賽が投げられた日のネクリオス(同級生)
「くそっ、くそっ、くそぅっ!」
廊下を早足で歩く。
なりふり構わず走り出したい気分だった。
先ほどのやり取りが頭の中でぶり返す。
なんで、俺は・・・あの時、あんな事を言ったんだ。
ミレイさんを泣かせてしまった・・・
俺は、彼女を傷つけてしまった。
・・・いや、違う。
俺は、彼女の大切なモノを傷つけてしまったのだ。
理由をいくら考えたところで、もう遅い。
俺は自分で、最後の審判の扉を開いてしまった。
そして、ミレイさんから審判を下された。
いや・・・違うな。
自分から死神の刃に飛び込んだのだ。
ミレイさんは何も下してはいない。
俺が愚かだったのだ。
「ネクリオス、落ち着けって」
「俺は、取り返しの付かない失敗をした!」
落ち着けというルムハスに妙にいらつきながら、そんな返事をした。
そう・・・俺は取り返しの付かないことをしたんだ。
「こんなつもりは無かったんだッ」
ルムハスに怒鳴り散らすのは間違っている。
間違っているのだが、感情の爆発が収まらなかった。
ルムハスもヨルマナも困った顔をしている。
当たり前だ。
俺が怒鳴り散らしているのだから・・・
「俺のことを好いていないのは、
100歩譲ってもいい・・・
だが、嫌われることは無かった。
どうして・・・
俺は、あそこで調子に乗ったんだ!」
俺は、今、親友に対しても取り返しの付かないことをしているのだろう。
俺は・・・愚か者だ。
「そうだな。
ちょっと調子に乗りすぎてたな」
「ちょっと?
ミレイさんを泣かせたんだぞ!」
「ああ、そうだ。
お前が泣かせたんだ。
反省するのもいいさ。
だが、時の砂はさかのぼらない」
「そうさ・・・
俺は嫌われたんだ」
本当、俺は何をしているんだ。
他者をおとしめて、ミレイさんの気をひこうだなんて・・・
そして、今、また・・・親友に対してわめき散らしている。
こんなにもみっともなく・・・愚かしい。
頭の奥底で、そう自分を冷笑する自分がいる。
解っていても、どうにも止められない。
「ふぅ。
今日は、一晩ゆっくり落ち込め。
明日、謝りに行こう」
一瞬、その言葉が理解出来なかった。
「あや、ま・・・る?
何を言ってる。
あんな状態になったんだぞ。
謝れるわけが無い!」
「だからって、
謝らないのはもっとダメだ」
「ぐ・・・
た、確かに謝らないのは・・・
ダメかも知れないが・・・
明日と言うのは・・・」
いくらなんでも早すぎる。
今日の明日で、どんな顔をして会えばいいんだ。
謝らなければならないのは解る。
解るが・・・少し落ち着いてから・・・
「ダメだ」
ルムハスが、厳しい口調で、逃げようとしていた俺の思考を足止めする。
「日が経てば、気まずさで、
話しかけることも出来なくなるぞ。
そうなったら、
それこそ一生、謝る機会を無くす」
「ぐ・・・だが・・・」
「だから、一晩、ゆっくり反省しろ。
そして明日、どうやって謝るか考えろ」
「ぬぐ・・・わ、解った」
確かに、ルムハスの言っていることは解る。
明日、謝れないのなら、明後日、それ以降・・・謝ることが出来るだろうか?
きっと謝ることは出来ないだろう。
気まずさだけが積もりに積もっていく・・・
そういう意味で、この叱責はありがたい。
ありがたいのだが・・・どうやって謝れと言うのだ。
「まぁ、ミレイさんにはきちんと謝れ。
それはそれだ。
ミレイさんの方はいいとして、
ウィルにはどうするんだ?」
「どう、する・・・とは?」
自分の頭が、うまく働いていないことは解る。
混乱しっぱなしなのだ。
うまく、物事の整理が出来ない。
ウィルに対してどうする・・・とは、どういうことだ?
「対抗戦に出ろと喧嘩を売っただろう」
「ああ・・・売った・・・売ったな」
「彼は回復役だ。
そんな彼に対抗戦に出ろと言ったんだ」
「そ、そうだな・・・
考え無しだったな・・・
今日の俺は・・・どうかしてる」
ウィル・ランカスター・・・彼にも謝るべきか・・・
謝るというか、許しを請うべきなのか?
対抗戦に出ろなどと、済まなかったと・・・
いや、謝るべきなのは解る。
解るのだが・・・
心情的に・・・そこまでの事が出来そうに無い・・・
奴を1発殴るくらいしてもいいではないか。
「ま、彼なら出てくると思いますよ?」
「ヨルマナ・・・なぜそう思う」
「ま、半々・・・
出てくる方にちょっと過多ってところですかね」
・・・どういうことだ?
「彼自身は回復役ですが、
ミレイ、チノテスタと言った攻撃役は居ますし、
向こうも、我々・・・
と言うか、ネクリオスをやり込めたい・・・
と思っている可能性が高いですからね」
「やり、込め・・・たい?」
「ま、そうでしょう?
我々は、現状、ミレイさんの敵ですよ?」
「敵・・・ミレイさんと戦うことになるのか・・・」
「ま、それはそうでしょう。
彼は攻撃手段を持っていないのですから」
「そうだな・・・」
そうか・・・ウィルと戦うと言うことは、ミレイさんと戦うということなのか。
そうだよな。
冷静に考えれば解ることだ。
俺が売った喧嘩は、そんな内容なのか。
・・・当然だな。
当然だ。
「あの吹雪の使い手だぞ。
勝てると思うか?」
「お・・・
ちょっとは前向きになったか?」
「あの吹雪の魔法なら、
心力の消費が激しいはずなので、
なんとかなりそうな気もしますがね」
そうだな・・・対魔法戦の基本だ。
心力が尽きるまで耐えられればいいのだ。
ヨルマナが、ああ言うのだ。
何らかしらのアテがあるのだろう。
「ウィルが"ヒールばか"という通名の示す通りなら、
戦闘中は特に脅威にはならないか・・・」
「斬られてもヒール、斬られてもヒール・・・
なんていう戦法をやられない限り、
平気じゃ無いか?」
「・・・その戦法は、こちらの心が萎えそうだな」
「ま、持久戦ならこちらの勝ちでしょうね」
「そ、そうだな・・・」
心力が切れるまで、斬り続けろというのか?
いくらなんでも、そんな戦法を取ってくるだろうか?
想像しただけでも気分が悪い。
単なる弱い者いじめでは無いか。
・・・さすがに遠慮願いたい。
「ミレイさんの側に近接戦闘役はいないのか?」
「ま、強いて言うと、
キーウェンと仲が良いみたいですね」
「キーウェンか・・・」
「つまり、遠近魔法回復と取りそろってるわけだ」
「そうなるな」
「ま、出来るだけ情報を集めてみますけどね」
「よろしく頼む」
ふと、ルムハスを見やると、こちらを見て軽く笑っている。
何を笑っているというのか・・・
「・・・何か?」
「いやね・・・
そうやって誤魔化してるけど、
ミレイさんに謝るという事からは逃げられないからね」
「ぐ・・・」
「対抗手段はヨルマナに任せておけって。
ネクリオスは、心置きなく戦うためにも、
どう謝るか考えておけ」
「む・・・それが難しいから困っている」
「そこは自分で招いた事態だ。
俺らを当てにされても困る」
「解っている」
対抗戦のことを考えることで、その事実から逃げていたというのに・・・
しっかりと回り込まれて、とどめを刺された。
次回「下準備の日」
Twitter @nekomihonpo
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