対決の日
いよいよ対抗戦だ。
選手一同は馬車に分乗し、会場へ向かう。
折角の催し物だ。
一般生徒も自由に観覧が可能とのこと。
ただし、歩いて向かえ・・・ま、1時間程度歩けば着く距離だしな。
そんな野次馬連中は、周囲の塀の上から見守ることになる。
双眼鏡でも無いと、よく見えない気がするんだが・・・それでも結構な人間が野次馬に参加しているようだ。
スタート地点へ向かうべく、ゲートをくぐり抜けた際、頭上からがんばれと声を掛けられた。
スタート地点へ向かうため、廃墟を模した街中を歩く。
ミレイが、なんとはなしに髪の毛をいじる。
「ミレイ、どうしました?」
「・・・ん。何でもない」
普段なら背中も中ほどに届こうかという黒髪を、今日はツインテールにしてもらっているため、違和感を感じているのだろう。
作戦の都合上、背中に髪の毛があると困るのだ。
脇に逃がして貰うための髪型がツインテールという訳だ。
・・・サイドテールでもいいんだけどね。
黒髪を結わいている水色のリボンが、風に揺れる。
「普段とは違う髪型ですが、似合ってますよ」
「・・・そ、そういうことじゃないもの」
照れてる照れてる。
やはり、普段と違うからか、普段とは違う反応が得られて・・・すっごい楽しい。
ウチのパーティーのお目付役は、アシュタオリル先生とサララケート先生だ。
アシュタオリル先生は、初めてなのでよく知らないのだが、呪印魔法の先生との事だ。
小柄で、結構お年を召されているように見受けられる。
白い眉毛が目の上に被さるほど延びている。
そのため、視線はよく解らない。
それに精霊魔法のサララケート先生・・・
はて?
いざという時に止めに入ってくれるためと聞いていたのだが・・・
近接のいないウチらに、魔法の先生2人って・・・いざって時に役に立つのか?
スタート地点に関しては、希望がそのまま通った形となっている。
下見の時に目星を付けていた建物の屋上だ。
いよいよ屋上に出ようかという階段で先生方に声を掛ける。
「先生、申し訳ありませんが、開始まで、
林と反対側の方でしゃがんでいて頂けますか?」
「ふむ、構わんよ」
「ありがとうございます」
「開始まで魔法は禁止じゃよ?」
「ええ、解っています。
チノと僕は伏せて、"きわ"まで前進。
ミレイとラルは少し後ろで伏せていてください」
「・・・解った」
「了解」
屋上を匍匐前進で進む。
荒野の方に1組、距離にして50メートルくらいだろうか?
草むらに伏せているのが見て取れる。
上からだと位置が丸わかりだ。
この演習場の広さを考えれば、かなり近い位置に配置されている。
あまり隅っこに配置しても、接敵するまでに時間が掛かってしまうからだろうか?
