取り調べの日
季節も巡り、落葉の季節(12月~2月)となった。
新葉の季節への準備ということもあり、最後の3巡りは長期休暇となる。
その前後の日曜も含めると、30日間という長期休暇だ。
当然のことながら、実家に帰省する。
馬車で1日程度の距離とは言え、相変わらずケツが痛い。
その日の夜遅く、実家に帰り着く。
「ただいま帰りました」
「・・・ただいま」
「ああ、おかえり」
「ウィル、ミレイちゃん、おかえりなさい」
「おかえりなさいませ」
三者三様に出迎えてくれる。
やはり、実家には得も言われぬ暖かさがある。
なんともじんわりとしてしまうな。
「寒かったでしょう。
こっちにきて暖炉で暖まりなさい」
「はい。母様」
さすがに、こんな時間では・・・弟は寝ているだろうな。
暖炉で暖まっていると、ノイナが夕食・・・と言うよりは夜食か?を並べてくれていた。
ミレイがそれに気づいてノイナの所に行く。
「・・・ボクも並べる」
「いいえ。大丈夫ですよ。
今日は疲れてるでしょう?」
「・・・でも、
・・・ボクの、仕事」
「それに、もう終わりです」
「・・・あう」
「さぁ、ウィル、お腹がすいたでしょう?
夜も遅いから、軽くだけど・・・
お食事をして、暖かくして眠りなさいな」
「はい」
席について、ミレイと2人、食事を頂く。
黒パンとトウモロコシのスープ、腸詰めの塩茹でという簡単な食事だが、出来たて・・・というか、暖められたばかりなので暖かい。
じんわりと身体の奥から暖まる感じだ。
身体を温かくして、暖かい布団でぐっすりと疲れを取りたい所だ。
そんな食事を終え、その日はぐっすりと眠った。
3歳になった弟のウィノウは「にーさん、にーさん」と懐いてくれていて、実に可愛らしい。
ミレイの事もお姉さんと思っているのか、「みれねー、どこいくの?」と仕事中のミレイを追っかけ回している。
じゃれつかれて、おたおたしているミレイというのも可愛らしくて微笑ましい。
いつものように、(元)枯れ森に出向き、ミレイの魔法の特訓とトランスファーによるMP譲渡を行った。
呪印魔法は、魔法陣によって、パラメーターを別途与えることが出来る物が存在する。
それによって、複数の矢を形成したりすることが出来る。
当然、パラメーターを与えて、多数のオブジェクトを生成することにより、より多くの心力を消費する。
かなり効率よく、心力を消費する事が出来るので、重宝している。
そんな枯れ森での特訓も終わり、ウィノウへのお土産を探して散策していた。
この季節、エルーズという蜜柑より少し小ぶりな柑橘系の果実が採れる。
もっとも、冬の鳥たちにとっては、貴重な食料となっているため、なかなか見つからない。
思った以上に歩き回った末、なんとか鳥たちに荒らされていない木を見つけた。
ってことで、いくつかもぎ取る。
ふと、もぎ取ることで、鳥たちの餌が減るわけだが・・・と気になったが、弱肉強食、早い者勝ち・・・諦めて貰おう。
思っていた以上に時間を食ってしまったため、すっかり暗くなってしまった。
「ちょっと暗くなりすぎましたね。
急いで帰りましょう」
「・・・うん。
・・・近道、使う?」
「そうですね。
少しでも早く帰った方がいいでしょうね」
メインストリートから薄暗い脇道に入る。
が、目の前に何かがいた。
「何!?」
黒い外套を頭からすっぽり被った人が、素早く立ち上がり、振り返る。
薄暗い路地で、頭巾部分でさらに暗くなったその顔に、暗闇でもはっきりと解る赤い目が光る。
ミレイをかばうようにして立ちはだかる・・・が、その不審者は薄暗い路地を奥へと駆けていった。
まるで飛ぶように・・・と言う表現が相応しい速さで視界から消える。
後には白い何かが残されていた。
かすかに動いているようにも見える。
「ミレイは大通り付近まで下がっていてください」
「・・・でも」
「大丈夫です。
念のためですから。
何かあったら大声で呼びます」
「・・・うん」
ミレイを後ろに下がらせ、その何か・・・人影か?・・・に近づく。
薄暗い路地のじめじめとした空気に、ほのかに血の臭いが混じる。
ケガ人か?
