招かれざる客の日
濡れ衣を着せようとした巡視官の死体が発見された。
死んだ巡視官に対して、可哀相とか、ざまあ見ろとか・・・そういう感情は特に起こらなかった。
こう言ってはなんだが、路傍の石がどうなろうと知ったことでは無い・・・と言うのが近いだろうか。
痛ましい事件がありました・・・そんなニュースでの冒頭の挨拶程度の認識・・・
が、実際には、全くの無関係とはいかない。
まぁ、そりゃそうだ。
死ぬ数時間前まで取り調べという形で、被害者と接触していたのだ。
当然、事情聴取を行いたいと言ってきた。
巡視側にとって不幸なことに、濡れ衣を着せられそうになったと、父様に告げ口をした後だった。
父様が、自分か、その知人が同席しない限り、一切の協力を拒否すると言い切った。
まぁ、その方が安心なのは間違いないのだが、そこまで拒否して大丈夫なんだろうか?
どうも、多少の職権乱用も含みつつ・・・結構、上の方でも問題視してくれた様だ。
巡視側も何かを言われているらしく、大人しく引き下がった。
そんな訳で、父様の知人のシトルさんと事情聴取を受けてきた。
まぁ、事情聴取と言っても、こちらは被害者から取り調べを受けていただけだ。
特に話すほどのネタも無い。
むしろ、向こうから色々と聞き出してきた所だ。
被害者の巡視官は、その日、酒場でお酒をたしなんだ後、帰宅途中に襲われたらしい。
抵抗というか、戦闘を行った形跡が残っており、相手に手傷を負わせた可能性もあるとのこと。
加害者は、鞘を何らかの手段で破壊しており、相当の力持ちであることが予想される。
死因は、首筋からの吸血・・・と思われる。
ブロブソーブは、一般的に力持ちと言われており、鞘の破壊の件と推定死因とを合わせると、ヤツによる犯行で間違いないと思われる。
と言うのが、現在、巡視側が掴んでいる情報だ。
夜間、暗い商業地、路地裏での出来事であり、目撃者が今のところ居ないため、迷宮入りの度合いを深めている。
ま、こちらは当然、なんら情報を持っていないため、双方にとって、実に有意義とは言い難い・・・無駄とも言える時間を過ごした。
事件の解決には一歩も進んでいないという状況で、いつまでも頭を付き合わせていても、それこそ事件は進展しないので解放された。
シトルさんと一緒だったお陰か、それとも被害者の巡視官だけが問題のある人物だったのかは解らないが、無事に解放されて安心した。
シトルさんには本当に申し訳ないが、大助かりだったのは間違いない。
すっかり薄暗くなってしまった大通りの家路を急ぐ。
薄暗くなったとは言え、夜のとばりが降り始めたばかりなので、まだまだ人通りは多い。
ふと、目の前を何かが横切って・・・縦切ってと言うべきか?・・・地面に落ちる。
いくつかの小石が降ってきたかのような音だ。
地面を見ると、瓦の破片だろうか・・・いくつかの小片が跳ねて転がっている。
手に取ってみるが・・・やはり瓦のようだ。
屋根を見上げてみるが、誰かが洗濯物を片付けているとか、屋根に上がっているといった様子は見て取れず、どこから落ちてきたのかまでは解らなかった。
ただ、瓦のこすれ合うような音が聞こえてきただけだった。
「ウィルくん、どうかしたかね?」
シトルさんが、急に立ち止まったのを心配して、声を掛けてきた。
「いえ・・・どこかの屋根から何かが降ってきたので・・・
どうやら、瓦の欠片みたいです」
「ふむ。ここいらの建物の屋根が劣化しているのかな?
