10. わたしの手からもお水が!
「レティ、朝だよ」
ううーん。なんだか、ゆさゆさ揺れるなぁ。
重い瞼が開かなくて、ぼんやりとそんなことを考える。それでも目が覚めないでいると、もう一度揺さぶられて、はっと目が開いた。
「おはよう。今日はお寝坊さんだね」
「おはよう…」
まだ眠いと言っている瞼を何とか持ち上げて、体を起こす。それでも、まだ眠い。
「昨日はたくさん歩いたし、初めての場所にも行ったから、疲れが残ってるのかな。もしかして、具合が悪かったりする?」
「ううん。それは大丈夫」
「それならよかった。もしまだ寝たいんだったら、あとで食べられるように、簡単な朝ごはんを置いておくけど、どうする?」
「それじゃあ、もうちょっと寝ようかな」
「分かったよ。僕は朝ごはんを食べたら作業場にいるから、何かあったら声をかけるんだよ」
「うん」
わたしがまたベッドに潜ると、お父さんは部屋を出て行った。最近は魔法とかいろいろ張り切ってたから、身体もお休みが必要だったのかなぁ。
すぐにまた瞼が閉じてきたので、そのまま眠ってしまった。
「うーん」
目が覚めて、両手を上げて思いっきり伸びる。たくさん寝たからか、すごくすっきりした気がする。
今は何時だろう? ちょっと明るいから、2と3の鐘の間くらいかな。
洗面所で顔を洗って、朝ごはんを食べる。お父さんが作り置きしてくれたのは、お肉と野菜を挟んだパンだ。まだコンロが使えなくて、スープが温められないから、今はお茶にする。
そういえば、もう7歳になったんだから、コンロの使い方を教えてもらってもいい気がする。お昼ごはんのときに聞いてみようっと。
後片付けを終えたら、昨日の石板を眺める。なんだか石筆を使うのがもったいない感じがして、指でテーブルに文字を書いてみる。
「神殿教室に通うようになったら、いろんな文字を習うんだよね。早く来月にならないかなぁ」
そうだ! 誕生日にもらった絵本を見てみようっと。たくさん文字が書いてあったからね。
久しぶりに開けた絵本には、形の違う文字がたくさん並んでいる。内容を知ってても読めないし、意味も分からないけど、文字を眺めてるだけでも楽しい。
そのうちに、絵本に書いてある文字も、1文字ずつ指でテーブルに書いてみる。同じ文字が何度も出てきたり、登場が少ない文字もある。もしかしたら、一度も出てきていない文字もあるのかな?
文字で遊んでたら、あっという間に時間が経ったみたいで、4の鐘が鳴った。お父さんが作業場から出てきて、お昼ごはんだ。
「ねぇ、お父さん。わたしもそろそろコンロを使えるようになりたいんだけど、どうかな?」
「そうだなぁ。もう7歳だもんね。火に気をつけるってお約束するなら、使ってもいいよ。約束できる?」
「もちろん!約束できるよ」
「ふふっ。しばらくは、僕がいるときに一緒に使おうか。料理はまだ早いから、しばらくはスープを温めるだけにしようね」
「分かった!」
そうして、コンロの使い方を教えてもらう。魔道具だから、魔石に触れたら火が着くし、もう一度触れたら消えるみたい。
よーし! 気合を入れて火を着ける。といっても、魔石に触れるだけだけどね。
台に乗って、鍋に入ったスープをかき混ぜながら、湯気が立つのを待つ。朝と昼は一緒のスープだから、今度からはわたしが温められるね。ちょっと大人になった気分。
湯気が立ってきたから、そろそろかな?
「お父さん、これくらい?」
「そうだなぁ。もうちょっとだけ温めたら、火を止めていいよ」
「うん。分かった」
湯気が立って、グツグツしてきた。このくらいかな? お父さんも頷いてくれたから、魔石に触れて火を止める。
「火を着けたら、消し忘れには注意するんだよ」
「うん。気をつける」
「じゃあ、僕はおかずを作るかな。レティはスープをよそって」
「はーい」
わたしがスープをよそっている横で、お父さんはササッと炒めものを作る。スープを1つずつテーブルに運んだら、パンやスプーンもテーブルに並べて、わたしの準備は終わりっと。
お父さんがおかずを持ってきたら、お昼ごはんだ。全部美味しいけど、スープは自分で温めたと思うと、もっと美味しい気がする。
食べ終わって後片付けもしたら、お父さんが作業場から何かを持ってきた。
「はい、これ」
そう言って渡されたのは、あの文具屋さんで見た、鉛筆を削るナイフだった。えっ、あのとき買わなかったよね。もう作ったの!?