林の方を見やるが、よく解らない。
「チノ、見えますか?」
チノからの返事は無いが、集中しているのが感じ取れる。
鷹の目を駆使し、索敵してくれているはずだ。
「1組は見つけたけど・・・
もう1組が・・・いた。
ウィル、2組とも見つけたよ」
「さすが!」
「1組は近いけど、もう1組が遠いかな」
ミレイ、ラルの方を振り返り、こっちへ来るよう合図を送る。
「・・・解った?」
「ええ。じゃぁ、チノ、お願いします」
「ここから正面・・・85レティーム(43メートル)ほどの所に1組」
「・・・うん」
「そこから左に200レティーム(100メートル)ほどの所に1組」
「・・・うん」
「全部を含めるとなると、大雑把に言って、
横幅350レティーム(175メートル)、奥行き50レティーム(25メートル)
・・・ってとこですかね」
「結構広いよね」
「万全を期せば、もう少し広く取りたい所ですね」
「・・・どれくらい?」
「横幅500レティーム(250メートル)、奥行き100レティーム(50メートル)は欲しいですね」
「・・・解った」
「大丈夫ですか?」
「・・・ウィルが助けてくれるから、大丈夫」
「ええ、そうですね。
ミレイなら出来ますよ」
「・・・うん」
続いてラルに指示を出す。
「じゃぁ、ラル・・・紙鳥(紙飛行機)の飛ばす位置ですが、
林の2組の真ん中、ややこちら寄りってあたりでお願いします」
「特大だよね?」
「ええ、特大でお願いします」
「うん。任せといてよ」
チノを前面に残し、3人して後ろに下がる。
「先生方、窮屈な思いをさせて申し訳ありません」
「いいや、構わんよ。
見付からないための工夫だと解るからな」
「それで、作戦は決まった?」
「ええ。お陰様で」
「1人少ないけど、がんばるのよ」
「はい。ありがとうございます」
「そろそろじゃな・・・」
4パーティーの中心付近・・・林の上に火球が上がり、ドンッという音と共にはじける。
その音は建物の屋根をビリビリと揺らし、威力の大きさを雄弁に物語っていた。
「じゃぁ、ラル、お願いします」
「了~解」
ラルが立ち上がり、魔法陣を背負った紙飛行機の準備をする。
こちらも立ち上がり、ラルに対して状態を知るべく呪文を唱える。
「リサーチ」
ラルが呪文を唱え始める。
「かる、とりと、へくさ、へくさ・・・」
そこまで呪文を唱えると、軽く助走し、大きく振りかぶって紙飛行機を飛ばす。
火球の煙をかすめるようにして、目印の無い目標に向かって一直線に飛ぶ。
ミレイが立ち上がり、手を前に広げ呪文・・・呪歌を歌い始める
「♪とりと、ふういき」
ラルの紙飛行機は、ほぼ目標と思える空域に達した。
ラルが発動するためのキーワードを唱え、呪文の最後を締めくくり、その蓄えた心力を開放する。
「るーくていぉん!」
紙飛行機をコアとして、水球が生まれる。
その水球はみるみる成長していき・・・大きくはぜた。
林に、にわか雨を生じさせる。
一気に心力を消耗したラルが、肩で息をする。
「♪かすもい~ど、ざーむ!」
ミレイの呪歌が完成する。
眼前・・・目標の領域に吹雪が発生する。
その楕円形の領域は、普段のに比べると、かなり広域だ。
ミレイの心力だと15秒・・・いや、10秒というところか?
時間に余裕が無いので、ちゃっちゃと済ませよう。
ラルに近づき、両の手を取り、額を合わせる。
「我、彼の者に気力の源、立ち上がる力を分け与えん。トランスファー」
ラルに対し、心力を分け与える。
完全に回復させることが目的では無いので、時間を優先で・・・
8割程度回復した辺りで頭を離す。
「じゃぁ、後は頼みます」
「任せといてよ」
ミレイの方に向き直り、背後から近づく。
「リサーチ」
そして、前に突き出している両腕に背中側から触れる。
肘の辺りに触るようにし、後頭部に額を付ける。
・・・普段のように髪を下ろしていると、顔をその髪に埋めることになるので、ツインテールにして貰ったのだ。
リサーチの結果から、心力がそろそろ尽きそうだと解る。
ちょうど良いタイミングだった訳だ。
「我、彼の者に気力の源、立ち上がる力を分け与えん。トランスファー」
ミレイの心力が無くならないよう、常に注ぎ続ける。
抗魔石による防御、維持する心力消費、それに対するミレイの・・・と言うより、こちらの心力との対決という訳だ。
とは言え、明らかにこちらの分が悪い。
そこでチノとラルによるフォローが重要になってくる。
その時、視界の隅・・・荒野の方で火球が上空に上がる。
ギブアップのサイン!?
