取り調べの日のテンゲイ(巡視官)
「まったく、冗談じゃないぜ。
副所長のクソ野郎が。
俺がどんだけ事件を解決してきたと思ってんだ」
「テンゲイさん、飲み過ぎですよ」
「うっせぇ。
ほら、酒持ってこい」
行きつけの飲み屋で今日の憂さを晴らすべく飲んでいるのだが、おやじがそんな詰まらないことを言う。
いいから酒だけ出してりゃいいんだ。
「それにしても生意気なガキだったぜ。
さっさと認めちまえば良いモンをよ。
昇進の踏み台を、また探さないといけないじゃねーか」
「はいよ。酒だよ。
テンゲイさん、これで最後にしてくれよ?」
「あ?
ケチくさいこと言うなよ」
「いや。そろそろ店じまいの時間だよ」
「ああ?
もうそんな時間かい」
ぐっとぬるい杯をあける。
「んじゃ、おやじ。
また今度な」
「はいはい。
お代は今度来た時だね。
お早いお越しをお待ちしてますよっと」
店を出る。
どうにも腹のムカ付きが収まらない。
ま、原因は簡単だ。
今日のガキが予想外だったからだ。
あそこで素直に認めてくれてりゃ、また一歩、昇進に近づけたってモンを・・・
もうそろそろ部隊長の1人にはなれそうだったのによ。
それどころか、ランカスター家だかなんだか知らないが、お偉いさんのご子息だって怒られちまった。
いや、まぁ・・・ランカスター家自体は知っているが・・・
お偉いさんの息子だかなんだか知らないが、ブローブ(ブロブソーブ)かも知れないじゃねーか。
それにしても副所長のヤツ、今まで散々、俺の成果でイイ思いしておきながら、「やりすぎは良くない」とか抜かしやがって・・・
「オイ、オマエ」
「んあ?」
後ろを振り返ると、不審人物がいた。
「お前、何だ。
怪しいヤツだな・・・
ちょっとそこまできてもらおうか」
「スン・・・
ヤハリ、オマエカラニオウナ」
大人しく着いてくる気は無しってことか。
これって・・・公務執行妨害だよねぇ。
憂さ晴らしにちょうどいいか・・・
「なぁ~に言ってるのか解らないけど、
ちょ~っと運が悪かったねぇ」
腰から、刀を鞘ごと引き抜く。
刀鞘の固定具は付けたままだ。
さすがに刀を抜いて、刃傷沙汰はまずい。
「大人しく、して貰おう、かっ!」
大きく振りかぶり、素早く叩く。
こちとら、巡視官で喰ってるんだ。
そこいらの素人ごとき・・・
「なにぃ」
ヤツは片手で受け止めていた。
刀鞘による打撃とは言え、十二分に痛いハズだ。
それを平然と受け止めていやがる。
「くっそ。離せ!」
強引に腹を蹴り飛ばしながら、刀鞘をもぎ取る。
「ふざけやがって!」
本気で打ち込みに掛かる。
頭、上腕、腿・・・
いくら酒が入っているとは言え、そこまで鈍い打撃だとは思っていない。
いや、酔って鈍くないと思い込んでいるだけか?
そのことごとくを、片手で払われる。
「なんなんだ、お前!」
「エサハ、オトナシク、シテイロ!」
打ちかかった刀鞘を捕まれる。
どうにも動かない。
なんて力してやがんだ、こいつ。
ミシリと軋む音が聞こえてきたかと思うと、甲高い・・・ひびの入る音が聞こえた。
こいつ、刀鞘を握りつぶしやがった。
「ありえないだろ!」
ツバの部分の留め具を急いで外す。
そのまま刀を滑らせ、鞘から抜く。
あまりにもおかしい。
酔って、酒の見せる悪夢ならどんなにマシなことか。
相手を殺してしまうかも知れないが、相手は鞘を片手で握りつぶす化け物だ。
悠長なことを言っている暇は無い。
あとでお小言・・・下手すれば降格かも知れないが、今は諦めようじゃないか。
「イィィィヤァァァッ!」
身体を前傾し、ひねり込むように腕を突き出す。
ヤツの身体を貫いたと思った瞬間。
ヤツの身体が消えた。
「どこだ!?」
頭の中で叫んだのか、声に出せたのか定かでは無い。
額に何かが触れる。
それがヤツの手だと気がついた時には、地面に押し倒され、頭を打ち付けられた後だった。
石畳と頭のぶつかる音が頭蓋の中を駆け巡り、痛みと共に襲ってくる。
「ガハッ」
意図せず、口から肺の空気が漏れる。
朦朧とする意識の中、刀を確かめようとするが、どうやら離してしまったようだ。
急いで探さなければ・・・
はっきりとしない頭で刀を探そうともがいていると、ヤツが俺の身体を組み敷く。
両腕を押さえつけられ、これっぽっちも動かない。
なんて力だ。
「ど・・・け・・・
はな・・・せ」
「ソノニオイ、タシカメサセテモラウ」
「な・・・に?」
ヤツの顔を初めて見た。
いや、見えてはいたのだが、ここに来て、初めて相手を認識した。
赤い・・・血のような赤さの目が・・・暗闇に血が溶け込むような赤さが目に付く。
その赤い目が近づいてくる。
「なに・・・を・・・する気だ」
突き刺すような・・・焼けるような・・・溶けるような・・・痛みとはまた違った感覚が襲ってきた。
首を噛まれている!?
そうか、こいつがブローブのクソ野郎か!
引き剥がそうと手足に力を入れる。
が、ヤツに組み敷かれた手足は、自由の身をもたらしてはくれなかった。
「くそ・・・はなせ!」
必死に暴れるのだが、ピクリともしない。
首からは血を吸われ続けている。
鈍い痛みと痺れがじんわりと広がっていく。
どんなにあがこうと、その牙が外れることは無く、耳元で血をすする音だけが、嫌にはっきりと聞こえてくる。
「くろ・・・ろけ・・・」
なんだ?
うまく舌が・・・動かない。
どれくらい・・・あがいたのか・・・解らないが・・・
不思議と・・・痛みが・・・遠のいていく・・・
その間も・・・血は吸われ・・・続け・・・
力が・・・抜ける・・・
抵抗する・・・心が・・・くじける。
目の・・・前が・・・ぼんやりして・・・くる。
指・・・に・・・力が・・・入ら・・・ない。
もう・・・疲れ・・・
「ケッキョク、ニオイノモトハ、オマエデハナカッタヨウダナ」
・・・な・・・に・・・?
次回「帰省の日のチノテスタ(友人)」
Twitter @nekomihonpo
変更箇所
してやなんだ→してやがんだ(指摘感謝)
※刀鞘:言葉通り刀を鞘に収めた状態。固定具で簡単に抜けないようになっており、警棒のようにして打撃武器として使用する。暴徒鎮圧用。
いつも感想、指摘、評価等ありがとうございます。
今回、ちょっと話が短めですので、次話を早めにアップする予定です。
(次話も短めなので・・・)