蘇生術の日
先日、みんなで進路について相談をしていたのだが、何故かみんなして付いてきたいと言いだした。
まさにどうしてこうなった・・・という気分を味わう貴重な経験であった。
折をみて、方針を転換させようとがんばっているのだが、どうにも分が悪い。
そんな分の悪い話は、取り敢えず放置だ。
今日は、前々から試してみたいと思っていた呪文の実験をしようと考えている。
気にはなっていたのだが、先日のアシュタオリル先生の話を聞いて、早急に確認する必要があると思うに至った。
呪印魔法の失敗の一つ・・・意識が戻ってこず、死に至るという奴絡みだ。
魔法陣を用いている限りは、比較的安全なようだが・・・ミレイの呪歌がクセモノだ。
何の呪文の歌なのかを判別するのに、コレと言った決め手が無いため、トライ&エラーの繰り返しをしてきた。
今までの所、失敗した場合、発動しないという形なので助かっているが、これがもし暴走だった場合・・・
呪歌には魔法陣がないため、ミレイの意識が戻ってこないことになってしまう。
意識が戻ってこなくなった場合・・・普通の気絶とは違うため、普通の気付けでは戻ってこない可能性が高い。
そのため、呪文の暴走による意識の喪失・・・これに対する対処をアシュタオリル先生の所で色々と学ぶしかないか・・・と考えている。
とは言え、疑問なのが、そこまで危険なことがあるのに、授業ではっきりと教えない事だな。
発生頻度が低いからってことなんだろうか?
それはそれ。
今日の実験は、その先・・・更に最悪の事態の際の実験だ。
死・・・に対する実験。
正直、蘇生魔法なんか出る幕が無いのが一番いい。
しかしながら、現状、他に手段が思いつかないのだから、最後の予防策として確認をしておいた方がいい。
そもそも、蘇生魔法は存在するのか・・・と疑問に思っていた。
文献を漁る限り、無いわけでは無いっぽいのだが・・・伝承や物語の類になってしまう。
実例としての蘇生魔法が見当たらない。
先生に話を聞いてみても、アシュタリウス聖教会の大司教でも無ければ使えないのでは無いかと言われる。
少なくとも、この世界・・・町中の教会で、死んでしまうとは情けないと言われながら生き返る・・・と言ったような命の軽い世界では無い事が解った。
大司教なら使えるかも知れない・・・蘇生魔法自体は存在している・・・ようだ。
あくまでも予想であり、本当に存在しているかは解らないのだが・・・
じゃぁ、なんでそこいらで見ることが出来ないのか?
いくつかの可能性が考えられるが、確認してみないことには解らない。
確認しようにも、死体が無ければ始まらない。
「チノ、ちょっと手伝って貰っていいですか?」
「あれ?
今日は日課の特訓じゃないの?」
「ええ、ちょっと試したいことがあるので、
チノに手伝って欲しいのです」
「うん、別にいいけど、何するの?」
「・・・ボクも行っていい?」
「ミレイもですか・・・」
実験の内容を考え、あまり見せてもいい感じもしないが、料理のために動物をさばいたりすることを考えれば、そうでもないのか?
いまいち考えに芯が通らず揺らぐ。
「ちょっと残酷なことをするかも知れませんが、
それでもいいですか?
