あいさつの日
「君たちは、今日から学院生の一員として、皆と学んでいくわけじゃが、
時につらく、時には逃げ出したくなることもあるじゃろう。
だが、そんな時にこそ、仲間となった皆のチカラを・・・」
どこの世界でも、『お偉いさんの話は長い』という法則に変化はなく、今も校長の長い説法が続いている。
講堂には長椅子が並べられ、立ちっぱでないのが救いだ。
ミレイと二人で、片隅の長いす、その端っこに座っている。
3日前に入寮したが、今のところ、ミレイの黒髪が問題になった様子はない。
むしろ、私の部屋が問題になった。
3区にある第8寮「木漏れ日と風の寮」、4階建てで、12名の学院生が暮らす。
こんな感じの寮が点在しており、150棟ほどになるそうだ。
アルバ・シャンタで、約2000人の学院生を収容している。
教職員、寮の管理人、飲食店、生活用品店、生産工房等々・・・多くの人が生活するため、こぢんまりとではあるが、都市を形成している。
また、金持ちの場合、全寮制といいつつ、戸建てを借り(買い取って?)、家族で住んでたりもするようだ。
・・・話が逸れた。
木漏れ日と風の寮だが、男女共用寮となっている。
男子寮、女子寮となっている寮も当然あるのだが、ここは共用寮だ。
4階を女子専用フロアとして、男子禁制となっているのだが・・・
例外として立ち入ることを許可されている。
っていうか、部屋が4階の1号室なのだ。
女子専用フロアなのに・・・だ。
ちなみに2号室がミレイだ。
さすがにショックで、がっくり膝をついた。
いや。何がショックかって説明できないくらい、何かが抜けてがっくりきた。
ランカスター家から学院にお願いした結果、学院側から寮に対し、強い要請があり、男子禁制のフロアで生活する許可が下りている状態だ。
問題を起こしたら・・・起こす気はないが・・・とにかく、気を付けていきたいと思う。
考え事をしていたら、学院長のありがたいお話も終わったようだ。
教室に移動する。
魔法学科は19名のようだ。
男子9名、女子10名か・・・
教室の後ろの片隅に座る。
一人の男子が近づいてくる。
「おい、お前」
いきなりお前呼ばわりか・・・
「なんです?」
「なんで、忌み人なんかと一緒にいやがるんだ?」
ええい。早速か。
面倒な・・・まだ、精霊魔法使いも解っていないというのに・・・
どうしたものか・・・クラスメートも遠巻きにこちらを気にしているな。
「おい。何とか言えよ」
クラスメートの言葉より、先生の方が説得力があるか?
あるだろうなぁ。
よし・・・先生には悪いが、権力は有効に使わせていただくことにしよう。
「ミレイは忌み人ではありませんよ」
「何言ってやがる」
「本当です。
一人前の精霊魔法使いなら、
精霊の目を通して、
彼女が忌み人ではないと解るのですが」
「そんな嘘にだまされるもんか」
「本当です。
サララケート先生に、
聞いてみてください」
「うそだ!」
「本当です。
先生に聞いてみてください」
「ふ、ふん。
オレはだまされないからな!」
先生の名前を出したことが、効いたようだ。
男子生徒が前の方の席に座る。
こいつは面倒そうな奴だ。
と、心の閻魔帳にバツ印をつける。
クラスメートの反応は・・・半々といったところか。
入学初日から、爆弾投下しやがって。
教室が微妙な空気になってるじゃないか・・・面倒臭い奴だ。
・・・隣の席に女子が来た。
「は~い」
「は~い?」
しかも話しかけてきた。
かなり想定外です。
「私、ラルタイア・ラソルア。
ラルタイアでいいわ。
お友達になりましょう」
「はぁ?
実に唐突ですね」
「ああいう嫌がらせって嫌いなのよね」
「解ったような、解らないような・・・
僕はウィル、ウィル・ランカスター。
彼女はミレイ」
「よろしくね。
ウィルにミレイ」
「・・・うん」
隣に来た女子は、実に快活な女子ですね。
・・・魔法学科なのに快活ってのも似合わない感じもしますが。
「おう。よろしくな、ウィル。
ミレイちゃんもよろしくな」
前の席の男子が、後ろを振り向いて・・・誰だ、お前。
「ああ、俺はランティル・タイユっていうんだ。
ティルでいいぞ」
「ティルとウィルでかぶるじゃないですか」
「ぬ?
