留学生の日
結局、蘇生魔法は成功せず、呪印魔法が失敗した際の意識の消失に対する効果的な対処も思いつくに到っていない。
蘇生魔法を行使した直後にヒールを唱えてみたが、間に合わなかった・・・のかどうかは解らないが、失敗に終わった。
ツーマンセルで行えば、また違うのかも知れないが、協力を仰ぐのもどうかと思い試していない。
ヨルマナあたりなら付き合ってくれそうな気もするが・・・
まぁ、元々、蘇生魔法は、成功するとも思っていない部分が大きいので現状、保留としている。
・・・実験のためだけに、動物虐待・・・と言うか、虐殺しまくるのも気が引けるしな。
それにしても、意識の消失に対する手段は用意しておきたいところだ。
アシュタオリル先生の所で、呪印魔法に関して学ぶというか、研究するのも悪くは無いのでは・・・と思い始めている。
そんな訳で、4人で先生の所にお邪魔することも増えている。
まだ、配属にもなっていない生徒を邪険にもせず、相手をしてくれるあたり、いい先生なんだと思う。
ミレイ、ラルと僕の3人は、アシュタオリル先生の所でお世話になるとして、やはり、チノは弓術の先生の所がいいと思い、アシュタオリル先生に相談したところ、アトスラス先生を紹介してくれた。
アシュタオリル先生と懇意・・・つうかあの仲とのことで、弓術を学びつつ、自由にして良いそうだ。
ただし、自由を得るからには、弓術大会での上位入賞をするように・・・と釘を刺された。
まぁ、そこはチノに頑張って貰うとして・・・ラルが是非そこにすべきだと力説していた。
チノは、ラルにいい様にハンドリングされているように見受けられるな。
うん・・・チノ、がんばれ。
アシュタオリル先生の研究室にお邪魔するようになって、先生から一つの提案があった。
紙鳥(紙飛行機)を使っての呪文行使を王国立技術研究院・・・王技研に登録したらどうか・・・と言うので、することにした。
・・・軍事機密として・・・
既に大っぴらに使ってしまっていることや、今後、有事の際に使用、公知されていくことを加味し、価値が換算され、30万ペーリンガが入ってきた。
・・・一応、年3万、10年分の口止めという事らしい。
お金を受け取った以上、おいそれと使えなくなってしまったが・・・そうそう使う機会もないので儲けたと考えておくことにした。
手続きは先生の方で一手に引き受けてくれたので、特にわずらわしいことも無い。
先生が手間の分、丸損じゃないか・・・と思ったが、報酬の一割を取られた。
それが安いのか高いのかは解らないが。
取られたって言い方も酷いが、まぁ、結果的には引かれてるしな。
・・・いや、いいんだ。納得しての事だから。
それにしても・・・子供に30万ペーリンガ・・・既に27万だが・・・とは、払いすぎじゃないか?
と思ったりもしたのだが、それだけ軍事利用が可能な技術という判断なのだろう。
軍事機密と考えれば、妥当な値段なんだろうか?