と言われても困るでしょうが・・・」
「・・・うん。いい。ついてく」
「じゃ、私も一緒に行くね」
「結局、みんなで行くんだね」
なんだかんだでいつものメンツなんだな。
しょうが無いな・・・と軽くため息をつきつつも、微笑ましい光景だなと思っていた。
この間の話し合いで、少し結束が強まった気がする。
「それで、何をするの?」
「チノに動物を狩ってもらいたいのです」
「狩るって・・・弓で?」
「ええ、弓で・・・
まぁ、他の手段でも構いませんが。
鳥が手っ取り早いかな・・・と」
「う~ん・・・ここいらだと、そうかもね」
「鳥をどうするの?」
「ちょっと、殺してから実験ですかね」
「うぇ・・・殺すの?」
「ええ、ちょっと確認したいことがありまして」
「うぅ・・・ごめん。
やっぱ、私、帰るわ」
「そうですね・・・その方がいいと思います」
「ミレイはどうする?」
「・・・一緒に行く」
「帰ってもいいんですよ?」
「・・・ううん。行く」
「そうですか・・・」
ラルと別れ、鳥を求めてさまようことしばし・・・チノが獲物を見つけたようだ。
「シニクガラスだけどいい?」
「ええ、構いません。
お願いします」
シニクガラス・・・黒いカラスとは違い、灰色に近いカラスだ。
まぁ、ハトほど明るい色では無いが・・・
名の由来は、至って単純。
屍肉をついばむ事から、そう呼ばれている。
チノが弓矢を用意し、狙いを付け・・・射る。
3、4羽のシニクガラスが飛びだった。
その飛び去ったあと・・・羽の付け根付近を貫かれ暴れている1羽がいた。
さすがはチノ・・・ってところだな。
「それで、どうするの?」
「はぁ・・・まずはとどめですかね」
どうにも気が向かないが、実験のためには死体が必要だ。
ため息しか出てこないが、とどめまでチノにお願いするのも卑怯というか、あまりにも虫が良すぎる。
おそるおそるやってもロクな事にはならないだろうなぁ・・・
「チノ・・・腰の短剣を貸してください」
「いいけど・・・」
チノから短剣を受け取る。
刃渡り30cmって所だ。
サバイバルナイフに近いだろうか。
暴れるカラスに近づいていき、羽が広がっているところを見計らって、両足でジャンプする。
その両羽を踏みつけ、押さえつける。
当然、より一層暴れるのだが、胴は固定される。
その胸にチノの短剣を突き刺した。
骨を突き、刺す・・・いや、骨を断ち切ると言った表現が正しいのか・・・
シニクガラスが断末魔の声を上げる。
一瞬の固い感触の後、肉に沈み込む感触と、暴れることによる振動が伝わってきた。
シニクガラスが動かなくなるまで剣を突き立てたままにする。
決して気持ちのいいモノでは無いが、振動が伝わってこなくなったのを手で感じながら、ゆっくりと短剣を引き抜く。
傷口から血がこぼれるが、吹き出すようなことはない。
すっかり汚れてしまった刃を、用意しておいた紙で拭き取る。
「ウィル・・・言ってくれればやったのに」
チノがそんな事を言ってくれる。
実に魅力的な話だったが・・・
「いえ、さすがに虫が良すぎるかなと」
「それに、見てて危なっかしい」
「危なっかしいですか・・・
まぁ、やったことないですしね」
「やっぱり、今度から刃物はボクが扱うよ」
チノにすっかりだめ出しをされてしまった。
ミレイは・・・どん引きとまでは言わないが、軽く引いているのだろうか?
いまいちよく解らない。
やはり、生き物を殺した・・・と言うことが精神に影響を与えて、落ち着きを失わせているのだろうか?
「短剣、ありがとうございます」
チノに短剣を返しつつ、今、その命を奪ったカラスの方へ向き直る。
「リサーチ」
状態を見るべく、リサーチを唱えてみたが、いつものような色は見えない。
まぁ、予想はしていたことだ。
「我、彼の者を癒すことを願いたてまつらん。ヒール」
「え?」
チノが驚きの声を上げる。
殺しておいて癒すとはどういうことだ・・・ってとこだろう。
これも予想はしていたが、ヒールの効果は見受けられない。
ヒールや他の神聖魔法は恐らく生命力に働きかけるのだろう。
その生命力が無くなり、物体となりはてたモノにヒールは効かない。
それでは、生き物では無いディリングにヒールが効くのは何故か?
どれもこれも推測の域を出ないが、アレは負の生命力を持った、ある意味、生物なんだと思われる。
負の部分にヒールを加えることで、ゼロに近づいていく。
そして、ゼロになった時、負の生命力が無くなり、物体となりはてる。
そもそも、負の生命力とはなんぞや・・・という話だが、考えても答えが出なさそうなことは考えないことにしている。
「効かない・・・の?」
「ええ・・・効果は無いみたいですね」
さて、これから、蘇生魔法を試すわけだが・・・
果たして効果があるのか?
