対決の日のその後のサララケート(教師)
静かな廊下に足音が響く。
学院に併設されている治癒院の廊下を進む。
コンコンと扉を叩き、どうぞと返事を得たので開けて室内に入る。
「先生、こんにちは」
「ぁ、サララケート先生。こんにちは」
「あら、ウィルくん、お見舞い?」
「ええ・・・僕がやったようなモノですから」
ネクリオスくんの部屋へ治療しに来たのだけれど、先客としてウィルくんが遊びに来ていたのね。
対抗戦から3日・・・ネクリオスくん達の熱も下がり始め、大分元気になっていた。
それこそ、一時、あまりの熱で周囲が心配した程だったのだけれど・・・良くなってくれてよかったわ。
「サララケート先生は、毎日治療ですか?」
「ええ、治療と言うほど効果はないのだけれどね」
「いえいえ。神聖魔法じゃ何も出来ませんからね」
ウィルくんが役に立てないことを悔しがる。
「じゃぁ、何しに来たんだ。
ミレイさんを連れてくるでもなく・・・帰れ帰れ」
「あらあら、折角、お見舞いに来てくれてるのに、
そんなことを言う物じゃ無いわ」
「そうですよ。
ミレイをこんな所に連れてきて風邪がうつったらどうするんですか」
「おのれ、ウィル・ランカスター」
「なんです?」
「はいはい。仲が良いのは解ったから、
まずは治療をさせてちょうだい」
「ぁ、はい。すみません」
ウィルくんが寝台脇を空けてくれる。
「じゃぁ、ネクリオスくん。
気を楽にして目をつぶってね」
「はい」
ネクリオスくんの胸の上に手を載せ、精霊に呼びかける。
「ノウスィス、ノウスィス・・・
この子の中の不調を正すのを手伝ってくれないかしら?」
ノウスィスから解ったという意識が流れ込んでくる。
「そう。いい子ね。
アクウィスファにも、
淀みない流れ作り出してくれるように、
お願いして貰えるかしら?」
ネクリオスくんの中に流れるアクウィスファは、風邪の所為か、いまいち反応がかんばしくない。
「ノウスィス、私の心力をアクウィスファに分けてあげて」
そんな精霊魔法による治療を続けていると、ネクリオスくんが静かな寝息を立て始める。
今日は、もう寝苦しさを感じさせる寝息では無いことに一安心する。
ウィルくんに合図して部屋をそっと出ることに・・・
部屋を出て、ウィルくんが話しかけてくる。
「精霊魔法は、いつ見ても不思議ですね」
「ふふふ、そう?」
「ええ。不思議です。
アクウィスファと言うのは、水の精霊でしたか?」
「ええ、そうね」
「身体の中の循環を治療する感じですかね」
この子は、呪印魔法だけじゃなく、精霊魔法にも興味があるのかしら?
それとも治療に対して興味があるのかしら?
「ノウスィスは・・・霊的なモノと言いますか・・・そんな感じですよね」
「霊というか、もっと根源的な精霊かしらね。
先生にも説明は難しいのだけれど」
「ネクリオスたちに精霊魔法が効いて良かったですよ。
ヒールじゃ、風邪を癒せませんでしたからね」
「精霊魔法でも完治は出来ないのだけれどね」
「いえいえ。さすが先生です。
対戦相手として、さすがにやり過ぎたと反省してます」
「そうね。
でも、みんな無事だったわ。
優勝おめでとう」
「ぇ?
ぁ、ありがとうございます」
やり過ぎたと反省して、お見舞いをするんだから、優しいというか律儀というか・・・
そんなウィルくんと別れ、職員室に戻ると珍しくアシュタオリル先生が楽しそうにお話をしていた。
「あら、アシュタオリル先生。
珍しいですね。
ご自分の部屋から出ていらっしゃるなんて」
「おうおう。サララケート先生ではないか。
先生にも言っとくぞ。
ウィル達はワシが貰うからな」
「あらあら。
それこそ珍しいですわね。
先生の研究室に新しい生徒さんですか」
「おう。奴らはいいな。
面白い。実に面白い」
「あらあら。
でも、ミレイちゃんとラルタイアちゃんしか呪印魔法使えませんよ?」
「なぁに、構わんさ。
連中が協力して面白い結果を出してくれさえすれば」
「神聖魔法のウィルくんと弓術のチノテスタくんも先生の研究室に?」
「ああ、そうだな。
あの連中なら、ひとまとめで問題なかろ。
むしろ、ひとまとめにしてくれと言いそうじゃしな」
なるほど。
確かにウィルくん達なら言いそう・・・かも。
「でも、ウィルくん達の意志はどうなんです?」
「ふむ・・・そこが困り所じゃな。
まぁ、まだ、配属の希望を出すまで時間があるのは間違いないが。
今から何とかして引き込まないとな」
「あまり根回しをしすぎても嫌われますよ」
「む。そんなことはせん。
とは言え、まずは知って貰わなければ話にもならん。
と、言うことでじゃ・・・
サララケート先生、連中が、どこにいるか知らんかの?」
「あらあら。つい先ほどまで一緒にいたんですけれど」
「そうか・・・少し探してみるかの」
「あら、そこまでご執心なんですか?」
こう言っては失礼だけれども、アシュタオリル先生って偏屈な方だから、研究以外でこんなにも熱心になるなんて思っていなかったわ。
「先生も紙鳥を見たじゃろ。
あれは面白い。
可能性を秘めておる」
あら。紙鳥がご執心の要因だったのね。
てっきり心力を分け与える方かと思ったのに。
アシュタオリル先生は、どうやら本当に探し回るつもりみたいなので、私も着いていくことにした。
「アシュタオリル先生、私もご一緒してよろしいですか?」
「む?ワシが誘うのを邪魔する気かの?」
「そんなことある訳ないじゃないですか。
彼らは精霊魔法使えないんですから」
「むぅ。そうじゃな。
それなら良いぞ。
で、どこにおるか知らんか?」
「たまに図書室で見かけますけど・・・」
「ふむ。一応見に行くかの」
「本当にたまに・・・ですよ」
アシュタオリル先生とゆったりと図書室へ向かう。
今日はいるかしら?
