下準備の日
まぁ、その・・・なんだ・・・
愛人って発言はどうかと思うが、好きだからこその愛人発言な訳で・・・
要するにだ・・・ミレイから好かれていると言うことがはっきり解って、嬉しいです。ええ。
まぁ、嫌われてるとは思っていなかったが、こうはっきり言われると照れるね。
とは言え、まだまだ子供な訳だ。
この先、どうなるか解らない。
いつ、カッコイイ男が現れて、あっさりと捨てられるかも知れない。
気を引き締めて、ミレイにとって魅力ある男でありたいと思う次第。
がんばろう。
そんな事をのんびりと考えていられるのも、別段、誰かが傷ついたって訳じゃ無いからだ。
そりゃ、ミレイは大泣きだったが、大泣きしてすっきりしたのか、ケロッとしているってモンですよ。
教室の入り口の方から、ざわっという音が伝播してきた。
何事かと見やると、ネクリオスご一行だ。
昨日の今日で、よく顔を出せるな・・・と感心してしまう。
生徒達の間にホットな話題を振りまいたばかりで、注目の的だろうに・・・
まぁ、他に用があるわけでも無し・・・まっすぐこちらに向かってくる。
気がついたミレイが、背中に隠れる。
何かをするとも思えないが、どうしても睨み付けるような視線になってしまう。
「何かご用ですか?」
「ああ・・・その・・・
ミレイさん、昨日は済まなかった」
ネクリオスが、その頭を勢いよく下げる。
「昨日は、その、言い過ぎた。
いや、言い過ぎたというか、
許してくれと言って、
許して貰えるモノだとも思っていない。
ただ、ミレイさんを怒らせるつもりは無かったし、
ミレイさんがキライだから、
あんなことを言ったんじゃないってことを、解って欲しい。
いや、解って欲しいってのは勝手な言い種だ。
解って貰えなくてもいい・・・
知っておいて欲しい」
ここまでを一気に言い終えると、より一層、頭を下げた。
あまりの勢いに呆然と・・・誰も返事をすることが出来なかった。
「言いたいことはソレだけなので・・・
今日は、これで失礼する」
言いたいことを言ったら、さっさと立ち去る。
まぁ、ここでゆっくりされても対応に困るので、ありがたいと言えばありがたい。
ネクリオスとヨルマナは立ち去ったが、ルムハスが残っていた。
「昨日の今日でごめんね」
「いえ・・・あっけには取られましたが」
「聞いての通り、
昨日のことは反省してるからさ」
「ええ、それは解りました」
未だにあっけに取られたままなんだが・・・
「それで、ちょっと聞きにくいんだけど・・・
ウィルは対抗戦どうするの?」
「え?ああ・・・
喧嘩は売られたままですからね。
ミレイに謝ったからって、
そうそう簡単に許すわけ無いでしょ?」
「そっか。解った。
お手柔らかに頼むよ」
「何言ってるんですか。
こっちは後衛職ですよ?
手加減して貰いたいのはこっちです」
「はは。解った。
伝えとく」
「ええ、お願いしますよ」
ルムハスも立ち去る。
向こうも本格的に、こちらに対する対抗策を講じてくるだろう。
さて・・・こちらも色々とやらないとな。
「対抗戦に出るのはいいけど、どうするの?」
「ミレイ、チノ、ラル・・・
申し訳ありませんが、対抗戦に出て貰えますか?」
「・・・うん」
「ミレイの涙は安くないもんね」
「ボクもいいけど・・・近接はどうするの?」
「無しで行こうかと思っています」
「ええ!?」
「チノ、驚きすぎ。
まぁ、気持ちは解るけど・・・
ウィル、本当に大丈夫なの?」
「ラルとミレイには頑張って貰うことになりますが」
「ま、ウィルが大丈夫って言うんならいいけどね」
「ええ、そのためにも、ちょっと試したいことがあるので、
放課後、ちょっと付き合ってください」
「・・・うん」
「りょーかい」
「実験ってことは、弓は関係ないんだろうね」
「そうですね・・・
魔法の実験です」
「まぁ、いいけどさ」
チノが軽くふてくされる。
そんな三者三様の返事を貰った。
対抗戦・・・1パーティー5名までで、郊外にある演習場で最後の1パーティーになるまで戦う形になる。
殺しは御法度だが、大ケガくらいまでは許容される。
各パーティーに2名の先生が付き添い、緊急時の治療、防御等に当たる。
ギブアップする場合、上空にファイアーボールを打ち上げる。
もしくは、付き添いの先生が打ち上げ、ギブアップの宣言をする。
演習場は、街並の廃墟、林、荒野の複合フィールドとなっており、バラエティに富んだ演習が可能だ・・・とのこと。
大ケガが許容されるあたり、非常に乱暴なイベントだ。
というか、過去には死亡事例とかもあるんじゃないのか?
