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【短編小説】胸騒ぎ

掲載日:2025/12/26

 扇風機がいまにも分解しそうな音で回っていた。

 四畳半ほどの無機質な部屋の空気がバターのようにかき混ぜられる。今どきこんな取調室があるのかと思うような、使い古したテレビセットの取調室そのものだ。

 俺はその部屋の真ん中にあるパイプ椅子に座って、灰色の机の反対側にいる刑事さんに友人の死因を訊かれていた。


 やったのは俺じゃない、虫だ。

「そんな話しを信じろって、言うの?」

 私服の刑事さんが俺に半笑いで訊く。

 そりゃそうだ、と自分でも思う。こんな話しを信じる奴はどうかしてる。

「嘘をついたって、整合性、とれないじゃないですか」

 緊張の余り身体のコントロールが効かずにガタガタと震える俺を見て、刑事さんは頬を緩めた。

「そりゃそうだな、失礼」

 胸ポケットから煙草を取り出すと、俺に向けて吸うか?と訊いた。

 俺が震える手を伸ばすと、それまで黙っていた後輩刑事の様な男が嗜めた。

「いいんだよ、これくらい。お前、黙っておけよ」

 年増の刑事さんはそう言うと笑って煙草に火をつけて、俺にも火を差し向けた。

「それで?もう一回訊くけれど」

 刑事さんはしつこく同じことを訊いた。

「何度訊かれても同じですよ」



 俺たちは公園を散歩していた。

 流行りの位置情報システムを使ったスマホのゲームで、年甲斐も無く夢中になって遊んだ。

 日中は暑いし人も多いので夜中に遊ぶようになった。

 さっきもそうだ。

 そうやってスマホと携帯式バッテリーを手に歩き回っていると、突然あいつの胸に蝉が刺さった。

 それは「ぶつかった」と言う程度では無かった。

 蝉はあいつの肋骨の隙間に潜り込む様な形で突き刺さり、少し鳴くと、息耐えた。

 何かの冗談かと思っていたが、あいつの胸に赤い染みが広がっていくのを見て俺は急に怖くなった。

 あいつは自分の胸を見た後、不思議そうな顔をして俺を見た。



 あいつと俺の目が合った瞬間、数十匹のクワガタ虫だとかカブト虫が飛んできてはあいつの胸に刺さっていった。

 肋骨をへし折るほどの勢いで飛んで来る虫もいれば、そのまま刺されずに落下する虫もいた。

 やがてあいつは血染めの胸を照らしていたスマホごと斃れた。

 暗くなった夜の公園にあいつは死んだ。

 硬い土の上を、まるで缶コーヒーをこぼした様な液体が広がっていく。

 俺は何度か呼びかけたが、その肉体に触れる気にはならなかった。



「虫が、胸に、ねぇ」

 刑事さんは唸ると、卓上の空き缶に吸い殻を押し込んだ。

 部下だか後輩だかの若い刑事は顔を顰めていたが、年増の刑事さんはそれを見た上で無視を決めていた。

「じゃあまぁ、仮にそのお友達が、虫の群れに胸を刺されて死んだとしよう。その時にさぁ、君がまずやるべきは救急車を呼ぶことじゃないのかい?」

 刑事さんの目は、お前がカブト虫を刺したんじゃない?とでも言いたげだった。


 馬鹿げている。

 人の手でカブト虫を刺せるものか。俺はこの刑事さんが本当にカブト虫を見たことがあるのか疑問に思えてきた。

「次に自分が襲われない補償って、何かあるんですか」

 自分も胸を虫に貫かれて死ぬかも知れない、そう思って俺は逃げ出した。

「それもまぁ、そうか」

 年増の刑事はうんうんと頷くと、窓についていたブラインドを上げた。


 窓の外には二階建てバスよりも巨大なカマキリがいて、首を傾げてこちらを見ている。

「まぁ、そうだよな。大きいもんな、虫」

 刑事さんはそう言うと、大きく伸びてから

「じゃあまぁ、今日のところは帰っていいよ」

 と、手を振った。

「カマキリがいるのに?」

 俺が訊くと、刑事さんは振り向いて

「それもそうだな」

 と言うと、窓を開けてカマキリに煙草を投げつけた。

 カマキリは微動だにせず、刑事さんは

「泊まっていきなよ」

 と言い残して取調室を出た。


 残された俺と、部下だか後輩だかの刑事さんは顔を見合わせて頷くとおもむろに服を脱いで朝まで求め合った。


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