確かにかぶるな」
「ま、しばらくはランティルってことで」
「ああ・・・まぁ、仕方ないか」
パンパン
「はい。じゃぁ、みんな~。
空いている席に座って~」
サララケート先生が入ってきた。
どうやら魔法学科の担任のようだ。
明日以降の生活に関する説明が行われる。
ルーパ(銅・初等)クラス、初年度は1巡り毎に休み・・・というか、帰省が許されている。
次年度は2巡り毎、最終年度は季節毎。
徐々に寮生活に慣らす・・・という事だろうか。
頻繁に帰省を許可することから、ルーパクラスに関しては、近隣住民からしか募集していないらしい。
まぁ、1巡り毎に遠くまで帰ってたら、お金がいくらあっても足りないよな。
ちなみに1巡り(1週間)は9日間、季節の最後だけ10日間。
1巡りの最初と最後が、次の巡りへの準備という扱いで休みになる。
・・・土日みたいなモンだ。
8巡りで季節が巡り、5つの季節で1年となる。
つまり・・・7日間は連続で休み無しってことだ。
ぐぐ・・・怠けきった身体には辛いかもしれん。
濃葉の最初(8月初旬)からの4巡りと、落葉の最後(2月)の3巡りは長期休暇となる。
1巡り毎に帰るのって面倒じゃね?とか思ったのだが、よくよく考えてみると、9日間+前後の1日が休みってことで、11連休になる訳だ。
さすがに11連休もあれば、帰省するか。
っていうか、初年度の授業少なくないか?いいのか?
まぁ、長年それでやってきてるんだし・・・そういうもんだ。で納得されてるんだろう。
「はい。じゃぁ、今日はここまでです。
皆さん、気をつけて帰ってくださいね」
「「先生~、さよ~なら」」
「ウィル、帰ろうぜ」
「ああ、悪い・・・ちょっと先生に用があるんですよ」
「ええ~。じゃぁ、ミレイちゃん、一緒に帰ろうぜ」
「・・・ウィルと一緒」
「ええ~。じゃぁ、ラルタイア・・・っていねぇ」
席を立って、さっさと帰ろうとしてるな。
ランティル・・・可哀相な奴。
「ちょっと、ラルタイア・・・一緒に帰ろうぜ」
「ええ。別にいいわよ。
でも、他の子も一緒よ?」
「かわい子ちゃんなら大歓迎」
「・・・えっと・・・一人で帰ってもらえるかしら?」
「ちょ!軽い冗談じゃないか・・・
じゃあな、ウィル、ミレイちゃん。
また明日~」
「じゃあね、ウィル、ミレイ」
「ああ、またな」
「・・・うん」
さてと、先生の所に行って、神聖魔法の先生を紹介して貰わないとな・・・
「サララケート先生」
「あら。ウィルくんにミレイちゃん、どうしましたか?」
「ええ、実はお願いがありまして・・・
神聖魔法の先生を紹介していただけないかと・・・」
「授業の件かしら?
そうね、いらっしゃい。
職員室に行きましょう」
「はい。ありがとうございます」
廊下の突き当たりの職員室に案内された。
談笑している男性教師の前に向かう。
「トラウィス先生、ちょっとお時間よろしいですか?」
「ん?ああ、サララケート先生、何か?」
トラウィス先生と呼ばれた男性教師・・・恰幅が良いと言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけ中年太りだな。
顔は温和で、優しそうな印象を受ける。
「初めまして、ウィル・ランカスターです」
「はて?」
「神聖魔法専攻だけど、
呪印魔法の講義を聴いてもいいか?
っていう彼ですよ」
「ああ、あの話ですか。
君か、ふ~ん。
で、どうした?」
「いえ。一応、挨拶をしておこうかと思いまして・・・
そんな変なことを言うわけですし・・・」
「なるほど。
ウィルは、ヒールが使えるんだったな?」
「はい、使えます」
「じゃぁ、今から、その腕前を見せてもらうぞ」
「はぁ、それは構いませんが・・・
ヒールの対象はどうするんです?」
「それなら心配ない。
ついてくれば解る」
トラウィス先生を先頭に、ミレイ、サララケート先生と一緒について行く。
職員室を出て、校庭へ。
そして、そのまま校庭を横切って、見知らぬ建物の方へ歩いて行く。
「どこへ行くんですか?」
「ルーバシー(銀・中等)クラスの子が自主練をしているから、
そこかしらね~」
「自主練ですか?」
「そう。ルーバシーの戦士学科の子たちが、
剣術の自主練をしているのよ」
「つまり、ケガ人が出るくらい、
激しい練習をしているんですか?」
「そうね。先生からすると、
ちょっと激しすぎなんじゃないか?
って思っちゃうんだけれど・・・
神聖魔法の子たちにも、
良い練習になるからって・・・」
「なるほど・・・」
何かの校舎の脇に、鎧を着た"かかし"が数体立てられ、恐らくはルーバシークラスの生徒なんだろう・・・上級生が打ち込みをしている。
また、その奥では、生徒同士が斬り合いの練習を行っている。
音から推測するに、木剣ではなく、金属製の剣だと解る。
さすがに刃は潰してあるんだろうが、正直、驚いた。
「木剣ではないんですね」
「ああ、重さが違いすぎるからな・・・」
「トラウィス先生、どうされたんですか?」
脇に控えていた生徒たちが、こちらに気がつき、声をかけてきた。
「ああ、気にするな。
最初のケガ人はもらうぞ」
「え?は、はい。解りました」
それからしばらくは見学会だ。
剣に関しては、さっぱりなので何とも言えないが・・・結構、激しくやり合っている。
こりゃ、ケガ人も出るわ。
どれくらい時間が経ったのだろうか、黄色い歓声を通り越し、悲鳴が上がる。
「キャー、アーシラリル様が!」
ルーバシークラスの人気者って事かな?