誰かが怪我をする前に、修繕するよう触れ回った方が良いかも知れないね」
「そうですね。
誰かが怪我をしてからでは遅いですからね」
そうだな。
大きな破片じゃなくてよかった。
そう考えると、マシだったな。
家に着いて、シトルさんにお礼を述べ、その日はシトルさんも交えての夕食となった。
父様は、仕事の関係で帰りが遅くなるそうなので、後でしっかりとお礼をして貰うよう言っておくことにしよう。
夕食も終え、適度な歓談の後、シトルさんは帰っていった。
2階の自室でまったりしていたのだが、夜空が綺麗なのと、澄んだ空気で少し気分を切り替えたかったのでベランダに出た。
さすがにこの季節は少し・・・いや、かなり寒いが、その寒さが、引き締まるようで心地よかった。
ブロブソーブによる吸血事件・・・普段なら、そんな事件もあるのか・・・程度の認識なんだろうが・・・
さすがに目の前で目撃し・・・袖すり合う程度だったとは言え、関係のあった巡視官が死んだことで、物凄く身近な事件に感じる。
こんなにも身近で頻発されると、母様やミレイが1人で外出・・・なんてのは心配になってしまう。
明日にでも、一応、念押ししておいた方がいいだろうか。
そろそろ部屋に戻ろうかと言う時・・・
「オマエカラ、ニオウナ」
声が聞こえた。
そんなバカなと振り返ろうとしたのと、何者かの腕が伸びてくるのと、それを視界の隅に捕らえ避けようと横に転がったのが、ほぼ同時に連続して起こった。
身体を丸めるように横に転がり、その勢いのまま立ち上がる。
軒先の部分につま先を引っかけるようにして、何者か・・・その赤い目からブロブソーブだろうとうかがい知れたが・・・ぶら下がっていた。
ええい、丸腰だというのに・・・いや、得物を持っていたとしても後衛職なので、役に立たないのだが・・・牽制くらいは・・・
と考えて、鞘を破壊するくらい力持ちに対して、非力な後衛職の牽制が何の役に立つのか・・・と自分の力量に突っ込みを入れていた。
「スン・・・
ヤハリ、オマエカラダナ」
何かを嗅ぐような所作をしたかと思うと、ベランダに音も無く降り立った。
これって・・・やっぱりティータの祝福がクロをおびき寄せたと考えるべき・・・だろうなぁ。
ええい。やっかいな・・・やはり呪われたアイテムなんじゃ無いのか?
相手から目をそらさずに、どうすべきかと考える。
自分に出来ることは少ない。
父様が家に居れば、まだ良かったのだが、あいにくと前衛職は家に居ない。
家族がここに来るのはよろしくないって事だ。
ゆらりと、こちらに近づいてくる。
「オトナシクシテイロ」
手をこちらに伸ばしてくる。
柔道の前回り受け身よろしく、相手の脇をすり抜けるように飛び込んで後ろに回り込む。
あまりゆっくりと考えている時間が無いのは間違いない。
ベランダで暴れていては、音で家族がやってきてしまう。
その時、こいつは逃げるだろうか?
それとも、家族を襲うだろうか?
家族が襲われる!?
冗談じゃ無い。
やはり、ここは・・・逃げの一手だ。
ベランダの手すりに手を載せ、すり抜けた勢いのまま、身体をベランダの外へとダイブさせる。
少なくとも相手が振り返り、こちらを確認するまでの時間は稼げたはずだ。
両脚を目一杯使い、勢いを殺すが、それでも足りない。
更に前回り受け身で勢いを殺しつつ・・・って、庭の小石が背中や頭に当たって痛い。
もっとも、そんな些事を気にしている暇は無い。
敷地の外へ向かって駆け出す。
後ろを軽く振り返る・・・ヤツが飛び降りる所が視界の隅に入った。
まずは大通りに出て、巡回中の巡視にでも遭遇するのが望ましい。
敷地の外まで、あと少しという所で、後頭部を平手で叩かれた。
叩かれるというよりも殴られるという表現がぴったりなくらいの勢いだ。
口から空気とも呻きとも解らない音が漏れる。
つんのめる様にして前転してしまう。
あまりの勢いで回転してしまったのが逆に幸いした。
これが、顔面から地面に叩きつけられたりしたら目も当てられない。
あまりの強打に、視界がクラクラする。
それでも大通りに向かって走り出そうとした所に、顔面に向かってヤツの手が伸びる。
咄嗟に両腕で顔面を護る様にガードした。
あまりの強打に、後ろへ吹っ飛ぶ。
ガードした意味があったのか疑わしいくらい、腕が痛かった。
吹っ飛んだ先には、運悪く、庭石がおいてあり、背中を強打する。
「がはっ!
