遠征の日、ヒーラーの時間のフランテスタ(お嬢様)
「ヒール!」
知らない男の子の声が聞こえ・・・
顔を上げると、知らない背中が見えます。
「我が前方に広がりし視界の四杭、癒しの力、行き届かん!リィディアスヒール!」
その未知の呪文が効果を発揮すると、目の前に迫っていたディリングの集団が一斉に動きを止め、身体を崩します。
いえ・・・わずかにコア持ちが残っていますが、それでもそのほとんどが崩れていきます。
「ヒール!」
残ったコア持ちもヒールに寄って一瞬にして倒されます。
私たちが、散々苦労したコア持ちが・・・ヒールで?
ど、どういうことですの?
ほとんど詠唱の無いソレは、本当にヒールなんですか!?
最後の1体が倒されると、男の子がこちらに向かってきます。
そ、そうですわ。
ヒールの使い手なら・・・コア持ちを倒せるくらいのヒールの使い手なら・・・フォシナを助けて!
「スライヒール」
「リサーチ」
私が助けてと声を掛ける前に呪文を唱えます。
しかし、そのヒールは効果が無く、傷口は塞がりません。
なんでですか!
コア持ちを倒すだけの力を持ちながら!
「な、なんで完全に癒さないのですか!」
「シッ!黙って!」
「なッ!」
何なんですか!
よく見れば、この男・・・忌み人と一緒にいる日陰者!
確か、名前は・・・ウィルですわ。
いえ・・・今は、このヒールに頼らなければならない状況!
そ、それにも関わらず、この男はヒールの出し惜しみをして!
「スライヒール」
「異物を押し出す力を与えん。リリーブ」
知らないヒールと知らない呪文ですわね・・・
だから、なんで普通のヒールで一気に治さないのですか!
このままじゃ・・・このままじゃフォシナが・・・
「だから、なんで!」
「ウィルの邪魔はしちゃだめだよ」
知らない男の子に割り込まれました。
むしろ、フォシナと距離を取らせるように後ろに追いやります。
なんですか!この男は!
「邪魔です!
おどきなさい!」
「だから、ウィルの邪魔はだめだよ」
「コア持ちを倒すほどの力を持ちながら、
フォシナを癒さないからです!」
「それには理由があるからだよ」
「どんな理由ですか!
フォシナは今にも死にそうだと言うのに!」
「えっと・・・
とにかく、邪魔しちゃだめだよ」
「おどきなさい!」
割り込んできた男の子をよくよく見ると・・・確か戦士学科のコウロイド!?
「この、コウロイドのくせに!
私の邪魔をするなんて!」
「うっ・・・
それでも今は、
ウィルの邪魔をしちゃだめだ」
そんな押し問答をしていたら、フォシナの物凄い悲鳴で・・・背筋がぞっとするような悲鳴で・・・
「ウアア゛ア゛ア゛ア゛アアアア゛ア゛ア゛アアア゛アァア゛ア゛ァァァァ!」
見れば、ウィルが傷口に手を突っ込んでいるじゃないですか!
「ちょ、ちょっと!
あなた、何をしていますの!」
「ウィルの邪魔はだめだよ!」
こ、この男はまだ邪魔をしますの!?
「いやぁぁあぁ、死ぬのよ。
みんな死んじゃうんだわ」
ルノシィは完全に正気を失っていますわ。
「キーウェン!
見ていないで止めなさい!」
「ぁ、あぁ・・・
いや・・・しかし・・・
これを邪魔するのは・・・」
「フォシナが死んでしまいます!」
「ウィルの邪魔はダメだよ!」
キーウェンもあまりの事態に及び腰ですわ。
そうこうしている間に、フォシナの首が、がくんと後ろに・・・し、死んで!?
「フォシナ!フォシナ!」
「だ、大丈夫だよ。気絶しただけだ」
「いいからおどきなさい!
どう見ても、正気の沙汰じゃありません!」
「それでも・・・ボクはウィルを信じる!」
ええい、お話になりませんわ。
「チノ!」
そんな押し問答を繰り広げていると、あの男が声を発しました。
「何?」
「チノの水をください」
「え?いいけど・・・大丈夫なの?」
「傷口を洗います」
水筒をひったくるように奪い、フォシナの傷口に注ぎます。
え?ど、どういうことなの?
「異物を押し出す力を与えん。リリーブ!」
それが何の呪文かは解りませんが・・・水を注いだことから、傷口を洗って綺麗にしているのは、なんとなく解ります。
「我、彼の者を癒すことを願いたてまつらん。ヒール!」
やっと・・・ヒールを唱えてくれた・・・?
