ストーキングされた日のハルトティータ(フードの人)
ある日、いつものように面白くもなんともない会議に出ていたら、気になる報告があった。
アルバ・イデナ・コトナのコトナリリスの枯れた森が息を吹き返しつつあるという。
そんな馬鹿な。
一蹴するのは容易い。
だが、事実だとしたら、何が森を復活させたのか確かめねばなるまい。
エルベウルスの森でも、木が死に始めていると聞く。
コトナリリスの枯れた森での手当てが有効な手段なら、エルベウルスの森でも有効なはずだ。
馬鹿正直に、「私が視察に行く」とでも言おうものなら、猛反対を受ける。
そう・・・馬鹿正直に言えば・・・だ。
そんな訳で、数日前から、木の"うろ"に旅の装備一式を隠しておいた。
散歩に行くと称して出かけたついでに、回収し、そのままコトナリリスの枯れた森へ向かった。
なるほど。
確かに蘇りつつあるようだ。
しかし、不思議なことに、森の周囲は枯れたままだ。
中に入ると青々と茂っている。
私たちが見捨ててしまった・・・コトナリリスの森の息吹だ。
希望を胸に、コトナリリスの大樹の場所へ向かった。
ここまで蘇っていたのだ。
大樹も蘇っているに違いない。
と、勝手に、はやってしまった。
さすがに勝手すぎた。
大樹は、私が最後に目にした時と、なんら変わらず、枯れたままだった。
ガサッ・・・ガサッ・・・
野生動物か?
咄嗟に身を隠す。
・・・子供だったか。
こんな所まで何をしに?
「ウィル・・・今日はこの大木?」
「ええ。そろそろ、こいつをやっつけようかと」
やっつける?
どういうことだ。
いくら枯れたとは言え、コトナリリスの大樹だぞ。
「まずはっと・・・不調を知ることを願う。リサーチ」
「・・・どう?」
「これは・・・やっかいですね。
木がでかすぎです・・・異常を取り除くことを願う。リコンディション」
「・・・治った?」
「一回じゃだめですね。
と、言うか、全然だめですね。
これは・・・面倒くさそうです」
大樹に対して、神聖魔法を使っているのか?
あの子らは神徒なのか?
「う~ん・・・取り敢えず、ヒールをして活性化だけしておきますかね。
ヒール!っと」
今のは・・・ヒール!?
ほとんど無詠唱じゃないか。
本当に子供なのか?
小人族の大人なのではないのか?
「やはり、何回かに分けないとだめですね。
治し終わりません」
「じゃぁ・・・今日はもう帰る?」
「そうですね。
あと2回くらいはやらないとダメそうです」
子供たちが帰っていく。
途中まで追いかけたが、町の中に入っていったので、そこまでとした。
あの様子からして、あの子・・・ヒールをしていた子が、この森を蘇らせたのか?
ざっと散策しただけでも、かなりの範囲、蘇っている。
翌日、またあの子供たちがやってきた。
前日と同じようにコトナリリスの大樹に呪文を唱えていく。
ほぼ一周したかと思うのだが、力尽きたのか、同じように帰っていく。
やはり、あの子が森を蘇らせたとしか思えない。
無詠唱のヒール、作業の手際を見るに、かなりの上級神徒なのか?
あの子は、私たち一族が、手も足も出ず、ただただ枯れていく様を見守るしかなかった森の病を治せるというのか?
どうやっても止められなかった崩壊を・・・神聖魔法で止められたというのか。
あの時に、解っていれば・・・
・・・今度会ったら、あの子に声を掛けよう。
そして、私たち・・・いや、私が感謝している気持ちを伝えよう。
今度・・・と言わず、翌日も子供たちはやってきた。
コトナリリスの大樹の様子を見回った後、その子の持てる力の全てを注ぎ込んだヒールを唱えた。
端から見ていても、その凄さに驚愕してしまう。
間違いない。
彼が・・・この枯れ果てた森を蘇らせたのだ。
「やぁ、こんにちは」
「はぁ?こんにちは」
声を掛けてみると・・・警戒された。
おかしいな。
友好的なハズなんだが・・・何がいけなかったのか。
「ここは、コトナリリスの枯れた森だったと思うのだけれど・・・間違いないかな?」
「えっと・・・枯れ森としか知らないのです」
「そっか。君たちは枯れ森と呼んでいるんだったね。
ああ、そんなに警戒しないでくれたまえ。
怪しい者じゃないよ」
「はぁ」
「私の名前はハルトティータ。ハルトティータ・トゥ・アイサノシ。
枯れ森が復活したという噂を聞いてね。
調べに来てたんだ」
「そうですか・・・それじゃぁ、僕たちはこれ」「君の行いだね」
会話を打ち切って、逃げようという意志が感じられたので、遮ってみた。
決して意地悪をしたかった訳じゃない。
本当だよ。
「えっと・・・僕たちは子供ですよ?」
「そうだね。子供だね」
そして、子供には似つかわしくないヒールの使い手だ。
それとも、今の子供はそんなモノなのかな?