今の仮定が正しいのだとすると、生命力の無い死体に、神聖魔法は効果を為さない。
それでも、蘇生の魔法は存在するのだと・・・信じることが次へと繋がるハズだ。
「我、彼の者の魂を、その元の器に蘇らせることを願いたてまつらん。リサスティト!」
一瞬だけ、ビクンとシニクガラスの身体が跳ねるが、結局動かなくなった。
やはり蘇生も効果が無い。
「ふぅ・・・やはりダメですね」
「・・・失敗?」
それまで黙っていたミレイが、終わったのを見計らって話しかけてくる。
「ええ・・・失敗です。
まぁ、予想していましたが」
「・・・心力は減ってない?」
「え?」
言われて驚く。
確かに疲れてはいる。
これは、シニクガラスの命を奪ったことによる疲れなのか、心力が減った事による疲れなのか・・・
あるいは、その両方かも知れない。
咄嗟には判断が付かなかった。
が、心力が減っているように思える。
なんらかの効果が発現し、その対価として消費された可能性が高い。
「えっと・・・命を呼び戻す実験ってことでいいんだよね?」
「ええ、そうですね」
「ウィルのことだから、成功させるのかと思ったけど・・・
失敗だったんだよね」
「そうなりますね。
まぁ、難しいとは思っていましたが・・・」
「・・・そうなの?」
「死んでいるため、生命力が無い。
そのため、ヒールが効果を発揮しません」
「うん」
「傷口が開いたままなので、蘇生しても死因・・・
今回で言えば、傷口が開いたままのため、
仮に生き返っても死んでしまいます」
「え?」
蘇生直後、生命力が戻った瞬間にヒールが出来なければ、再び死んでしまう。
例えば、外科手術で傷口を塞いでおいて蘇生を行ったら・・・
傷口が解っていればいいが、死因が毒物だったら・・・
「・・・ウィル、元気出して?」
「ミレイ・・・ありがとう。
大丈夫です。
元々、ダメだとは思っていたんですよ。
確認が出来ただけでもヨシとしときます」
「それにしても、どうして急に蘇生魔法なんて試そうと思ったの?」
「前々から、試してみようと思っていたんですよ」
急に・・・って部分の説明にはなってないか。
ミレイが、じ~っとこちらを見つめている。
「ミレイ?
どうしました?」
「・・・きっと、ボクとラルのため」
「え?」
唐突にこの子は何を言い出しますか。
「ミレイ、どういうこと?」
「・・・意識が戻らない時、どうするのか悩んでる・・・から」
正直、驚いた。
どこをどう取ったら、そういう話になるのか疑問だらけだが、見抜かれた・・・と言うよりも、解ってくれたことが嬉しかった。
「いや、まぁ・・・それも一因ではありますが・・・
前々から気になってたんですよ」
「ぁ、一因なんだ」
「ええ、全く無関係ではありません。
それにしても、驚きました。
なんで、そうだと思ったんです?」
「・・・ウィルは心配性だから・・・かな?」
心配性・・・いや、確かに心配性かも知れないが・・・こう・・・ほら、他に言い様もあるだろうに。
「せめて慎重だからとかになりませんかね」
「・・・そう?
慎重・・・とは、ちょっと違う」
「違いますか」
「・・・うん。結構大胆?」
「くく、うく・・・あっはっはは」
「ちょ、チノ!」
チノが、我慢の限界とばかりに笑い出す。
どこに笑うポイントがあったと言うのか!
「あぁ、うん、ごめんごめん。
さすがミレイだね。
ウィルのこと、よく見てると思うよ」
「・・・うん」
ミレイが嬉しそうに返事をする。
そんな姿を見たら、毒気を抜かれたかのように何かが抜けていった。
蘇生魔法を試すという緊張なのか、動物を殺すという罪悪感なのか、正体は解らないが、それなりに気を張っていたのだろう。
「どういうことなのか問い質すのはやめておきます。
取り敢えず、シニクガラスを埋葬したら、帰りましょうか」
「今日はもう終わりなんだ?」
「ええ、試したいことは失敗でしたしね。
なんか、思ったよりも疲れたみたいですし」
「珍しいね」
「・・・大丈夫?」
「大丈夫ですよ。
さぁ、埋葬してしまいましょう」
「・・・うん。手伝う」
「ありがとうございます」
結局の所、何一つ解決していないが、どうしたものかと悩みつつ、帰路につくのであった。
次回「留学生の日」
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