ないしょの話の日
あれから練習を重ねて、紙飛行機を用いての呪文の発動に成功した。
ポイントは、完全に唱え終わらないこと。
最後の言葉が発動のキーだと思われるのだが、この手前までを手元で唱える。
勝手な推測だが、それにより魔法陣にMPがチャージされる。
紙飛行機を投げ、キーワードで呪文の発動・・・というプロセスのようだ。
とは言え、あまり時間を空けても、発動しない。
この辺のさじ加減が難しい。
・・・まぁ、自分では使えないから解らないが。
紙飛行機(魔法陣)が視界に入っている必要があり、物陰では発動しないことも解った。
ラルには引き続き、紙飛行機での呪文の特訓を続けて貰うことにする。
ミレイは・・・別の特訓をしたいのだが・・・取り敢えずは紙飛行機でいっか。
対抗戦の参加申し込みをしてきた。
現在の所、ウチらとネクリオス達、その他に1組・・・との事だ。
取り敢えずの目標は、ネクリオスに"ガツン"と1発入れることなので、他の連中はどうでもいい。
とは言え、ほっといてやられました・・・なんてのは格好が付かないので対応せにゃならんよなぁ。
「ってことで、今日の特訓は任せます」
「何が、"ってこと"なのか解らないけど、
いいの?特訓しなくて」
「ですから、任せます。
僕とチノは別の用事で遅れますので」
「・・・ボクも行っていい?」
「えっと・・・ラルと一緒でいいですかね?」
「・・・行っちゃだめ?」
「ちょっと野暮用なのでダメです」
「・・・解った」
ホッと一安心。
まぁ、別に後ろめたくは無いのだが、あまり知られたくも無い。
そんな微妙な用事。
「じゃぁ、チノ・・・
済みませんが、後で付き合ってください」
「別にいいけど」
放課後まで、まだ時間があるので下準備を済ませる。
まずは簡単な手紙を書いて、相手の机の中に放り込む。
ラブレターみたいに色気のある話じゃ無いのが残念だ。
次いで、対抗戦を取り仕切っている先生・・・デリューシュ先生に取り次いで貰う。
「デリューシュ先生、対抗戦について質問があるのですが」
「うん?ウィル・ランカスターか。
何だ。言ってみろ」
「はい。対抗戦の会場を下見したいのですが」
「ほう・・・」
「ダメですか?」
「いや。ダメでは無い。
条件がある」
「じょ、条件ですか」
「先生と一緒に行動すること」
「ほっ。全然構いません。
チノ・・・チノテスタと一緒でも構いませんか?」
「ああ、それは全然構わん」
「なんで先生と一緒というのが条件なんですか?」
「簡単な話だ。
事前に罠を仕掛けるのを防ぐためだ」
「え?ああ・・・そんなのがいたんですね」
「ああ、その通りだ。
こっそり出向いて仕掛けても、
バレた時点で失格だがな」
「なるほど」
罠か・・・考えていなかったな。
まぁ、今の話からすれば、あまり気にする必要も無さそうだが・・・
「じゃぁ、今日の授業が終わったら、
厩舎の前に来い」
「え?馬車で行くような所なんですか?」
「歩いて行けなくも無いが、
1ルーオ(70分)程度掛かるからな。
さすがに、面倒でな」
「わ、解りました。
えっと・・・馬車を出して頂くのに、
僕ら2人でいいんでしょうか?」
「ん?どういうことだ?」
「いえ・・・何度も馬車を出して頂くのは申し訳ないと・・・」
「何度も行くのか?」
「いえいえ・・・そうではなく・・・
他の組が行きたいと言う度に連れて行かれるのは大変かなぁと」
デリューシュ先生が、その凄みのある顔で、にやりと笑う。
凄みがある分、すごく悪い顔してる。
まぁ、コワイので、そんなこと言わないが。
「言いだしてくれば・・・な」
「あれ?言い出さないモンなんですか?」
「いや。言ってくる奴、来ない奴がいるってことだ」
「そうなんですね」
「言ってきた分、お前らは見所があるな」
だから、にやりと笑うと凄みがあってコワイって。
「あ、ありがとうございます。
それじゃぁ、後でよろしくお願いします」
「ああ、解った。
なるべくすぐに来いよ。
時間が勿体ないからな」
「解りました。
それでは失礼します」
ちょっと放課後に詰め込みすぎたか?
