4. いつもの非日常 ②
神殿から少し戻って右に曲がると、しばらくして市場が見えてきた。市場のお店では、野菜や果物やお肉が売られていて、午前中の今はまだ少し混んでいる。
お店の人たちは、お客さんを呼び込もうと、元気よく声を出していて賑やかだ。
「おっ、レティちゃんじゃねぇか」
「あ、おじさん!こんにちは」
いつも買いに行く野菜屋さんだ。なにか買う?とお父さんを見てみる。せっかく来たんだから、買い物もしていくのかな。
「こんにちは。えーっと、葉物はこれとこれで。あとは、じゃがいもと玉ねぎも1皿ずつください」
「おぅ、毎度!お代は銅貨1枚と鉄貨3枚だ」
「はい、これで」
「ちょうどだな。ほいよ」
ありがとうございます、と言いながら、お金を受け取るお父さん。そして野菜に手をかざしたら――野菜が消えた。
今まで気にしてなかったけど、野菜どこに行ったんだろう。あ、また記憶が出てきた。これは “魔法のかばん” ていうのを使ってるっぽくない?
今朝のキラキラ石といい、これも魔法の世界って感じがする!うわぁ。
こんなとこで騒げないから、家に帰ったら絶対聞こう!それに、お金も前と全然違うみたいだから、これも教えてもらわないと。
でも、なぜか野菜は名前が同じものもあるみたいだったけどね。言葉の不思議はよく分からないや。
「あと、なに買おうかな。お肉も買っておこうか」
「うん。あと、パンとチーズもね!」
そのあとは、お肉屋さんに行って、赤いお肉やピンクっぽいお肉を買ったりした。もちろん、パンとチーズも買ったよ。
そうして歩いていくと、市場の向こうが屋台街だ。うーん、いい匂い。入口に来ただけで、もう美味しそう。なんといっても、今日は誕生日だからね。ごちそうなんだよ。ふふん。
「レティは何が食べたい?」
「うんとね、お肉の香草焼きと、じゃがいもの美味しいあれと、お団子のスープ!」
「レティの好きなものばっかりだね」
「そうだよ。わたしの誕生日だもん!」
わたしは胸を張って答える。お父さんは笑いながらも、いくつかの屋台を回って、次々と買ってくれた。そこでも料理は消えていく。
そしてなんと、スープは鍋を出して入れてもらっていた。これは、ますます魔法のかばん説が当たっている気がする!
買いたいものを全部買ったので、あとは帰るだけだ。一度大通りまで戻ったら、行きと同じ道を逆にして、てくてく歩いて行く。そこでわたしは、あることに気がついてしまった。
――帰り道って覚えてない!
行くときの道は目印も見つけてたし、ちゃんと覚えてるんだけどね。だって、帰りはね、帰るだけだからね。そういえば、今まで気にしてなかったかもしれない。
それに、帰りって行きと違う道に見えるんだもん。角のお花屋さんも、なんでか見えないしね。大きな青い屋根のお家も、赤い屋根のお家も分からないんだよ。わーん!
はっ!そういえば、ハルトと一緒に行くんだった。それなら大丈夫だよね。よかったぁ。もちろん、一人で行くこともあるだろうから、次に行くときには覚えなきゃ。
ちょっと焦ったりもしたけど、無事に家に帰ってきた。コートやマフラーを脱いで、手を洗う。マリーちゃんをお招きするためにも、まずは準備しないと。
「お父さん、どんなふうに盛りつけるの?」
「そうだなぁ。香草焼きは大皿に出して取り分けるとして。じゃがいもも1つのお皿で出しておこうか。ほかのも多めに買ったから、好きなだけ食べればいいしね。スープは一応温めておいて、マリーさんが来たらお椀に注ごうか」
「うん。じゃあ、取り分け用のお皿とスプーンとか出していくね」
まずはテーブルの上を拭いたら、椅子を1つ持ってくる。普段は二人きりだからね。
それから、大きなお皿はまだ重くて無理だから、取り分け用のお皿を出して、テーブルに並べていく。あとは、スプーンとフォークとナイフと。これで、わたしの担当分は終わりっと。
わたしが台所に行くと、お父さんがスープの入った鍋を出しているところだった。まだ少し湯気が出てるのに、持ち運べるなんてすごいよね。
「ねぇねぇ、お父さん。それって、どこに入ってたの?」
「あぁ、これはね。この “収納かばん” に入れてあったんだよ。これも魔法でね。特別な素材のかばんに、魔法が付けてあって、荷物をたくさん入れることができるんだ」
「それって誰でも持ってる?」
「どうかなぁ。日常的に使えるような大きさなら、それなりに持ってる人もいると思うよ」
「そうなんだ」
「ただ、子どもが持ってるのは危ないから、レティにも大人になったら買ってあげるね」
「うん!ありがとう」
やっぱり、魔法のかばん説は当たってたね!ふふん。
記憶によると、かばんの中の時間が止まるものもあるみたいだけど……時間が止まるってどういうことだろう?あ、温かいものは温かいままだし、野菜や果物も腐らないんだ。わぁ、それってすごく便利じゃない?
