足手まといの日
ティータの祝福を手放してから、平穏無事な日々が訪れた。
そりゃぁ、多少はイベントも発生したりもしたとは思うが、一般学院生の生活から、大きく逸れるような事態は発生していない。
平穏無事でつまらない・・・そんな贅沢を言うつもりはコレっぽっちも無い。
平和大事。
平穏って素晴らしい。
それはそれ。
それまで世間の事件なんかに興味は無かったのだが、自分が巻き込まれたことで気にするようになった。
とは言え、ニュース番組がある訳でも無く、それどころか新聞すら存在しないのだ。
事件の情報は、もっぱら人づての噂・・・玉石混淆、まるっきり嘘くさいモノから、子供を楽しませるためか、誇張されたモノ・・・
そういった情報から取捨選択するしか無い。
ま、所詮、趣味の片手間・・・真面目に情報収集している訳では無いのだが・・・
それでも、それなりに事件が起こっているんだっていうことは見えてくる。
どうも、定期的というか、噂に上らなくなってくると、クロによる事件が発生する。
その中でも、ブロブソーブによる事件が多いようだ。
お決まりのパターンとして、国家騎士団や神聖騎士団が退治、解決となる。
パターンとは言え、被害者がおり・・・実際にいるかは不明だが・・・やはり、身近で事件が発生すると、人々は不安におののくことになる。
それまで、気にしてはいなかっただけに、そんなにも事件が起きているのかと驚いたモノだ。
まぁ、噂レベルで、本当に発生した事件なのかは解らない事が多いが。
情報の入手という点で、噂に頼るというのは、実に心許ない。
新聞社でも設立した方がいいんじゃないか?とか暇つぶしに考えたこともある・・・
軌道に乗ったら大もうけできそうだが、そこまで持って行くのが面倒臭いと考えるのをやめた。
まぁ、そんな感じで、世間的に事件は起こったりもしているけれども、身の回りでは、取り立てた事件も無く・・・
平穏無事・・・似たような毎日であるが故に、時が過ぎるのもそれなりに早く・・・自分たちが卒業試験を受ける立場になった。
試験会場となるデグルバ山まで、馬車の大部隊で移動する。
相変わらずケツが痛い。
いや、これでもクッション・・・それもかなり厚めの・・・で、マシになってはいるのだが・・・
やはり、馬車に金属製の板バネサスペンションが無いとダメか・・・と考えているところだった。
試験内容は、例年通り・・・コア持ちのディリングを倒し、そのコアを持ち帰ること。
パーティーを組んだ場合は、個々人で倒す必要は無いが、人数分のコアを集めること。
近くの仲間がピンチだったら、加勢するか、無理そうなら助けを呼びに逃げること。
そして、なにより、無理をせず、生還すること。
ま、先生方が見回りをしているので、そうそう危険は無いのだが。
ここまでは例年通りだった。
「あと、今回は、ダルテチ学園の生徒も来ている。
知らない生徒がいるからと言って、喧嘩をしないように!
また、知らないからって見捨てるような事はするなよ!
そんなことをして、ウチの学院の名をおとしめるようなことは許さんからな!
それじゃぁ、解散!」
デリューシュ先生が説明を終え、解散を命ずる。
ダルテチ学園か・・・なるほど・・・どうりで止まっている馬車が多い訳だ。
テントの影に隠れてて正確な台数は解らないが、そこそこの人数が来ているようだ。
となると・・・狩り場の縄張り争いが大変になるのか?
