お笑いカウンター
短編小説「お笑いスカウター」
高橋遥斗、28歳。
お笑い芸人として六年目だが、鳴かず飛ばず。
今日も小さなライブハウスで数人の客の前に立ち、薄い笑いを拾って帰路につく。
「俺、いつまで続ければいいんだろ…」
そんなとき、道端に落ちている奇妙なゴーグルに気付いた。
薄い金色のフレームに、丸いレンズ――どこかで見たような懐かしさのあるフォルム。
拾い上げると、レンズに文字が浮かんだ。
《O-WARAI SCOUTER / 所属者認証なし》
「スカウター!? いや、そんなわけ…」
半信半疑で覗き込んだ瞬間、通りがかったサラリーマンのおじさんの頭上に数字が表示された。
《笑い値:3》
「え、マジで?」
驚いて通りすがりの女子高生を見た。
《笑い値:12》
さらに、コンビニの前で友人と大声で笑っている大学生を見た。
《笑い値:69》
――どうやら“その人がどれくらい笑いやすいか”を数値化しているらしい。
遥斗はゴクリと喉を鳴らした。
「これがあれば…俺でも売れるんじゃねえか?」
◆
翌日、浅草の小さな劇場。
出番前、スカウターをこっそりかけて客席をスキャンした。
《笑い値:78、65、82、4、90…》
遥斗は思わずニヤけた。
“笑い値が高いやつに向けてネタを投げればウケる――
もし低い客が多いなら、ネタを合わせて調整できる。”
初めて、自分に「観客が見える」気がした。
舞台に立つ。
ネタの入り、ツッコミの間、展開のテンポ――すべてスカウターの数字に合わせた。
結果は上々。
小さな劇場が、久々に「ウワッ」と沸いた。
終演後、共演者が口々に囁いた。
「高橋くん、今日ちょっと覚醒してなかった?」
「なんかキレてたよな…?」
遥斗は得意げに笑った。
「まあ、ちょっとね」
だがその瞬間、スカウターが微かに揺れた。
レンズの隅に、小さな赤文字が点滅した。
《警告:使用者の“努力値”が低下しています》
「……努力値?」
◆
それから三か月。
遥斗は小規模ながらテレビにも呼ばれるようになった。
もちろん理由はスカウターだ。
初対面のスタッフの笑いの傾向も、共演芸人のスベる確率も、数字で見える。
数字に合わせて動きさえすれば仕事は成功する。
だが、ある日。
人気深夜番組の生放送で、予期せぬ事態が起きた。
スカウターの数字が――
すべて「0」になった。
観覧客、スタッフ、共演者……全員がゼロ。
「なんでだよ……!」
焦る遥斗はテンションを上げてみる。
早口でボケを飛ばし、無理やり笑いを作ろうとする。
だが、観客はシンとしている。
「え…今日寒い? 俺だけ暑い?」
演者としての「感覚」を完全にスカウターに頼っていたため、
自分自身のリズムもテンポも崩壊していた。
番組は大事故の空気に包まれた。
◆
放送後、楽屋に戻った遥斗はスカウターを外す。
レンズには赤く、はっきりと表示されていた。
《使用者の“努力”が不足しています》
《笑いは数字でなく、あなた自身でつかんでください》
「……なんだよそれ。説教かよ…」
スカウターを見つめながら、遥斗はふと思った。
——この三ヶ月、俺は何か努力したか?
返ってくる答えは、沈黙だけだった。
遥斗は深く息を吐き、スカウターをそっとポケットにしまった。
「もう一回、やり直すか」
その夜、彼は久しぶりにノートを開き、
ネタを書き始めた。
スカウターの数字ではなく、
自分の言葉で笑わせるために。
◆
半年後。
遥斗は再び小さな劇場の舞台に立っていた。
観客の頭上に数字は見えない。
客の表情、呼吸、間合い――
「芸人としての肌感」だけが頼りだ。
ネタの終盤、会場がドッと沸いた。
その瞬間、久しぶりにポケットのスカウターが震えた。
取り出すと、ただ一行だけ表示されていた。
《笑い値:あなた自身が上がっています》
遥斗は小さく笑った。
「もうお前はいらないよ」
スカウターをそっと劇場の忘れ物箱に入れ、
静かに劇場を後にした。
誰か別の芸人が見つけるかもしれない。
それもまた運命だろう。
夜道を歩きながら、遥斗はつぶやいた。
「次は、俺の力で数字を上げてみせる」
小さな劇場の外に、冬の風がやわらかく吹いていた。




