8. ワクワクの錬金術士ギルド
次の日、さっそく洗い場に行って挑戦してみることにする。まずは、お父さんが水を出していたのを思い浮かべてっと。そうして桶に向かって右手を出して、次は……と思ったところでハッとした。
――呪文が分からない!
お父さんも何か呟いてたし、あれってたぶん呪文だよね。前世の記憶を思い出してみても、魔法を使うときは呪文を唱えてるっぽいもんね。
うーん。水を出すときは “ウォーター” でいいのかな? 分からないけど、まずはやってみよう!
――ウォーター!
あ、まただ。頭の中では言えるけど、言葉にならない問題。これ、どうにもできないんだけど、どうしよう。困った。
できれば、お父さんに呪文を聞けたらいいんだけどなぁ。でも、そうしたら魔法を使おうとしてるってバレるよね。それとなく聞いてみるとか?……どうやって?
しばらく考えたけど、いい考えが浮かばない。考えても魔法でお水は出せないから、今日は魔道具を使う。まずは洗濯しないとね。あったか石も使ってから、じゃぶじゃぶ洗う。
そうして、お昼ごはんになった。今日は、ソーセージと野菜をパンに挟んだものと、じゃがいもを潰したのとスープ。いつも通り、お父さんと向かい合って食べる。うん、今日もごはんが美味しいね。
そういえば、お父さんに呪文を聞きたいんだった。あれ?どうやって聞くんだっけ?……あ、思い浮かばなくて、途中で考えるのやめたんだった。どうしよう。でも、聞かないと魔法が使えないし。えぇい、ここは勢いで!
「ねぇねぇ、お父さん。昨日、魔法でお水出してたでしょ?」
「そうだね。それがどうかしたかい?」
「魔法を使うときに、お父さんが何か言ってたと思うんだけど、何を言ってたの?」
「あぁ、それか。魔法を使うときは、この魔法を使いますっていう言葉が必要なんだ。呪文ていうんだけどね」
「そうなんだ。お水は何て言うの?」
「ふふっ、レティは本当に魔法が好きだね。お水を出すときは “ウォーター” っていうんだよ」
「ウォーター」
「そう。あとは、光を出すときは “ライト” とかね。もちろん、呪文を言うだけだと魔法にはならないけどね」
へぇーと頷きながらも、心の中はドキドキだ。いい考えが浮かばなかったから、そのまんま思ったことを口に出して聞いただけだったけどね、ちゃんと聞けたんだよ。やったー! もう、踊り出したいくらい。
すぐ洗い場に行って試してみたいけど、こっそりしないとだもんね。今は我慢。でも、うずうずしちゃう!
「うん?どうしたんだい?」
そんなわたしの様子に、お父さんも変に思ったみたい。ひゃーあぶない。
「なんでもないよ、魔法って不思議だなって思ったの。そ、そういえば、お父さんは午後も作業場にいるの?」
慌てて話を変えてみる。そうしたら、お父さんはハッとして午後の予定を話し始めた。
「あとでね、錬金術士ギルドに行こうと思うんだ」
「錬金術士ギルドに?」
「そう。この前 “あったか石” を作っただろう? いろんな人に使ってもらうためには、ギルドに登録しないといけないんだ。それと、ほかの錬金術士にも作れるようにね」
「あったか石がいっぱいできたら、たくさんの人が使えるよね。そしたら、みんな助かるね」
「そうだね。まぁ、いい魔道具だと思う人たちがいないと作ってもらえないんだけどね」
「それは絶対大丈夫!だって、お水がぬるくなるんだよ? みんな欲しいに決まってるよ」
絶対そう。だって、お水が冷たいと手が痛くなるんだもん。バーバラおばさんだって、冷たいお水はつらいねって言ってたし。
「レティにそう言われると心強いな。それでね、レティも一緒にギルドに行かないかい?」
「わたしも?」
「うん。レティが思いついて作った魔道具だからね。一緒に登録しようと思って。どう?」
「いいの? それなら行ってみたい!」
錬金術士ギルドなんて行ったことないもんね。行ったことないところなんて、すごくワクワクする! どんなとこだろう?
