遠征の日、ヒーラーの時間
「キャアァァァァァァァ」「いやぁああぁぁぁ」
「誰かー、誰かー!」
「ウィル!?」
「ええ・・・奥ですね。
急ぎましょう」
自分を先頭に、奥へ向かう。
ディリングの連中も同じ方向へ向かっている。
ティータの祝福がコイツらを呼び寄せ、手に負えなくなったってところか?
10メートル幅くらいあった通路が、ほんの少し・・・奥行き1メートル、幅3メートルほどに狭まっているゲート(?)をくぐると、直径30メートルほどはあろうかという部屋に出た。
行き止まりと言えば行き止まりなのだが、行き止まり部分は壁ではなく、ガケになっているようだ。
そのガケの手前にディリングの集団と剣を交える姿が見え隠れする。
「来るな!来るな!
くそう!」
「いやぁ・・・
いやぁぁぁ」
「誰か・・・誰か・・・助けて」
パニック状態と言っても過言ではあるまい。
まずは、ディリング連中をどかさないと、何も解らないな。
「ウィル!どうするの?」
「チノとミレイは後続の迎撃を!」
「解った」
「・・・うん」
2人がその場で反転する。
こちらは、そのまま部屋奥へ向かう。
ケガ人がいるのかも解らないので、いきなり広範囲にヒールを噛ますのは危険か?
まずは手前の5、6体あたりから削っていくか。
「我が前方、癒しの力、行き届かん。リィディアスヒール」
範囲ヒールが発動する。
5体が動きを止め、土塊に返る。
洞窟奥ともなると、さすがにコア持ちが多い。
それと同数くらいが半壊で倒しきらなかった。
つまり、10体近く巻き込んだ訳だ。
ゆっくりと範囲を特定している暇が無かったとは言え、効果範囲が広すぎる。
しかしながら、範囲は少し広かったが、効果の方は覿面だ。
これ以上の範囲ヒールは、ケガ人を範囲に含みかねない・・・ヒールで中央突破するか。
「ヒール!」
「ヒール!」
右へ左へと手をかざし、ディリングの土塊を生産していく。
正面にコア持ち特有の"てかり"が見えた。
「ぐ、3倍ヒール!」
コア持ちが胸を突き出すように反り返り、土に返る。
やっとディリングの切れ目が出来た。
1人の男子が剣の手を止め、こちらを見ている。
その奥には女子が1人、剣を構えて立っている。
さらに奥、3人。
その最奥の3人・・・1人はケガをしており、血だまりの中に沈んでいる。
もう1人は、そのケガ人を助けるべく、後ろへ引っ張ろうとしたのだろうか・・・抱きかかえるようにして座り込んでいる。
最後の1人は奥で縮こまっている。
ディリングの切れ目が埋まる前に、滑り込むようにディリングの壁の向こう側に入り込む。
奥の女子もこちらに気がついたようだ。
そんなことより、まずはディリングだ。
ディリングの側へ振り返り、呪文を唱える。
向こう側にケガ人は居ない・・・つまり、遠慮は要らないってことだ。
「我が前方に広がりし視界の四杭、癒しの力、行き届かん!リィディアスヒール!」
残りの10数体のディリングが崩れる。
範囲ヒールで崩れなかったコア持ちが5体。
この程度なら、個別にヒールで・・・
「ヒール!」
土塊の上を走り回り、コア持ちを速攻で沈める。
すぐにケガ人の元へ向かう。
胸部を貫かれたようだ。
出血がひどい。
思わず、こっちが貧血になりそうだ。
だが、ヒーラーの目の前でケガ人が死ぬなどと言う失態、許されるはずが無い!
ケガ人に手をかざし・・・小ヒールを唱える。
「スライヒール」
「リサーチ」
呪文を続けざまに発動させる。
「な、なんで完全に癒さないのですか!」
「シッ!
黙って!」
「なッ!」
胸を貫通している・・・かなり傷は深い。
その傷口・・・リサーチの反応を見るに、穴の中に異物がある。
どうやら、ディリングの突きで貫かれた・・・のだとは思うが、その土(?)がたっぷり付着しているようだ。
普通の土・・・とは思えない・・・なんか不浄の物っぽいし、取り除くべき・・・だろうなぁ。
小ヒールで生命維持をしつつ、リリーブで取り除くしかないか。
「スライヒール」
「異物を押し出す力を与えん。リリーブ」
思ったより、リリーブの効果が悪い・・・生命力が低下しすぎか?