お父さんのかばんは、どっちなんだろう?たしか、スープがちょっと冷めてたから、違うっぽいかな。
そんなことを考えていたら、お父さんがスープを温め始めた。実は、あのコンロも魔法っぽい気がする。だって、あのキラキラ石に触れると火が付くんだもん。でも、わたしはまだ使っちゃダメって言われてるから、確認できないんだよね。気になる。
お父さんはスープを温めながら、買ってきた料理を出してはお皿に盛りつけていく。うーん、いい匂い。もうお腹が鳴りそう。
「そろそろ、4の鐘だね。レティ、マリーさんを呼んできてくれるかい?」
「うん!じゃあ、行ってくるね」
またコートを着て、お隣までお出かけだ。表に出て、ほんのちょっとだけ歩いたらマリーちゃんのお家に到着。ドアをノックして声をかけたら、すぐにドアを開けてくれた。
「今コートを着るから、ちょっとだけ入って待っててね」
「うん、いいよ。今日はね、神殿に行ってね。神様にお礼をしてから、市場と屋台にも行って来たんだよ。わたしの好きなごちそうを買ってきたから、楽しみにしててね」
「まぁ、それは楽しみね。はい、お待たせ」
そんなやり取りの間に、用意ができたみたい。マリーちゃんが、約束通りにアップルパイが入った包みを持っているのを見て、嬉しくなる。
「マリーちゃん、アップルパイありがとう」
「こちらこそ、お招きありがとう」
そうしてまた、ほんのちょっとだけ歩いたら、お家に到着する。声が聞こえたのか、お父さんがドアを開けてくれた。
「ただいまー」
「おかえり。マリーさんも、来ていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ。アップルパイを焼いてきたので、あとで食べましょうね」
お父さんがお礼を言って、包みを受け取ってくれた。マリーちゃんのコートを掛けてもらったら、席に案内する。といっても、テーブルは丸見えだけどね。
お父さんがスープを持ってきてくれたので、ごちそう会の始まりだ!
うーん!香草焼きもとっても美味しいし、じゃがいももほくほくして美味しいな。お団子のスープは熱々だから、ちょっと気をつけて飲まないとね。ちょっと冷めるまで、パンを浸して食べるのも美味しいんだよ。
ごはんを食べながら、今日のお出かけの話をする。神殿教室に申込みをしたこと、ハルトと一緒に通えるようになったこと、おじいちゃん神父さんに会ったこと。話題は盛りだくさんだ。マリーちゃんは、ごはんを食べながら、にこにこ顔で聞いてくれた。
「さて、アップルパイを食べようか」
「わーい!食べるー!」
「では、わたしが切りましょうかね」
「お願いしていいですか? 僕はお茶を入れてきますね」
「じゃあ、わたしお皿持ってくるね」
わたしは急いでお皿を取りに行く。マリーちゃんが切り分けてくれて、お皿に盛りつけ終わった頃に、お父さんがお茶を運んできてくれた。
「美味しい!マリーちゃんのアップルパイは最高だよね」
「ふふっ、そんなに喜んでもらえると、わたしも嬉しいわ」
「ほんとだよ。ね、お父さん」
「うん、美味しいね。僕はこういうのは作れないので、ありがたいです」
「じゃあ、お互いいい思いをするんだから、お互い様ね」
そう言って、ウィンクしたマリーちゃん。ちょっとお茶目で、ほんとに可愛いな。紫とピンクが混ざったような髪も、はちみつ色の瞳もきれいだしね。
――グレーヘア
ふいに頭に浮かんできた。おばあちゃんくらいの人たちの髪色のことみたいで、前のわたしは、グレーヘアに憧れてたっぽい。
マリーちゃんも、おばあちゃんくらいの年齢らしいけど、全然違うよね。
「マリーちゃんの髪ってツヤツヤしてるよね。色もきれいだし」
「あら、急にどうしたの?」
「なんかね、今日は色んなものが違って見えたりしててね。そしたら今も、マリーちゃんの髪がきれいだなって思ったの」
「そうなの。今日はお誕生日だから、気分が違うのかしらね」
ふふっとマリーちゃんが笑う。
そっか、記憶が増えたから、ちょっと見るところが変わったのかな。そうだとしたら、いつもと変わらない日なのに、変わったふうに感じるなんて、なんだか得した気分だな。
「そうかも。ごはんも、アップルパイも美味しいしね」
「いいお誕生日ね」
「うん!あとね、お父さんが絵本をくれたんだよ。あとでマリーちゃんに読んでもらいたいな」
「えぇ、いいわよ。食べ終わったら一緒に読みましょ」
「マリーさん、ありがとうございます。じゃあ、その間に僕は片付けをしてきます」
そうして、みんな食べ終わったから、まずは片付けをする。お皿を運んで、テーブルの上を拭いてっと。もちろん、マリーちゃんはお客さんだから座ってもらってるけどね。
絵本を持ってきたら、椅子をくっつけて一緒に覗き込む。マリーちゃんは、文字を指さしながら読んでくれたので、夢中で文字を追いかけていたら、あっという間に終わってしまう。「もう1回読んで」とお願いしてたら、結局3回も読んでもらってしまった。
「マリーさん、何度もすみません」
「あら、いいんですよ。レティちゃんも、もうすぐ文字の勉強を始めるんですから、興味いっぱいでしょう」
「うん。まずは、この絵本を一人で読めるようにするんだー」
「ふふっ、やる気があるのはいいことね」
そう言って、頭を撫でてくれる。へへ、嬉しいな。
そうして、最後にもう一杯お茶を飲んでから、マリーちゃんは帰って行った。
「夜ごはんまで時間があるから、お父さんはちょっと作業場で仕事してくるかな」
「うん、分かった!」
ふふふ。お父さんがいなくなったから、魔力を増やしてみるチャンスだよね。