「よし、決まりだね。じゃあ、後片付けしたら出かけようか。ついでに、神殿教室で使う道具も買ってこよう」
「わーい! ありがとう」
ごはんを食べ終えて、後片付けをする。楽しみすぎて、鼻歌が出ちゃうね。ふん、ふん、ふん。
後片付けも終わって、出かける用意も完璧!お父さんは、作業場で用意しているみたいだけどね。ちょっと待っていたら、お父さんも用意ができたみたい。
「お待たせ。それじゃあ、行こうか」
ブーツに履き替えて、外に出る。まだまだ寒いからね。お父さんが、家の鍵を掛けたら出発だ。お父さんと手をつないで、てくてく歩く。
まずは大通りに出るんだって。だから、そこまでは神殿に行くときの道と同じなんだよ。赤い屋根のお家に、大きな青い屋根のお家を通り過ぎたら、角のお花屋さん。いつもの目印を見ながら歩いていると、大通りに到着した。
「錬金術士ギルドは、大通りの向こう側にあるからね。大通りを横切って、渡らないといけないんだ」
「うん。わたし、頑張って走る!」
「うぅんっ。転んだらいけないから、ちょっとだけ抱えて歩くよ。いいかな」
お父さんは、喉に詰まったみたいに咳払いして、そう言った。ちょっと恥ずかしいけど、たしかに危ないかも。この前も転んじゃったしね。
わたしが頷くと、お父さんが抱えてくれる。そして、馬車がきていない間に、ササッと渡ってくれた。
ここからは、神殿の方向に真っ直ぐ歩くと着くんだって。同じ大通りを歩くのでも、いつもと反対側を歩いているからか、すごく新鮮に見える。
建物やお店も、近くで見ると細かいところまで見えて楽しいな。看板や文字も見えるしね。まぁ、文字はまだ読めないけどね。
しばらく歩いて行くと、お父さんが指をさして「あそこだよ」と教えてくれた。白枠の窓がお洒落な感じで、レンガの壁にすごく映えている。
3階建ての1階あたりの壁には、看板が吊り下げられているのが見えた。看板には、まるの中に5つのシンボルが配置されているようなデザインが描いてある。
「あの看板、かっこいいね」
「あれは、錬金術士ギルドのマークなんだよ。あの5つのシンボルはね――」
お父さんの説明によると、空、風、火、土、水のシンボルが魔法陣みたいに描いてあるんだって。この街以外にも錬金術士ギルドはあって、必ず看板が掛かってるみたい。分かりやすくていいよね。
「さて、さっそく入ろうか」
「うん。楽しみだけど、ちょっと緊張するー」
わたしがそう言うと、お父さんはくすっと笑ったけど、笑いごとじゃないのにね。大きな建物だからか、ワクワクを通り越して、緊張してきちゃった。
扉を開けて入っていくと、中も広くて、思わずきょろきょろしてしまう。外から見た窓は白枠だったけど、建物内は濃い茶色の枠で、落ち着いた雰囲気になっている。
入ってすぐにカウンターがあって、その奥には、いくつもの机が並んでいるのが見える。机に向かって、お仕事をしている人たちがたくさんいた。
カウンターの前に立っていると、お父さんに気づいたらしい男の人が近づいてきた。見た感じ、お父さんより年上のおじさんみたい。黒い髪を整えていて、きちんとした格好をしている。
「こんにちは、ウィルさん」
「こんにちは、ドミニクさん」
おじさんは、ドミニクさんというみたい。ウィルは、お父さんの名前だよ。二人が挨拶したあと、ドミニクさんがこちらを見たので、わたしも挨拶する。
「はじめまして、ドミニクさん。レティといいます」
「ウィルさんのお嬢さんですかな。はじめまして」
ドミニクさんは、にっこり笑って挨拶してくれた。小柄でちょっとふっくらした体型だからか、おおらかそうな人に見える。それに、少し屈んで目線を合わせようとしてくれたから、きっと優しい人なんだろうな。
「今日はどのようなご用件ですかな?」
「新しい魔道具を作ったので、登録をお願いしようと思いまして」
「おぉ、新しい魔道具ですか。最近は、あまり新しい魔道具が出ていませんからな。それは楽しみです。では、2階の商談スペースへ。こちらです」