小難しい技術はコレっぽっちも無いんだが・・・
・・・紙飛行機を作るだけだし・・・貰いすぎな気もする。
そんな軍事機密でも卒業資格として認めてくれるのかと問うたところ、問題無いとの答えを頂いた。
そして、秋も暮れ、冬の足音が聞こえてこようかという、この日・・・
「よし、お前たち、席に着け~」
先生が一組の見知らぬ男女を連れて教室にやってきた。
2人とも端正な顔立ちをしている。
2人いるのだが・・・視線は女子の方に集まっている。
パッと見の特徴としては、その髪の色だろう。
ミレイは黒髪なので例外として、他の連中は茶髪だ。
が、この女子はかなり薄い。
薄い茶髪・・・ブロンドまではいかないまでも、かなり薄い色をしており、パッと見で新鮮な驚きがある。
軽くウェーブのかかった髪を腰の辺りまで伸ばし、可愛らしい顔つきをしている。
可愛らしいと言うよりは、その堂々とした態度から凜々しさ・・・美人と言った風体か。
引き立て役になってしまった男子の方も、決して目立たないという訳では無いのだが、まぁ、男だしな・・・霞んでしまう。
折角、整った顔をしているのだが、伸ばした髪を後ろで縛り・・・どうにも野暮ったい。
隣に威風堂々とした美人がいる所為か、その野暮ったさが強調される。
呪印魔法の専攻と言われれば無難な所・・・その顔立ちでプラス評価に転ぶと思われるのだが・・・どうにも勿体ない奴だ。
「今日から、この2人が一緒に勉学に励むことになる。
西の大国、アルシェ・バイラ王国にある、
ファーンヘルム学院からの遊学生だ。
みんな、仲良くするように。
さぁ、2人とも、挨拶を」
遊学生・・・留学生ってことか。
わざわざ、別の国に学びに来るとか、すごい行動力だな。
挨拶をしろと言われた2人は、顔を見合わせ、どちらが先に挨拶をするのかアイコンタクトを取っている。
どうやら、女子の方から挨拶をするようだ。
「シャンタ学院の皆様、初めまして。
ファーンヘルム学院からの遊学生、
フェルミ・トラヴィスと申します。
なにぶん、慣れない異国の地・・・
皆様に教えていただきながら、
一つでも多くのことを学び取って帰りたいと思います」
特に上がっている様子も見えず、うつむいたままと言うこともなく・・・実に堂々とした挨拶だった。
留学生と言うことで心細くなかったりしないんだろうか?
まぁ、留学生としてのワクワク感の方が勝っているのか?
・・・その割には、あまり高揚しているような雰囲気も感じられないんだが・・・
「同じく、ファーンヘルムから来たウルマン・・・
ウルマン・ヒオセルだ。
シャンタ学院の呪印魔法は一流だと聞く。
その知恵の一端を学び、
自分の力としたいと思う」
こちらも堂々としてはいるが、緊張している様が見て取れる。
この2人を見ていると・・・エリートなんだろうなぁ。と思わされる。
自信、自負、誇り・・・と言った骨子というか、一本芯の通った感じを受ける。
「そうだな、自己紹介も兼ねて、
ファーンヘルムの魔法を披露して貰おうか。
どちらでも構わないから、
一つ、ウチの連中に見せてやってくれ」
先生からの唐突な無茶振りに2人が顔を見合わせる。
特に言葉は無いのだが、2人の間ではやり取りが行われているようだ。
「それでは、僭越ながら、私が披露させて頂きます」
フェルミ・トラヴィス嬢が披露をすることになったようだ。
教壇の前に立ち、精神統一のためか、一端目をつぶる。
そして、ゆっくりと目を開くと呪文を唱え始めた。
「デフィーニチオニュ、インクイプァム、フューチュルム。
ウナ、フレイマ。
ウナム、グラチアム。
ウナム、イストアクア」
呪印・・・魔法陣といった類は使わないようだ。
その呪文の感じ・・・語感というかリズムというか・・・
ファーンヘルムの魔法として、我々に披露するだけのことはある。
何かが違う。
何が違うのかと問われると困るが・・・
意味は解らないが、彼女が呪文を淀みなく唱え上げていく。
「ウェーゴ、ヴァークォ、ディフィニティオーネ!」
最後の言葉を唱え上げると同時に、前に突き出した左手の手のひらの上を撫でるようにして、右手が通過する。
その手のひらが通過した後から、こぶしより少し小さい程度の魔法での玉が産まれる。
炎、水、氷・・・
いっぺんに3種類の異なる属性の玉を具現化させた。
クラス中から声にならない声が上がる。
ゆったりと・・・3種の玉が回転する。
皆が時を忘れたかのように注視する中、3つの玉は徐々に小さくなっていき、気がつくと消えていた。
3種というインパクトに、どれだけの時が経っていたのか解らないが・・・
なるほど・・・確かに我々の知る魔法とは違うようだ。
誰かが拍手をし、それに習うように皆が拍手をする。
呪印魔法は、魔法陣を用いて、各々の属性を引き出し、ブースト、具現化する魔法である。
その性質上、自分の属性ではない魔法は劣るという弱点がある。
それに対し、彼女らの用いた神語魔術・・・神の言葉、もしくは真実の定義というらしいが・・・具現化するモノを定義し、形作る魔法とのこと。
いまいち説明が抽象的で解りにくいのだが、自ら定義を行うことで、自分の属性外のモノも、ああして同時に扱うことが出来る。
欠点としては、どうしても呪文が長くなりがちなんだそうな。
呪文の長さは心力の消費量に繋がる。
決して、効率の良い魔法ではないらしい。
休み時間ともなると、彼女らの周囲に人だかりが出来る。
まぁ、転校生の通過儀礼みたいなモンか。
と、遠巻きに自席から彼女らを眺めていた。
そんな人だかりの外から、ウチのクラスのお嬢様軍団がゆったりと近づいていく。
自然と人だかりに割れ目が出来ていく。
・・・映画の十戒か・・・
気になっていたのだが、やっと疑問が解けた。
なんか、彼女はキャラが被ってるなと思ったら、お嬢様然とした態度が被ってたのか。
さて、ウチのクラスのお嬢様はどうするのかな?