「だから、なんで!」「ウィルの邪魔はしちゃだめだよ」
いつの間にか、チノがこっちまで下がってきていたようだ。
五月蠅い外野を抑えていてくれる。
ありがたい。
遠慮無く、ケガ人に集中しよう。
それにしても、リリーブの効きが悪い。
あまりの遅さにもどかしくなる。
どうする?
手を突っ込んで、大雑把に取り除いてからリリーブを再度掛け直すか・・・
いやいや、傷口に手を突っ込むなんて不衛生なことをして大丈夫なのか?
しかし、早くヒールで傷口を塞ぎたい。
そのためには、ゴミを除去しなければ・・・
どうする?
どうする?
一旦、視線を上げる。
前に女子が1人・・・チノに邪魔をされるようにして抑えられている。
見回せば、先ほどまで戦っていた男子が座り込んでコチラを見ている。
もう1人の女子も、剣を支えに立つのがやっとのようだ。
後ろの女子からは、すすり泣く声がきこえる。
少し離れたところで、ミレイが懸命に足止めをしている。
今ここで、治療が行えるのは自分だけという状況。
急がなければミレイも危うくなるだろう。
自分で決め、自分がやるしかないのだ。
ええい、ままよ。
視線をケガ人に戻す。
まずはナイフで服の穴の上下に切れ目を入れる。
切れ目が入ったので、引っ張って穴を広げる。
水筒の水を手にぶちまける。
この水が綺麗なのか?という問題はある・・・恐らく、綺麗とは言い難いだろう。
だが、それでも現状、ディリングのゴミが残る状態よりマシだろう。
思い切って傷口に手を突っ込む。
体温の暖かさ、血液のぬめり、手にぶつかる骨の堅さ、組織の感触が手を包む。
「ウアア゛ア゛ア゛ア゛アアアア゛ア゛ア゛アアア゛アァア゛ア゛ァァァァ!」
彼女の身体が弓なりにはねる。
その声に、思わず身がすくむ。
そ、そうだよな。
麻酔してないんだから、痛いよな。
痛いとか、そういうレベルじゃないよな。
「ちょ、ちょっと!
あなた、何をしていますの!」
「ウィルの邪魔はだめだよ!」
麻酔の呪文なんか知らないし・・・下手に唱えて、効果が永続されて麻痺が残ってもまずい。
申し訳ないけど、我慢してくれ。
ほんと、ごめん。
指の腹で付着物を掻き出すように動かす。
こんなことをして痛くないわけが無い。
うめき声が耳に残る。
心の中で謝りながらも、ディリングの残滓を取り除く。
9割近く取り除けただろうか・・・
「チノ!」
「何?」
「チノの水をください」
「え?いいけど・・・
大丈夫なの?」
「傷口を洗います」
微妙に会話が成り立っていない気もするが、今は気にする余裕が無い。
チノからひったくるように水筒を奪い、傷口に注ぐ。
これで、リサーチで見た感じ、かなりの残滓を取り除けている。
「異物を押し出す力を与えん。リリーブ!」
集中することしばし・・・異物はほとんど無くなったと言っていい。
「我、彼の者を癒すことを願いたてまつらん。ヒール!」
傷口がじゅくじゅくと塞がっていく。
気がつけば、彼女は痛みの所為か気絶していた。
あと少しで傷口が完全に塞がろうかというところで、服の切れ目から、見慣れたティータの祝福が覘いていることに気がついた。
なるほど・・・クロを引きつけるという話は本当だったのかとか、自業自得だとか・・・色々な思いがごちゃまぜになった。
自分のことを聖人君子だとは思ってはいないが、急激に冷めた目で見ていることに驚いた。
自分がゲスになったようで気分が悪かった。
取り返す所を他人に見られてもわずらわしいのだが、幸いなことに、チノがブラインドの役目を果たしてくれている。
今がチャンスと言えばチャンスだ。
そっと首後ろの留め具を外し、ティータの祝福を手のひらに忍ばせる。
ひとまず、安堵した。
その安堵は、治療が終わったことに対する安堵なのか、ティータの祝福を取り戻したことに対する安堵なのかは、よく解らなかった。
頭を振って考えを改める。
まぁ、取り敢えず、命の危機は脱しただろう。
とは言え、このままではディリングが集まってきて、ジリ貧だ。
ってことで、帰るための準備を整えるとしますか。
次回「遠征の日、実験の時間のフランテスタ(お嬢様)」
Twitter @nekomihonpo
いつも評価、お気に入り登録ありがとうございます。
主人公→他人→主人公→他人という流れで行きたかったのですが、ちょっと収まりが悪かったため、次は他人→他人→他人→主人公って感じになります。もう少し、このエピソードが続きます。