ドミニクさんが、カウンターで何か言付けてから、わたしたちの前を歩いて案内してくれる。入口のすぐ近くにある階段を上ると、手前には色々なものを並べてある棚があって、その奥に商談スペースがあった。いくつか衝立が並んでいて、衝立で区切られた空間に、それぞれ机と椅子が置いてある。
わたしたちが席に着いた頃、もう一人、お父さんと同じ年くらいの男の人が入ってきた。ふわっとした茶色の髪に、少しタレ目で濃い青の目をしていて、やわらかい雰囲気の人だ。
「今日は、魔道具の登録ということで、もう一人呼びました」
「はじめまして、僕はダニーと言います。よろしくお願いします」
ダニーさんは、ぺこっと頭を下げて、笑顔で挨拶してくれた。にこにこしていて、なんだか話しやすそうな感じの人だな。
「さて、どのような魔道具ですかな?」
「はい、“あったか石” という魔道具で、実物がこちら。そして、設計書はこちらになります」
お父さんは、あの魔法の “収納かばん” から、あったか石を出して机の上に置いた。そして、設計書をドミニクさんに手渡す。
そこからは、お父さんが設計書に沿って説明していく。少量の水をぬるくする魔道具であること。だからこそ、小さな魔石で作れること。家事で使う目的で作ったため、平民が買いやすい値段にしたいことなどを話していく。
最低限の魔石の大きさや、持ち手の素材なども確認して、説明は終わったみたい。
「水と桶があれば、試してみることはできそうですな。ダニー、桶を持ってきてくれ」
ドミニクさんがそう言うと、ダニーさんが立ち上がって、どこかに行ってしまった。
「この “あったか石” は、庶民にとっては、ありがたい商品ですな。私の妻も、冬の水は冷たいと昔から言ってましたんでね」
「そうですよね。うちも、娘が水を温かくしたいって言いましてね。それで、この魔道具を作ろうと思ったんです」
「ほぅ、お嬢さんが?」
「えぇ。娘がそう言わなかったら、この魔道具は生まれなかったんです。だから、娘が発案者なんですよ。それで今日は、娘も連れて来たんです」
「そうでしたか。お嬢さんがいらっしゃるなんて、珍しいなと思ったんですよ」
そんな話をしていると、ダニーさんが桶を持って戻ってきた。桶を机の上に置くと、手に持っていた魔道具を使って、水を溜めていく。
「ダニーさん、そのくらいで大丈夫です。それでは、片手を水に浸けながら、反対の手でこの持ち手の魔石部分を持ってみてください」
ダニーさんとドミニクさんも桶に手を浸けて、ダニーさんが持ち手を持った。すると、すぐにぬるくなったみたいで、二人揃って「おぉっ」と声をあげた。ダニーさんとドミニクさんは、すぐに感想を言い合っている。
「すぐに、ぬるくなりましたね」
「そうだな、早かったな。ダニー、魔力の消費はどうだ?」
「ほんの少しだと思います」
「そうか。これなら、魔石も小さくて安価に設定できるな。ウィルさん、これは便利な魔道具ですな」
「ありがとうございます」
そこからは、魔道具の価格と設計料について話していった。ドミニクさんが、わたしにも分かるように丁寧に説明してくれたんだよ。優しいよね。
魔道具は、錬金術士ギルドが取引を管理していて、商売をしている人たちに売っているんだって。それと、価格の設定も、一緒に登録するみたい。材料の価格は変わることもあるから、設計料やギルドの手数料だけらしいけどね。
今回は、お父さんとドミニクさんで、この場で決めてしまうんだって。それに設計料も、登録からある程度の年数までの期間限定らしいから、それも決めないといけないみたい。ドミニクさんの横では、ダニーさんが書類を作成している。
「設計料なんですが、うちのレティと半分にしたいんです」
「それはできますが、理由をお聞きしても?」
「先ほど少しお話しましたが、この魔道具を思いついたのは娘なんです。それと、魔石を小さくするのも、娘の言葉がヒントになりました。もちろん、作ったのは僕ですけど、発案者ということで、娘にも設計料を渡せないかなと思いまして」
「なるほど。では、設計料をお嬢さんと折半するということで登録しましょう。お嬢さんの口座はありますかな」
「はい、あります」
――わたしにも設計料!?