トラウィス先生が立ち上がり、こちらに声をかける。
「さぁ、ウィル。
お前のヒールを見せてもらうぞ」
「はい」
ケガ人の元へ駆けつける。
トラウィス先生が脇に立ち、向かいにミレイとサララケート先生。
そして、ルーバシークラスの治療班、他の戦士学科の生徒が十重二十重と取り囲む。
そんなに集まらないで欲しい・・・
「心配するな。
何かあっても、先生が対処する。
お前は心を落ち着かせ、持てる力を発揮しろ」
「はい」
周囲から、先生が治療するんじゃないのか?という、ざわめきが聞こえる。
まぁ、気持ちは解るけど・・・
傷は左肩の付け根・・・革の鎧が劣化しているのか、砕けている。
・・・これって、破片が傷口に入ってるよな?
取り除かずにヒールしたら、どうなっちゃうんだ?
まぁ、いい。
思ったようにやってみるさ。
とは言え、短縮はやばそうなので、通常詠唱にしておこう。
「我、彼の者の不調を知ることを願いたてまつらん。リサーチ」
肩口の傷の周辺に、黄色い小さい"もや"が見えるな。
これが破片だろうか?
「少し、痛むかも知れませんが、我慢してください」
「え?」
「我、彼の者に入りし異物を押し出す力を与えん。リリーブ」
「ぐっ!」
ああ、やっぱり痛いよね。
ごめんね、ごめんね。
苦悶の声を上げたからか、周囲のざわめきが増えた。
傷口周囲の組織がぜん動し、異物を押し出す。
黄色い"もや"が薄くなっていき、最終的に見えなくなったので、異物は無くなったと判断する。
「我、彼の者を癒すことを願いたてまつらん。ヒール」
そんなこんなで、無事にヒール完了。
「ウィル、見事だ」
「ウィルくん、すごいわ~」
「ぁ、はい。どうもです」
なんだ?周囲のざわめき・・・ルーバシークラスの医療班連中から、ざわめきが消えないんだけど。
「それで、一応、手順内容に関して、説明をしてくれるかな」
「は、はい。
傷口を見た所、皮鎧が劣化していたのか、
砕けていたのが気になりました。
そこで、リサーチで傷の状態を確認し、
異物が混入しているのを発見しました。
リリーブにより、除去、ヒールを行いました」
「素晴らしい。
特に、異物を除去するという発想が、実に素晴らしい。
よほど素晴らしい指導者に恵まれていたのだろうね。
ヒールの腕前だけでよかったのだが、
完璧な治療だ」
う・・・ヒールだけでよかったのか。
いや、でも・・・異物があるまま、ヒールしたらどうなるんだ?
やっぱ、異物なんか無い方がいいよな。
ルーバシークラスの医療班がざわついていたのは、この手順が意外だったからか?
やっぱ、ヒールして終わりなのかなぁ?
他人のヒールなんて、母様のしか見たことないし・・・
「気分は大丈夫かね?」
「ぇ?」
「いや、3つも魔法を使ったんだ。
疲れただろう?
大丈夫かね?」
「ぁ、はい。
そうですね。ええ。
だいぶ疲れてはいますが、大丈夫です」
そうか、MP切れか!
・・・忘れてた。
こんな程度では、何とも無いのだが、最初の頃はそうじゃなかったよな。
うん。初心忘るべからずだ。
そうしないと、色々とボロが出そうだ。
「ほほう。
3つも魔法を使って、心力が尽きないとは・・・
将来有望だな」
「はい。ありがとうございます」
シンリョク?精神力の事か?
要するに、MPの事だとは思うんだが。
「よろしい。
ウィル・ランカスター、神聖魔法の授業免除・・・
認めようじゃないか。
まぁ、卒業試験は受けてもらわねばならんがな」
「は、はい。
・・・って、卒業手前まで?
い、いえ。1年の間だけで、よかったのですが・・・」
「何?そうなのか?
キミの実力なら、3年まで免除して、問題無いぞ?」
「そ、そうですか・・・
ありがとうございます」
えっと・・・ルーパクラスって、"ぬるい"のか?
と、取り敢えず、無事に免除を認められたし、よかったとしよう。
次回「あいさつの日のランティル(級友)」
Twitter @nekomihonpo
変更箇所
自主連→自主練(指摘感謝)
蠕動→ぜん動
次回タイトルの追加
カッパー→ルーパ
シルバー→ルーバシー
コース→専攻
片隅の端っこ→片隅の長いす、その端っこ(指摘感謝)