ま、ディリングに対しては、ヒール無双が可能なので、奥まで行けばいいか。
「やぁ、ウィル」
戦士学科のキーウェンが話しかけてきた。
2年前、ここで彼らのパーティーを助けてから、忌み人だ、コウロイドだ・・・と言うのを気にせず接してくれる貴重な人種だ。
ま、そこまで孤立しているわけでは無いのだけれど。
それはそれとして、彼の場合、ちょっと立ち位置が特殊だ。
「キーウェン、どうしました?」
「ウィルは、いつも仲間と一緒に行動するんだろ?」
と、チノとミレイ、ラルを見回して言う。
「ええ、そうですが?」
「一緒にお邪魔してもいいかな?」
「え?」
彼の場合、立ち位置が特殊なのだ。
僕らと仲良くしてくれるのはいい。
実にありがたい。
しかし、フランテスタを筆頭とした毛嫌いしているグループとも付き合いがあるのだ。
そんな、どっちつかずなことをしていて、よくハブられないものだと不思議に思うのだが、そこでハブられないのがキーウェンの人柄なんだろう。
「そんなことをしたら、お嬢に睨まれますよ?」
「あー・・・そうか・・・彼女らはダメか?」
「ダメでしょうねぇ」
「そうかぁ・・・
彼女らも頑固だからなぁ。
ウィルに着いていけば楽が出来ると思ったんだが」
「そんなことを考えていたんですか。
キーウェンの方だって楽勝でしょうに」
「まぁ、仕方ない。
今回は素直に戻っておくとするよ」
「ええ、それがいいでしょうね」
「じゃぁ、また後でな」
「楽勝とは言え、油断なさらぬよう」
「ああ、気をつけるよ」
片手を上げつつ、颯爽と立ち去っていく。
いい男は絵になるねぇ。
羨ましい・・・
「さて・・・そんなことはともかく、僕らも出発しますかね」
「・・・うん」
コア持ちディリングを求めて奥へと進む。
ダルテチ学園だっけか?
知らない学生をちらほら見かける。
彼らもディリングを狩る演習のようで・・・要するに獲物の奪い合いですよ。
ま、奪い合いとは言え、ギスギスはしてないようだけど。
相手の顔色をうかがって、遠慮がちに獲物を倒すとか・・・面倒過ぎる。
となると、人の居ない方、居ない方・・・と進んで・・・
「かなり奥まで来たわね」
「そうですね・・・」
「他の学院の人を避けてたんでしょ?
仕方ないんじゃないかな?」
「・・・それに、ディリングも少なかったし」
「そうなんですがね・・・
ちょっと奥に来すぎましたかね?」
洞窟の奥・・・行き止まりでは無いが、三叉路の中心で周囲を警戒しつつ、会話をする。
ティータの祝福を持っていたら、こんな場所、危険過ぎて立ち止まってはいられないが、今は持っていない。
ああ、寄ってこないって素晴らしい。
と、話をしている間に、コア持ちを発見。
「ヒール!」
早速、ヒールで撃沈する。
「相変わらず、ここはウィルの独壇場ね」
「ふっふっふ、数少ない活躍の出来る場所ですからね。
遠慮無く行きますよ?」
土塊と化したディリングを足で払う。
身体の中から、握り拳程度の金平糖のようなトゲ付きの塊が頭を出す。
「早速、コア一個目ね」
「・・・うん」
もう一声、掘り起こそうと足で払ったのだが、ほんの一皮、コアをこすった。
足先に伝わる、薄氷を割ったような・・・ほんの薄い膜を突き破ったかのような・・・そんな感触が伝わってきた。
「なんだ?今のは?」
「ウィル、どうしたの?」
「いえ・・・ちょっと・・・」
コアを取るべく、しゃがみ込む。
が、手に取るまでも無い。
表面の薄皮が破れ、崩れてしまっている。
念のため手に取ってみるが・・・さらさらとでも言おうか・・・完全に崩れてしまった。
「え?どういうこと?」
「いえ・・・僕にも何だか・・・」
コアってこんなに壊れやすいのか?
遺跡発掘みたいに慎重にやらないといかんとか?
「ウィルの攻撃力が高すぎるんじゃない?」
「は?」
思わず、間抜けな返事をしてしまったが、あながち間違いとも言い切れないか。
と、なればテストするしかあるまいっ!
次のコア持ちを探しだし、実験に移る。
「うぇ~るかむ、ディリング!
