ジュウナナ色
「こんなとこで寝てたら、風邪引きますよ」
突然振ってきた声に、ゆらりと瞼を持ち上げる。
長い髪をさらりとたらしながら覗き込んでくる美青年、もとい、白藍さんが心配そうな顔でいる。
声を出そうと喉に力を入れるが、二酸化炭素が出て行く音だけが鳴った。
「ほらぁ~悪化してるじゃないですか!早く治して、新しい料理披露してくれるんでしょ?」
鳴らない喉の代わりに縦に頷けば、立てますか?と手を貸してくれた。
差し伸べられた白く細い腕は、なぜかたくましく見えた。
『・・・・ありがとうございます』
かすれた声しか出なかったが、なんとかお礼の言葉を出す。それに笑みで返され、肩を借りながら共に歩き、いくつかの角を曲がって部屋へと到着。
敷きっぱなしの布団へゆっくりおろされる。
どこもかしこも力が入らず若干倒れこむようになってしまった。
ふぅ、っとお互いに息を吐くと、白藍さんは困ったように眉間にしわを寄せた。
「弱りましたねぇ。これから少し出かけなきゃいけないんです」
『私のことは、気になさらず』
「ですが、帰れるのが夜中になっちゃうんですよ?誰もこないと分かっていますが・・・女の子を一人にしておくのは・・・・あ!緋色を呼びましょう!」
名案だ!と腰を浮かせ、今にも電話しようとする白藍さんを何とか落ち着かせる。
それだけはなんとしてでも阻止しなければ!
であった当初から比べ、言葉を交わすようになったと言っても、向こうは私を拒否しているのだ。
朝、それを直に言われたのだから。
『一様高校生ですので!そ、それに一人になるのなんて、慣れてますし』
そうだ、そうだったじゃないか。
兄はいない、祐真は部活、母と父は仕事。私だって、塾があった。
家に帰れば冷たく、暗い空間が迎えてくれるだけ。
そう言えば、この屋敷に来る前の日は、珍しく皆そろってたな。祐真はお姉ちゃんっ子だから、寂しいよって泣いてないかな?突然行方不明になった私の事を、あの両親はどう思っているのかな?
「熱、上がってきましたか?」
風のようにふわりと耳に入ってきた声に、え?と聞き返す。
答えの無い思考に没頭していたせいか、白藍さんのことを忘れていた。
それに気を悪くするのでもなく、涙が溢れそうですよ、とハンカチを渡してくれた。
『すいま、せん、』
「いえいえ。こうやって看病するのは久しぶりで、実は前から楽しんでるんですよ?」
彼は、きっと世話焼きなのだろう。かいがいしく動く手足は、酷く手馴れている感があった。
じっとその動作を見ながら、緋色さんもよく風邪を引くんですか?と聞いてみる。
「いえ、あの子はめったに。・・・・昔、体の弱い子がいましたので」
『だから、動きが、俊敏なんですね』
「ふふ、まだまだ若い子に負けませんよ?アキラさんは体の弱いほうでしょうか?」
『いえ、そうでもないと思うんですけど』
しばらくの雑談。熱のせいか、前の家の様子をポロポロと喋ってしまう。
こんな話したところで白藍さんが困るだけだ。それくらい分かっていたのに、熱で浮かされた脳はぐるぐる回り、口はよく滑った。
『私が、寝込んだとき、当たり前ですけど、周りに誰もいなくて、あ、お兄ちゃんとか、ゆう・・・・弟は心配してくれたんですけど、何をしたらわかんない、って顔で、右往左往して、』
「ご両親は、仕事で忙しかったのですか?」
『はは、聞いて、笑っちゃいますよ?母さんなんて、友達とゴルフしに行っちゃったんです。父さんは、帰ってこないの、いつもの事ですし、いまどき、これが普通の家庭なんですけど。だから、こうやって、看病されるのって、照れくさいんで、す』
「なら、もっと照れくさくしてあげましょう!」
『え、えぇ!』
白藍さんはこの話を悲観するでもなく、同情するでもなく、ただ聞いてくれた。
あまつさえ、最後には私を笑わしてくれたのだ。
「ほら、もう眠りなさい」
魔法の呪文のように私は抗う事もせず、瞼を下ろした。
短い!