「お父さん、もう作ったの?」
「実物を見せてもらえたからね。忘れないうちに作っておきたくて。それに思ったよりは、作るのが簡単だったんだよ」
「そうなんだ。ありがとう! さっそく鉛筆削ってみてもいい?」
「もちろん。ちゃんと削れるか試してみないとね。まずはお父さんがやってみるから、横で見てるんだよ」
「うん、分かった!」
お父さんは鉛筆を左手で押さえると、先っぽのほうにナイフを当てて、シャッシャッと滑らせていく。あぁやって、少しずつ尖らせていくんだね。
「芯が出てきたから、こんな感じかな。レティもできそうかい?」
「できそう。やってみる!」
お父さんが、鉛筆とナイフを渡してくれたから、真似してやってみた。だけど、ナイフが上手く滑ってくれない。お父さんは簡単そうにやってたのにな。
わたしの様子を見かねたお父さんが、後ろに回って、手を添えてくれた。何度かお父さんと一緒にやってみたら、力加減もなんとなく分かってきた気がする。うん、次からはできそうかも。
「最初はちょっと難しいかもしれないけど、やっているうちに慣れてくるだろうからね。ただ、ナイフで指を切ることもあるから、気をつけて使うんだよ」
「うん。ケガしないように、注意しながらやるね」
こうして鉛筆が削れたらね、やっぱり書いてみたくなるよね。そうだ! 石板に書いてもらった名前を、ノートに写そうかな。そしたら、消えないもんね。
棚からノートを出してきて、石板を見ながら鉛筆を持ってみる。うぅっ、なんだか緊張するな。わたしがノートを開くと、お父さんが話しかけてきた。
「ノートに書いてみるのかい? それなら、持ち方を教えないとね」
「持ち方?」
「そう、字が書きやすいように持つんだよ」
まずはお父さんが、別の鉛筆を持って見せてくれた。わたしはただギュッと握りしめてただけだったけど、全然違うんだね。わたしの親指と人差指、中指を動かしながら、位置を説明してくれる。
なんか、力が入らない持ち方だなぁ。
「力は入れなくていいんだけど、指でしっかり挟む感じかな」
「うん、やってみる。でも、鉛筆って石筆より難しいね」
「ははっ。最初はそうかもしれないね。まずは練習してごらん。それじゃあ、お父さんはそろそろ仕事をしてくるからね」
お父さんが作業場に行ってしまったので、午後は一人で鉛筆を持つ練習をする。本当はノートに書きたいんだけど、まだ書ける気がしないからね。
持ちやすいように位置を変えてみたり、空中で書くふりをしてみたりしてから、ちょっと休憩する。ずっと持ってたら、手がぷるぷるしてきたからね。でも、なんとなく持ちやすい指の位置は分かった気がする。よし! 書いてみよう。
ノートを開いたら、石板とノートを交互に見ながら、1文字ずつゆっくり書いてみる。緊張したけど、5文字を書き終えた。
形はなんとか真似して書けたけど、線がうねうねしてて変に見える。でも、自分で “レティ” って書けたもんね。
「そうは言っても、ノートの1ページ目が、こんな格好悪い字なんてちょっと嫌だなぁ。……でも、初めてだから仕方ないよね」
神殿教室に通うようになったら、きれいに書ける練習もしないと。とりあえず、うねうねしないようになりたいな。
そんな目標を立てつつ、お茶を入れてちょっと休憩する。
「今から何をしようかな。できれば魔法を試してみたいけど、今日は洗濯の日じゃないからなぁ。……でも、ちょっとなら洗い場で試しても、お父さんにはバレないよね?」
好奇心が抑えられなくて、大丈夫な言い訳を考える。お父さんは作業場にいるしね。ちょっとなら大丈夫だよ。うん。
ということで、洗い場にやってきた。
まずは、魔力操作をしてみる。お腹から右手、右手から左手――うん、大丈夫そう。
呪文は “ウォーター” だったよね。お父さんがお水を出すところを思い出す。魔力を右手から出すように想像しながら、呪文を唱えてみる。
「ウォーター」
――出ない。え、なんで?
