04-02
どのくらい時間がたったのだろう。
金色の夕日が、雨粒の残る草原をきらきらと照らしているのを見て、わたしは雨が止んでいることに気がついた。
背後から草をかきわける音がする。
続けて聞こえたタタンという軽い足音にふり返ると、いつのまにかトモミがわたしのとなりに立って、夕日に照らされ金色に輝く草原を見つめていた。
「どうしたのハカセ? ずぶ濡れじゃない」
頭からバケツの水をかぶったように濡れそぼつわたしに、トモミはふり向きもせずハンカチを渡そうとしてくれたが、なぜかわたしは受け取れずにいた。
いままで見たことのないトモミの険しい横顔に、わたしはひどく驚いていたのだ。
トモミは何事もなかったようにハンカチをしまうと、ぽつりとつぶやいた。
「パパがね、いなくなっちゃったの」
わたしは言葉を失った。
トモミがあれほど明るくあっけらかんと話すものだから、本当に両親が別れて暮らすことになるなど、夢にも思っていなかったからだ。
「……やだ、そんな顔しないで!」
トモミはわたしの顔を見るなり、いつもと同じ、弾けるような笑顔で言った。
「わかってたんだ。だってパパとママ、最近は難しい話で言い争いばかりしていたし……。
でもいいの! わたしはママと一緒なら大丈夫。これからは二人三脚でがんばらなくっちゃね! わたしに残された、たったひとつの居場所なんだから……」
そこまで言ってトモミは背を向けた。
ずっと立ちつくしたまま、それからずいぶん長いこと、トモミは黙ったままだった。
「……ハカセはさぁ、夜景って好き?」
空が藍色に染まりかけたころ、ようやくトモミが口を開いた。
夜景――。街の灯り。
わたしはこの星に来て、街の灯りさえ見たことがない。
トモミはずっと遠くを見つめていた。
わたしも立ちあがり、背のびをして同じ方向を見た。
地平線の草の隙間に、かすかに光る街の灯りが見えた。こんな近くに街があったことに、わたしは初めて気がついた。
「わたしね、昔から夜景を見ると、なぜか胸がきゅんとなって愛おしくなるの……。それをアユムに話したら、あいつ偉そうに言ったんだ。
ぼくも大好き。あの灯火のひとつひとつに、あったかくて、やわらかな、みんなの居場所があるんだもん。ってさ……」
なるほど、なかなかアユムもいいことを言う。
アユムが密かにトモミに想いをよせていることを、伝えてあげるべきだろうか?
そう思った、そのとき――。
「それからわたしは夜景が大嫌いになった! 見るたびに、吐き気がする!」
驚いて、わたしはトモミの顔を見た。
泣きはらした目は、ぎゅっと遠くを見つめていた。
トモミは黙って宇宙船からかけ降りると、ふとふり返り言った。
「ハカセは帰らないの? あったかい灯りに包まれた、自分の居場所にさ」
とつぜんの質問に、わたしはとまどった。
わたしの家は三万光年も遠く離れた星にある。
とりあえず、いまはこの小型宇宙船がわたしの居場所になるのだろうが、放り出されたまま中へ入れやしない。
「ええと……」
何かこたえないと地球人でないことがバレてしまう。
わたしはあせって言葉を続けた。
「そ、そう、夏休み! ぼくは夏休みを利用して世界中をひとり旅しているんだ。でも、お金を使い果たしちゃったから、しばらくはここで野宿して……。だからいまは、トモミやアユムが集まるこの場所が、ぼくの大切な居場所かな!」
言ってる途中から、自分でつっこみたくなった。わたしは、この星では小学生という設定なんだ!
たかだか十二歳の子どもが、世界中をひとり旅だなんて、いくらなんでもありえない。
しかしトモミは一瞬驚いたような顔をしたものの、まるで氷が溶けていくように、やさしい笑顔に変わっていった。
そしてまた、くるりと背を向け走っていく。
その姿が地平線に消えかけたとき、トモミがふり返って大声で言った。
「ここを旅立つときはハカセ~、わたしも一緒に連れてってね~っ!!」