フォシナは・・・助かるんですの?
急に力が抜けて・・・その場にへたり込んでしまいました。
「チノ、助かりました」
「いいよ。
もう大丈夫なんでしょ?」
「ええ、今は気絶していますが、
傷口にディリングの土も残っていませんし、
恐らく大丈夫でしょう」
傷口に・・・土?
「取り敢えず、ミレイの援護をお願いします」
「解った」
見れば、入り口で忌み人がず~っと戦っています。
・・・1人でコア持ち、コア無しを押さえ込んでいるというの?
「・・・けど、どうするの?」
「戦力を整えて脱出ですかね」
「そうだよね・・・
うん。ミレイの援護に行くね」
「お願いします。
少しだけ頑張ってください」
「ケガはありませんか?」
「え?」
気がつけば、ウィルが目の前で私に質問をしてきています。
「え、ええ・・・
私は大丈夫です」
「そうですか」
ルノシィは・・・大分落ち着いたのか、ケガが無いことを伝えたようです。
「ああっ!しまった!」
急にウィルが・・・そんな不吉なことを言います。
な、何事ですか!
「ミレイ!
コフィンを使うだけの心力は残っていますか?」
忌み人の声は聞こえませんでしたが、こちらを見て頷いたようです。
「じゃぁ、コフィンで入り口を塞いで、こちらに来てください」
彼女は、魔法陣の札も出さず、呪文を唱えているようです。
長い長い呪文を暗記しているというの!?
ところが、あまりにも短い時間で呪文が完成しました。
氷が入り口を塞ぎます。
確かに、あれならディリングも簡単には入ってこられないでしょう。
ですが、私たちも出られないのではなくて?
それに・・・なんであんなに短い呪文で、あんな規模の魔法が発動しますの!?
ウィルの方は・・・キーウェンの方へ歩いて行き、ヒールを唱えます。
「我、彼の者の不調の根源を散らすことを願いたてまつらん。ルートデフューズ」
それに、また知らない呪文を・・・
キーウェンが立ち上がり、お礼を言っています。
た、確かに助かったのは事実ですわ。
イサラにも同じようにヒールと先ほどの呪文を唱えます。
イサラも動けるくらいに回復したようです。
「入り口を塞いでしまって、どうするおつもりですの!?」
一息ついたであろう、ウィルに向かって・・・お礼の言葉は出てきませんでした。
ついつい、きつい口調で問い質してしまいます。
・・・まずはお礼を言うべきなのに。
「ああ、大丈夫ですよ。
あれなら出し入れ自由ですから」
「え?」
「それより、もう少しお待ちを」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
私のことを無視して、忌み人の方へ歩いて行きます。
彼女の両手を掴んだかと思うと、顔を近づけて・・・
ちょっと!人前で何をする気ですか!
く、く、口づけなんて・・・破廉恥です!
「ちょっと!あなた!
何をしているんですか!」
私の声が聞こえないのか、く、く、口づけをしたまま・・・
「我、彼の者に気力の源、立ち上がる力を分け与えん。トランスファー」
え?呪文?口づけでは・・・無い?
さっきから、この男は何をしていますの!?
「ミレイ、大丈夫ですか?」
「・・・うん」
「チノ。矢は何本残ってますか?」
「3本だね」
「それは・・・また・・・だいぶ使いましたね」
「一応、そこいらのディリングに使ったのを集めたから、
12本まではあるけど・・・
使い古しはまっすぐ飛ばないかも」
「了解です」
ウィルがコチラへ振り向きます。
一体どうする気なんですか・・・
「えっと・・・戦士学科のお二人には、
ケガ人を運んでいただきたいのですが?」
「え?ああ・・・それは構わないが・・・
ケガ人を抱えながらじゃ戦えないぞ?」
「ええ、それは構いません。
やはり戦士学科の方でないと、
ケガ人を運ぶのは大変だと思いますので・・・」
じゃ、じゃぁ、私たちが前衛!?
「えっと・・・フランテスタさん?」
「え、ええ・・・何かしら」
「お連れの・・・えっと・・・
ルノシィさんをお願いします」
「え?」
「ちょっと待ってくれ。
それじゃぁ、どうやって戦うんだ?」
「先頭は僕、
次にケガ人を抱えた・・・えっと・・・」
「ああ、キーウェンだ。
彼女はイサラ」
「キーウェンさんとイサラさんが続いてください。
チノは真ん中で前後を警戒」
「解った」
「その次に、フランテスタさんとルノシィさん。
最後をミレイ・・・後ろの敵をお願いします」
「・・・うん」
「それじゃぁ、行きますか」
「ちょっと、お待ちなさい!」
「はい?」
「大人しく聞いていましたが、
なんであなたが先頭なんですか!