呪文も合ってるし、魔力だって出そうとしてるのに。もう一度。えぃっ!
「ウォーター」
やっぱり出ない。そのあとも、何度か試すけど出ない。
呪文以外に何かあるのかな? 呪文が分かれば、もっと簡単にお水が出ると思ったんだけどな。
ずっと洗い場に居る訳にもいかないし、今日はこの辺にして、とりあえず居間に戻ろう。ちょっと寒くなってきたしね。
お茶を飲みながら、魔法について考えてみる。
前世の記憶の感じだと、わりと簡単そうに魔法を使ってるんだけどなぁ。何が違うんだろう。現象をイメージするっていうのも、ちゃんとお水が出るのを想像してるし。
現象と言えば化学式?っていうのも頭に浮かんだけど、前世のわたしが理解してなかったのか、うろ覚えなのか、細かいことは思い出せないみたい。
最近は魔力操作にも慣れてきて、魔力を動かすのはスムーズになったんだけど、そこからが分からない。今だって、無理に動かそうとしなくても、ちゃんと動いてるのは感じられるのにな。
これ以上何かある? 前世の記憶を思い出そうとしても、ない知識は出てこない。うーん、困った。
「そんな簡単にできるんなら、気楽に “ウォーター” って言うだけで出そうなのに。あ」
テーブルの上で手のひらを広げてたら、いきなり手からお水が出た。
「わわっ。な、なんで」
ちょっとのお水だったけど、テーブルからぽたぽたと床に落ちていく。慌てて布巾と雑巾を取ってきて、テーブルと床を拭く。ふぅ、焦ったー!
「何で出たんだろう? 今も魔力は感じてたし、軽く動いた感じはしたけど…」
さっきとの違いってどこ? 今なんて、かなり気を抜いてたから、魔力を手から出そうとか考えてもなかったんだけどな。
――あ、もしかして!
逆に魔力を出そうとして、力が入ってたのがダメだったのかな。だって今、魔力を動かそうとしなくても、魔法を使ったら勝手に動いたもん。今なら、お水を出せるかも!
さっき出たのが少しのお水だったから、今度は台所の桶に向かってやってみる。お水が出るのはイメージするけど、魔力は感じるだけにしてと。
「ウォーター」
――出た!
魔力が動いたのを感じた瞬間、ぽたっとお水が出て、桶に少し水が溜まった。
「すごいすごい! わたしの手からもお水が出たよ!」
嬉しくて、思わずその場でぴょんぴょん跳ねる。もう一度やってみても、ちゃんと出た。
そのあと何度やってみても、ちゃんと出る。
「これは成功だよね」
そう満足しながら、桶のお水を流してテーブルに戻る。ちょっと冷めたお茶を飲んで、ひと息ついたら、ちょっとずつ興奮も冷めてきた。
「あれ、なんだかだるくなってきたかも」
これが “魔力枯渇” なのかな? 分からないけど、とりあえず横になりたい。部屋に行ってベッドに寝転がると、瞼も重くなってきて、そのまま寝てしまった。
夕方には目が覚めて、そのあとは夜ごはんを食べたり、お風呂に入った。いつも通り、寝る準備をして部屋に行く。
「魔力……」
魔力枯渇って言おうとしたけど、枯渇が口から出なかった。ほんと、この言葉の壁は大きいよね。はぁ。
「魔力がなくなったのかは分からないけど、魔法が使えたんだから前進だよね。すごく大きな一歩だよ」
明日からは、枯渇についても試してみなきゃ。あと、ハルトにも報告に行かないとね! ハルトは成功してるかなぁ。会いに行くのが楽しみだな。
そんなことを考えていたら、だんだん眠くなってきたから、今日は大満足で眠りについた。おやすみなさい。