いくら神聖魔法で治療が可能だからって、どうなんだコレ?
とか思わないでも無いが、多くは身の危険を感じたらギブアップするし、付き添いの先生が止めるそうだ。
それに、普通なら好きこのんで級友を殺したいと思っている人間は居ないしな。
放課後、新しい実験のために通い慣れた練習場へ向かう途中で、キーウェンが待ち構えていた。
「やぁ、ウィル」
「どうしたんですか?」
「対抗戦に出るっていうんで、近接が必要だろ?
と思ったんだが・・・
チノに聞いたら、いらないって言うじゃ無いか。
どういうつもりか確認を・・・ね」
「ああ、そうでしたか。
それはわざわざ済みません」
余計な心配を掛けてしまったか。
「キーウェンがそう言ってくれるのは、
本当、嬉しいのですが・・・
取り敢えず、無しで行きます」
「ウィルの考えで近接が要らないのかも知れないが、
念のためにいた方がいいんじゃないか?」
「そんなに深い考えがあるわけじゃ無いんですよ。
近接がいないってことで油断してくれれば・・・いいかなと」
「まぁ、確かに・・・
近接がいないのなら、接敵してしまえば、こっちのものだ。
・・・と思うかも知れないな」
「それに、キーウェン1人で、
後衛4人を護るのは無茶ですよ」
「相手にもよるが、きついかもな」
思わず、2人で苦笑しあう。
「つまり、近接されるつもりはない。
という事なんだな?」
「ええ、そうなりますね」
「ふっ。面白いじゃないか。
そういう事なら、楽しみにしとく」
「ええ、わざわざ済みません」
ふと、気になったので聞いてみることにする。
「キーウェンが、仮に近接として参加することになったとして、
お嬢様んとこは、どうするんです?」
「ん?・・・あぁ、お嬢達は参加しないよ」
「あれ?参加しないんですか?
我々が学院卒の代表・・・
ってことになってしまいますが?」
「ああ、構わないらしい。
ウィルが負けると思ってないんだろ。
直接、口に出したわけじゃ無いが。
負けても、ウィルたちが勝手にやったこと。
学院の代表たる我々が負けたのでは無い。
ってことらしい」
「後半は聞かなかったことにして、
前半の部分だけ、おいしく頂いておきます」
「ま、俺も、ウィルが負けるとは思ってないからな。
是非とも、叩きのめしてやってくれ」
こぶしを突き出してくる。
「ええ、解りました」
こちらも、それに応えるべく、こぶしを前に突き出す。
自分でも、ちょっとキャラじゃ無いかな?と思いつつ・・・
彼からの信頼に応えておきたかった。
ちょっと照れくさいが、青春してるなぁ。って感じがした。
キーウェンと別れて、いつもの練習場に向かう。
「お待たせしました」
「・・・ううん」
「遅いー。待ちくたびれたー」
「ウィルが最後なんて珍しいね」
思わず苦笑してしまう。
ミレイとラルで反応が違いすぎる。
「それで、今日は何したらいいの?」
「コレを使って、魔法を唱えて貰います」
鞄から、潰れないように気を使いながら持ってきた紙飛行機を取り出す。
普通の折り紙の奴とは違って、デンプン糊を使って重しに工夫を加えてある紙飛行機だ。
その背中に、初級の魔法・・・アイスボールとウォーターボールの魔法陣を貼り付けてある。
「何コレ?」
「そうですね・・・
紙鳥とでも言いましょうか・・・」
「・・・カミドリ?」
「鳥って、空を飛ぶ鳥?」
「ええ、そうです」
「こんな変な形のが飛ぶ・・・の?」
「ええ、飛びますよ」
軽く、スナップを利かせながら空気に載せる。
重しのお陰で、ひゅっと高く舞い上がり、小走り程度の速度で滑空する。
「ええっ!?」
「・・・うわぁ」
ラルが追いかけて行き、落ちた紙飛行機を慎重にすくい上げる。
「あれ?