あなた・・・回復役でしょ!
本来、中央で守られる立ち位置のはずです!」
「まぁ、ここだけは特別ですかね。
じゃぁ、行きますよ」
ど、どういうことですか!
全然説明になっていませんわ!
「ミレイ、コフィンの解除をお願いします」
「・・・うん」
「ちょっと、まだ話は終わっていませんわよ!」
「時間も無いので、帰ってからでいいですかね?」
「♪てとら、かりこり、し~りむまい、でり、こふぃん」
忌み人が変な歌を歌ったかと思うと、氷の壁が粉々・・・むしろ、塵となって消えてゆきます。
い、今のは何ですか!
そんなことより、氷の壁の向こうから、何体ものディリングが迫ってきます。
やっぱり無茶ですわ。
助けが来るまで、先ほどの壁で封じていた方が良かったのではなくて!?
「ヒール!」
「ヒール!」
「ヒール!」
ウィルが手をかざし、ヒールを唱える度にディリングが破壊されてゆきます。
なぜヒールで倒せるのですか!
何度目のヒールか・・・解りませんが、やっと壁の向こうへ出ることが出来ました。
そこには、ディリングの群れが待ち構えており、出られた安堵など一瞬で吹き飛んでしまいました。
「い、急いで戻って護りを固めるべきです」
「大丈夫。ウィルを信じて」
「だって・・・こんなに沢山・・・」
「我が前方に広がりし視界の四杭、癒しの力行き届かん!リィディアスヒール!」
一瞬の出来事でした。
何が起こったのか・・・最初に助けてくれた時の呪文だというのは解るのですが・・・
ディリングの群れが一斉に崩れ・・・残っているのはコア持ちだけ・・・
「ヒール!」
「かる、じおに、てとら、てとら、あるーだ!」
残ったコア持ちも、ウィルのヒールと忌み人の氷の矢で倒されていきます。
その氷の矢も1回の詠唱で何本もの矢を連続で・・・いったい、その呪文は何なのですか!
「ヒール!」
埋め尽くすような・・・とはさすがに言い過ぎですけれど・・・ディリングの群れが一掃されてしまいました。
あれだけいたのに・・・こんな短時間で倒しきるなんてどういう魔法ですか。
帰り道は、行きと違ってディリングの群れにやたらと遭遇します。
その群れも、ほとんどヒールで倒されていくのですが・・・
一体、さきほどから何回のヒールを使っているのかしら。
普通なら心力が尽きて座り込んでしまってもおかしくないのに・・・
後ろの忌み人も、要所要所で魔法を使っていますのに・・・まだ心力には余裕があるように見えますし・・・
「ちょっと休憩しましょうか」
そ、そうよね。
さすがに休憩も欲しくなりますわよね。
「ああ、そうだな。
ここまで戦闘続きだったしな。
とは言っても、俺たちは何もしてないんだが」
「ま、ケガ人を連れているんですから、
仕方ないじゃないですか。
じゃぁ、チノ、ミレイ・・・
周囲の警戒をお願いします」
「・・・うん」
「ウィルはどうするの?」
「ちょっと先に行って、
露払いしてきますね」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
「ん?何?」
「何じゃありません。
あなたが休まないでどうするんですか!」
「え?いや・・・だって・・・
人を担いで歩くって疲れますよ?」
「それはそうですが・・・
あなただって心力をかなり消耗しているはずです!」
「ああ、そっか・・・
うん。ありがとう。
でも大丈夫だから。
じゃ、チノ、ミレイ、頼みましたよ」
「ちょっと、お待ちなさい!」
・・・行ってしまいましたわ。
「ウィルなら大丈夫だよ」
そのお気楽さが癪に障りました。
何故かは解りませんが、あまりのお気楽さが気にくわなかったのでしょう。
「そもそも!
彼にもしもの事があったら、
悔しいですが・・・
私たちには、ここを抜ける力は残っていません!
それなのに、彼を1人で行かせて・・・
今すぐに追いかけるべきですわ」
「え?・・・あ、うん。
ミレイ、どうしよう?」
「・・・大丈夫。
・・・今はしっかり、身体を休める」
もう何ですの!
コウロイドも忌み人も・・・どうかしていますわ!
そんな行き場の無い怒りを抱えたまま、あの男が消えていった方をじっと見やりましたが、後ろ姿どころか、影すら見つけることは出来ませんでした。
次回「遠征の日のアルフ(先輩)」
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