「ミレイ、荒野の組が降参したよ。
吹雪の向き、調整出来る?」
チノがミレイに話しかけ、それに対し、ミレイがうなずくのがダイレクトに伝わってくる。
ミレイがゆっくりと林の方へと身体の向きを変える。
それに付き従って身体の位置をずらす。
それにしても意外だ。
抗魔石の発動に失敗したのだろうか?
と、言うか・・・いきなり真ん中がギブアップじゃなくてよかった。
真ん中だったらどうしたらいいんだ?
・・・ま、まぁ、そうじゃなかったんだ。
気にするのはやめよう。
「残りの組は・・・林の中で全然見えないね。
チノは見えてるの?」
ラルがチノの隣に来て話しかける。
「なんとかね。
2組とも、抗魔石を使って防いでるね。
そこだけ吹雪が不自然に流れてるから」
「どこ?」
「正面の組の方が見やすいかな?
ほら、ここからまっすぐ・・・」
「ああ、あそこね。
確かに見えなくも無いけど・・・
水球を当てるのは無理かな~」
そんな2人の会話を聞きつつ・・・こちらは引き続きトランスファーを・・・
「ちょっと質問してよいかの?」
アシュタオリル先生が2人に話しかける。
「なんですか?」
チノは引き続き、監視をしていないとまずいので、ラルが応える。
「お嬢さんが最初に飛ばした・・・あれは何かな?」
「コレですね。
紙鳥って呼んでます」
「おお・・・これは・・・
手にとってもよいかな?」
「ええ、どうぞどうぞ」
「紙鳥・・・その名の通り、紙で出来ているんじゃな。
その背中に魔法陣を背負って・・・
見事に遠くで発動したモンじゃ」
「あんまり遠くまで飛ばしちゃうと、
うまく発動しないんですよ」
「ほうほう。
これは、面白いの~」
「ええ、本当に。
魔法も無しに、あんなに綺麗に飛ぶなんて」
「それと、先ほどから、吹雪の魔法が続いておるが、
これはどういうことじゃ?」
「えっと・・・喋っていいのかな?
特に秘密にはしてなかったと思うし・・・
えっとですね。
ウィルが心力を分け与えてるんですよ」
「心力を分け与える・・・と」
ボンとでも言おうか・・・そんな音が聞こえてきた。
どっちかのパーティーが攻撃でも仕掛けてきたのか?
「ウィル、左手側の組が降参したよ」
おっと・・・降参の合図だったか。
ソレを受けて、ミレイが呪文の範囲をゆっくりと変更する。
大分範囲を狭めることが出来たため、心力に余裕が出てきた。
減り具合を見ているから解るのだが、かなりゆっくりになった。
とは言え、この魔法の燃費が悪いことに変わりは無い。
「心力を分け与えるとのことじゃが、
決して回復とか増える類では無いんじゃな?」
「ええ、そうらしいです。
あくまでもウィルの心力を分け与えると」
「さっきからずっと・・・よね?
ウィルくんの心力はどうして尽きないのかしら?」
「すっごく多いからじゃないですかね?」
「そ、そんなに・・・」
「しかし、事実として、
あの心力喰いとも言われる吹雪が継続しとる」
「ラル、向こうが動いたよ」
「ん。じゃ、先生すみません」
「いや、いいんじゃよ。
邪魔して悪かったの」
ラルが先生との会話を切り上げ、建物の"へり"に移動する。
「ほら、あそこ。
・・・届く?」
「う~ん・・・大丈夫かな?
それじゃぁ、ひとつ、攻撃してみますか」
事前の打ち合わせの通り、ラルが魔法陣を用意し、呪文の詠唱に入る。
「かる、もるで、やーる!」
ウォーターボールの呪文を唱え、えいやっと投げつける。
水属性の魔法は、攻撃力に乏しい。
が、吹雪の中を通り抜け、結界の表面で凍り付いてくれれば良し程度に考えている。
結果的に足止めになればいいのだ。
「あれ?
