ジュウサン色
畑から帰り、家の探索も終えて一休みした後、白藍さんが買い物に行ってくれた。私も着いていこうと思ったが、使う食器や調理器具を洗って欲しいと頼まれた。
柱時計がボーンボーンと2回。もう2時なのかと泡塗れの手を水に流す。
手の滑りがなくなり、忘れないうちに横のコンロに置いてある鍋の蓋を開け、野菜たっぷりのお味噌汁を味見する。
うん。濃いすぎるって事はないかな?ちょっと多めに作りすぎちゃったけど、夕飯にも出せるなら出しちゃおう。
一通りやり終え、邪魔な髪の毛をかき上げる。白藍さんほど長くはないが邪魔になる程度のびている。いっそのこと切ってしまおうか。染めえた事もない黒い髪に少々嫌悪を含ませる。
思案しているとガラガラガラと、古い玄関の戸が開く音が聞こえた。
帰ってきたのかな。
手を拭い、さっき教えてもらった方向へ進むと難なく玄関へとたどり着く。
置かれた荷物に目をやり、ずいぶんと買ってきたんだな。そう思いながら代わりに荷物を持つ。
あれ?ふと見えた袋の中にあったのは所望していたものと異なっている。
白藍さんのほうを見ると、笑顔で中身を教えてくれた。
「洗剤、シャンプー、リンス、歯ブラシ、下着、買ってきましたよ。これから必要ですもんね。気にいらなかったら言って下さい。取り替えてきますので」
『あ、ありがとうございます。・・・・・あの、お米と豚肉は?』
「あ」
後で私もお店に行きたいって思ってたんです。慌ててフォローにそう言うと、白藍さんはすいません、とフォローも虚しく落ち込んでしまった。
どうしよう!そして頭で考える前にポロリと出たセリフ。
『お味噌汁作ったんです。それと、玉子焼きも作ろうかなー、なんて』
◆◇◆◇
常連、と言ってもここに泊まる人はほとんど限られた人達。
どれだけ家が素晴らしくとも、外からこんな田舎には来ないらしい。
だから常連達はここを民宿というより秘密基地のように扱っていて、結構好き勝手やっているのだと。
変人ばかりだと聞いたが会ってみたいと思わずにいられない。
『、ぁっつ!』
ボーっとしていたせいで危うく玉子焼きを焦がしてしまうところだった。
くるくると卵を破らないように回して、柔らかい四角形を作る。
食べやすい大きさに切ってお皿に盛り付け、事前に作っておいたお味噌汁もお椀へ装う。
奇跡的に残っていた少量のお味噌は、なんともいい味付けになっている。
居間へ運ぶと、綺麗に背筋を伸ばしお行儀よく座っている白藍さん。
「なんともいい匂いですね!これぞお袋の味」
『に、なってるといいんですが。口に合わなければ無理しないでくださいね』
綺麗な手が洗ったばかりのお箸を使い、玉子焼きを一切れ口に運ぶ。
お味噌汁は味見をしたが、玉子焼きはしていない事に今となって気づいた。
『味見してな』
「んーおいしー!ほどよい柔らかさに、この絶妙な甘さがなんとも!・・・・あぁ、お味噌汁ってこんなに優しい味がするんですね。インスタントとは大違い」
『・・・・・おいしい、ですか?』
「はい。これから毎日食べられるなんて至福の時間が増えました。何で今日米を買い忘れたのか・・・数分前の自分を殴り倒してしまいたいです」
そう言いながら、箸を休めず玉子焼きをほうばる姿は男性に言っても喜ばれないだろうが、可愛いと思ってしまった。
そうして、ふと緋色さんはいつ帰ってくるのだろう?という疑問が生まれた。
聞こうか迷ったが朝の緋色さんとのやり取りを思い出し、余計なことはしないでおこうと思いとどまる。
「そんなに暗い顔をなされると、ご飯が美味しくないですねー」
『・・・・すいません』
「お味噌汁のおかわり頂いてもいいですか?」
『はい!』
「こんなにも美味しいんですから緋色にも食べさせてあげたいですね」
『・・・・食べてくれますかね?』
「あの子は冷たいご飯の味しか知らないんです。だからきっと喜びますよ」
『冷たい、ご飯?』
「あれ?お味噌汁は出張でもしているのでしょうか?」
茶目っ気たっぷりに言われ、急いで台所に行きおかわりを入れる。
おたまで掬いながらさっき言っていた「冷たいご飯」のことについて考えてみた。けれども決していい方向には考えが転ばず、悪い方へ悪い方へ行ってしまう。
そんな思考を断ち切るように、ガラガラ・・・と玄関のドアが開く音が響いた。
白藍さんに入れたてのお味噌汁を渡し、玄関の方へ行くと緋色さんが帰ってきていた。
『あの、お帰りなさい』
「白藍は居間か?」
『はい、お昼ご飯を』
言い終わる前に、彼は私を一度も視界に入れず居間の方へ足を進めた。
離れていく背中を見て、寂しいと思うのと同時に、ほんの少しの対抗心が湧き上がった。
お兄ちゃんに口酸っぱくして言われ続けたからか知らないが、挨拶は常識であり、必要なことだと思っている。
それに、なぜか。なぜか彼が虚勢を張っているように感じたのだ。
お節介なことは、しないほうがいい。そんなことは当の昔に知っているのに。
緋色さんが、弟の祐真にダブって見えた。