「えっ、わたしなんて、こんなのあったらいいなーって言っただけだよ?」
「でも、そのおかげで、この魔道具ができたんだからね。いいんだよ。それに、レティのおかげで、新しい魔道具を作り出す楽しさを味わえたんだから」
そう言って、お父さんはドミニクさんと手続きを進めていった。魔道具の新規登録と、わたしの口座も登録して、手続きは終わったみたい。するとドミニクさんが、階段近くの空間に案内してくれた。
「こちらは、主流の魔道具や錬金製品と、新規で登録されたものを展示してあるんです。新規の魔道具は久しぶりですから、今は置いてありませんがね」
そこには、わたしたちも日常で使っている、お水の出る魔道具や、お湯の沸くポット、台所のコンロ、お部屋のランプやストーブも置いてある。それに、見たことのない魔道具もたくさんある。
わぁ、すごくワクワクする!
「商談は、レティちゃんには、ちょっとつまらなかったかなと思ってね。よかったら、ゆっくり見て行ってね」
「ありがとうございます!」
わたしが退屈してたと思って、気を遣ってくれたみたい。ほんとに優しいね。ドミニクさんは、お父さんとお礼を言い合って、そのまま出て行った。あとは、ダニーさんが付いていてくれるみたい。
わたしは、すぐに展示されている魔道具に夢中になってしまった。だって、見たことないものがあるんだもん。魔道具を指さしては「これ、なに?」とお父さんに聞きながら、また次の魔道具を指さす、の繰り返し。
お父さんも知らない商品は、ダニーさんが快く説明してくれたんだよ。わたしが質問攻めにするからか、ちょっと笑ってたけどね。
中には、貴族の人たちが使う魔道具とか、普通はなかなか見られないものもあるみたい。食材を冷やしておく箱だったり、身を守るブローチとか、声を周りに聞こえなくする魔道具、結界を張る魔道具とかね。
そのほかにも、水を通しにくい布や収納かばん、よく分からない部品なんかも置いてあったんだよ。見たことないものが、こんなにたくさんあるなんて。すっごくワクワクする!
しかも、ダニーさんが教えてくれたんだけど、収納かばんには “時間停止付き” っていうのもあるんだって。
「収納かばんは知ってるのかな。これはね、普通の収納かばんじゃなくて、中に入れたものの時間が止まるんだ。生き物は入れられないんだけどね。ここに食べ物を入れるとね――」
ダニーさんによると、中に入れた食べ物は腐らないし、温かいものは温かいままなんだって。料理を作ってすぐに入れたら、取り出すときも熱々だって言ってたんだよ。本当にすごいよね。
わたしが見終わったのを察して、お父さんが「そろそろ出ようか」と声をかけてくれたので、階段を下りる。カウンターのあたりに来たところで、ダニーさんとはお別れだ。
「ダニーさん、たくさん説明してくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。僕のほうこそ、こんなに魔道具に興味を持ってくれる子にお話できて、楽しかったよ。よかったら、また来てね」
「はい!」
「ダニーさん、今日は色々とありがとうございました。ドミニクさんにも、よろしくお伝えください」
錬金術士ギルド、来てよかったな。建物も魔道具もワクワクしたし、ドミニクさんとダニーさんも優しかったもんね。
「お父さん、連れて来てくれてありがとう。それと、設計料もありがとう」
「こちらこそ。新しい魔道具を作らせてくれて、ありがとう」
お父さんも優しいよね。こうなったら、また何か思いついたら伝えないとね。うん、楽しみ楽しみ!
キリのいいところまで書いたら、長くなってしまいました。。