図書室へ向かう途中、ふと中庭を見やると、ウィルくん達がいた。
どこへ行くのかしら?
それよりも・・・
「ウィルく~ん」
大きな声を出して呼び止める。
チノテスタくんがこちらに気がついて、みんなしてこっちに来てくれた。
「先生、なんでしょう?」
「さっきぶりですね」
「ええ・・・そうですね」
状況が解らなくて困ってるみたいね。
「私がってより、アシュタオリル先生がお話ししたいって」
「対抗戦ぶりじゃの」
「はい。アシュタオリル先生、こんにちは・・・
それで・・・ご用とは?」
「うむ・・・
お主ら、来年、どの先生んとこに行くか決まっておるのかの?」
「ぇ・・・いえ・・・さすがにまだですが」
「そうか!
よし。ぜひ、ウチに来い!」
「はぁ・・・それはまた・・・えらく急なお話ですね。
・・・先生のところは、呪印魔法ですよね。
僕は神聖魔法で、呪印魔法はからっきしですが?」
「そんなんわかっとる」
「それに、何をしているのかも解らない所には行けないですよ」
まぁ、それはそうよね。
アシュタオリル先生も一気に話を進めすぎだわ。
まずはお互いに解り合わないと・・・
「アシュタオリル先生、さすがに性急すぎますわ。
ウィルくんにだって、将来の希望がありますもの」
「む。神聖魔法の先生の所に行くのか?」
「いえ・・・まだ何も決まってはいないのですが・・・」
「じゃぁ、将来の展望は?」
「えっと・・・そうですね・・・」
ウィルくんが考え込んでしまったわ。
それを見て、チノテスタくんやラルタイアちゃんが困ったように見つめ合う。
ミレイちゃんは困ってないみたい。
「ミレイちゃんは、将来どうするの?」
「・・・ボク?ボクは、ウィルの役に立てればそれでいい」
「ウィルくんの役に?」
「・・・うん」
「ミレイちゃんはそれでいいの?」
「・・・ん?」
えっと・・・ミレイちゃんはそれでいいみたい。
まぁ、そのうちやりたいことが出来るかも知れないし・・・
今はいいのかしら?
「やりたいことが無いのなら、ウチに来い」
「神聖魔法ですよ?」
「ああ、構わん。
なんならチノテスタも一緒で構わんぞ」
「え?ボクもいいんですか?」
「それこそ、弓術じゃないですか・・・」
「ああ、構わん。
ウチの卒業条件は、新しい発見じゃ」
「新しい発見・・・」
「各人が1個、新しいことを発見して貰う。
お主ら、4人組なら4人で4つ・・・
それで卒業じゃ」
「4人というと、ミレイやラルも含んでるんですね」
「ああ、そうじゃ。
それにこの間の紙鳥・・・
あれはいいな。
すでに1個発見したことにしてやってもいいぞ」
そんな餌で釣り上げるなんて・・・どれだけ欲しがってるのって話よね。
ウィルくんは食いつくのかしら?
「それは魅力的ですね・・・
僕だけが、それで卒業条件を満たして、
他の3人はもっとお手軽な所に・・・」
あら、食いついたには食いついたけれど、食い逃げされちゃうのかしら。
ウィルくんの方が上手ってことかしら?
「いかーん。
それじゃ、面白くないじゃないか」
「面白く・・・それが本音ですか」
「ああ、そうじゃ。
新しい発見・・・
つまりはワクワクするような面白いことじゃ」
「なるほど・・・」
「どうじゃ?
ウチに来る気になったかの?」
「そんな簡単に決めるわけにはいきませんよ。
他の先生方の所も見てみないと・・・」
「なんじゃ、つまらんの~」
あら、意外と冷静・・・って普段から冷静な感じだったわね。
それでも結構、食いついてる感じはするのだけれど・・・
「いきなり言われても困りますって。
今度、1回、詳しい話を聞かせてください」
「おうおう、いつでも良いぞ。
なんなら今から来るか?」
「いや、さすがに今からって訳には・・・」
「つまらんの~」
「どんだけ急いでるんですか」
さすがにここら辺が切り上げ時かしら?
「そうですよ、先生。
あんまりしつこくしちゃうと嫌われますよ?」
「おお、それは困る。
まぁ、とにかく・・・だ、
1回、話をしに来なさい」
「はい。そのうち、必ず・・・
それでは、失礼します」
「失礼しま~す」
「先生、さようなら」
「・・・さようなら」
「はい。気をつけて帰るのよ~」
あの4人は、ほんと仲良しね。
いっつも一緒にいるような気がするわ。
「サララケート先生・・・
ワシはちょっとやりすぎたかの?」
アシュタオリル先生らしからぬ自信のなさにびっくりして・・・それは顔にも出てたみたい。
「そこまで驚かんでもええじゃろ」
「えっと、ごめんなさい。
大丈夫ですよ。
少なくとも次への約束は出来たじゃ無いですか」
「そ、そうか。
そうじゃな。
その時に面白さを解って貰えばいいんじゃ。
そうじゃ。そうじゃな。
くくく・・・」
「先生?
やりすぎはいけませんよ?」
「ぉ・・・おお。
もちろんじゃとも」
ウィルくん達がお邪魔する時に着いていった方がいいかしら?
そんな心配を思わずしてしまったわ。
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