招かれざる客の日のその後の???(???)
「ヴァトリー卿、もうあの話は聞き及んでおるか?」
「は?」
久しぶりにアシュタリウス聖本教会に参内し、運営会議と称したご機嫌伺いを済ませた後の事だった。
「ブロブソーブを捕らえたという件じゃ」
「ああっ。ええ、もちろんです。
さすが、ラウニー大司教、
すでに情報を入手しておいでとは・・・」
本当に耳が早い。
どこから入手したんだか・・・
「さもあろう、さもあろう。
ワシとて、卿に負けず劣らず、
手足となって、ワシに情報を届けてくれる者くらいおるぞ」
「いえいえ、私めなぞはまだまだ」
「何でも、神聖魔法の使い手である子供が、
コトナの町中で捕らえたと言うではないか」
「ハッ、私めも、そのように聞いております」
「して・・・その子供は、教会の旗印になりそうかの?」
「いえ、まだそこまでの情報は・・・」
「見目麗しい子供だとよいのぉ。
そうは思わんか」
「はぁ・・・」
「美しい女子だと旗印にはぴったりじゃの。
ブロブソーブを神聖魔法で退治する聖女。
絵になるではないか」
「ハッ、そうですな」
「そうなると、世俗の余計な澱に穢される前に、
保護してやらねばならぬ。
是非とも、本教会でワシが直々に教育せねばなるまいのぉ」
「いえ、しかし・・・男子である可能性もありますが・・・」
「フェッフェッフェ、構わんよ。
見目麗しく、凜々しい男子でも、
十分に旗印になってくれよう。
なにせ、ブロブソーブに対抗できる男の子じゃ。
その子を旗印に騎士団が付き従う様など、
まさに絵画に相応しいでは無いか。
強いて言えば、あどけなさが残っておると、なお、よいのぉ。
それはそれで、ワシが教育してやらねばのぉ」
「今しばらく、お待ちください。
私めの部下が、精査している最中にございます」
「うむ。よろしく頼むぞ。
ああ、楽しみじゃ。楽しみじゃ」
その巨体を揺らしながら、会議室を出て行く。
薄汚い油袋め。
いつか、その袋の中身をぶちまけて死ぬことになるぞ。
「ラクスロイ様、お顔が険しくなっております」
「ん?・・・うむ。そうか」
奥の扉から、部下のフォミットが出てきて、そんなことを言う。
「あの薄汚い油袋をのさばらせておいて、
教会のために良いものかと思ってな」
「いくら私しか居ないとは言え、
少し、お言葉が過ぎます」
「そうは言うがな・・・
あの変態をこのまま大司教に据えておいて良いものか・・・」
「今のところ、表沙汰にはなっていないようですが」
「表沙汰になっていたら、教会はお終いだよ。
どうも、そういう所と金勘定だけは、
如才ないのが困る」
金と言えば・・・ヤツの考えた集金の仕組みは感心するほか無い。
クロの脅威に脅える人心の隙間に、実にうまく入り込んでいる。
国の騎士団は、その立場上、広く国を護らなければならない。
ノラやクロの脅威に対して、満遍なく対応を行う。
とは言え、彼らの力も有限だ。
被害の出ている・・・自分の所には間に合わないかも知れない。
そんな不安に対し、ヤツは「教会の神聖騎士団を寄付金に応じて優先的に派遣しようではないか」と、のたまった。
その言葉は、不安で心細い人々の心理に"するり"と潜り込んだ。
しかしながら、神聖騎士団だって有限だ。
大口の寄付金者だけで一杯一杯になってしまう。
小口の連中は、有事の際、駆けつけて貰えるか怪しい。
と、なってしまっては大口の寄付金連中だけで終わってしまうが、ヤツの手口は、ここからがえげつない。
大口の寄付金を納めた連中に、派遣された騎士団をどう扱うか決めさせると言うのだ。
自分の所の問題が解消したら、それを自分の下の小口連中に派遣して良いと言う。
小口の連中は、有力な大口寄付金者の下に付けば、自分の所にも派遣して貰える可能性が増える訳だ。
・・・実際に派遣して貰えるかは別だが・・・恐らく、派遣しては貰えないだろう。
その小口の寄付金は一部を大口がかすめ取って、後は教会が頂く。
大口の者は、実際に派遣して貰えるだけの金額を維持しなければならない。
そのために小口の者を必死で集める。
小口の者は大口の者を見極め、傘下に入ろうとする。
あとは勝手に大口の者が額を積み増していく。
教会としては大口からの寄付金だけを管理すればよく、実に効率的だ。
ヤツの考えた、この仕組みによって、教会の勢力は一気に強大になった。
なにせ、資金は潤沢だ。
その資金で更に神聖騎士団の拡充だって可能だ。
