03-01 ステネコ
アユムが帰ったあと、いつも通りトモミは大好きなママの話(おもにパパとの激しい喧嘩にママが勝ったときの話や、酔っぱらって帰宅したママの笑える失敗談など)を延々と話し続けた。
わたしはここに不時着して以来、この場所から一歩も離れたことがなかったが、この少女のおかげで、地球や地球人のことがだいぶ理解できた。
もちろん、ほとんどがトモミの家庭の話なのだが……。
「トモミがいま習っている勉強の話も聞きたいな。小学校は楽しい?」
「ん? まあ、ね……」
トモミは気のない返事をすると『全宇宙生物図鑑』を指さした。
「ハカセが通ってる小学校は、みんな頭良さそうね。そんなに大きな図鑑、フツー持ち歩かないよ」
「ああこれ?」
わたしは図鑑の背表紙をなでながら、適当に話を合わせた。
「夏休みの宿題用に図書館で借りたんだ。外来生物の問題について自由研究するためにね」
「ガイライセイブツ……?」
「うん。外来生物って言うのは、ほかの星……じゃない、ほかの土地から突然やってきた、本来、その土地にいるはずのない生物のことだよ。
彼らは在来生物という、もとからいる生物たちを襲ったり、住む場所や餌を横取りしてしまう、とてもこまった存在なんだ……。
ほら、食物連鎖って学校で習っただろう? そのバランスがくずれて……」
どういうわけか、さっきまであんなに明るかったトモミの顔色が、くもっている。
「どうかした?」
「ううん。で、どうするの? その外来生物」
「もとの土地に帰したり、場合によっては、処分する」
「処分って……まさか、殺すの?!」
「かわいそうだけど、そういう方法もあるかな。放っておくと、どんどん増えて、その土地の生態系がくずれちゃうからね……」
いきなりトモミは立ちあがり、小型宇宙船の上から飛び降りた。その表情は、ちょっと怒っているようにも見える。
「あの……。なんか気にさわること言ったかな?」
「べつに。そろそろママが起きてくる時間だから」
見上げれば橙色だった空が、いつのまにか紫色と藍色のグラデーションに変わっていた。
「もうこんな時間……。あの、ええと……ちなみに今日の夕飯は、ツナ缶と納豆、どっち?!」
いまにも走り去ってしまいそうなトモミを引きとめようと、わたしはとっさに思いついた質問を投げかけた。
我ながらつまらない質問だったとすぐに後悔したが、トモミは弾けるような笑顔でふり返り、こたえてくれた。
「やだハカセ。ママだって夕飯くらい、ちゃんと作ってくれるわよ。じゃあまたね!」
「……うん、また明日っ!!」
草原のなかを走るトモミの姿が、やがて地平線の向こうに隠れて消える。
地球人がツナ缶と納豆だけで生きているというのは、どうやらわたしの誤解だったらしい。
気にさわるようなことも言ってしまったようだし、地球人のことを理解できたと調子に乗るのは、まだ早すぎたようだ。
リリリリリ……。リリリリリ……。
狂ったような昼間の熱気から、ようやく落ち着きを取りもどした夕風が草原をなでる。
鈴のように鳴く地球の虫の音は涼やかで、なんとも言えないゆったりとした気分にさせてくれる。
「この服は少々時代考証を間違えたようだが、むし暑い地球の風土にはぴったりだな」
キモノの襟をぱたぱたとさせながら、わたしは小型宇宙船の上に大の字に寝転んだ。
藍色の空はさらに濃くなり、小さな星が点々と姿を見せ始める。
早く迎えが来ないかな……。
でも、そのときはトモミやアユムともお別れだ。ふたりには、ちゃんと挨拶をしてから帰りたいけど、そんな時間はあるだろうか……。
そんなことをうつらうつら考えながら、いつのまにか、わたしは眠っていた。




