ナナ色
太っている男、香水臭い女、高い声の女子高生、寄り添い心配そうな目で見ている夫婦。
たくさんいる人々を押しのけながら前に進むのは結構疲れる。
それなのに彼はずんずん前へ進むのだから、少しは年寄りの事を労わって欲しい。
静止の声をかけようとしたとき、野次馬達がさっきよりも一層ざわついた。
それと同時に彼のスピードが上がった。
「ちょ、待ってくださいよ!」
声を張り上げ、ようやく事の中心部に着くと少女が突き飛ばされている所だった。
下は固いコンクリート。彼は駆け出したが間に合うはずがない。
抗う事もせず、少女は音を弾きながら地面へ体をたたきつけた。彼が急いで支えるが、頭を打ったのか血が流れ少女は気絶したままだ。
突然の私達の登場が気にいらないのか、金髪はガンを飛ばしながら牽制してきた。
「これ俺たちの問題だから。お姉さんだって顔に傷作りたくないっしょ?」
「・・・な、なあ、なんかヤバクね?ちょー人集まってきてんだけど」
「はぁ?いまさらビビってんなよ」
「う、でもよー」
「黙れって言ってんだろ。なんならお前がサンドバックになってくれんのか?」
今まで気づかなかったが、もう一人耳に沢山ピアスがついている男がおずおず金髪に意見する。
だが脅しの一言が効いたのか、ピアスの男が押し黙った。
ニヤニヤ笑う金髪にイラつくが、それよりも今のは聞き違いだろうか?
確かに女顔だと不本意ながら自覚している、けど今はスーツだ。立派な一張羅を着ているのにどうやったら見間違えるというのやら。
金髪はそれきり私を無視し少女と彼のほうに向き直る。
「お兄さんももういいって。じゅーぶんカッコイイとこ見せてもらいましたから」
倒れている少女を支えている彼に、目線をあわすようにしゃがむ。
さっきのこともあり、その仕草や言動だけでも腹が立つ。
彼は金髪を睨みながら言い聞かせるようにゆっくりと言葉を話した。
「頭から血が出ているのが見えないのか。さっさと救急車を呼べ、クソガキ」
上からの物言いと侮辱の言葉が気に障ったのか、金髪は彼の襟元を掴み顔を近づけ低い声で威嚇する。
もう着いていけないとばかりにそそくさとピアス男は野次馬にまぎれながら逃げて行ってしまった。
それが賢明な判断だろう。
これだけの人がいるのだからいつ警察が来たっておかしくない。まだまだ若いのに豚箱にお世話になりたくないはず。
「離せ。このままじゃシャレにならない」
「あんまなめたこと言ってんじゃねぇよ。そのキレーな顔ぐちゃぐちゃになんぞ」
彼は話にならないというようにため息を吐き、私のほうを見る。
楽しい事は好きだがめんどくさい事は極力避けたい。が、この様子じゃ回避は不可能らしい。
彼のほうへ近寄り少女を預かると、自由になった腕で金髪の胸倉を掴み返し負けじと睨む。
その風景に厭きれてしまう私はもう歳なのでしょうか。
「若い人たちは血の気が盛んで羨ましい限りです」
独り言を呟きながら少女の容態を見ると、少し切れただけなのか血はもう止まっていた。
医者ではないので分からないが、大事には至らないだろう。
それよりも、目が腫れ涙の乾いた後の方が気になる。よほどこの人たちが怖かったのだろうか。
トラウマとやらにならなければいいのですが。
いろいろ思案していると、ゴッと骨がぶつかり合う音が聞こえた。
先手必勝と勢いよく殴った金髪からは余裕の声色。
「おいおーい。クソガキ相手じゃやられっぱなしですかー?もっとカッコイイとこ見せろや」
挑発の言葉にのったのか、彼も長い足で金髪の腹を蹴り倒す。
粋がっているだけかと思いきや、どうやら金髪は喧嘩慣れしているみたいで反撃に出る。
彼との身長差はだいぶある。傍から見れば彼のほうが強そうだが、長年知っている私から見ればお互い五分五分といったところだろう。
金髪が強い、のではなく彼が強くないのだ。
「弱いってこともないんでしょが・・・」
どうしようかと悩んでいると、だれかが通報したのかサイレンの音が聞こえてきた。
これ以上めんどくさい事は絶対避けたい。仕事にも影響が出るかもしれないし。
腰の痛みを無視し少女を横抱きにする。警察が来たおかげで野次馬もいささか減った。
「おーい、そろそろ時間ですよ。探検は1時間だけって言ってたじゃないですか」
少し大きめの声を張り上げて彼に呼びかけると、喧嘩に夢中だったのか今になってサイレンに気づいたようだ。金髪からの右ストレートを危なげにかわして、長い足を引っ掛ける。
金髪は無様にしりもちをつき、その隙に私と彼はまた野次馬を割きながら走った。
後方で喚き散らす怒声に警察の声が混じる。
「ご愁傷様です」
あのピアスのように感情のまま深入りしなければよかったのに。
歳など知らないが、おつむが弱かったのだろう。
まぁ、楽しい事が見られたので慰めの言葉は言っておこう。