「子供に森を復活させるなんて無理だと思うんですが・・・」
「そう。私たちは無理だと思っていた。
どうにもならないので森を見捨てた。
森は主であるコトナリリスの大樹も含め、枯れてしまった。
私たちは森の恵みも祝福も護りも・・・失い、見捨てて・・・逃げたんだ」
それこそ、森の住人としての矜恃も、人間という隣人も投げ捨てて・・・
「・・・仕方なかったんじゃないですか?」
「そんなことは無い!
現に森は生きていた。
生きていたのに、その声に耳を貸さずに人の所為にして逃げたんだよ」
「人の所為ですか・・・」
「ところが間違っていた。
私たちの判断は間違っていたんだ。
人間の子よ」
「は、はい」
「一族に成り代わり、感謝を・・・
最大限の感謝をささげたいと思う」
「ぃ、ぃぇ・・・僕たちは別に・・・」
「隠さなくてもいい。
ここ数日、君たちが森を巡り、コトナリリスの大樹の病を治し・・・そして今日・・・
君の持てる力の限りで癒しを施してくれたことは解っている」
「そ、それで・・・ハルトティータさん?は僕たちに何を?」
「いや。あまりにも感動したので、最大限の賛辞と・・・」
む?そうだな・・・賛辞を贈るのはいいとして・・・それでは彼らに何も為していないな。
「何かお礼が出来ないかと・・・」
「ぃ、ぃぇ・・・僕たちが勝手にしたことですし・・・
それに、コトナリリス・・・でしたっけ?大樹も復活したかは怪しいですし・・・」
「ああ、それなら大丈夫だろう。
コトナリリスの大樹に生命の息吹を感じるからね」
「生命の息吹ですか・・・」
「ああ・・・君たちは知らないのか。
エルフの中でも、一部の変り種連中は、森の息吹を感じ取ることが出来るんだよ」
「エルフの方だったんですね」
「ああ、フードをしたままだったね。
これは失礼をした」
「エルフは珍しいかな」
「そうですね・・・町中じゃ見かけたことが無い気がします」
エルフが珍しいという。
まぁ、それもそうか。
この森が、枯れた森になった時に、ケンカ別れに近い状態になった。
町中にエルフが居る訳もない。
「そうだろうね。
この森が枯れたときに、別の森へ移住してしまったからね」
「ああ・・・さっきの人の所為にしてってのは、人間の所為にしてってことですか?」
「そうだね。
君は聡い子だね。
人並み外れたヒールといい・・・
本当に不思議な子だ」
この歳にして、既に賢者と言うことか。
人とは、真に不可思議で・・・面白い。
「えっと・・・僕たちが枯れ森にヒールをしていたことは黙っていて欲しいのですが?」
「え?そうなのかい?
せっかく、ここまで復活したのだから、大々的に触れ回ったほうがいいんじゃないかい?」
「枯れ森が復活したことに関してではなく・・・僕たちがヒールをしていたということです」
自分の成果を大々的に喧伝しないってのはどういう意図だろうか?
子供の身で、こんなことをしでかしたのだ。
それこそ、国を挙げて祝ってもいいくらいだ。
「ふむ。それでは誰からも感謝されないよ?」
「感謝して欲しくてやった訳じゃありませんから」
「それじゃぁ、ちょっと寂しいね」
無欲とは言え、報酬があってしかるべきだ。
私たち・・・いや、私の気が済まない。
彼らには何らかのお礼をしなければ。
「そうだ。これを持っててくれないか?」
右耳のイヤリングを取り外す。
コレならば、これからの人生に恩恵があるはずだ。
「そんな・・・受け取れません」
「そう言わずに持っていてくれたまえ。
そうだな。
君に預ける・・・という形ではどうかな?」
「預ける・・・ですか?」
「そう。君に預けるんだ。
もう片方は私が持ち続けるし・・・
君が、もし死んでしまったのなら、その石は返してもらう」
「そんな事が解るんですか?」
「ああ・・・これでもティータの祝福という名前持ちのイヤリングだからね」
「ハルトティータさんの名前の一部ですね」
「ああ、そうさ。私の名前の一部を持っているんだ。
つまり、私の片割れとも言える」
「えっと・・・じゃぁ、預かるだけ預かるということで・・・
もしかしたら、ず~っと死なないかも知れませんよ?」
「ははっ、それなら大丈夫だ。
ハイエルフって奴は、案外しぶといからね」
「ハイエルフだったんですか?」
「そうだよ」
「エルフより偉いんですか?」
「はははっ、年寄りになれるだけさ」
「そうですか・・・
えっと・・・名乗りがまだでしたね。
僕の名前は、ウィル。ウィル・ランカスター。
こっちの隠れてるのはミレイ。
ランカスター家の長子として、ハルトティータさんのイヤリング、丁重にお預かりいたします」
おっと。そうか・・・名前も知らないままだったな。
こちらも失念していたし・・・ウィルも警戒していたのかな?
