大慌ての日
いよいよ、対抗戦の前々日・・・という日になった。
あれから参加パーティーが1つ増えて、トータルで4パーティーとなっている。
それはそれ。
フォシナに頼んでいたモノが出来上がったらしい。
放課後に校舎裏で受け取った。
「もう、これで用はありませんわね」
「ええ、そうですね。
僕から貴方に接触をする・・・と言うこともないでしょう」
「あのことは・・・」
「もちろん、墓の中まで持って行きますよ」
「そ、そう。
それじゃぁ、失礼するわ」
「ええ、わざわざ済みませんでした」
そんなやり取りを終え、さっそく魔術道具のリストを確認する。
アイテム名、値段、販売店、購入者の有無・・・お、効果まで書かれてる。
思った以上にしっかりした作りで驚いた。
もっとやっつけなリストになってくると思っていたんだが・・・
ここまでしっかりしてると、これのコピーを売るだけで商売出来るんじゃねーか?とか思わないでも無いくらいしっかりしたリストだ。
リストをパラパラと確認する。
「ぐっ」
思わず、うめき声が出てしまった。
それくらいにまずい。
氷属性の抗魔石が3つ、ここ最近、売れたとある。
効果を確認する。
心力を消費し、2~3レティーム(1~1.5メートル)程度の範囲で氷属性の魔法を無効化する・・・
実にまずい。
ミレイの属性ピンポイントじゃないか。
しかも3つ・・・各パーティーが入手したと考えるのが妥当だろう。
1つ2万2千ペーリンガもするのに、よく買ったな。
しかし、実にまずい。
思考が堂々巡りしてしまうくらいまずい。
氷属性を無効化というが、どの程度無効化出来るんだろうか?
例えば、アイスウォールを出しておいて、この無効化空間が移動してきたとする。
接触した部位から、溶けて無くなってしまうのだろうか?
そうなると、足止めすら出来なくなってしまう。
それとも、空間内では発現しないだけで、外に存在する物理的な氷には効果が無いんだろうか?
最悪を想定するなら、前者だ。
空間に触れた瞬間に無効化される・・・
足止めもままならないとなると、為すすべが無い。
心力を消費して・・・との事だが、これもどの程度だかが解らない。
物凄く微量で済む・・・となると、心力切れを狙うことも難しくなる。
まずい・・・実にまずい。
すぐにでもこの抗魔石を購入し、実験すべきだ。
すべきなんだが・・・2万2千ペーリンガは・・・無理だ。
実家に泣きつけば、出ない額じゃ無い。
出ない額じゃ無いが、そんな事できる訳も無い。
店に行って、効果を知りたいから貸してくれ・・・と言って貸してくれるだろうか?
2万2千もするような高価なモノを・・・だ。
・・・無理だ。
盗まれる危険があるような事をするハズが無い。
「・・・ウィル、どうしたの?」
「え?」
どうやら、考えに集中しすぎて、ミレイが来ていることに気がつかなかったようだ。
「・・・眉間にしわ。難しい顔してる」
「そんなに・・・ですか」
「・・・うん」
なんでも無いと・・・言い切りたかったが、それは難しい。
どうするか。
・・・取り敢えず、店に出向き、試させて貰えるか聞いてみようか。
聞くだけならタダだ。
ダメなら効果に関して聞いてみればいい。
悩んでいても答えは出ないのだ。
まずは進もう。
「ミレイ。これからちょっと付き合ってください」
「・・・うん。いいよ」
「ちょっと魔術道具屋に向かいます」
「・・・うん。解った。
チノとラルは?」
そうか・・・しまった。
失念してた。
彼らを探し出し、適当に特訓しておいてくれと伝え・・・
・・・適当って言われても困ると文句を言われたが・・・
急いで魔術道具屋・・・ハースパスの魔道具屋に向かう。
第5区の商業施設にあるその店は、なんとも趣のあるたたずまいをしていた。
扉を開けると、カランと乾いた木琴の音がする。
「おやおや。また学生さんかい?
ハースパスの魔道具屋に何の用だい?」
「氷属性の抗魔石を貸していただけないでしょうか?」
「ハッ、この子は何をお言いだい?
2万5千ペーリンガもする道具を貸せというのかい?」
・・・値上がりしてやがる。
しかも、2万5千とは・・・盛ったなぁ。
「ええ、そうです。
貸して欲しいのです」
「ハッ、バカをお言いじゃ無いよ。
貸せるわけ、無いじゃ無いか」
「持ち逃げなんかしません。
見張っていてくださって結構です。
いや、むしろ見張っていてください。
僕らは、その効果の程を知りたいのです」
「知ったらどうなるんだい?
お買い上げ願えるんだろうね?」
「え?」
・・・おいおい、2万5千だぞ。
買えるはず無いじゃ無いか。
「いえ・・・それはさすがに・・・」
「お話にならないね。
坊やはさっさとお帰り」
まずいな。
相手の心象は最悪か?
・・・最悪だよなぁ。
どうする・・・
「いえ、その・・・
望んだ効果があるかが知りたいんです。
もし、効果が確認出来たら・・・
そ、そう・・・父に頼んで買います。ええ」
「ふぅん?望んだ効果ねぇ」
「ええ。さすがに高い物ですから、
望んだ効果が出なかった場合、
嵐の夜の灯火になってしまいます」
勢いだけで、言ってみたが・・・どうだ?
それほど悪い理由にはなってないと思うんだが・・・
「どんな効果がお望みだい?」
食いついた!?
