしまえば、安全とも言えます」
「ふむ・・・」
確かに、ウルマン・ヒオセルが居なくなれば、安心できる。
今のままでは、いつ何時、ボロを出すか解らない。
ボロを出しても気付かれる心配が無いと言うのは魅力的だった。
「しかし、殺す気は無いぞ」
「本当は、ひと思いにやってしまう方が、
何かと楽ではあるのですが・・・
フェルミお嬢様の、
そういった所は尊重したいと思います」
「とは言え、彼と距離を置けるのがありがたいのも事実だ」
「そうですね・・・
慣れぬ土地に来て、体調を崩し、
療養が必要・・・というアタリでいかがでしょう?」
「話を聞く限りでは、悪くは無いが・・・
そんなにうまく行くのか?」
「そこは大丈夫でしょう。
こちらに来て、日も浅い。
親しい仲がいるとも思えません」
知り合いが居ないからこそ、好都合と言うことか。
「しかし、見舞いに行きたいという連中は居るのでは無いか?」
「療養は、少し離れた療養地にておこなっている・・・
と言うことに致しましょう」
「あまり嘘を重ねると、ばれるぞ」
「そこはお任せください。
こちらを住み処とし、
それなりの年数を過ごしておりますゆえ」
「うむ・・・そうだな。
少し、心配しすぎたようだ。
お主に任せることにしよう」
それから、いくつかの相談事をして、割り当てられている寮に戻った。
来て早々、協力者であるレイナンセに迷惑を掛けてしまっているが、大いに助かっているのも事実だ。
その日、夜分遅くに私の同行者、ウルマン・ヒオセルが体調を崩し、療養することが決定した。
次回「呼び出された日」
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