「大丈夫ですか?」
声を掛けながら、慎重に近づく。
声掛けに対する応答は無い。
女性のようだ。
首筋から血が流れている。
「リサーチ」
首の部分の出血以外にケガは見当たらない。
体力、心力共に低下しているようだ。
首のケガは・・・まるで吸血鬼にでも噛まれたかのような・・・そんな傷口だった。
「ヒール」
気絶をしているわけでは無いのだが、声に対して返事が無い。
応答自体が薄い?
「大丈夫ですか?」
何かを喋ろうとしているようだが、声にならない。
麻痺毒みたいな物に冒されているのだろうか?
「おい、お前!
何をしている!」
後ろを振り返ると、2人組の・・・巡視官が立っていた。
「ちょうどいいところに・・・
この女性が」
「おい、大丈夫か!?」
言い終わる前に若い方が自分を押しやって、女性に駆け寄る。
「しびれ薬か何かで、
身体の自由を奪われているみたいです」
「君は大丈夫かね?」
年配の方が問いかけてくる。
「ええ、僕は大丈夫です。
僕が声を掛けたら逃げてしまいましたので」
「ふむ・・・
取り敢えず、彼女は治癒院に運ぶとして、
君には事情を聞かねばならないんだ。
ちょっと西の詰め所まで来て貰えるかな?」
「ええ・・・解りました」
ミレイと一緒だと、忌み人と誤解を与えかねないから危険かな?
先に帰って貰うか・・・
ミレイの方も巡視官は苦手なのか、建物の影に隠れたままだしな。
メインストリートに出る時に、小さい声でミレイに話しかける。
「ミレイ、そのまま帽子で髪を隠していてください。
僕はこれから西の詰め所に向かいます。
母様に、そう伝えてください」
「・・・大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。
すぐに帰れますよ」
「・・・解った」
ミレイがそっと、この場を離れる。
「おい、何してるんだ?」
ひそひそ声が聞こえたのか、問いかけられてしまった。
「ええ、妹に家族への伝言をお願いしたんですよ」
「なんだ。妹さんと居たのか。
じゃぁ、妹さんも行くか?」
「ああ・・・いえ、もう家に向かわせてしまいました」
「ぬ?そうか・・・
まぁ、大通りなら安全か・・・」
「え?どういうことですか?」
「なんだ、知らないのか?
ここ最近、ブロブソーブによる吸血事件が多発しているんだ。
さっきの嬢ちゃんも、その被害者だろう」
ブロブソーブ・・・の吸血事件?
ブロブソーブって何だ?
「ええ!そうなんですか!?
実は、学院の寮から帰ってきたばかりで、
その辺のことは知らなかったんですよ」
「なんだ。学院生なのか」
吸血事件ってことからブロブソーブってのが吸血鬼なんだろうか?
個人名、もしくは種族名、または蔑称ってところか。
「ええ、アルバ・シャンタの学院生です」
「そうか。まぁ、詳しいことは詰め所で聞かせて貰うぞ」
「えっと・・・お手柔らかにお願いします。
とは言え、あまり有力な情報は持ってないと思いますが・・・」
「それは坊主の気にすることじゃないさ。
おかしな坊主だな」
少し歩いた所に西の詰め所があった。
建物の規模としては宿屋2軒分くらいだろうか?
結構大きめの建物だ。
その建物の中に入っていく。
まるで絵に描いたような取調室で、若い方から事情聴取を受ける。
こういう部屋って自然と殺風景になるモンなのかな?
「じゃぁ、まずは持ち物を全部ここに出して」
「え?」
「まぁ、一応の決まり事だからね」
「はぁ・・・」
持ち物と言っても、あまり無いのだが・・・
「へぇ~。
綺麗な首飾りだね。
どうしたのコレ?」
「えっと・・・知り合いから頂きました」
「ふ~ん。そうなんだ。
高そうだねぇ。
本当に貰ったの?」
「ええ。そうですよ」
「まぁ、いいか。
取り敢えず、座りなよ」
「はい」
ティータの祝福を所在なさげにいじりながら、椅子を勧められる。
なんなんだ?
「あー。まずは名前を聞いておこうか」
「ウィル・ランカスターと言います」
「そう言えって言われたの?」
「え?」
「まぁ、いいや。
それで、ウィルくん・・・だっけ?
見たことを教えてくれるかな?」
「は、はい」
どうにも釈然としない物を感じながらも、見たことを見たまま伝える。
「ふ~ん。
逃げた所と目が赤いってこと以外は、
俺が見た場面とそっくりだね」
「え?」
「キミ・・・ウィルくんだっけ?