ウィル、思ったより劇的な効果があったよ」
こちとら、ミレイの後ろにぴったりくっついているので状況が見て取れない。
チノ達の実況が無いと何も解らないのだが。
「集中が途切れたんだろうね。
結界が解けてたもの。
すぐに張り直されちゃったけどね」
ほほう。それは僥倖。
「じゃぁ、どんどん行きますか」
調子の乗ったラルが、先ほどよりもランクアップした魔法を用意する。
「かる、じおに、てとら、やーるえ!」
ラルが呪文を唱え、先ほどより多くの水球を投げつける。
「やったぁ、命中!」
「また途切れたみたいだね。
ああ、奥に引っ込んじゃったね」
「むぅ。ちょっと無理かなぁ」
奥に戻った?
体勢を立て直すということか・・・
さて・・・どうするだろうか?
このまま、こちらの心力切れを狙うか・・・
それとも別ルートから攻めてくるか・・・
そもそも、何故移動してきたのか?
痺れを切らした?
ジリ貧になる理由が生じた?
吹雪の効果範囲が狭まっていることから、今のミレイなら数十秒は持つだろう。
ってことで、ミレイを全快にし、一旦、トランスファーを中断する。
「ラル、敵が突っ込んでくる可能性があります。
でっかいのを1発頼みます」
「え?こっち来るの?
ま、いっか。
ウィルのこと信じてるからね」
「まぁ、失敗しても心力は回復させますから、
遠慮せずに、でっかいのを頼みます」
「了~解」
「かる、とりと、てとら、へくさ、るーくていぉん!」
巨大な水球が生成される。
その下を人が走るのが見える。
水球で像が歪んでしまい誰だかは解らないが・・・
そして水球が破裂。
水流に飲み込まれ、押し倒される3人。
他の2人はどこだ?
周囲を見回し、少し離れたところにいる1人は発見した。
倒れた3人を見やる。
前にいた2人が立ち上がるが、動きは鈍い。
後ろの1人は倒れたままだ。
先に立ち上がった1人がうずくまる。
もう1人は倒れていた残った1人の方に歩いて行き、しゃがみ込んだ。
吹雪でよく見えないな・・・
・・・様子がおかしい。
やり過ぎたか?
「ミレイ、止めです。吹雪中止」
「・・・うん」
吹雪を中止した直後、相手の付き添いをしている先生から火球が打ち上げられる。
まともに水球を喰らった3人の動きが無い。
やばいな。
やり過ぎた。
階段を飛び降りるようにして駆け下り、急いで駆けつける。
一番近くでうずくまるようにして震えているのは・・・ルムハスか?
その後ろではヨルマナを抱き起こし、後ろへ移動しようとしているネクリオスがいた。
「ヴ・・・」
ガチガチガチガチ・・・
喋る事もままならないほどに震えている。
身体もすごく震えていて、まともに動く事も出来ないようだ。
「ヒール」
う~む・・・予想はしていたが、ヒールでは効果が薄い・・・と言うか、ほとんど無いようだ。
まずは、身体を温めることが必要・・・と言うことか。
身体は少しでも熱を発生させようと震えている。
急いで乾かして暖める必要がある・・・のだが・・・
ウチのパーティーって、水属性に氷属性なんだよな・・・
そうこうしているウチに、奥からトラウィス先生とエキドナ先生が出てきた。
「先生、急いで彼らを乾かして暖める必要があります」
「解っている。
ウィルも運ぶのを手伝ってくれ」
「はい」
そう言って、2人はネクリオスとヨルマナを背負う。
急いでルムハスの方に戻り、彼を運ぶとしよう。
勝つには勝ったが・・・後味の悪い勝利だった。
・・・その日、彼ら3人は布団の住人となった。
次回「対決の日のその後のサララケート(教師)」
Twitter @nekomihonpo