「ああ、そうか。君の名前を聞いていなかったのか。
・・・ウィル。
よろしく頼むよ。
そんな石でも貴重なんだ」
「はい。ハルトティータさんに無事にお返しすることをお約束いたします」
「じゃぁ、私はもう少し森を散策してみるとするよ」
「はい。僕たちはもう帰ります」
そうして、彼らと別れた。
本当に、あの枯れ果てた森は無くなったのだな。
2日もすると、コトナリリスの大樹が芽吹いていた。
あの枯れ果てた大樹に・・・新しい芽が・・・知らず知らずに泣いていた。
こんな感動的なことは、長い一生のうち、何度あるだろうか?
これは、もう・・・大事件だ。
急いで帰って、一族に伝えなければなるまい。
「じいや、喜べ!コトナリリスの」「一体、今まで、どこに行っていたのじゃッ!」
頭ごなしに怒鳴られた。
「そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ」
「しかしですな・・・お遊びが過ぎますぞ!」
「コトナリリスの森が蘇ってきているとの報告は聞いているだろう?」
「あぁ・・・あの与太話ですか・・・
あんな与太話を信じるなぞ・・・
時間の無駄ですな」
「そうでもない。
実際、蘇っているし、コトナリリスの大樹に新しい芽が出ていた」
「な、な、な、なんですと!?」
「・・・怒鳴らなくても聞こえてるよ」
「そんな馬鹿な事がありますかッ!」
「じいやは、私が見たことを信じられないと言うのか?」
「ぐ・・・いや、しかし・・・
あの枯れた森が蘇るなぞ・・・
どんな奇跡が・・・」
「ああ、確かに奇跡だった。
あれは賢者だな」
「賢者ですと!?」
「ああ、彼が、原因を治し、ヒールで治療して回っていたのだ」
「ヒ、ヒールですと!?」
「ああ、彼は凄かった。
あそこまでヒールが使える人となると、そうは居ないのではないか」
「人・・・人間が森を蘇らせたと!」
「うむ。そういう事だ」
「ぐ・・・人がそのような・・・
・・・ヌッ!?
ハ、ハルト様ッ!
イヤリングが片方無くなっておりますぞッ!!」
「ああ・・・いいんだ。
これは彼にあげて」「なんですとッ!?」
「いや・・・預けてきたんだ」
「あ、あ、あ、預けてですと!?」
「いいじゃないか。
もう片方があれば、居場所は解るのだし・・・」
「そういう問題ではありませんッ!
あのイヤリングは、清らかでなければならないのですッ!
それを、人間ごときなどに!」
「じいやは、そう言うが・・・コトナリリスの大樹を蘇らせてくれた恩人だぞ」
「ぐ・・・しかしですな・・・」
「私の決断に反対なのか?」
「ぐ・・・ぐぬ・・・しかし・・・イヤリングを」
「コトナリリスの大樹を蘇らせてくれた恩人に、せめてものお礼がしたかったのだ」
「ぐ・・・確かに・・・それは、そうなのですが・・・
と、取り敢えず、急いで関係各所に連絡いたしますじゃ」
「ああ・・・そういったことは任せる」
じいやが慌ただしく立ち去る。
ふぅ・・・実に疲れるご老人だ。
「ハルト様・・・声が漏れております」
「ん?・・・それはまずいね」
「しかし、よろしかったのですか?
イヤリングを人間に預けるなどと・・・」
「まぁ、あんなイヤリングでも、私との親交の証として役に立つだろう?
これから彼が人生で出会うエルフに、よくして貰えるぞ?
これでも威厳だけはあるからな」
「老い先短い人生で、どれだけ恩恵があるのかは疑問ですが・・・」
「ん?まぁ、確かに人間だから老い先は短いかも知れないが・・・」
「・・・どうも話が食い違っている感じがしますね」
「そうかい?」
「ご老人なんですよね?」
「いや?子供だよ」
「こ、子供ですか!?
賢者だというので・・・てっきり老人かと。
それはそれで驚きなのですが」
「いや。子供だったよ。
そうだね・・・人間の歳はよく解らないが・・・
学園に通う前くらいじゃないかな?」
「それは・・・また・・・子供ですね」
「そうだろう?」
「で、賢者であると?」
「子供の斬新な発想なんだろうねぇ。
まぁ、ヒールの腕前は、大人でも太刀打ちできたかどうか・・・」
「はぁ・・・賢者ですね」
「そうだろう?」
「じゃぁ、ハルト様のイヤリングに闇の連中が寄って来やすい・・・という問題点も、何ら問題じゃないかも知れませんね」
「え?」
「え?・・・もしかして・・・お忘れだったんですか?」
「あ~・・・・・・まずいかな?」
「・・・まずいんじゃないですかね?」
「ん~・・・まぁ、そうそう、奴らが居るところに出くわすこともあるまい?」
「普通に過ごしていれば問題無いかとは思いますが・・・ちゃんと、考えてくださいよ?」
「はいはい」
次回「嘘を吐いた日」
Twitter @nekomihonpo
感想、評価ありがとうございます。
ご期待に添えるような文が書けるといいな。と思いながら書いていきたいと思います。ではでは。
変更箇所
一部も→一部の(指摘感謝)
。、→。
君が復活してくれたんだね→君の行いだね(指摘感謝)
次回タイトルの追加