日々、寄付金が増える毎に、ヤツの地盤が強固な物になっていくのを感じる。
いずれ、私の立ち位置も含め、手を打たなければな・・・
「まぁ、いい。
それで・・・詳しいことは解ったのか?」
「ブロブソーブの件でしょうか?」
「ああ、そうだ。
それで・・・本当に子供なのか?」
「はい。そういう報告が上がってきております」
「そうか・・・
すぐに巡視隊なり、騎士隊が駆けつけた・・・
と言うことも無いのだな」
「特にそういう報告は上がってきておりませんので、
恐らく、大人の助力は無かったかと・・・」
「ふむ・・・
それで、男子との事だったな」
「はい」
「まぁ、それは多少安心だな」
「多少なのが困りものですね」
「これが女子だったりしたら大変だ。
間違いなく、ヤツの毒牙に掛かる。
男子との事だが・・・
ヤツの毒牙に掛かりそうか?」
二人して、うんざりという顔をしてしまう。
やはり、あんなのが大司教というのは・・・この組織も長くないな。
「いえ・・・そこまでは、まだ解りませんが・・・
名を、ウィル・ランカスターと言うそうです。
ランカスター家の長子との事です」
「ふむ・・・ランカスターか・・・」
はて?どこかで聞いたことがある名だな。
どこだったか・・・
「ハイエルフの至宝の件でございます」
「なに?・・・おぉ、そう言えば、そんな名であったな。
・・・同一人物なのか?」
「確認は取れておりませんが、恐らく・・・」
「少し、王に近すぎるか?」
「いえ・・・そこまで近しい家柄という訳では無いようです。
もっとも、ハイエルフの件で、一目は置かれているでしょうが」
「ふむ・・・まぁ、いい・・・続けてくれ」
「ハッ。その少年ですが、神聖魔法のかなりの使い手のようです。
自宅、庭にて、ブロブソーブに襲われたところを、
神聖魔法で気絶させ、通報。捕縛に至ったとのことです」
「神聖魔法で気絶だと?
神聖魔法でどうやって気絶させるのだ。
神聖魔法の使える剣士という訳では無いのだな?」
「剣士との報告は上がってきておりませんが・・・
それに、剣士だとしたら、ブロブソーブに勝てる剣士ということになりますが」
「む?そ、そうか。
まだ、子供という話だしな・・・
さすがにそれは無いか。
そうだ。
ハイエルフの至宝・・・
その宝の力という事は・・・」
「その可能性は否定できませんが、
報告書を見る限り、違うようです。
なんでも、心力を分け与えることで気絶させたとの事です」
「心力を・・・分け与える?」
「はい。そう、報告が上がってきています」
「回復では無いのだな?」
「報告書上では」
「ふむ・・・まぁ、いい。
ブロブソーブを倒せる聖職者だ。
うまくこちらの御旗に仕立て上げたいところだな」
「ハッ。ただ、少し気になる事が」
「気になる事?なんだ?」
「報告書に忌み人とコウロイドとの付き合いがあるとの噂が・・・」
思わず眉間にしわが寄ってしまう。
「よりによって、なんて組み合わせだ。
その噂、確かなのか?」
「いえ・・・まだそこまでは」
「少なくとも、あの油袋に知らせるのはまずいな。
面倒事になるのが目に見えている。
向こうの耳に入らないようにした方がいいかも知れんな」
「必要とあらば、向こうの耳を削ぎ落としますか?」
「いや・・・そこまでは必要無かろう。
精々、耳に聞こえの良い音を聞かせるくらいでよかろう」
「ハッ」
「それにしても・・・
その少年をこちらが担ぎ上げるのも少々まずいか・・・」
「アルバ・シャンタの学院生との事ですので、
追って詳細を調べさせましょう」
「うむ、よろしく頼む。
さて・・・どう報告した物かな。
他のツテで報告が上がるより前に、
こちらから報告を上げて、興味を失わせたい所だな」
軽く考えてみるが、中々いい考えが思い浮かばない。
あの変態が、幅広く手を出せるので困る。
中途半端な嘘を混ぜても、他から報告が上がっては困る。
と、なると、やはり他の報告者を潰すか?
・・・そこまでする価値があるのか?
いや、手間や危険の割に、そこまでの価値は無さそうだ。
「フォミットは、調査を継続させてくれ」
「ハッ」
「報告は、情報を薄めて小出しにすることにしよう。
見目麗しいと言うほどでは無いと解れば、
ヤツも興味を失うだろう」
すでに自分の出る幕では無いと言うことをわきまえているのか、そのつぶやきに対する返事は無かった。
次回「再会の日」
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