ウィル~、この魔法陣で飛んでたんじゃないの?」
「ええ、違いますよ」
「ええ?そうなの?
ウィル、そっちも見せて」
チノが残った紙飛行機を見せてと言うので、見せてあげる。
「ねぇ、ウィル、
あれって魔法じゃないの?」
「だって、僕は呪印魔法使えないじゃないですか」
「そっか・・・そうだよね」
紙が大量に出回るようになってきたとは言え、まだまだ高級品だ。
こういった遊びにまで紙を使うという発想には至っていないようだ。
人類が空を飛びたいという夢を叶えるのは、まだまだ先・・・とは言わず、実はとっくの昔に果たしている。
風属性の魔法を工夫することで、既に身ひとつで飛べてしまっているのだ。
飛ぶ手段が存在するため、木と布で羽を作って空を飛ぶ・・・なんていう物好きはいない。
・・・そりゃぁ、世界のどっかにはいるかも知れないが、聞いたことは無い。
魔法を使う、使えないという時点で終わってしまっているのだ。
空を飛ぶための魔法が、心力消費が激しいこともあり、空輸には発展しなかった。
そんな訳で、飛行機というモノが存在しない。
「それで、コレでどうするの?
初級の魔法陣が描かれてるけど」
「紙鳥を飛ばして、
飛んだ先で魔法を発動させてください」
「えーっ!?」
「・・・うん。やってみる」
「いや、ミレイ。
そんな簡単じゃ無いよ。きっと」
「まぁ、まずは紙鳥を飛ばしてみましょうか」
ミレイとラルに紙鳥を渡し、思い思いに投じる。
ついでにチノもやってみたそうにしていた・・・ので、予備を渡して遊ばせる。
先端をデンプン糊を使って補強し、重たく頑丈にしてあるので、思い切って投げた方がよく飛ぶ。
コツを掴んだようなので、本来の実験に移る。
「じゃぁ、呪文を使ってみましょうか」
「どうなるのが目標なの?」
「そうですね・・・
遠くの空を飛んでいる最中に、
その空で玉になってくれれば成功ですかね」
「・・・解った」
ミレイが、紙飛行機を投じ、呪文を唱える。
「・・・かる、もるで、やーる」
呪文が発動した様子も無く、滑空し、着陸する。
紙飛行機を追いかけ、拾い上げる。
特に霜が付いている様子も無く・・・失敗のようだ。
「だめですね。霜も付いていません」
「・・・そっか」
「つまり、投じた後じゃだめってことだよね。
んじゃ、次は私だね」
そんなことを言いながら、ラルが構える。
肩越しに振りかぶるようにして・・・
「かる、もるで、やーる!」
手から離れるか離れないかと言ったところで、水球が出来上がる。
「うわっ、たっ、たっ」
紙飛行機を飛ばすと言うより、普通にウォーターボールの魔法を唱えた状態に近い。
むしろ、紙飛行機を飛ばすことに意識が集中していたためか、砲丸投げ・・・を失敗した状態に近い形で落下していく。
地面にぶつかり、バシャーンと派手な音と共に水球が爆ぜる。
「ありゃ・・・」
水球のコアとなってしまった紙飛行機は、その中心でぐしゃぐしゃになっていた。
「ウィル、ごめん。
紙鳥ダメにしちゃった」
「いえいえ。大丈夫です。
ラルやミレイの属性ですからね。
こうなるのは予想済みです。
予備があるから大丈夫ですよ」
「そっか・・・でも作るの大変だったんじゃない?」
「いえ、そんなことは無いですよ。
ラルの家からまわして貰った紙ですし」
「う~ん、それならいいんだけどね」
とは言え、この調子だと、成功するまで先は長そうだ。
もっと作っておくべきだったか?
夜なべして紙飛行機を作ることになるのか・・・
なんとも格好の付かない夜なべだなぁ。
・・・そんなこんなで、その日は成功することは無かったのだった。
次回「下準備の日のヨルマナ(同級生)」
Twitter @nekomihonpo
変更箇所
-(マイナス)→ー(長音符)