「シャンタ学院へようこそ。
私の名は、フランテスタ。
フランテスタ・フデナカレン。
とは言え、こんな人数から自己紹介されていては、
名前なんて覚えてられないでしょうけれど・・・
何か困ったことがあったら、頼って頂いてよろしくてよ。
フデナカレン家の人間として、
アルシェ・バイラ王国の客人に失礼の無いよう、
取りはからいますわ」
多少、上から目線ではあるが、手を差し伸べるパターンだったか。
「はい。フランテスタさん。
どうしても困ったことがあった場合は、
ご助力をお願いすることにします」
お嬢様キャラってことで、キャラ被りをしているんだが、2人には特に対立姿勢とかは見受けられないな。
ウチのクラスのお嬢様は体面を重んじるような所があるから、こんなところか?
更に、二言三言、言葉を交わしてからフランテスタと取り巻きが立ち去る。
割れていた海が流れ込むように埋まっていく。
その埋まる寸前、彼女がこちらを見ているように見えた。
何を話しているのかまでは聞こえないが、どうやらウチらの事を聞かれているようだ。
人垣の何人かが、こちらを向く。
はっきりとは聞こえてこないが、ウチらの説明が為されているんだろう。
そんなに酷いことを言われないとは思うが・・・
ま、フランテスタと取り巻き連中を除けば、ウチらだけが人垣に参加してないしな。
目に付くっちゃ目に付くだろう。
ミレイが参加しないのは解るんだが・・・ラルがこの手の催しに出向かないとは、意外だな。
「ラルは、行かないんですか?」
「ん、あれ?」
と言って人垣を指差す。
「ええ、ああいうの好きそうなのになぁ・・・と」
「ん~・・・そうよねぇ。
なんて言うのかなぁ。
彼女、ちょっと怖そうって言うか・・・
なんか苦手なのよね~」
「怖そう・・・ですか」
そう言われて、彼女の方を向くが・・・人垣で姿を拝むことは適わなかった。
「まぁ、いつまでいるのかは知りませんが、
しばらく一緒に学ぶんです。
そのうち、話す機会もあるでしょう」
「そうよね」
「・・・ウィルは、いいの?」
「今、言ったように、
そのうち話す機会があるかなぁと」
「・・・でも、興味津々?」
びっくりしたような顔をしたことを自分で自覚した。
その自覚に対してなのか、ミレイの質問に対してなのか解らなかったが、思わず苦笑してしまう。
「そりゃ、留学生なんて珍しいですからね」
「・・・そっか」
「はいはい、席に着きなさ~い」
先生が教室に入ってきて人垣を散らす。
もう次の授業の時間なのか・・・
結局、誰も留学生と話をすること無く、その日を終えるのであった。
次回「留学生の日のフェルミ(留学生)」
Twitter @nekomihonpo
変更箇所
モーゼ→モーセ→映画(指摘感謝)