ちょっと弱いヒール!」
バランスが難しい。
弱すぎて倒すことは適わなかった。
「ここ来ると、ウィルがおかしくなるよね」
「・・・楽しいんだと、思う」
「やっぱ、あれ、楽しんでるんだ」
言いたい放題だな。おい。
「もう1発、ヒール!」
足下から崩れるようにして、コア持ちが土塊と化す。
今度は、先ほどよりも慎重にコアを取り出す。
が、また薄皮を破るような感触が伝わってきたかと思うと、コアが崩れていく。
「やっぱり、ウィルの攻撃力が強すぎるんだよ」
「バカな・・・」
「強すぎるのも考え物だね」
「楽勝だったはずなのに・・・こんなハズでは・・・」
「どうしよう?」
「・・・ボクと、チノで取ってくる」
「そうよね。
ここじゃ、私の水魔法、役に立ちにくいし」
「そうですね・・・チノとミレイに任せるしかなさそうです」
「じゃ、ウィルとラルはここで待っててよ」
「は?」
「手分けした方が早いと思うんだ」
「いえいえ。何を言ってるんですか。
そんな危険なことさせられる訳ないじゃないですか!」
「・・・ウィルは、ラルとお留守番」
「いやいやいや。危ないから。
治療できる人間と一緒じゃ無いと危ないから」
「・・・大丈夫。
ボクも、チノも強くなった」
「チノもミレイも、らしくないことはしないで、
一緒に行動しましょう。ね?
ほら、ラルも心配しますし」
「チノとミレイなら大丈夫じゃない?」
後ろからフレンドリーファイアー喰らった気分だよ。
思わず、ラルの方をじと目で見てしまう。
振り返ると、チノとミレイが出発しようとしてるし・・・
「こらこら。君らも出かけようとしない」
「時間勿体ないじゃない?」
「焦らず、ゆっくり行きましょうよ」
言い終わるか終わらない最中に、地鳴りに近い爆発音・・・そして、続いてゴゴゴゴという表現が相応しい地響きが聞こえてきた。
誰かが派手な攻撃呪文でも使ったのだろうか?
「今の音、なん」
会話をさえぎるほどの轟音と、上から降り注ぐ土砂。
「チノ、ミレイ!?ゲホッ、ゲボッ」
その場に留まっていては、生き埋めになってしまうため、慌てて後ろに下がる。
「ゲホッ、ミレイ!チノ!」
轟音が止んだ後には、大量の土煙と、目の前を塞ぐ壁。
見回すが、人が通れそうな隙間は見えない。
取り敢えず、これ以上の崩落は起きそうに無いが・・・
「ミレイ!チノ!無事ですか!」
大声で向こう側に呼びかける。
「チノ!ミレイ!」
耳を澄ませるが、自分の鼓動、呼吸音、ラルの息づかいがやたらと耳に付く。
「・・・ィル」
微かにだが、確かに聞こえた。
チノの声だ。
「チノ!ミレイ!無事ですか!?」
じっと耳を澄ませる・・・
「ボ・・・は大丈・・・よ・・・」
所々、聞き取れないが、なんとか無事のようだ。
「よかったぁ」
「ええ、無事なようですね」
それはそれ・・・どうする?
どう見ても通れそうな穴は無いし、下手に触って更に崩落しても危険だ。
土属性魔法でもあれば、状況は違うのかも知れないが・・・水に氷だしな・・・
急いで合流すべきだが・・・正確なマップが無いからな・・・速攻で入り口に戻るべきってとこか。
「急いで、入り口に戻ってください!
入り口に戻るんです!」
「・・・わか・・・」
「急いで入り口ですからね!」
「・・・った・・・また・・・」
「無事に伝わったと信じるしかないですね」
「そ、そうだよね」
「さて・・・」
振り返って、通路の先を睨む。
残った道の先は・・・来た道とは違う。
「行き止まりじゃ無いといいんですが・・・」
「ええ!?今更!?」
「ま、こっちは僕がいるので、
命の危険は少ないでしょう。
最悪、どこかで助けを待つというのも手です」
「うわぁ。最後の手段だよね~」
「そうですね。
ま、先を急ぎますかね」
寂しいパーティーになってしまったが、今は先を急ぐとしようか。
次回「足手まといの日の???(他校生)」
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