と思わないでも無いスケジュールになってしまった。
とは言え、早いに越した事は無い。
放課後の校舎裏・・・人気が少ないのはありがたいことだが、悪いことをしている気分にさせられる。
取り敢えず、チノには物陰に隠れていて貰う。
保険って奴だ。
ノープランに近いけど・・・
「こんな所に呼び出して、何の用ですの」
待ち人来たる。
「これはこれは、フォシナさん、
わざわざ済みません」
多少慇懃無礼と承知しつつ・・・むしろそうなることを意図して振る舞う。
「その昔の約束を果たして貰おうと思いましてね」
「約束・・・」
「おや、お忘れですか?
あなたがティータの祝福を盗」
「やめて!
解ったから。
大丈夫。
約束は守るわ」
「なぁに、難しいことじゃありませんよ」
紙束を渡す。
「何よ・・・これ」
「これから説明しますよ。
簡単なことです。
ここいらで買うことの出来る魔術道具と、
それがここ最近、
売れたのか調べて欲しいんですよ」
「なんでそんな面倒な事を、
この私がしなければ・・・」
フォシナを睨み付ける。
「わ、解ったわよ。
この私が調べて差し上げますわ」
「ええ、お願いします。
そうですね。
対抗戦の前々日までには欲しいのですが」
「それで・・・」
「ええ、この作業で、あの約束は果たされたことになります。
僕は、あんな事があったことを綺麗さっぱり忘れますし、
あなたに何かをお願いすることも無いでしょう」
「そ、そう」
フォシナがほっとした表情を浮かべる。
「それじゃぁ、お願いしますよ」
「ふ、ふん。
言われなくても解っています。
調べ終わったら、こちらから連絡しますわ」
「ええ、それでお願いします」
頭ひとつ下げると、彼女がきびすを返し、いそいそと立ち去る。
それと入れ替わるようにして、チノが物陰から出てくる。
「ボク、要らなかったよね」
「まぁ・・・結果的にはそうですね」
「ふぅ。あんなのでよかったの?」
「あんなの?」
「だって、ウィルが自分で調べても出来ることじゃない?」
「自分で調べるとなると、時間を取られるのが嫌なんですよ。
それに、調べ回ってるのが丸わかりですからね」
「対戦相手に?」
「ええ・・・
そこまで気にする必要も無いとは思いますが・・・
ま、時間の有効活用ですよ」
「そっか」
「じゃぁ、厩舎前に行きますよ」
「ええ?」
「これから会場の下見をしに行きます。
チノ、付き合ってください」
「いや、まぁ・・・いいんだけどさ」
「じゃぁ、行きますよ」
「はいはい」
心無し、ちょっと疲れたというか呆れた表情をしているが、ちゃんと付き合ってくれるあたり、チノはいいヤツだ。うん。
そんな訳で、急いで厩舎前に移動。
てっきり先生を待たせてると思ったのだが、見当たらない。
痺れを切らして戻ってしまったんだろうか?
そんなに時間を無駄にしたつもりは無いのだが・・・
「済まんな。待たせたか」
後ろからデリューシュ先生登場。
よかった。
待たせたりしたら失礼極まりないからな。
・・・まぁ、待たせるつもりだった訳だが・・・
「いえ、それほど待ってません。
大丈夫です」
「そうか?
なんせ時間が勿体ない。
急いで向かうぞ」
「はい」
そんな訳で荷馬車に乗り、一路会場へ向かう。
15分程、揺られていると5つの尖塔が見えてきた。
「あれが会場なんですか?」
「ああ、そうだ。
塔に囲まれた所が、
演習場であり、対抗戦の会場だ」
さらに近づくと、尖塔間は壁で繋がれ、ぐるっと囲んでいることが解る。
尖塔の高さは20メートルはあるだろうか?
壁の高さも10メートル程度とかなり高い。
まぁ、比較対象がある訳でも無く、目分量なのでもっと低いのかも知れないが。
ここまでしっかりと囲まないといけないことなんだろうか?
