第8話
この物語はフィクションであり実在の存在とは一切関係ありません。
わたくし、八坂雅は──多摩連邦のまとめ役でありつつ、普段は私立中学の二年生として、普通に学校に通っております。
もちろん、"普通"と言っても魔獣が出現したら窓から飛び出して戦うので、一般的な普通とは少し違いますけれども。
「雅さん、今日の帰り、生徒会の打ち合わせ出ます?」
「えぇ、もちろんですわ。ですが……状況次第では途中で失礼するかもしれませんけれど」
クラスの皆さんも慣れたもので、雑談の端々に「魔獣」とか「ゲート」が混じります。
ホームルームで担任が「本日はゲート警戒レベルが少し高いので、寄り道は控えるように」と告げるのも日常になりました。
そんな放課後、ロッカーでカーディガンを羽織っていると、電脳にメッセージが届きました。
*『23区の北東域、ちょっと見てくる。夜まで戻れん』
送り主は、役野小角さん──わたくしたちの"強すぎる近所の魔法少女"です。
小角さんは相変わらず、一言だけで危険な任務に向かわれました。とてもお強い方なので、心配は不要かもしれませんが、それでも不安は不安です。
「……小角さん、どうかお気をつけて」
そう小さく呟いて校門へ向かうと、空気にざりっ、と嫌なノイズが走りました。
【緊急警報:ゲート出現予測 残り時間 00:09:20】
【位置:八王子駅上空 脅威レベル:B→A】
脅威レベルが跳ね上がる。嫌な予感が胸に刺さります。
その三秒後、また別のアラートが鳴り響きました。
【緊急警報:ゲート出現予測 残り時間 00:15:02】
【位置:立川駅南口 脅威レベル:A】
同時多発。よりにもよって、小角さんが留守のタイミングで。
わたくしは即座に多摩連邦の共有チャンネルを開きました。
*『八王子と立川に同時ゲート。立川はつむぎちゃん、お願いできますか?』
すぐに返信が来ます。
*『いく!すぐ変身するね!』(つむぎ)
*『雅、八王子はアタシも行く。駅前で合流な』(いづな)
葛葉いづなさん。いつも頼りになります。
わたくしは深呼吸し、校門の脇の物陰へ向かいました。意識を集中させます。
「では──八坂雅、参ります」
足元に深紅の八角光紋が浮かび、光が螺旋を描きながら上昇する。白い神気が全身を包み、巫女装束が形成される。腰の九つの鈴が一つずつ輝き、音を立てる。髪がふわりと揺れ、胸元の牛頭紋章が光った。
変身完了。
わたくしに影の翼はありませんが、八坂の神威で身体を軽くし、屋根から屋根へと跳躍します。八王子駅へ向かう途中、イヅナさんが上空から合流しました。
「雅、待たせた!」
「いえ、丁度良いタイミングですわ。参りましょう」
二人で風を切り、八王子駅へ急行した。
ゲートは既に開きかけており、濃い闇の縁がじわじわ広がっている。地面に影の波紋が広がった瞬間、魔獣が三体、ぞろりと現れた。
角の砕けた巨大牛。翅が裂けたような異形の蛾。そして、炎の紋様を刻んだ甲殻をもつ猿。
「三体同時……いやですわね」
「うへぇ、面倒そう。じゃ、右の蛾はアタシが行く。雅は牛と猿よろしく!」
「了解いたしました!」
イヅナさんの狐火が蛾の方向へ飛び、影の翼で上空へ回り込む。わたくしは八紋神器の八雷刀を呼び出した。白と金の光が手元に収束し、雷光を纏った刀身が形を成す。
猿型魔獣が最初に襲いかかってきた。巨大な拳を振り下ろす。わたくしは八雷刀を横に薙ぎ、白雷の一閃で拳を弾き飛ばした。雷光が魔獣の腕を駆け巡り、動きが一瞬鈍る。その隙に地面を蹴って距離を取ると、背後から巨大牛が突進してきた。
「読めていますわ!」
腰の鈴が鳴り響き、わたくしは八津鏡を展開する。金色の光壁が背後に出現し、牛の突進を完全に受け止めた。衝撃で足元が震えるが、八坂の神威が地面に根を張り、わたくしの身体は微動だにしない。牛が光壁に押し付けられたまま動けなくなったところで、わたくしは刀を握り直した。
「八雷刀──雷鳴斬!」
振り返りざまに刀を一閃。雷光が弧を描き、牛の首元を貫く。魔獣は悲鳴を上げることもなく、霧散した。
しかし、猿型魔獣が再び飛びかかってくる。今度は両腕を大きく広げ、わたくしを押し潰そうとする構え。わたくしは刀を鞘に納め、両手を胸元で組んだ。
「八荒杖!」
手元に白銀の杖が出現する。先端には災厄を司る紋章が刻まれ、淡い光を放っている。わたくしは杖を地面に突き立て、神気の波動を放った。白い光の波が魔獣を包み込み、その動きを完全に封じる。猿型魔獣は空中で硬直し、そのまま地面に落下した。
「浄化します──神威の鐘!」
杖を振るうと、九つの鈴が一斉に鳴り響く。音色が魔獣の精神を直撃し、内側から浄化していく。猿型魔獣は光に包まれ、蒸発するように消え去った。
上空では、イヅナさんが蛾型魔獣と交戦中だった。
「アタシの火、効きが悪ぃ……なんか身体も重い!」
魔獣が出す瘴気で、霊感の強い彼女ほど負荷を受けやすい。蛾の翅が毒の鱗粉を撒き散らし、イヅナさんの動きが鈍っている。
「イヅナさん、援護します!八雲弓!」
わたくしは杖を弓に変え、霊矢を番える。白い光の矢が連続で放たれ、蛾の羽を次々と貫いた。蛾型魔獣が高度を落とし、地上に墜落する。その瞬間、イヅナさんの飯縄火炎が中央に叩き込まれた。黒炎と朱色の紋様が渦を巻く呪火が、魔獣の精神を灼く。
「ナイスー!」
「まだ油断はできませんわ!」
わたくしは再び杖を構え、神気の波動を全方位に放つ。白い光が駅前広場を包み込み、残留していた瘴気を完全に浄化した。三体の魔獣は跡形もなく消え去り、静寂が戻る。
「ふぅ……終わりましたかしら」
「八王子はオッケー。立川のつむぎ、どうなってるかな」
電脳の配信チャット欄が、一気に盛り上がっていた。
『雅様つよすぎwww』
『三体同時とか無理ゲーだろ』
『八王子権現マジ最強』
『イヅナちゃんとのコンビ最高』
『八王子安泰すぎる』
イヅナさんは空を見上げた。立川の方向に、微かな紫光──蜘蛛糸の結界が揺らめいている。
何卒、応援のほどお願いいたします。




