ジュウヨン色
ずっとぼぉっとしておくわけにもいかない。
緋色さんに続き居間へと行くと、なにやら喧嘩しているような口調が聞こえる。
「いい加減にしなさい。これ以上してあなたの体が壊れでもしたら」
「拒否の言葉を貰いにきたんじゃない。これはただの報告だ」
「なりません。いくら成人になろうとも保護者は私なのです」
「だからなんだ。自分の体くらい自分が一番分かっている」
「そう言ってまた『あんな事』が起これば!」
「っもういい!報告と忘れ物を取りに着ただけだ!」
剣幕な雰囲気のまま、緋色さんは廊下を進んで行ってしまった。
話しの途中から聞いたせいで、なにがなんだか分からない。それに、『あんな事』?
立ち尽くしていると、白藍さんはため息を付き、またいつもの笑顔へとなった。
「すいませんね。大きな声で話しちゃって。ビックリさせちゃいましたね」
『いえ、少し驚きました。食器下げますか?』
お味噌汁が入っていたお椀と玉子焼きを盛っていたお皿は空になっていた。
けれど返事がなく白藍さんの顔を覗き込むと、少し変わった笑顔。
「話の内容、聞かないんですか?普通はもっと気になるでしょうに」
『気にはなります。でも二人とも怒っているように見えたので、あまり聞かれたくないのかと』
「そんなんじゃありませんよ。あぁ、でも緋色は嫌がるかもしれませんねぇ」
『それなら、なおさら』
「あなたは賢い人だ。けれど一線引きすぎるのは返って距離を置かれてしまいますよ?」
『そう、なんですか?そんなこと思いもしなかった・・・これが最善だと考えていました。他人に根掘り葉掘りと探られるのは』
「確かにあまり好ましいと言えませんね。でも聞いて欲しいときだってあるんですよ」
聞いて欲しいとき?それはどうやって見極めればいいのだろう?
なにかサインでも出してくれれば分かるのに。それとも私が気づいてないだけなのかな。
『白藍さんはどうやって?』
「ずばり!第六感です」
あまりのドヤ顔で言われてしまい、思わず笑ってしまった。
なるほど。それは自分が気づけないはずだ。
無意識に相手へ壁を作り、必要以上に入り込まないようにしていた。もちろんそれも大切な事だけど。
そうじゃない場合もあるなんて。
「ピーン!と頭に光線が走るときがありますよ。その時は静かに聞いてやってください」
『分かりました。第六感を信じてみます』
自分の感覚を信じてみよう。
さぁ、と柔らかく吹く風が草木を揺らす。花の香りが運ばれ、ふと息を落ち着ける。
緋色さんと仲良くなれるかな。
ううん。仲良くなろう。そう押してくれる人だっているんだから。
『緋色さんすぐ出て行っちゃうのですか?』
「見たいですね。あのやんちゃ坊主は人の話しをろくに聞かない子ですし」
『夜は帰ってくでしょうか?』
「それは彼に聞いてください。私では分かりかねます」
『聞いてもいいんでしょうか?』
「ふふ。疑問符ばかり付いてます」
『あ、ごめんなさい』
「いえいえ。許可なんて要らないんですよ。自分がこうしたい、と思えばそのまま突き進めばいいのです。不言実行、ですね」
『はい!』
不言実行。素敵な四字熟語を教えてもらい、俄然やる気が出てきた。
よし!と意気込んだ時、どしどし、と向こうから足跡が1つ。
少し眉間にしわを寄せた緋色さんが私達に見向きもせず居間を通り過ぎた。
『あの、緋色さん!なな何時ごろお帰りになるんでしょうか』
すっごく噛んだけど、言い切れたことに小さな達成感が生まれた。
学校に行っていたときはなにか聞こうとしても何かが邪魔して、結局『まあいいや』になっちゃったから。恐る恐る彼のほうを見ると、とても不思議そうな顔でこちらを見ていた。
けど、それは一瞬で。
「夜中」
それだけ言って、玄関へ行ってしまった。
よなか?世の中?・・・・夜中!一言を脳内で解読するのにかなりの時間が掛かった。
夕飯は?いるの?いらないの!?
なんだかよく分からなくて、行ってらっしゃいも言ってなくて。
反射的に、私も玄関へ走っていた。
『い、あ、いい、行ってらっしゃい!夕飯いりますか!?』
恥ずかしい。正直なんて言ってるか自分でも分からないくらいだ。ガチリと噛んだ舌がヒリヒリする。
今日の朝とまったく同じ光景。片足がすでに戸から外へ出ている。
言って欲しい。行ってきます、と。
けれどもそんな期待は消え、彼はまた何も言わずに外へ行ってしまった。
『あ、』
切ない?悲しい?そういう感情が流れる。
やっぱり駄目じゃないか。私はきっと、緋色さんの領域に勝手に入ろうとしてしまったのだ。
第六感が働いてくれればいいのに。ココから先は駄目だって。
そんな意味不明な八つ当たりをしていると、後ろに白藍さんが立っていた。
「気分、悪くしちゃいましたね。すいません」
『違います。私がしゃしゃり出ちゃっただけです』
「さて!掃除でもしましょうか!」
突然の提案にえ?と言うと、白藍さんはもう居間の方へ足を進めようとしていた。
「この屋敷は嫌に広いですから、明日はきっと筋肉痛ですよ」
陽気な声で言う彼に、負の感情が散っていく。
そうだ、前へ進むと決めたじゃないか。私の第六感はまだ本調子じゃないだけかもしれない。
マイナスに考えるのは、昔の自分がいるからだ。
トン、トントン、ポロン。
耳の奥底で聞こえた音。
けれども今の私にはただの空耳にしか聞こえなかった。