「随分、しっかりした作りなんですね。
もっと開けた場所なのかと思っていました」
「しっかりと区切っておかないと、
どこまでも逃げることが出来たりするからな。
それにノラとかが棲み着いても困る」
「ああ、なるほど」
馬車を木に繋ぎ・・・厩舎があるにはあるのだが、どうせすぐ帰るのに厩舎を開けることの方が面倒なんだそうだ。
大きな扉の脇にある通用口に向かう。
錠を外し、中に入る。
薄暗い通路の向こうに外の明かりが見える。
ほんの数秒とは言え、暗闇に慣れた目に、外の光は眩しかった。
まぶしさで目をつぶったのも一瞬のこと・・・目を開けると、広大な空間が目に入る。
野球のグラウンド、2個・・・いや、3個分はあろうかという広大な空間だ。
現在位置は荒野・・・土の見える荒野と膝丈ぐらいの草が生えているフィールドの端っこだ。
右手方向の草原の先に林があり、その奥までは見通せない。
左手方向に土の丘があり、その上に石造りの廃墟が見える。
そして、このグラウンドの周囲をぐるっと石壁が囲っており、5つの尖塔が等間隔に立っている。
「それで、お前らはどうするんだ?」
あまりの広さに呆然としていたが、デリューシュ先生の声に我に返る。
「えっと・・・そうですね。
対抗戦の開始時って、
どこから開始になるんですか?」
「基本的には、お前らの希望した場所になるな。
まぁ、相手と近すぎても困るので、
多少の調整はさせてもらうが」
「なるほど・・・」
思っていたようなポジションまで移動する必要がなくなるかも知れないのか。
それはありがたい。
「じゃぁ、林の方を見て、廃墟を見て帰る・・・
って形ですかね」
「結構、しっかり見るんだな。
しかたない。見て回るか」
「お手数をおかけします」
そんな訳で、草むらを掻き分け・・・膝丈程度とは言え、獣道が無いので邪魔なことこの上ない。
軽く走ってみるが、気をつけないと足を取られそうになる。
「ウィル、どうしたの?」
「いえ、思った以上に走りにくいですね」
「あぁ、そうかも。
走る時にコツがあるんだよ。
こう・・・足の裏で踏みつぶすようにして掻き分けないと・・・」
「なるほど・・・」
草原部分は無いな。
走り回るだけでも、地味に体力を奪われそうだ。
草むらを掻き分け、林に到達する。
林というか、森だな。
あまり林立しすぎても戦闘が行いにくいという配慮だろうか?
所々、切り株が見え、間引かれているのが見て取れる。
空を見やる。
夏に向けて、茂ってくれば空は隠れてしまいそうだが、まだ、そこまで茂ってはいない。
「先生、この切り株・・・わざわざ間引いてるんですか?」
「いや、違う。
呪文で焼損したりした奴を伐採している」
「ああ、それで・・・
こんな風にまとまっていたりするんですね」
そこには5つの切り株が見て取れた。
間引くにしても不自然だとは思った。
っていうか、5本も伐採って・・・どんだけ派手なことしたんだ?
林の奥までは行かず、さわりをかすめるようにして丘へ向かう。
緩やかな丘・・・では無く、思ったより急な坂だ。
まぁ、斜面での戦いってのを想定しているのかも知れないが・・・
ここを最後にしたのは失敗だったかもしれん。
登るだけでも軽く息が・・・
「ふぅ」
上まで辿り着いて周囲を見渡す。
高さとしては8メートルくらいだろうか?
林側に急斜面。
そこを頂点として、反対側へは緩やかな斜面が続く。
緩やかな斜面には石畳が敷かれ・・・荒れ果てているが・・・そこに簡単な街並みが再現されている。
平屋建ての建物が4棟、斜面の下の方・・・つまり奥の方に2階建ての建物が2棟・・・過度の装飾は無く、無機質な感じが廃墟の廃墟たる"らしさ"を装飾していた。
林と荒野に一番近い角の平屋建てに入る。
階段があり、屋上に出られるようだ。
屋上に出て周囲を見回す。
「チノ、ここから林の方を見て、
仮に敵が潜んでいたら狙えますか?」
「うん・・・ちょっと待ってね」
チノが集中しているのが解る。
鷹の目・・・あれを発動しているんだろう。
「所々、間引かれてるから見えないことも無いけど、
隠れられると厳しいかな」
「まぁ、向こうがこちらを攻撃するとしたら、
顔を見せざるを得ないでしょうから、大丈夫ですかね」
「ってことは・・・こんな所を陣取るつもりなの?
周囲から丸見えだよ?」
「周囲を狙い放題じゃないですか」
「まぁ、そうとも言えるけど・・・」
他のパーティーが建物の中をスタート地点とかにされると困るな。
市街地戦になった場合、近接が居ないウチはかなり不利だ。
その場合、屋上に籠城して、接近する敵を排除だろうか?
なんとかなりそうな気がしてきた。
「おい、ウィル。そろそろいいか?」
「はい、先生。
今日はありがとうございました」
「ふっ。顔に自信が溢れているな。
なんとかなりそうって所か」
「え?顔に出ていますか?」
「はっはっは。解りやすいほどにな」
「う・・・気をつけます」
「いやいや。下見が役に立ったのならよかった。
じゃぁ、戻るぞ」
「はい」
結局、暗くなってしまったので、その日は特訓に参加出来なかった。
もっとも、ミレイもラルも練習してなかったみたいだから、いいっちゃいいんだが・・・
次回「ないしょの話の日のミレイ(家事手伝い見習い)」
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