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短編小説「お笑いスカウター」


高橋遥斗たかはし・はると、28歳。

お笑い芸人として六年目だが、鳴かず飛ばず。

今日も小さなライブハウスで数人の客の前に立ち、薄い笑いを拾って帰路につく。


「俺、いつまで続ければいいんだろ…」


そんなとき、道端に落ちている奇妙なゴーグルに気付いた。

薄い金色のフレームに、丸いレンズ――どこかで見たような懐かしさのあるフォルム。


拾い上げると、レンズに文字が浮かんだ。


《O-WARAI SCOUTER / 所属者認証なし》


「スカウター!? いや、そんなわけ…」


半信半疑で覗き込んだ瞬間、通りがかったサラリーマンのおじさんの頭上に数字が表示された。


《笑い値:3》


「え、マジで?」


驚いて通りすがりの女子高生を見た。


《笑い値:12》


さらに、コンビニの前で友人と大声で笑っている大学生を見た。


《笑い値:69》


――どうやら“その人がどれくらい笑いやすいか”を数値化しているらしい。


遥斗はゴクリと喉を鳴らした。


「これがあれば…俺でも売れるんじゃねえか?」



翌日、浅草の小さな劇場。

出番前、スカウターをこっそりかけて客席をスキャンした。


《笑い値:78、65、82、4、90…》


遥斗は思わずニヤけた。


“笑い値が高いやつに向けてネタを投げればウケる――

もし低い客が多いなら、ネタを合わせて調整できる。”


初めて、自分に「観客が見える」気がした。


舞台に立つ。

ネタの入り、ツッコミの間、展開のテンポ――すべてスカウターの数字に合わせた。


結果は上々。

小さな劇場が、久々に「ウワッ」と沸いた。


終演後、共演者が口々に囁いた。


「高橋くん、今日ちょっと覚醒してなかった?」

「なんかキレてたよな…?」


遥斗は得意げに笑った。


「まあ、ちょっとね」


だがその瞬間、スカウターが微かに揺れた。

レンズの隅に、小さな赤文字が点滅した。


《警告:使用者の“努力値”が低下しています》


「……努力値?」



それから三か月。

遥斗は小規模ながらテレビにも呼ばれるようになった。


もちろん理由はスカウターだ。

初対面のスタッフの笑いの傾向も、共演芸人のスベる確率も、数字で見える。


数字に合わせて動きさえすれば仕事は成功する。


だが、ある日。

人気深夜番組の生放送で、予期せぬ事態が起きた。


スカウターの数字が――


すべて「0」になった。


観覧客、スタッフ、共演者……全員がゼロ。


「なんでだよ……!」


焦る遥斗はテンションを上げてみる。

早口でボケを飛ばし、無理やり笑いを作ろうとする。


だが、観客はシンとしている。


「え…今日寒い? 俺だけ暑い?」


演者としての「感覚」を完全にスカウターに頼っていたため、

自分自身のリズムもテンポも崩壊していた。


番組は大事故の空気に包まれた。



放送後、楽屋に戻った遥斗はスカウターを外す。

レンズには赤く、はっきりと表示されていた。


《使用者の“努力”が不足しています》

《笑いは数字でなく、あなた自身でつかんでください》


「……なんだよそれ。説教かよ…」


スカウターを見つめながら、遥斗はふと思った。


——この三ヶ月、俺は何か努力したか?


返ってくる答えは、沈黙だけだった。


遥斗は深く息を吐き、スカウターをそっとポケットにしまった。


「もう一回、やり直すか」


その夜、彼は久しぶりにノートを開き、

ネタを書き始めた。


スカウターの数字ではなく、

自分の言葉で笑わせるために。



半年後。


遥斗は再び小さな劇場の舞台に立っていた。

観客の頭上に数字は見えない。


客の表情、呼吸、間合い――

「芸人としての肌感」だけが頼りだ。


ネタの終盤、会場がドッと沸いた。

その瞬間、久しぶりにポケットのスカウターが震えた。


取り出すと、ただ一行だけ表示されていた。


《笑い値:あなた自身が上がっています》


遥斗は小さく笑った。


「もうお前はいらないよ」


スカウターをそっと劇場の忘れ物箱に入れ、

静かに劇場を後にした。


誰か別の芸人が見つけるかもしれない。

それもまた運命だろう。


夜道を歩きながら、遥斗はつぶやいた。


「次は、俺の力で数字を上げてみせる」


小さな劇場の外に、冬の風がやわらかく吹いていた。

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