・・・ゲホ、ゲホ、ゲホッ!」
うつぶせになってしまう。
起き上がろうと両腕で身体を起こすが、力が入らず、崩れ落ちてしまう。
「テコズラセルナ」
もたもたしていたから、当然の様にヤツが目の前にいた。
無理矢理、仰向けにさせられ、組み敷かれる。
「ゲホッ・・・何を?」
何を?
そんなの解りきっている。
ヤツは吸血鬼だ。
獲物の血を吸うに決まっている。
首と言うよりは鎖骨に近い部分に噛みつかれた。
ぐにゅりとも、ずぶりとも付かない音が身体を伝って聞こえてくる。
「うあ゛」
思ったよりは痛くない。
痛いと言うよりは熱を持った様な熱さだ。
ヤツが血をすすり始める。
いかん、このままでは失血死してしまう。
「誰かー!助けてーっ!誰かーっ!」
表の通りに誰か居ないかと期待して大声を出してみるが、反応は無い。
こんな夜更けに、私有地の暗闇を覗き込む人がそうそう居るとは思えない。
こっちが大声を出しても、ヤツが吸血をやめる様子は無い。
まずいまずい。
大声を出した所為もあるが、頭がくらくらしてきた。
最悪、自分にヒールを掛けて時間稼ぎというか、我慢比べをするという手があるが・・・分が悪そうだ。
ヒールで造血して、相手の腹を破裂させる・・・マンガじゃあるまいし・・・
ふと、自分の心力が減ってるような気がした。
あまりのピンチに平静でいられないからだろうか?
そのために心力が減った?
ゆっくりしている暇は無いのだが、どうしても気になったので、目を閉じて、自分の状態を確認する。
手足に多少の痺れ・・・貧血の所為だろうか?
吸血されている部分にも痺れを感じる・・・麻痺毒か?
そして・・・やはり心力が減っているように思われる。
つまり、コイツは吸血という行為で心力を吸い取っている!?
両腕は組み敷かれているため、接触している。
頭部も、少し無理をすれば接触が可能だ。
それこそ、マンガじゃ無いが・・・
「我、彼の者に気力の源、全ての力を分け与えん!トランスファーッ!」
ありったけの心力を・・・自分の心力が如何ほどの物なのか知らないが・・・ほぼ全て注ぎ込んだ。
もう・・・指一本動かすのですら、かったるい。
ヤツの状態を確認するのも億劫だ。
だが、それまで身体の中を伝わって聞こえてきていた不快な音・・・吸血の音が止まっていた。
ヤツの身体から力が抜け、覆い被さるようにのし掛かってくる。
死んだのだろうか?
それとも、気絶したのだろうか?
気力の最後の一滴を振り絞って、ヤツの身体を脇にどける。
もう身体を動かしたくない。
ヤツの状態を確認し、しかるべき対応を取るべき何だが、それすら億劫だ。
心力の枯渇、貧血、麻痺毒の不協和音とでも言おうか・・・
こんな所で寝たら、風邪を引くだろうか?
そんなことも考えていたが、遠くからミレイの呼ぶ声が聞こえた気がした。
なんとも言えない、まったりとした雰囲気に意識を漂わせ、ゆっくりと意識の手綱を手放したのだった。
次回「招かれざる客の日のその後の???(???)」
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確認するの億劫だ→確認するのも億劫だ