被害者の首すじあたりに座り込んでさ・・・
俺らが声を掛けたら、
慌ててコチラを振り返ったじゃない?」
「は?」
おいおい。どういうことだ。
犯人にでっち上げようっていうのか?
「冗談じゃ無いですよ。
僕はやってません」
「やってないって証拠、ないでしょ?」
悪魔の証明しろってのか。
無茶苦茶だ。
「こんな子供が、
そんなことする訳ないでしょう」
「そう言えって言われてるのかなぁ?
ブロブソーブだって、
いきなり大人で産まれるわけじゃ無いんだ。
子供時代だってあるんだよぉ?」
「そ、それはそうですが・・・
そうだ!
僕の歯形と被害者の傷口が一致しないハズだ。
それが証拠ですよ」
「傷口~?」
「そうです。傷口です・・・よ」
あれ?ヒールした・・・よな?
「それ、キミがヒールで治しちゃったでしょ?
自分で言ってたじゃない。
自分がやったって証拠、消したんじゃないのぉ?」
ぐ・・・確かにヒールをしたのは自分だが・・・くそ。
なんなんだ、こいつ。
いいから弁護士を呼んでくれないか。
・・・この世界に弁護士がいるのか知らないが。
「取り敢えず、家族に連絡を取りたいのですが」
「ああ、だめだめ。
そんなブロブソーブの巣窟に人をやれる訳ないじゃない。
そんなことより、
自分ですって言えば、
すぐに楽になれるよぉ?」
くっそ。なんだ、こいつ・・・
こんな子供・・・自分でこんなとか言うのも何だが・・・子供ですら自白で犯人に仕立てようってのか!?
子供が1人でこんな状況になったら、泣いて認めちゃうのもいるんじゃないか?
くっそ・・・どうしたらいいんだ。
自分の口元からルミノール反応が出ない事で無実を証明出来そうなモンだが・・・
ルミノール反応なんてどうやって確認するのか知らないし、この世界に薬品があるのかも知らないし・・・
「おやおや。
だんまりかなぁ。
黙ってても解決しないよ~?」
相変わらず、所在なさげにティータの祝福をいじりながら、やる気の無い目をこちらに向ける。
実に不毛な、「やったんでしょ?」「やってない」という押し問答が続く。
うんざりというか・・・うっへりだ。
のれんに腕押しすぎて、どうした物か・・・イライラ半分、苦悩半分でいると、後ろの扉がノックされた。
「おい、テンゲイ。
その子の、親御さんが迎えに来たぞ」
「チッ」
初めて、感情っぽい物の発露を見た気がする。
「お迎えだってさ。
よかったね~。
気をつけて帰るんだよ~」
「はい。お世話になりました」
にらみつけるように答えるが、向こうに気にした様子は無い。
憮然としながら、持ち物の回収を行う。
待合室(?)に向かうと、母様が来ていた。
「ウィル!無事だったのね~」
母様がぎゅっと抱擁してくれる。
「ええ、母様。
わざわざありがとうございます」
「息子がお世話になりました」
「いえいえ。
ご子息が事件を目撃しましてね・・・
証言を頂いていたんですよ」
「ええ、協力的で、助かりました」
白々しい・・・
子供の言うことなんて、影響ないと高をくくってるのか?
「母様、ミレイが心配してます。
帰りましょう」
「そうね。
本当に、お世話になりました」
会釈をして、詰め所を出る。
会釈することすら腹立たしいのだが、下手に波風を立てることもあるまい。
そこはぐっと我慢だ。
詰め所を出て、メインストリートの人混みが見えてくると、物陰からミレイが出てきた。
「ミレイのお陰で助かりましたよ」
「・・・よかった」
「大分、ご機嫌斜めのようだけど、
どうしたの?」
「ええ・・・
僕の犯行にされそうになりました」
「えっ!?
どういうことなの!?」
「意図までは解りませんが、
無理矢理自白させて、
点数を稼ごうって腹ですかね」
「なんてこと・・・」
ミレイが袖を掴んできた。
「大丈夫ですよ。
ミレイが迎えに来てくれましたから」
「・・・うん」
やっぱ、父様に相談というか告げ口だろうなぁ。
面倒事は避けたいというのに・・・
まぁ、いいか。
告げ口した後は、父様の仕事だ。
こっちの悩むことじゃないか。
思わず、後ろを振り向き、尾行されていないかを確認してしまう程度には病んでしまったようだった。
このマイナスな気分・・・どうやって解消したモンか。
次回「取り調べの日のテンゲイ(巡視官)」
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