「ええ・・・例えば、氷で壁を作ったとして、
抗魔石で・・・無効化空間を維持したまま接近して、
壁に穴を開けられるのかが知りたいんです」
「ふぅん。変わったことに使うんだねぇ」
「で・・・どうなんですか?」
「開くんじゃないのかい」
「本当に開くか、確認をしてもいいですか?」
「信用が無いね」
うろんな目付きで睨まれる。
まぁ、ガキが何を生意気言ってるんだ・・・って話だよな。
「さすがに安くないですから・・・
この目で確認してからで無いと・・・」
「まぁ、いいさ。
どうやって試すつもりだい?」
「えっと・・・氷の玉を地面に出して、
それに接近して消えるのかって形で確認します」
「誰が氷の玉を出すんだい」
「それは、ミレイが出します」
「・・・うん」
「まぁ、いいだろう。
持ち逃げなんか許さないからね」
「それはもちろんです」
よし、なんとか確認が出来るぞ。
店主のおばあさんが店の戸の前に閉店の札を出す。
「ついといで」
店の奥を抜け、裏庭に案内される。
「これが抗魔石だよ」
玉子程度の大きさの赤茶けた石だ。
手のひらの上に載せられる。
手触りは・・・石なんだが、なんとも金属っぽい。
しかも、ほんのり暖かい。
人肌で暖まった暖かさでは無く、石の中からじんわりと滲み出る暖かさと言おうか・・・
遠赤外線というか・・・こたつの様な暖かさがある。
「呪文を唱え、集中して心力を注ぎ込むと、
直径5レティーム(2.5メートル)程度の空間が出来るよ」
「なるほど・・・」
「呪文は、どれいふぇしぃ、たな、えとぅしぇくしぃ、どぅなもし、めてしす・・・だよ」
「え?ちょ、ちょっと待ってください」
思ったより意味不明な文言で、1発で聞き取れなかった。
急いでメモを取ることにする。
「どれいふぇしぃ・・・
たな・・・
えとぅしぇくしぃ・・・
どぅなもし・・・
めてしす・・・
いいかい?」
「はい。ありがとうございます」
ミレイの方を見やり、庭の一角を指差す。
「じゃぁ、ミレイ、
あそこに氷球をお願いします」
「・・・うん」
ミレイが呪文・・・呪歌を歌い上げる。
「♪もるで、のすにと、へんげるたい、やーる」
サッカーボール程度の・・・普段より大きめのアイスボールが生まれ落ちる。
手のひらの抗魔石を見つめる。
じんわりと暖かい・・・
「どれいふぇしぃ、たな、えとぅしぇくしぃ、どぅなもし、めてしす」
呪文を唱え、集中する。
暖かさが増したような気がする。
じんわりと光っているようにも見える。
ゆっくりとアイスボールの方へ歩いて行く。
境界がイマイチ不明だが、そろそろ境界線のハズだ。
抗魔石の作り出すフィールドに触れたのだろう。
アイスボールが動いた。
そのまま進むと、フィールドの"きわ"を押しやられるようにして動いていく。
「ほほぅ」
「・・・動いた」
ほほぅ・・・ってあんたは、アイスウォールに穴が開く派だっただろ。
やっぱ、試して正解だったな。
集中を解いて、アイスボールを調べる。
フィールドが接触した部位が溶けてはいるが、サッカーボール程度のサイズですら溶かし切っていない。
壁のような類のモノで足止めが可能と言うことだ。
まぁ、時間を掛ければ穴を開けられるだろうが・・・
庭の端に移動し、ミレイの方を向く。
「じゃぁ、ミレイ、合図をしたら氷の矢を撃ってください」
「・・・解った」
「ちょいとお待ち。
そんな危険なことされちゃ困るよ」
「大丈夫ですよ」
「あたしゃぁ、何があっても知らないよ」
まだ何か言いたそうだったが、問答無用で開始する。
「どれいふぇしぃ、たな、えとぅしぇくしぃ、どぅなもし、めてしす」
呪文を唱え、ミレイへうなずいてみせる。
「かる、じおに、あるーだ」
呪文と共に、ミレイの手から4つの氷の矢が次々と投擲される。
抗魔石で作り出したフィールドにぶつかると、石の壁にでもぶつかったかのような音を立て、フィールドに沿って逸れていく。
消えて無くなりはしない。
後ろへ逸らされていく。
直接攻撃は難しいかも知れないが、足止めは可能と解った。
心力の消費量は・・・イマイチ解らない。
恐らく、こちらのベースが多すぎて、0.1%とか減っても知覚できないってとこだろう。
ゲームみたいに数値で見えれば楽なんだが・・・
「残念ながら、欲しかった効果は無かったみたいです」
「そのようだねぇ」
抗魔石をおばあさんに返しながら、残念そうに振る舞う。
「こっちとしても、売り損なって残念だよ」
「それは・・・すみませんでした」
「まぁ、売り損なったのは残念だけれど、
欲しい物じゃないんだから仕方ないね。
また何か欲しい物が出来たら、遠慮せずにおいで」
「はい。そうさせてもらいます。
今日は、ありがとうございました」
店を後にする。
カランと木琴が鳴る。
取り敢えず、最悪は免れた。
戦法に多少の変更は必要かも・・・だが、当初の予定通りで行動してみて、接敵されそうになったら封じ込める方向でいいか。
次回「対決の日のヨルマナ(同級生)」
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